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一般向け 研究者向け 査読前論文

2023/4/20

メトホルミン服用によるコロナ後遺症予防効果

文責:橋本 款
図1.

新型コロナウイルス感染症(COVID -19)は、2型糖尿病の発症リスクを高めるだけでなく、逆に、2型糖尿病の患者さんはCOVID -19に罹患すると重篤化しやすいことが知られていました。これらのことから、2型糖尿病の治療に使われるメトホルミン*1がCOVID-19の予防に有効であることが以前に、報告されていました。最近の研究では、2型糖尿病がCOVID -19の後遺症としても重要なことがわかってきましたから、当然、メトホルミンがCOVID-19後遺症の予防においても有効でないかと推測されます(図1)。2型糖尿病は多くの高齢疾患の原因になることが知られていますので、多彩なCOVID-19の治療に有効であると期待されます。このような背景で、最近、COVID-19罹患後症状の予防にメトホルミンが有効だったことが、米国ミネソタ大学のCarolyn T. Bramante博士らを中心とした無作為化臨床試験(第III相)で示されましたので、それを報告した査読前の論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Carolyn T. Bramante, et al., Outpatient treatment of Covid-19 and the development of Long Covid over 10 months: A1multi-center, quadruple-blind, parallel group randomized phase 3 trial. Preprint with THE LANCET Posted: 6 Mar 2023


【背景・目的】

COVID-19罹患後症状、すなわち、後遺症は、約10%のCOVID-19患者に影響を及ぼす可能性がある慢性疾患になりつつある。本研究は、メトホルミン、イベルメクチン*2、及び、フルボキサミン*3の治療で外来患者のCOVID-19後遺症を防ぐことが出来るか検討することを目的とした。

【方法】

  • 医師主導型、多施設、第3相、無作為化、四重盲検*4、プラシーボ*5対照臨床試験(NCT04510194;COVID-OUT)を行った。
  • 具体的には、過体重または肥満で、症状が7日未満であり、SARS-CoV-2感染が証明されてから3日以内に登録された30歳から85歳の成人1,125人を対象とし、メトホルミン、イベルメクチン、フルボキサミンによる病初期の外来治療が後遺症を予防するかどうかを理解するために、プラシーボ対照を効率的に共有する2(メトホルミン、又は、プラシーボ)対3(イベルメクチン、フルボキサミン、又は、プラセボ)(メトホルミンを1日1,500mgまで6日間で漸増し14日間投与、イベルメクチン430mg/kg/日を3日間投与、フルボキサミンを初日に50mg、14日間50mgを1日2回投与)の並行治療要因配置を用いて3つの経口薬を同時に評価した。
  • 無作為化後300日目までに参加者が報告した医療従事者によるLong Covidの診断は、事前に規定した副次的アウトカムとし、試験の主要アウトカムは14日目までの重度のCovidとし、10ヵ月間の後遺症の結果を評価した。

【結果】

  • 年齢中央値は45歳(IQR [25~75パーセンタイル] 37~54)、56%が女性で、そのうち7%が妊娠中であった。2%がネイティブアメリカン、3.7%がアジア人、7.4%が黒人/アフリカ系アメリカ人、82.8%が白人、12.7%がヒスパニック/ラテンアメリカ人であった。
  • BMI中央値は29.8(IQR27~34)、BMI>30は51%であった。全体では、8.4%が医療機関からロングコビッドの診断を受けたと報告した。メトホルミン群6.3%、メトホルミン対照群10.6%、イベルメクチン群8.0%、イベルメクチン対照群8.1%、フルボキサミン群10.1%、フルボキサミン対照群7.5%であった。メトホルミン群対コントロールのロングコビッドのハザード比(HR)は0.58(95%CI 0.38~0.88);イベルメクチン群0.99(95%CI 0.592~1.643);フルボキサミン群1.36(95%CI 0.785~2.385)であった。

【結論】

この無作為化第III相試験において、病初期にメトホルミンを処方されたCOVID-19の外来患者さんは、プラシーボを与えられた患者さんに比べて、後遺症にかかる頻度が42%相対的に、4.3%絶対的に減少した。この結果は、メトホルミンがCOVID-19の後遺症の予防に有効であることを強く示唆する。

用語の解説

*1. メトホルミン
ビグアナイド系薬剤に分類される経口糖尿病治療薬の一つである。メトホルミンを含むビグアナイド系薬の直接の標的としては、ミトコンドリアの呼吸鎖複合体Iが知られ、その活性阻害により、結果的に細胞内のAMP/ATP比を増加させて細胞内のエネルギーバランスを変化させる。このため、主に肝細胞において、細胞内のエネルギーバランスのセンサーであるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を介した細胞内シグナル伝達系を刺激することにより、糖代謝を改善することが示唆されている。欧米の糖尿病治療ガイドラインでは、メトホルミンは薬価の安さと費用対効果から、第一選択薬に推奨されている。
*2. イベルメクチン
マクロライドに分類される抗寄生虫薬である。放線菌が生成するアベルメクチンの化学誘導体。米メルク製造の商品名はストロメクトール、日本の販売はマルホが行う。静岡県伊東市内のゴルフ場近くで採取した土壌から、大村智(ノーベル医学生理学賞を受賞)により発見された放線菌ストレプトマイセス・アベルミティリスが産生する物質を元に、米製薬メルクが開発した。
*3. フルボキサミン
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)に分類される抗うつ薬のひとつで、ベルギーの化学会社ソルベイ(医薬品部門は現アッヴィ)によって創製された。日本では、1999年5月に発売された最初のSSRIで、うつ病・うつ状態、強迫性障害、社交不安障害に適応がある処方箋医薬品である。
*4. 四重盲検
データの収集や解析で起こりやすい情報バイアスをコントロールするために、対象者、治療者、結果の評価者、データの解析者へ情報を伏せる手法を盲検法という。どのレベルで知らないかによって、一重盲検から四重盲検に分けられる。対象者だけに伏せれば一重盲検、対象者と治療者に伏せれば二重盲検となる。さらに、対象者と治療者だけでなく結果の評価者にも情報を伏せれば三重盲検、対象者と治療者と評価者だけでなくデータの解析者にも伏せれば四重盲検である。

今回の論文のポイント

  • 本研究の結果は、メトホルミンがイベルメクチンやフルボキサミンに比べて、後遺症を有意に予防する可能性があることを示唆しています。
  • 上述のように、2型糖尿病は多くの高齢疾患の原因になることから、メトホルミンは後遺症における他の疾患の治療にも有効であると期待されます。例えば、認知障害・ブレインフォッグ(脳の霧)は、よく知られた後遺症の一つですが、数年後、あるいは、それ以降に認知症へ進行する可能性があると言われています。興味深いことに、コロナとは関係なく、以前より、メトホルミンが認知症の予防に有効だという論文がありました。2型糖尿病は認知症の危険因子ですから、合理的に思われます。このように、COVID-19の後遺症の問題は、ポストコロナの時代において、老年医学における重要な問題になりそうです。

文献1
Carolyn T. Bramante, et al., Outpatient treatment of Covid-19 and the development of Long Covid over 10 months: A1multi-center, quadruple-blind, parallel group randomized phase 3 trial. Preprint with THE LANCET Posted: 6 Mar 2023