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2023/9/26

パーキンソン病のバイオマーカーとしてのエクソソーム蛋白

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 本コホート研究の結果は、血清エクソソーム(Exosome)*1中のシナプス蛋白(SNAP25, GAP43, synaptotagmin-1など)が、パーキンソン病(PD)のバイオマーカーとして使える可能性を示唆するものであり、Exosomeをターゲットにした新しいPDの診断法・治療法の開発が期待されます。
  • 本論文では言及されていませんが、神経変性疾患では、Exosomeを介して、アミロイド蛋白質やその凝集体が分泌され、細胞間での蛋白質の凝集の伝搬を促進する可能性があることも注目されています。
図1.

神経変性疾患の研究分野で、アミロイド蛋白(アミロイドβ、α-シヌクレインなど)に対する免疫療法と共に精力的に行われてきたのが疾患のバイオマーカー(Biomarker)*2に関する研究です。言うまでもなく、神経変性疾患の診断や治療効果の指針として役立つような分子を同定することが目的ですが、これに関連して、最近、注目されてきたのがExosomeです。Exosomeは、細胞から放出される細胞外小胞で、タンパク質、DNA、RNAなどの生体物質を運んでおり(図1)、生理的な、及び、病理的な細胞間のコミュニケーションに重要な役割を担っていると考えられています。興味深いことに、Exosomeは脳血液関門を通過できることから、血清中のExosomeは脳の状態を反映しており、血清Exosomeの含まれる分子が神経変性疾患のBiomarkerになる可能性があると思われます。このような考えに基づいて、台湾タイペイ医科大学のChien-Tai Hong博士らは、PD患者さんと健常者由来の血清Exosomeを解析するコホート研究を行ない、いくつかの蛋白のPDの進行と有意に相関することを報告しましたので、今回はその論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Plasma extracellular vesicle synaptic proteins as biomarkers of clinical progression in patients with Parkinson’s disease: A follow-up study
Chien-Tai Hong et al.,medRxiv Posted June 04, 2023


【背景・目的】

シナプスの機能不全はPDを含む神経変性疾患の病態において中心的な役割を占めるが、細胞外小胞(Extracellular vesicle)の蛋白質はBiomarkerとしての重要性が認識され始めている。本研究は、血清Exosome中のシナプス蛋白の、PDのBiomarkerとしての有効性、PDの進展との相関性を評価することを目的とした。

【方法】

PD(PwP)101人、健常者(HCs)43人の計144人が登録された。

【結果】

  • PwP、HCsのいずれにおいても1年間のフォローアップ前後で血清Exosome中のシナプス蛋白の発現量に有意な変化は認められなかった。
  • PwPにおいて、血清Exosome中のシナプス蛋白の発現量は、統一パーキンソン病評価尺度(UPDRS)*3のパートII, 及び、IIIのスコアの変化と有意に相関した。
  • さらに、血清Exosome中のいずれかのシナプス蛋白(SNAP25, GAP43, synaptotagmin-1)発現量が増加した前四分位のPwPでは、年齢、性別。病歴の長さを補正した後も、他のPwPに較べてUPDRSのパートII, IIIのスコアが大きく増加した。

【結論】

これらの結果は、血清Exosome中のシナプス蛋白が、PDの進行度に対する臨床的なBiomarkerとして使える可能性を示唆している。しかしながら、予後に対するBiomarkerとして使えるかどうかは、より長期間のフォローアップをして判断する必要がある。

用語の解説

*1.エクソソーム(Exosome)
Exosomeは細胞から分泌される直径50-150 nm(ナノメートル)の顆粒状の物質である。その表面は細胞膜由来の脂質、蛋白質を含み、内部には核酸(マイクロRNA、メッセンジャーRNA、DNAなど)や蛋白質など細胞内の物質を含んでいる。Exosomeは細胞外小胞の一種とされており、細胞外小胞にはExosomeのほかにマイクロベシクル、アポトーシス小体があり、それぞれ産生機構や大きさが異なる。Exosomeはエンドソーム由来の小胞、マイクロベシクルは細胞から直接分泌された小胞、アポトーシス小体は細胞死により生じた細胞断片である。
*2.バイオマーカー(Biomarker)
ある疾患の有無、病状の変化や治療の効果の指標となる項目・生体内の物質を指す。 Biomarkerとして使用されるものは、主に血圧、心拍数や心電図、血液中に測定されるタンパク質等の物質といった生体由来のデータとなる。
*3.統一パーキンソン病評価尺度(UPDRS)
UPDRSはPDの重症度や進行度を測定するために用いられる包括的なツールである。このスケールは4つのパートに分かれており、各パートは、それぞれ異なる得点範囲を持ち、得点が高いほど症状が重いことを示す。UPDRSの総スコアは、0~147の範囲で設定できる。しかし、UPDRSは単なる数値ではなく、総合的な評価ツールとして使用する必要がある。
  • パートI_精神、行動、気分: 4つの項目(知的障害、思考障害、抑うつ、不安、無関心)はそれぞれ0から4までのスケールで評価される(16点満点)。
  • パートII_日常生活動作(ADL): 13項目(言語、嚥下、手書き、着替え、衛生、転倒、唾液分泌、寝返り、歩行、食べ物を切るなど)のそれぞれを0から4までのスケールで評価される(52点満点)。
  • パートⅢ_運動検査: 14項目(発話、表情、安静時振戦、動作・姿勢振戦、硬直、指たたき、手指運動、手足の急速交互運動、脚の敏捷性、椅子からの立ち上がり、姿勢、歩行、姿勢安定、体の徐動・低動)のそれぞれを0~4点で評価される(56点満点)。
  • パートIV_治療の合併症: 11項目(ジスキネジア、臨床的変動、早朝ジストニア、食欲不振、吐き気、嘔吐、睡眠障害、起立・転倒時のめまい、すくみ足、幻覚、精神病、抑うつ・不安気分、衝動制御障害)は0~4で評価されるが、すべての項目で0~4の範囲が完全にあるわけではない(23点満点)。

文献1
Plasma extracellular vesicle synaptic proteins as biomarkers of clinical progression in patients with Parkinson’s disease: A follow-up study
Chien-Tai Hong et al.,medRxiv Posted June 04, 2023