新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2023/4/25

ウイルス感染による神経変性疾患発症の促進

文責:橋本 款
図1.

最近、新型コロナウイルス感染症(COVID -19)に罹患すると、認知障害(ブレインフォグ*1など)の後遺症を来たし、将来的にアルツハイマー病(AD)へと進行するリスクが高まるのではないかと懸念されています。実際、以前より、ウイルス感染が多くの神経変性疾患の危険因子になることが報告されて来ました。ADに関しては、ヘルペスウイルスや肝炎ウイルスとの関係が、パーキンソン病(PD)においては、インフルエンザウイルスとの関係がよく知られています。また、昨年のScience誌が選んだ10大ニュース*2の一つは、「エプスタイン・バール(EB)・ウイルス感染による多発性硬化症(MS)の危険の増加」でした。しかしながら、これらの結果は個別のウイルスと神経変性疾患の解析から得られたものであることを考慮すれば、より包括的に調査する必要があると思われます。今回、米国国立老化研究所のLevine博士らを中心とした研究チームは、それぞれ、数十万人のデータが集まっているフィンランドバイオバンクのデータと英国のUKバイオバンクを用い、国レベルの2つのバイオバンクのデータから、様々なウイルス感染が、ADやPDなど様々な神経変性疾患の引き金になっている可能性を確認してNeuron誌に報告しましたので(図1)、その論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Kristin S. Levine, et al., Virus exposure and neurodegenerative disease risk across national biobanks Neuron 2023 Apr 5;111(7):1086-1093.


【背景・目的】

本研究は、大規模な国レベルのバイオバンクのデータを用いて、ウイルス感染と神経変性疾患発症の関係を検討することを目的とした。ほとんど無症状のEBウイルス感染がMSの原因になることから、また、最近では、Covid-19後遺症として、ブレインフォグ症状が高頻度で発生することからも、ウイルス感染が必ずしも脳炎を起こさなくても、ウイルス感染自体が神経変性疾患のリスクになる可能性があるのではないかと推定した。

【方法】

この研究では、まず、フィンランドバイオバンクFinnGen(約30万人のデータが集まっている)から、AD、PD、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、MS、血管性痴呆などの発症前にウイルス感染症の既往があるかどうかを調べて、これにより、ウイルス感染とそれぞれの神経変性疾患の関わりを、感染しなかった人と比べた時のオッズ比として計算した。次に、英国のUKバイオバンク(約50万人のデータが集まっている)で、フィンランドのバンクで抽出されたリスクが確認できるかを調べ、両方でリスクが確認された時に限り、ウイルス感染がその神経変性疾患の原因になったと結論した。

【結果】

  • FinnGenで得られた神経変性疾患の最も高いリスクはウイルス性脳炎*3とAD発症の関係で、オッズ比が30というスコアで、UKバイオバンクでも確認された。これ以外にも、脳内でのウイルス感染はADや痴呆症のリスクになっていた。
  • EBウイルス感染とMSの関係に関しては、オッズ比が3.8程度であった。これは、EB感染はMS発症に必須の条件でも十分ではないからで、実際、世界的にもEBウイルス感染はほとんどの人で無症状である。
  • 驚くべきことに、脳に感染が波及しなくとも、インフルエンザ肺炎が起こると、ALS や痴呆がその後起こるリスクオッズ比が高まることで、UKバイオバンクではALSでオッズ比が7を超えていた。
  • また、肺炎を併発しなくても、インフルエンザに罹患後PDが発症するオッズ比が2−3に上昇することで、インフルエンザウイルス感染は神経変性疾患の引き金になっている可能性が高い。
  • 面白いことに、ウイルス感染から神経変性疾患発症までの期間ごとにオッズ比プロットすると、ほとんどの場合間隔が短いほどオッズ比が高く、時間と共にオッズ比が低下していくことが示されている。

【結論】

以上、実に16種類のウイルス感染と、様々な神経変性疾患の組み合わせがフィンランド、UKのバイオバンク共に確認できた。また、ウイルス感染の急性効果が神経変性疾患発症に関わる可能性が強く示唆された。

用語の解説

*1. ブレインフォグ(brain fog)
新型コロナウイルスの後遺症の一つで、まるで頭の中にモヤがかかったようにぼんやりして物事が思い出せない状態を指した症状である。
*2. 昨年のサイエンス誌が選んだ10大ニュース
科学誌サイエンスは2022年の科学の10大ニュースを選んだ。最も顕著な成果「ブレイクスルー・オブ・ザ・イヤー」として、7月に観測データの公開が始まった米航空宇宙局のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(ウェッブ)を挙げた。ウェッブは、開発費100億ドルとされる世界最大の宇宙望遠鏡。7月以降、遠方の銀河の鮮明な画像や太陽系外にある惑星の大気のデータなどが続々と公開された。同誌は「我々の宇宙とその過去を、かつてないほど詳細に見せてくれた」と評価した。同誌はこのほか、最大で長さ2センチ・メートルの巨大細菌の発見や、NASAの無人探査機による小惑星衝突実験の成功などを選んだ。
*3. ウイルス性脳炎
コクサッキーウイルス、ムンプスウイルス、単純ヘルペスウイルスなどが、脳脊髄膜、または脳に達して炎症を起こすことが原因となる。脳に達していれば脳炎となる。重症化すると、生命に危険がおよぶこともある。高熱と激しい頭痛のほか、嘔吐やけいれん、意識障害、呼吸困難などが生じることもある。症状は急速に現われる。併発することの多いウイルス性髄膜炎では、首のうしろが硬くなり、前に曲げると痛む項部硬直がみられる。髄膜炎は症状が軽く、症状をやわらげる対症療法をおこなう。脳炎は生命に関わり、重い後遺症が残ることもあるため、早い時期に抗ウイルス薬で治療する必要がある。

今回の論文のポイント

  • 2つの国家レベルの大規模な異なるバイオバンクから得られた結果は、様々な神経変性疾患においてウイルス感染が原因の一つになることを強く示唆しています。
  • 今後、ウイルス感染と神経変性疾患の発症という2つのイベントをリンクするメカニズムについて検討する必要があります。
  • 現在のCOVID-19の研究において、コロナのワクチンにより将来、認知症へ進行する可能性が防げるかどうか明らかにすることは、他のウイルス感染と神経変性疾患をワクチンで抑制できるかどうかという問題にも参考になると思われます。

文献1
Kristin S. Levine, et al., Virus exposure and neurodegenerative disease risk across national biobanks Neuron 2023 Apr 5;111(7):1086-1093.