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2023/9/21

中年で起こる鬱症状は、若年性アルツハイマーの危険信号かもしれない?

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • アルツハイマー病(AD)、特に若年型(early-onset AD; EOAD)は鬱を初期症状として発症し、しばしば、非典型的な症状を呈する。そのため、EOADは誤診を招いたり、見過ごされることが多い。
  • 神経心理学的検査*1(MMSE、MOCAなど)と画像診断(MRI、PETなど)を組み合わせた多角的な視点からのアプローチが、EOADの診断・治療に対して効果的です。
図1.

ADは、発症前ADの段階から、軽度認知障害(MCI)を経て、ADによる認知症の発症と進行性の経過をたどりますが、現時点で、進行したADに対する根治療法は存在しないので、有効な早期治療を行うには正確な早期診断が必要になってきます。しかしながら、早期ADの鑑別診断は容易ではありません。脳血管性認知症やレビー小体型認知症などAD以外の認知症との鑑別はよく言われますが、あまり話題にならないのが、ADと鬱病の鑑別です。鬱は65歳以下で発症するEOADの初期症状の一つであり、EOADにおける鬱症状と鬱病の病態は似ており(図1)、さらに、鬱病は統合失調症と共にメジャーな精神疾患の一つで頻度の高いものですから、当然、誤診されやすくなります。今回、紹介致します論文(文献1)においては、中国大連医科大学のMeichen Liu博士らが、鬱病として治療していた患者さんが9年後にEOADであることが判明した症例を報告し、この経験に基づいて、神経心理学的検査と、いくつかの画像診断を組み合わせることが初期ADのスクリーニングに重要であろうと述べています。


文献1.
Early-onset Alzheimer’s disease with depression as the first symptom: a case report with literature review.
Liu M et al.,Front. Psychiatry 14 (2023) 1192562.


【背景・目的】

ADは、ありふれた神経変性疾患であるが、65歳以下で発症するEOADの患者さんは、しばしば、非典型的な症状を呈するので、診断を誤ったり、見逃したりしやすい。したがって、非侵襲的で定量的解析に優れた多用な神経画像検査が、診断やその後のフォローアップに重要になってきた。本論文では、著者らが経験した症例報告を通してこれを検討した。

【症例】

我々が報告する患者さんは、59歳の女性で、46歳の時に発症した鬱症状により、50歳から59歳まで鬱病として治療を受けていたが、53歳の時に、記憶力の喪失、見当識障害*2を発症し、最終的に痴呆状態になり、最近、EOADと診断された。

【経過】

  • MoCAやMMSEなどの神経心理学的検査のスコアは年々低下して、最終的に認知症疑いの基準値になり、多用な神経画像検査を診断に追加した。
  • MRI(Magnetic Resonance Imaging)検査では、海馬は年々萎縮し、大脳皮質の萎縮は広汎に見られた。
  • 18F-FDG PET検査*3では右頭葉、両側前頭葉、両側関節頭頂側頭領域、両側後帯状糖代謝において代謝の低下を認めた。
  • 18F-AV45 PETアミロイドイメージング検査*4により大脳皮質にアミロイドの集積を確認した。

【結論】

EOADは鬱を初期症状として発症し、しばしば、非典型的な症状を呈するため、誤った診断をされがちである。神経心理学的検査と画像診断を組み合わせることがADの診断に効果的であった。

用語の解説

*1.神経心理学的検査
高次脳機能を評価するための検査であり認知症診療においては必須の検査である。認知症に伴う症状としては、中核症状と行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia; BPSD)があり、これらの症状を定量化する目的で神経心理学的検査が用いられる。神経心理学的検査は、スクリーニングとしての検査、認知症の進行度合いや治療効果の評価としての検査、鑑別診断の補助としての検査に分類することができる。スクリーニングとしての認知機能検査はいくつかあるが、MoCAやMMSEがよく用いられる。
  • MoCA(Montreal Cognitive Assessment)
    MoCAまたはMoCA-J(Japanese version of MoCA)は視空間・遂行機能、命名、記憶、注意力、復唱、語想起、抽象概念、遅延再生、見当識からなり、MCIをスクリーニングする検査である。MoCAは25点以下がMCIであり、感度80-100%、特異度50-87%である。MoCAはMMSEよりも糖尿病患者の認知機能障害を見出すことができる。
  • MMSE(Mini-Mental State Examination:ミニメンタルステート検査)
    MMSEは時間の見当識、場所の見当識、3単語の即時再生と遅延再生、計算、物品呼称、文章復唱、3段階の口頭命令、書字命令、文章書字、図形模写の計11項目から構成される30点満点の認知機能検査である。MMSEは23点以下が認知症疑いである(感度81%、特異度89%)。27点以下は軽度認知障害(MCI)が疑われる(感度45-60%、特異度65-90%)。
*2.見当識障害
見当識障害は、記憶障害と並んで早くから現われる障害である。見当識とは、現在の年月や時刻、自分がどこにいるかなど基本的な状況を把握することをいう。時間に関する見当識が薄らぐと、長時間待つとか、予定に合わせて準備することができなくなる。
*3.18F-FDG PET検査
PET(positron emission tomography)検査は、がんのある部位や、心臓や脳の働きを断層画像(輪切りや縦切りの断層があります)としてとらえ、病気の原因や病状を的確に診断する新しい検査法である。この検査では、ポジトロンを放出する薬(18F-FDG;18F-フルオロデオキシグルコース)を、静脈から注射する。
*4.18F-AV45 PETアミロイドイメージング検査
PET検査において、脳アミロイドイメージングの試薬としてflorbetapir F18(18F-AV45)を用いる。

文献1
Early-onset Alzheimer’s disease with depression as the first symptom: a case report with literature review.
Liu M et al.,Front. Psychiatry 14 (2023) 1192562.