膵臓がんの治療には、主として、外科的療法や化学療法が行われますが、多くの場合、数年以内に再発し、生存率は非常に低いので、新しい治療法の開発が精力的に試みられています。その中でも、近年、大部分の膵臓がんの症例で、DNA変異が起きた後に腫瘍の表面に出現するネオアンチゲン*1の値が高いことが示唆されてきましたが、このネオアンチゲンを標的とする個別化ワクチン療法は、T細胞の活性を高めて、患者さんの転帰を改善できる可能性があり注目されています。これに関連して、米国メモリアル・スローン・ケタリング癌センター*2のVinod Balachandran博士らは、膵臓がんの患者さんに対するアジュバント療法*3として、外科手術で摘出した組織のゲノム解析から得られたネオアンチゲンの情報をもとに個別化mRNAワクチンを投与し、さらに、化学療法と免疫療法を併用した第一相臨床試験を行いました(図1)。その結果、患者さんの50%で、このワクチンにより、強い免疫応答が誘導され、がんの再発を遅らせる効果が生じ得ることを見出しました。その論文(文献1)がNature誌(Article)に掲載されましたので報告致します。
膵臓がんの有効な治療法は確立されておらず、致死率は88%と非常に高い。一つの可能性は、遺伝子変異により生じたネオアンチゲンはT細胞の抗原となり、ワクチン療法に適していることである。
本研究は、外科的に切除した膵臓がんの組織を解析して患者さん個別のネオアンチゲンのmRNAワクチンをリアルタイムで作成し、ワクチンとカチオンリピッドからなるリポフレックス*4の投与を化学療法や免疫療法など他の治療法と併用した第一相臨床試験(16人)である。
外科手術に引き続き、免疫チェックポイント阻害薬*5(atezolizumab; an anti-PD-L1)による免疫療法、4種の抗がん剤(葉酸、フルオロウラシル、イリノテカン、オクサリプラチン)からなる化学療法、ワクチンによる治療(~20個のネオアンチゲンのmRNAワクチンよりなるリポフレックス)を行ない、ネオアンチゲン特異的なT細胞のアッセイ、再発が無い18ヶ月後の生存などで評価した。
以上の結果は、膵臓がんの治療における個別化mRNAワクチンの可能性を示すだけでなく、疾患の治療手段としての個別化mRNAワクチンの一般的な有効性を示す証拠となった。この初期結果は、サンプルサイズが小さいという問題があるものの、今後、研究の規模を大きくして、膵臓がんの治療法としての個別化mRNAワクチンを調べる必要があることを示している。