新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

研究者向け

2023/5/30

Donanemab(ドナネマブ); 早期アルツハイマー病の第III相臨床試験に成功

文責:橋本 款
図1.

アルツハイマー病(AD)の病態においては、アミロイドβ(Aβ)ペプチドの凝集・蓄積による神経変性の促進が中心的な役割を担うとされています。従って、Aβを標的にした治療法が追求されてきました。最近、報告致しましたように(早期アルツハイマー病に対するLecanemab(レカネマブ)の治療効果〈2023/5/10掲載〉)、エーザイ/バイオゲンが開発したLecanemab(レカネマブ)による免疫療法が、早期ADの第III相臨床試験において認知機能の低下を有意に遅延することが示され、米食品医薬品局(FDA)から迅速承認されました(図1)。注目すべきことに、それに続いて、イーライリリー・アンド・カンパニー(米国)が開発したDonanemab(ドナネマブ)が、早期ADの第III相試験に成功し(図1)、FDAへ承認申請することになりました。このようなAβ免疫療法の治験が急展開した原因は必ずしも明らかではありませんが、モノクローナル抗体作成時に凝集しやすいタイプのAβを抗原に使ったこと、あるいは、早期ADを対象にして治療効果を評価したことなどが考えられています。現時点では副作用もわずかであり、今後、ADの根本治療が実現するのもそう遠くないと期待されます。ドナネマブの治験の成功が論文として発表されるまでしばらく時間を要しますから、今回は、リリーが発表したプレスレリース(文献1)を解説致します。


文献1.
Lilly 's Donanemab Significantly Slowed Cognitive and Functional Decline in Phase 3 Study of Early Alzheimer's Disease, May 3, 2023 Lilly News Release


リリーは、2023年5月3日、ドナネマブが早期ADの方の認知機能および日常生活機能の低下を有意に遅延させることを示すTRAILBLAZER-ALZ 2試験(無作為化二重盲検プラセボ対照第III相試験)において肯定的な結果を得たと発表した。ドナネマブは、Integrated Alzheimer's Disease Rating Scale(iADRS)*1 のベースラインから18ヵ月までの変化量において、主要評価項目を達成した。主要評価項目であるiADRSは、認知および日常生活動作(金銭管理、運転、趣味活動、時事問題に関する会話など)を評価するものであるが、さらに、認知機能および日常生活機能の低下に関するすべての副次的評価項目も達成され、統計学的に有意な、主要評価項目と同程度の臨床的ベネフィットが示された。

  • TRAILBLAZER-ALZ 2試験では、アミロイドプラークを標的とする薬剤であるドナネマブの安全性および有効性を評価した。この試験には、軽度認知障害(MCI)および軽度の認知症の段階を含む早期ADの方が組み入れられ、試験参加者はアミロイドプラークが事前に規定したレベルまで除去された時点でドナネマブの投与を完了した。
  • TRAILBLAZER-ALZ 2試験の参加者は、AD進行の予測バイオマーカーである脳内のタウ蛋白の蓄積量によって層別化された。この試験の主要な解析対象集団(1,182例)は統計学的な検出力を有しており、タウ蛋白の蓄積量が中程度で、ADの臨床症状を有する方で構成された。この集団では、18ヵ月間で、主要評価項目(iADRS)の低下が35%遅延し(p<0.0001)、重要な副次的評価項目Clinical Dementia Rating-Sum of Boxes[CDR-SB]*2 の悪化が36%遅延した(p<0.0001)。
  • 事前に規定したその他の副次的な解析では:
    • ドナネマブ群の試験参加者の47%は、投与開始後1年の時点で、疾患の重症度の主要な指標であるCDR-SBの悪化が認められなかった(プラセボ群では29%、p<0.001)。
    • プラークの除去が達成されたために一連の投与を完了した試験参加者の割合は1年の時点で52%、18ヵ月の時点で72%であった。
    • ドナネマブ群の試験参加者では、18ヵ月の時点で、日常生活機能の低下がプラセボ群と比較して40%抑制された(Alzheimer’s Disease Cooperative Study – instrumental Activities of Daily Living Inventory[ADCS-iADL]*3 により測定、p<0.0001)。
    • ドナネマブ群の試験参加者では、プラセボ群と比較して、疾患の次の段階に進行するリスクが39%低下した(CDR 合計スコア、HR = 0.61、p<0.001)。
  • アミロイド関連画像異常(ARIA)*4 の発現割合は、TRAILBLAZER-ALZ試験第II相の結果と一致した。ドナネマブ群では、ARIA-Eは24.0%に発現し、ARIA-Hは31.4%に認められた。プラセボ群では、それぞれ、13.6%、6.1%に発現した。ARIAの症例の大半は軽度~中等度であり、適切な管理により回復または安定した。ARIAは通常は無症候性であるが、重篤かつ生命を脅かす事象が発現する懸念がある。この試験における重篤なARIAの発現割合は1.6%であり、このうち2例の死亡がARIAに起因すると判断され、3例目は重篤なARIAの発現後に死亡した。
  • Infusion related reaction*5 は試験参加者の8.7%に発現し、ほとんどの症例が軽度~中等度であった。

