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2023/7/12

韓国における前立腺癌に対するダビンチ手術の成績

文責:橋本 款
図1.

最近、お伝えしている様に、mRNAワクチン、がん免疫、Crispr-Casシステムを用いた遺伝性編集など、医学の進歩は枚挙にいとまがない状況ですが、外科領域における大きな進展と言えば、低侵襲ロボット支援手術、所謂、ダヴィンチ(da・Vinchi)手術で異論はないでしょう。ダヴィンチ手術とは、アメリカのインテュイティヴ・サージカル社が開発した手術支援用ロボット「ダヴィンチ」を用いた手術のことで、低侵襲技術を用いて複雑な手術を可能とするために開発され、日本でも、ダヴィンチ手術は多くの臓器における手術において、一般的になってきました。「ダヴィンチ」は、高画質で立体的な3Dハイビジョンシステムの手術画像のもと、人間の手の動きを正確に再現する装置です(図1)。術者は鮮明な画像を見ながら、人の手首よりはるかに大きく曲がって回転する手首を備えた鉗子を使用し、精緻な手術を行うことができます。ダヴィンチ手術は、傷口が小さく、術中出血量が少なく、低侵襲であるため、退院までの期間が短縮される可能性がありますが、まだ、その歴史は浅いため、手術成績は十分に評価されていません。最近、韓国高麗大学*1 のJung博士らは、国民医療保険による払い戻し請求の情報に基づいて、前立腺がんに対するダヴィンチ手術と従来の根治的前立腺全摘術の治療成績を比較・検討して報告しましたので、今回はこの論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Jung J et al., Outcomes of prostate cancer patients after robot-assisted radical prostatectomy compared with open radical prostatectomy in Korea, Sci Rep 2023 May 15;13(1):7851.


【背景・目的】

前立腺がんの手術では、前立腺の取り残しをなくすことで根治性を高め、さらに前立腺の周辺の組織などへのダメージを減らすことが望ましいが、これらの課題を克服するのが「ダヴィンチ」だと期待されている。これに関連して、本研究は、前立腺がんに対するダヴィンチ手術と従来の根治的前立腺全摘術の治療成績を比較検討すること目的とする。

【方法】

韓国の国民健康保険サービスの資料に基づくと、2009~2017年の間に前立腺がん15,501例に対して、ダヴィンチ手術は12,268例に、従来の根治的前立腺全摘術は3,233例に施行された。これら2つの異なる手術方法の結果に関して、傾向スコア・マッチング*2 後にコックス比例ハザードモデル*3 を用いて解析した。

【結果】

  • 注目すべきことに、ダヴィンチ手術後におけるすべての原因による死亡率は根治的前立腺全摘術後におけるそれをはるかに上回った。ハザード比は3ヶ月の時点で、(6.72, 2.00-22.63, p = 0.002)、12ヶ月の時点で、(5.55, 3.31-9.31, p < 0.0001)であった。
  • ソウル大学病院などの4大病院におけるダヴィンチ手術後の死亡頻度は全病院におけるそれよりも明らかに多かった(3ヶ月;1.6% vs. 0.63%, 12ヶ月;6.76% vs. 2.92%)。
  • ダヴィンチ手術は、根治的前立腺全摘術に比べて、肺炎や腎不全のような手術の合併症を多く伴っていた。

【結論】

ダヴィンチ手術後の死亡率は、根治的前立腺全摘術のそれよりも有意に高かった。これまで言われて来たようにダヴィンチ手術が根治的前立腺全摘術よりも優れている様な結果が得られなかったのは、恐らく、高齢者に対するダヴィンチ手術の数が増えているからだろう。高齢者には、より繊細で几帳面な手術が要求される。

用語の解説

*1.高麗大学 (Korea University, or Gachon University)
高麗大学は、大韓民国のソウル特別市城北区に本部を置く私立大学。世界大学ランキングトップ100に入る韓国の名門大であり、ソウル大学校 (Seoul National University)、延世大学校 (Yonsei University)と共に「SKY」と呼ばれる3つの最難関大学の中の一つである。
*2.傾向スコア・マッチング (Propensity score matching)
観察データの統計分析の分野において、治療を受けることを予測する共変量を考慮して、処置(treatment)、方針、その他介入の効果を推定しようとするマッチング手法。
*3.コックス比例ハザードモデル (Cox proportional hazard model)
生存時間分析のためのノンパラメトリックな手法の1つで、比例ハザードモデルとも言う。 生存時間データのほかに年齢や性別などの共変量を用いることで、共変量が生存時間に与える影響を調べることができる。詳細は統計学の成書をご覧ください。

今回の論文のポイント

  • 本研究の結果は、前立腺がんの手術においては、ダヴィンチ手術は根治的前立腺全摘術よりも術後の成績が良くないことを示しています。今後、ダヴィンチ手術を、特に高齢者に対して行う時は、このことをよく認識しておく必要があります。
  • 「ダヴィンチ」は、元々は、1980年代末に米国陸軍が国防高等研究計画局に開発を依頼したものです。ダヴィンチ手術は、アメリカ本土またはアメリカ空母に滞在中の医師によって、遠隔操作で戦場の負傷者に対して必要な手術を行うことを目的としたことに由来します。人の病気を治すための手術が人の命を奪うことになる戦争によって始まったのは皮肉なことです。

文献1
Jung J et al., Outcomes of prostate cancer patients after robot-assisted radical prostatectomy compared with open radical prostatectomy in Korea, Sci Rep 2023 May 15;13(1):7851.