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2024/3/5

新型コロナ後遺症における「労作後倦怠感」発症のメカニズム

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 労作後倦怠感(PEM: Post-exertional malaise)*1は、新型コロナ感染症(COVID-19)の後遺症や慢性疲労症候群*2の主症状の一つであるが、そのメカニズムは不明である。
  • 本研究では、COVID-19罹患後に後遺症が現れる患者さんにおいては、現れない患者さんに較べて、筋力が低下し、ミトコンドリアの機能不全が起きていることがわかった。
  • 本研究の結果より、コロナ後遺症や慢性疲労症候群に対して、ミトコンドリアを標的にした治療法の開発が期待される。
図1.

最近は、新型コロナ感染症(COVID-19)の重症化率は下がってきましたが、後遺症の問題は増加しています。これまで、新型コロナ後遺症で多いのは、喀痰・咳嗽、倦怠感、筋力低下や嗅覚・味覚障害障害などで、記憶障害も起こりやすいことが知られています。これらの後遺症は、年齢や既往症、基礎疾患の有無、コロナ発症時の重症度、変異株の種類に関わらず、コロナに罹患した全ての人に起こる可能性があるので重要な問題であり、そのメカニズムを明らかにして治療法を確立する必要があります。この様な背景で、今回は、PEMに関する最近の話題を取り上げます。PEMとは、ちょっとした身体的・精神的・感情的な労作後、数時間・数日以内に急激に強い倦怠感が出てしまうという症状のことで、コロナ後遺症や慢性疲労症候群の主症状であり(図1)、コロナ後遺症に苦しむ人々が日常生活を送ったり、仕事に復帰したりする上での大きな妨げの原因になっています。また、慢性疲労症候群は現代社会において深刻な問題になっていますが、メカニズムは不明であり治療法は確立されていません。この様な状況で、オランダ・アムステルダム大学の研究チームは、新型コロナ後遺症におけるPEM発症の誘導に、筋組織においてミトコンドリアの機能が低下していることを示し(図1)、Nature Communicationsに報告しました(文献1)。今回の研究結果は、新型コロナ後遺症や慢性疲労症候群の患者において代謝・筋肉・免疫機能に異常があることを示す研究が増えていることを裏付けるものであり、コロナ後遺症や慢性疲労症候群において、ミトコンドリアを標的にした治療法を開発することが症状の改善に役立つかも知れません。


文献1.
Muscle abnormalities worsen after post-exertional malaise in long COVID, Appelman B et al. Nature Communications vol. 15, Article number: 17 (2024)


【背景・目的】

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染した人のうち、いく人かのサブグループは、3ヶ月以上経っても、PEM、すなわち、ちょっとした身体的・精神的・感情的な労作後に急激に強い倦怠感が出てしまうという症状が続くことが知られている。しかしながら、その根底となる病態生理メカニズムは不明であり、それを理解することを本研究の目的とする。

【方法】

新型コロナ後遺症におけるPEMのメカニズムを理解するため、ケースコントロール縦断研究*3臨床治験ID (NCT05225688)を行った。具体的には、コロナ後遺症の患者25人と、COVID-19になったもののコロナ後遺症にはならなかった被験者21人を集めて被験者に対し、エアロバイクを10~15分間こぐサイクリングテストを行わせ、テストの1週間前と翌日に骨格筋の生検を実施し、血液サンプルを採取した。被験者はいずれも生埴年齢であり、COVID-19による入院歴は無く、発症する前は健康であった。

【結果】

  • サイクリングテストでは、コロナ後遺症の患者は健康な被験者と同量の労力を費やしたにもかかわらず、筋力が低く酸素摂取量も少なかったことが観察された。この様に、コロナ後遺症の患者では著しく運動能力が低下していた。
  • 被験者から採取した筋組織サンプルを分析したところ、コロナ後遺症の患者では筋肉に占める速筋線維/白筋*4の割合が多いことがわかった。白筋は、ATPを産生するミトコンドリアが少ないため、非常に疲労しやすい。
  • 筋繊維中のミトコンドリアについて調査した結果、コロナ後遺症患者では運動によってミトコンドリアの機能が低下していることがわかった。これは、コロナ後遺症の患者において運動能力が低下しているだけでなく、運動中に筋組織が損傷を受けたことを示している。筋肉のミトコンドリアが機能不全に陥っている場合、筋肉細胞は体の要求を満たすのに十分なエネルギーを産生できないので、これが、コロナ後遺症患者の症状が運動後に悪化する原因かもしれない。
  • ミトコンドリアの機能不全の他にも、コロナ後遺症患者の筋組織には「微小血栓」が多く存在することが示された。これまでの研究では、微小血栓が毛細血管をふさぐことでロングCOVIDの症状が引き起こされる可能性が示唆されていたが、実際に微小血栓が毛細血管を塞いでいるという証拠は得られていなかった。

【結論】

今回の研究結果は、コロナ後遺症や他の慢性疲労症候群の患者において代謝・筋肉・免疫機能に異常があることを示す研究が増えていることを裏付けるものであり、ミトコンドリアを標的にした治療法が、症状の改善に役立つ可能性を示唆している。

用語の解説

*1.労作後倦怠感(PEM: Post-exertional malaise)
軽い労作後や、ストレスのあと、5時間~48時間後に急激に強い倦怠感が出てしまう、という症状のことである。したがって、PEMがある患者さんの場合は、散歩で寝たきりに近づいてしまう事がよくあるので、PEMが改善するまで、家の外での運動は避けなければならない。
*2.慢性疲労症候群(CFS: chronic fatigue syndrome)
CFSは、 免疫系、神経系、内分泌系の多系統の病態が関与する疾患。患者が訴える主な症状は、身体及び思考力両方の激しい疲労と、それに伴い、日常生活が著しく阻害されることである。慢性疲労症候群の診断基準は、慢性疲労をきたす障害や状態、服薬状況などを除外する必要があり、仕事や生活習慣が原因でなく、十分に休養をとっても回復しないことを必要とする。貧血、甲状腺疾患、糖尿病、あるいは、多発性硬化症などが症状の原因であれば除外される。
*3.ケース・コントロール縦断研究
観察研究において、対象者に対する観察回数をもとに、横断研究(cross-sectional study)と縦断研究(longitudinal study)に分類できる。縦断研究を前向きに⾏う場合はコホート研究、後向きに⾏う場合はケース・コントロール研究と呼ばれる。
*4.速筋線維/白筋
骨格筋を構成している筋繊維には大きく分けて速筋と遅筋の2種類がある。速筋は白っぽいため白筋とも呼ばれ、収縮スピードが速く、瞬間的に大きな力を出すことができるが、長時間収縮を維持することができず張力が低下する。老化が早く、20歳前後から急速に衰えるといわれている。遅筋は赤みがかった色から赤筋とも呼ばれ、収縮のスピードは比較的遅く、大きな力を出すことはできないが、疲れにくく長時間にわたって一定の張力を維持することができる。年齢を重ねても衰えにくいといわれている。

文献1
Muscle abnormalities worsen after post-exertional malaise in long COVID, Appelman B et al. Nature Communications vol. 15, Article number: 17 (2024)