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2020/09/07

新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム上の変異が重症化と関連

文責:宮川 卓

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)において、最も注目されている点の一つとして、重症化があります。これまでの研究から、高齢な方、肥満、糖尿病、高血圧などが、重症化のリスク因子として報告されています。また重症化に関わる人の遺伝的な要因も報告されています。この人の遺伝的要因を詳しく知りたい方は、「新型コロナウイルスの重症化の遺伝的要因(2020/07/02掲載) の記事をご覧ください。

一方、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)自体のゲノム上の変異が、重症化と関連する可能性も以前より検討されていました。そして、今回新型コロナウイルスのゲノム上で、382個のヌクレオチドが欠失した変異株のウイルスに感染した人では、重症化するリスクが低いとの研究結果を、シンガポールの研究グループがランセット(Lancet)誌に報告しました(引用文献1)。

まず、382個のヌクレオチドが欠失した新型コロナウイルス(以降Δ382)について、説明します。最初にΔ382が見つかったのは、2020年1月と2月にシンガポールで起きた複数のクラスターにおける患者からでした。ウイルスのゲノムの全ての塩基配列を決定したところ、Δ382では、塩基配列の中でタンパク質に翻訳されて働いていると予想される領域であるオープンリーディングフレーム(ORF)の7bの一部と8の大部分を失っていることがわかりました(図1)(引用文献2)。なお、このΔ382は台湾からも報告されていますが、2020年4月以降のCOVID-19の患者ではΔ382は検出されていません。

図1 SARS-CoV-2の一部の群に見られるORF8周辺に生じた変異の特徴

deletion:
欠失(塩基配列の一部が失われること)
ORF:
オープンリーディングフレーム(塩基配列の中でタンパク質に翻訳されて働いていると予想される領域)

(DOI: 10.1128/mBio.01610-20 Figure 1より)

そこで筆者らは、2020年1月22日から3月21日の間で新型コロナウイルス陽性であった患者の中で、フォローアップ解析が可能である131例を対象に、Δ382の変異の有無と臨床症状について詳細な解析を実施しました。まず感染状況ですが、92例(70%)は野生型のみ(Δ382の変異無し)に感染しており、29例(22%)はΔ382のみに感染していました。残りの10例(8%)は野生型とΔ382を混合で感染していました。次に、臨床所見について解析した結果、酸素投与が必要であった低酸素血症の患者は、Δ382のみ感染群では29例中に0例(0%)、野生型とΔ382を混合感染群では10例中3例(30%)及び野生型のみ感染群では92例中26例(28%)でした(図2)。年齢、併存疾患を統計学的に調整した解析結果においても、野生型及び混合感染群に比べて、Δ382のみ感染群では低酸素血症による酸素投与が必要となるリスクが有意に低いことがわかりました(オッズ比0.07)。さらに他の臨床所見に関しても、Δ382のみ感染群では良好な臨床症状を示していました。

図2 臨床症状の比較 (DOI: 10.1016/S0140-6736(20)31757-8 Table 1より)

次に、患者血漿中の免疫成分を調べた結果、Δ382に感染した患者では、野生型に感染した患者に比べて、炎症性サイトカイン、ケモカイン及び成長因子の濃度が低いことがわかりました。これらの炎症性の免疫成分はCOVID-19の重症患者でも高い濃度を示すことが知られています。Δ382のみに感染した患者では、経過が良好であることと一致した結果と言えます。逆に、免疫応答の司令塔とも言われているT細胞が産生するサイトカイン(特にIFN-γ)が、Δ382に感染した患者で高い濃度を示しました。COVID-19の重症化とリンパ球減少症やT細胞の機能的消耗が関連することが先行研究で明らかにされており、本研究の結果と合わせて、感染の初期段階におけるIFN-γなどの産生が、新型コロナウイルスを効果的に排除できるT細胞の機能を持続的に活性化できるのではと、論じています。

しかし、野生型とΔ382で、なぜ一つ前の段落で述べたような違いを引き起こすか、はっきりとしたことはわかっていません。野生型とΔ382で、ウイルスの複製能力には差がないことは確認されています。しかし、いくつかの先行研究から、Δ382はORF8を失っていますが、このORF8が免疫機構において重要な働きをするHLAクラスI(下記の「HLAの主な役目」も読んでください)を抑制することで、細胞性傷害性T細胞がうまく活性化されず、結果的にウイルスは適切に排除されないことが、理由の一つではないかと論じています。そして、ORF8やΔ382をさらに研究することが、治療法やワクチンの開発に役立つと、筆者らはこの論文中で主張しています。

Δ382は現在検出されなくなりましたが、図1のようにORF8の領域で一部のヌクレオチドが欠失したウイルスが、オーストラリア、バングラデシュ、スペインで検出されています。残念ながら、Δ382以外のこれらの変異ウイルスと臨床症状については、まだ解析されていません。また、現在PCRにより新型コロナウイルスに感染しているか検査されていますが、このPCR検査では変異の有無はわかりません。国立感染症研究所の報告によると、この新型コロナウイルスは1年間に 24.1 箇所の変異を生じることが想定されています。そのため、新型コロナウイルスのゲノムの塩基配列を直接解読することで、継続的に変異を検出していく必要があります。そして、検出された変異と臨床症状などとの関連性を解析することにより、ウイルスの持つ性質を知ることができ、さらには強毒性と弱毒性のウイルスを変異ベースで分類することが可能になるかもしれません。これまでにも重症化のリスク因子として、肥満、糖尿病、高血圧、人の遺伝要因などが同定されており、これにウイルスの変異情報が加われば、精度の高い重症化予測とそれに応じた対策が取れることも、期待できます。

HLAの主な役目

HLA(ヒト白血球抗原)は、「自己」と「非自己(外来の病原微生物など)」を識別するなど、免疫機構として重要な役目を持っています。細胞表面上に存在するHLA分子は、ペプチド(タンパクの一部)と結合して、T細胞に提示します。ペプチドが非自己由来であれば、T細胞はそれを認識し、排除するために免疫反応が活性化します。ウイルスも通常であれば、ウイルス由来のペプチドがHLAによって提示されて、T細胞はそのウイルスを非自己として認識し、攻撃します。しかし、ウイルスも生き残るために非自己として認識されないよう、様々は手段を使います。例えば、HLAの働きを阻害したり、HLAの発現を抑えたりします。ORF8によりHLAクラスIの働きを抑制することで、新型コロナウイルスは生き残りを図っているのかもしれません。


  1. 引用文献1.
    Young et al., Effects of a major deletion in the SARS-CoV-2 genome on the severity of infection and the inflammatory response: an observational cohort study. Lancet 2020 396(10251):603-611. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31757-8.
  2. 引用文献2.
    Su et al., Discovery and genomic characterization of a 382-nucleotide deletion in ORF7b and ORF8 during the early evolution of SARS-CoV-2. mBio 2020 11(4):e01610-20. doi: 10.1128/mBio.01610-20.