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2023/6/13

コンピューターゲームやクロスワードパズルによる軽度認知障害の治療効果

文責:橋本 款
図1.

最近お伝えしましたように、アルツハイマー病(AD)の治療研究は、臨床治験が成功したこともあり、AD脳で凝集・蓄積して神経毒性の原因となるアミロイドβ(Aβ)の除去を試みる免疫療法が主流になっています(早期アルツハイマー病に対するLecanemab(レカネマブ)の治療効果〈2023/5/10掲載〉)、(Donanemab(ドナネマブ); 早期アルツハイマー病の第III相臨床試験に成功〈2023/5/30掲載〉)(図1)。しかしながら、免疫療法のみに限らず、多くの異なる角度からアプローチすることも大事だと思われます。例えば、本を読む、楽器の演奏をする、絵を描く、編み物や手芸をする、語学の勉強をするなどの知的な活動をするとき、人は考えたり、記憶したり、判断したりといった認知機能を働かせます。認知症の予防には、こうした知的活動を充実させることが大切でしょう。これに関連して、今回、米国デューク大学を中心とした研究チームは、軽度認知障害(MCI)*1 の患者さんにコンピューター認知ゲーム (Computerized Cognitive Games Training; CCT)*2 やクロスワードパズルによる脳のトレーニングを18ヶ月間行なってもらい(図1)、その効果を機能的磁気共鳴画像法(Functional magnetic resonance imaging: fMRI)*3 による画像解析によって評価した結果、CCTやクロスワードパズルが、なんらかの思考や関心や注意を伴わない、ぼんやりと安静状態にある脳が示す神経活動であるデフォルトモードネットワーク(DMN)*4 自体やDMNと他の大規模な脳のネットワーク機能的結合性*5 を改善する事によりMCIの治療に対して有効かも知れないことを見出して報告しましたので、その論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Jeffrey R Petrella et al., Impact of Computerized Cognitive Training on Default Mode Network Connectivity in Subjects at Risk for Alzheimer's Disease: A 78-week Randomized Controlled Trial, J Alzheimers Dis., 2023;91(1):483-494.


【背景・目的】

MCIはADのハイリスクグループである。CCTは認知ネットワークのターゲットを絞った調整を通してMCIを改善しようとする治療戦略である。本研究は、CCTとターゲットを絞らないアクティブな頭の体操(クロスワードパズル)の機能的ネットワークを通したMCIの改善効果を評価することを目的にした。

【方法】

この研究では、まず107人のMCIの患者さん; 55~95歳、ミニメンタルステート検査*6 23点以上、をランダムにCCTとクロスワードパズルの2つのグループに分けて治療を行なった。開始後、18ヶ月の時点で安静時機能的MRIにより、DMN自体の、あるいは、DMNと他の大規模な脳のネットワーク;執行管理、顕著性、感覚運動、との間の機能的結合性を評価した。

【結果】

  • 一次分析においてDMN自体の機能的結合性は、CCTとクロスワードパズルの2つのグループの間で有意な差は認められなかった。
  • しかしながら、二次分析において、後期MCIの患者さんの群に限って、DMNと顕著性ネットワークとの間の機能的結合性、さらに、DMN自体の機能的結合性に、2つのグループの間で有意差が生じた(p<0.05)。クロスワードパズルのグループにおいて認知度の衰退が減少しており、これに伴って、機能的結合性は増加した。

結論

以上の結果は、DMNの機能的結合性に対して、CCTとクロスワードパズルの2つの間で異なる効果があることを示すものではない。しかしながら、DMNと他の大規模な脳のネットワーク機能的結合性の改造においてクロスワードパズルの方が効果的かも知れない。