結論

この試験は、ADによる臨床的および機能的な低下を35%という高い水準で遅延させる効果を認めた初めての第III相試験である。

用語の解説

*1.Integrated Alzheimer's Disease Rating Scale(iADRS)
治験とは、臨床試験のうち未承認や適応外の医薬品もしくは医療機器の製造販売に関して、医薬品医療機器等法上の承認を得るために行われる試験である。すなわち、治療や検査の有効性や安全性を調べるのが「臨床試験」で、国からの承認を得るために行われるものを「治験」と呼ぶ。ここ数年、注目を集めているのが「分散型臨床試験(DCT)」で、来院に依存しない臨床試験の形が、新型コロナウイルス感染拡大とともに世界で広がっている。日本でも、訪問看護やオンライン診療を活用した治験が増えていて、DCT専門のチームを立ち上げる医療機関も出てきた。
*2.Clinical Dementia Rating-Sum of Boxes[CDR-SB]
エキセナチドはアメリカドクトカゲの下顎から分泌される毒液に含まれるペプチド(Exendin-4)であり、医薬品として用いられる。ヒトグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体のアゴニストでありGLP-1と同様の作用を持つ。すなわち、膵臓のランゲルハンス島β細胞からの血糖依存的インスリン分泌促進、同α細胞からのグルカゴン分泌抑制、胃からの内容物排出速度の低下などである。
*3.Alzheimer’s Disease Cooperative Study – instrumental Activities of Daily Living Inventory[ADCS-iADL]
ドラッグリパーパシングとは、既存のある疾患に有効な治療薬から、別の疾患に有効な薬効を見つけ出すこと、すなわち、既存薬の再開発である。ドラッグリパーパシングに使われる医薬品は、すでにヒトでの安全性や薬物動態の試験が済んでいるため、いくつかの臨床試験をスキップでき、また薬剤の製造方法が確立しているため開発期間の短縮・研究開発コストを低減できる。しかし、その一方で目的とした効能以外での副作用の可能性も捨てきれない。高騰し続ける医薬品の価格の抑制に期待される。
*4.アミロイド関連画像異常(Amyloid related imaging abnormalities;ARIA)
特に注意する副作用としてアミロイド関連画像異常が挙げられている。ARIAは血液脳関門の障害による脳浮腫による変化のARIA-Eと微小出血によるヘモジデリン沈着によるARIA-Hに大別される。ARIA-Eでは脳浮腫の程度により頭痛や錯乱などの精神症状、吐き気や嘔吐、歩行障害が認められ、ARIA-Hは健常者ではその危険性は低いが、脳血管障害を持つ高齢者では注意が必要であり、治療開始前後に定期的頭部MRI検査による評価が必要とされる。
*5.Infusion related reaction
急性輸液反応。薬剤投与中または投与開始後24時間以内に現れる過敏症などの症状の総称。発生機序は明確ではないが、サイトカイン放出に伴い、一過性の炎症やアレルギー反応が引き起こされると推測されている。薬剤投与の前処置として、抗ヒスタミン薬やステロイドを投与することで、発生頻度の減少が期待できる。

今回の論文のポイント

  • 今年になって、ADにおけるAβ免疫療法の臨床治験(第III相)の成功が続いていますが、脳浮腫・脳出血などの副作用が少数例に観察されました。今後の改良点の一つであると思われます。
  • ADにおける成果は、パーキンソン病など他の疾患に応用することが期待されます。神経変性疾患の疾患修飾治療(根本治療)は、このままアミロイド蛋白の免疫療法で完成するのか、それとも、将来は、遺伝子編集など別の方法に取って代わられるのか(図1)興味深いところです。

文献1
Lilly 's Donanemab Significantly Slowed Cognitive and Functional Decline in Phase 3 Study of Early Alzheimer's Disease,
May 3, 2023 Lilly News Release