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2023/5/2

小児の原因不明の急性肝炎について

文責:橋本 款

2019年の終わりに発生した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による新型コロナ感染症(COVID-19)は、ワクチンによる予防治療などが功を奏したお陰でパンデミックは鎮静化し、また、ウイルスが弱毒化の傾向にあることなどから、2023年はポストコロナへの移行期とされていますが、これまで、医療の多くがCOVID-19に偏らざるを得なかった事情もあり、多くのコロナ以外の問題が集積しています。最近注目されている従来のA~E型肝炎ウイルスよるものとは異なる原因不明の小児の急性肝炎もそのうちの一つです(図1)。より詳しく申し上げますと、2022年4月15日に世界保健機関(WHO)より小児の急性重症肝炎患者の増加が報告されたのち、英国から2022年7月19日時点で270例、米国から2023年4月12日時点で10歳未満の症例391例、国内においても、162例の可能性例報告があり、肝移植や死亡例も報告されています。それにもかかわらず、原因となるウイルスや感染のメカニズムなど明らかにされていません(図1)。このような状況で、ドイツ・ゲッチンゲン大学のLeiskau博士らは、ドイツ北西部で過去30年以上にわたり発生した小児の重症急性肝不全患者の検討を行い、その結果を報告しましたので(文献1)、今回はそれについて取り上げます。

図1.

文献1.
Leiskau, C. et al, Acute severe non-A-E-hepatitis of unknown origin in children - A 30-year retrospective observational study from north-west Germany. Journal of Hepatology (2023), 78, 971-978.


【背景・目的】

最近、欧米を含む複数の国々で小児の急性肝炎が報告されているが、ウイルスや感染経路などの詳細は不明であり、早急に解明する必要がある。本研究は、ドイツ北西部で過去30年以上にわたり発生した小児の重症急性肝不全患者の後方視的に検討することを目的とした。

【方法】

本研究では、WHOの基準に則り、小児期の急性肝炎症例をドイツの2施設(Hannover Medical School、University Hospital of Essen)から集積し、1990~2018年と2019~2022年の症例の発生状況と予後を比較・検討した。

【結果】

  • 基準を満たした急性肝炎患者は107例(1施設当たり年間2.32症例)であった。発生率は2018年以前の2.2から2019年以降は4.25へと上昇した(p=0.002)。
  • 発症時に黄疸を認めたのは75.7%で、感染を契機としたものは51.4%であった。
  • アデノウイルス*1 が証明されたのは2例で2004年と2016年の症例であった。
  • 69例(64.5%)は小児急性肝不全の診断基準を満たし44例は肝移植を要した。近年の症例、感染症や消化器症状・ALT高値を呈した症例は移植にいたる割合が比較的低く、肝性脳症、INR高値、ビリルビン高値を呈した患者の予後は不良であった。
  • 25例は肝炎後に続発して再生不良性貧血を発症し、19例(17.8%)が死亡した。

【結論】

小児の急性非A~E肝炎は稀だが重篤な疾患であり、多くは急性肝不全に移行した。本研究における近年の症例は報告されている2022年の原因不明の非A~E肝炎に類似しており、過去と比較して予後良好であった。2019年以降の患者増はアデノウイルス以外の誘因があることを示唆している。英国での幅広い小児肝炎に関連して、アデノ随伴ウイルス*2 の関与についての報告がある。

用語の解説

*1. アデノウイルス
アデノウイルス科は、二重鎖直鎖状DNAウイルスで、カプシドは直径約80nmの正20面体の球形粒子をしており、エンベロープは持たない。アデノウイルスは感染性胃腸炎、ライノウイルス等とともに、「風邪症候群」を起こす主要病原ウイルスの一つである。アデノウイルスには51種類の血清型および52型以降の遺伝型があり、A-Gの7種に分類される。
*2. アデノ随伴ウイルス(Adeno-associated virus: AAV)
AAVはヒトや霊長目の動物に感染する小型(20nm程度)の、パルボウイルス科ディペンドウイルス属に分類されるヘルパー依存型のエンベロープを持たないウイルスである。非常に弱い免疫反応しか引き起こさず、病原性は現在の所確認されていない。分裂期にある細胞にもそうでない細胞にもゲノムを送り込むことができ、宿主細胞にゲノムを送り込まずとも染色体外で生存することができる。そのような特色があるためにベクターウイルスを用いた遺伝子治療やヒトの疾患モデル細胞の作成などに用いられる。1型から5型まである。

今回の論文のポイント

  • 小児の急性肝炎は急性肝不全に移行する重篤な疾患です。現時点で、易感染性はなく急速に感染者が増加しないと考えられているのは安心材料かも知れませんが慎重に見守る必要があります。
  • これまでのところ、アデノウイルスやアデノウイルス随伴ウイルス(AAV)との関連が示唆されていますが、確定的ではありません。
  • 通常、無害なウイルスであるAAVが肝炎を引き起こす原因になるとは考えにくいのですが、その理由として、COVID-19の流行に伴う学校等の閉鎖などにより、小児がさまざまな環境に曝露する機会が減少したことに伴い、本来であれば影響のない感染でも大きな反応を惹起してしまう可能性があるのではないかという意見があり興味深いです。

文献1
Leiskau, C. et al, Acute severe non-A-E-hepatitis of unknown origin in children - A 30-year retrospective observational study from north-west Germany. Journal of Hepatology (2023), 78, 971-978.