用語の解説

*1.軽度認知障害(MCI)
MCIとは、認知症のハイリスクグループ(将来認知症になる可能性がより高いグループ)のことをいう。年齢相応の認知の衰えと、より深刻で病的な意味合いの強い認知症の間に存在する状態であると考えられている。MCIで影響を受ける主要症状としては記憶力の低下があり、加齢では説明できない程度の衰えを示すことになる。自分自身でも違和感を覚えながらも、生活に支障をきたすほどではないため医療機関を受診することは少ない。しかし、将来的に本格的な認知症を発症する可能性があり、年間10~15%の人が認知症に移行すると考えられてる。このようなことから、MCIは認知症の前段階であり、年齢的なものとして片付けずに医療的に介入することが重要である。
*2.コンピューター認知ゲーム (Computerized Cognitive Games Training; CCT)
Aゲームをプレイすることは脳への刺激になり、認知能力の向上につながるかもしれない。ゲーム画面を見ながらコントローラを操作するということは、右手と左手を同時に、目から入ってくる情報と協調させながら動かすという、複雑な課題をこなすことになり、必然的に、脳の複数の領域を連動させつつ働かせることになる。ゲームをプレイすることで視覚能力や意思決定能力が高まり、脳の左半球と右半球のバランスや連携が向上する可能性が着目されている。
*3.機能的磁気共鳴画像法(Functional magnetic resonance imaging: fMRI)
磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging; MRI)を用いて1990年代から脳機能を解明するための研究する技術として使用され、ヒト脳の機能解明に大きく貢献した。当初は脳局所の機能解明法として使用されてきたが、2010年以後は脳局所機能に加え、連絡性を調べる技術として使用されるようになり、その後も全脳の機能・構築・連絡性(コネクトーム)を解明する技術、脳がつかさどる心理状態を解読(デコーディング)する技術、神経難病や精神病態を診断(自動画像診断)する技術 などの開発が急速に進んでいる。まだ臨床診断法として確立した技術ではなく、あくまで研究用として使用されている。
*4.デフォルトモードネットワーク(default mode network: DMN)
脳の血流量の変化を可視化するfMRIを用いると、何もしない安静時にのみ、活動が活発になる脳の領域が複数存在し、互いに同期することが明らかになった。この活動はDMNとよばれ、自己認識、見当識、および記憶に関わる基本的な役割があると考えられている。神経変性疾患におけるDMN解析の意義に関しては日本語の総説も出ていますので(渡辺ら、神経治療33:186–190,2016)、興味のある方は、ご覧ください。
*5.ネットワーク機能的結合
脳神経科学分野における機能的結合とは、単一神経細胞レベルから脳領野レベルに至るまでのさまざまな空間スケールにおいて定量化された脳活動時系列間の統計的依存性のことを指す。統計的依存性を定量化する機能的結合の代表的な指標としては相関係数が挙げられ、異なる二つの神経細胞や脳領野などの活動時系列同士が互いに強く同期している場合、これらの間の機能的結合が強いと解釈される。機能的結合は、白質の解剖学的な接続性のことを指す構造的結合とも密接に関連しており、構造的結合の場合と同様に、個々の結合の性質のみならず、多数の結合から構成されたネットワークの性質を明らかにしようとする研究も進められている。また、機能的結合がどのように時間変化しているのかを明らかにしようとする研究や、機能的結合を個人の特定などのさまざまな用途に応用しようとする研究なども広く実施されるようになっている。
*6.ミニメンタルステート検査(Mini-Mental State; MMSE)
認知機能障害を簡易的にスクリーニングするためのスケール。もともとは、認知機能障害を併発する精神疾患患者さんのスクリーニングを目的として開発されたが、検査が容易であることから精神疾患の有無によらず、認知症の診断に広く使用されるようになった。MMSEは30点満点の検査で、23点以下を認知症疑いとし、27点以下をMCI疑いとする。

今回の論文のポイント

  • 本研究の結果は、CCTやクロスワードパズルがDMNや他の大規模な脳のネットワーク機能的結合性の改善効果を通してMCIの治療に対して有効かも知れないことを示唆しています。
  • 当然、アミロイド免疫療法と相加・相乗効果あるかが期待されます。fMRIによる評価は非侵襲的であることが今後の研究における大きな利点の一つです。

文献1
Jeffrey R Petrella et al., Impact of Computerized Cognitive Training on Default Mode Network Connectivity in Subjects at Risk for Alzheimer's Disease: A 78-week Randomized Controlled Trial, J Alzheimers Dis., 2023;91(1):483-494.