新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2023/6/6

注意欠如・多動症に対するデジタル治療の有効性

文責:橋本 款
図1.
図2.

近年、インターネット、人工知能、高速無線通信技術などが発展したことにより、デジタル医療の開発が精力的に検討されてきました。デジタル医療とはデジタル技術を用いた医療に関わる製品やサービス全般を指しますが、特に注目すべきはデジタル治療*1です。これには、遠隔医療システムにより離れた場所から患者の診察ができること、スマートフォンやスマートウォッチから患者の健康状態や病気の兆候を予測できること、蓄えられた大量の医療データを人工知能が解析し、医師の診断を補助するソフトウェアが使えること、音や光、映像によって脳に刺激を与えて精神状態を癒すデバイスが利用できることなどの多くのメリットがあり、加えて、費用も節約できることから、近い将来には医療の主流になると予測されています。デジタル治療は感染症のパンデミックだけでなく、認知症など多くの疾患に適した治療法です(図1)。これに関連して、今回、中国首都医科大学のFan He博士らは、発達障害である注意欠如・多動症(ADHD)*2の患者さんに対するデジタル治療の効果に関する文献のメタアナリシス*3を行い、デジタル治療の有効性を報告しましたので、その論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Fan He et al., Meta-analysis of the efficacy of digital therapies in children with attention-deficit hyperactivity disorder, Front. Psychiatry,16 May 2023


【背景・目的】

注意欠如・多動症(ADHD)は幼年期によく起きる発達障害である。原因ははっきりしていないが、治療は薬物療法を中心に行われている。最近は、コロナ禍が続いたこともあり、デジタル治療が注目されている。従って、本研究の目的は、小児、及び、青年期のADHDの患者に対するデジタル治療の効果をメタアナリシスにより評価することである。

【方法】

上記の目的のために、ADHDに対するデジタル治療の効果に関する31件のデータをMEDLINE, EMBASE*4, Cochrane Library*5, Web of Science*6より抽出・統合して、Stata 15.0(ソフトウェアー)を用いてメタアナリシスを行なった。

【結果】

最終的に、31篇の文献より、4~17歳の2,169人(男1,665人、女504人)を解析した。それぞれの解析に異質性は無く、明らかな出版バイアス*7は、認められなかった。
デジタル治療をADHDの治療に介入することにより、

  • ’不注意の症状’のスコアーは有意に改善した;−0.20(95%信頼区間 [CI] −0.36 ~ −0.04)。
  • ‘持続的パフォーマンスタスクの反応時間’のスコアーは有意に減少(effect, −0.40 95% CI −0.73 ~ −0.07)した。
  • ’衝動的な多動性’のスコアーは有意に減少(effect, −0.07, 95% CI −0.23 ~ 0.09)した。
  • さらに、’実行機能’のスコアーは有意に増加(effect, 0.71, 95% CI 0.37 ~1.04)した。
  • ’作業記憶’のスコアーは有意に増加(effect, 0.48, 95% CI 0.21 ~ 0.76)した。

結論

以上の結果より、デジタル治療はADHD治療戦略に有効であると考えられた。

用語の解説

*1.デジタル治療
デジタル治療は、従来の治療に追加したり、置き換えたりすることが可能であり、副作用が起きにくく、開発コストも従来の薬と比較して低いなど、メリットが大きい。デジタル治療の製品には、スマートフォンなどを活用したアプリやインターネット機器、医療指導者や臨床医によるバーチャルな行動の指導などがあり、言葉や映像などを駆使して開発される。生活習慣や行動を変えることが治療に効果的である慢性疾患の管理、メンタルヘルス、睡眠管理などがデジタル治療の主なカテゴリーであるといわれている。
*2.注意欠如・多動症(ADHD)
ADHDとは、発達水準からみて不相応に注意を持続させることが困難であったり、順序立てて行動することが苦手であったり、落ち着きがない、待てない、行動の抑制が困難であるなどといった特徴が持続的に認められ、そのために日常生活に困難が起こっている状態である。12歳以前からこれらの行動特徴があり、学校、家庭、職場などの複数の場面で困難がみられる場合に診断される。発達障害は、大きく自閉症スペクトラム症(ASD)系、注意欠如・多動性障害(ADHD)系、限局性学習障害(SLD)系の3つに分類されるが重複した特性を持つ場合も多い(図2)。詳細は成書をご覧ください。
*3.メタアナリシス
複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析すること、またはそのための手法や統計解析のことである。メタ分析、メタ解析とも言う。
*4.EMBASE(エンベイス)
エルゼビア・サイエンス(Elsevier Science)社が作成する、医学・薬学文献データベース。
*5.Cochrane Library(コクラン・ライブラリー)
National Health Service(NHS : 英国国民保健サービス)の一環として1992年に発足した国際的な医療評価プロジェクトであるThe Cochrane Collaboration(コクラン共同計画)が発行する検索ツール。
*6.Web of Science (ウェブ・オブ・サイエンス)
クラリベイト・アナリティクス社(旧:トムソン・ロイター)が提供する世界最大級のオンライン学術データベース。
*7.出版バイアス(publication bias)
否定的な結果が出た研究は、肯定的な結果が出た研究に比べて公表されにくいというバイアス(偏り)である。

今回の論文のポイント

  • 今回は、発達障害であるADHDにおけるデジタル治療の有用性について紹介致しましたが、今後、高齢化社会が進むにつれ、デジタル治療は、より多くの疾患の治療に重要になると思われます。
  • デジタル医療は、診療以外にも、予防医療を始め、患者やその家族の利便性を高めるもの、医療関係者の業務活動を改善するものなど様々な目的をもって開発されており、次世代の医療の中心になると予想されます。

文献1
Fan He et al., Meta-analysis of the efficacy of digital therapies in children with attention-deficit hyperactivity disorder, Front. Psychiatry,16 May 2023