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2024/2/27

神経炎症における両刃の剣: S100B

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • S100B*1はdamage-associated molecular patterns(DAMPs)/アラーミン*2として炎症を促進し、神経変性や神経細胞死に関わる(図1)と思われているが、最近は、S100Bはアルツハイマー病(AD)において、アミロイドβ(Aβ)の凝集と神経毒性を抑制し、神経保護的に働くと考えられている(図1)、この二重性のメカニズムは不明である。
  • 本研究により、S100Bが非酸化型から酸化型にシフトすると炎症促進性から抗炎症性になることが示された。この結果は、S100Bの神経炎症におけるユニークな作用に関係しているかも知れない。
図1.

S100は、20種類以上のファミリーからなる2つのEF-handモチーフ*3を有する分子量10~13 kDaのカルシウム結合性タンパク質です。機能的には、細胞内カルシウム濃度を一定に保つバッファーとして働きますが、それ以外にも、細胞の増殖、転移、分化、アポトーシスを制御するなど、細胞内外で様々な作用を有しています。最近、S100*1は、病理学的にも重要であることがわかって来ました。例えば、先週の記事(「アルツハイマー病の危険因子としての腸内炎症」〈2024/2/20掲載〉)で述べました、腸の炎症マーカーであるカルプロテクチン(calprotectin)は、S100ファミリーに属します。また、脳で最も豊富な蛋白質の一つのS100Bは、脳虚血やADなどの神経変性疾患では、アストロサイトの異常活性化に伴って産生、分泌が亢進し、damage-associated molecular patterns(DAMPs)/アラーミンとして炎症を促進し、神経変性や神経細胞死に関わっている(図1)と推定されています。これとは対照的に、ADで発現が増加するS100Bは、アミロイドβ(Aβ)の凝集と神経毒性を抑制し、神経保護的に働くのではないかと考えられています(図1)。これに一致して、ポルトガル・リスボン大学のCoelho R博士らは、イン・ビトロの実験系において、酸化型S100Bは野生型S100B(非酸化型)よりもアミロイドβの凝集を抑制し、神経保護的に働くことを示して、その結果を報告しました(図1)(文献1)。このようなS100Bの持つ二重性のメカニズムを理解することはADの治療法開発においても重要であると思われますので、今回はこの論文を紹介いたします。


文献1.
Secondary Modification of S100B Influences Anti Amyloid-β Aggregation Activity and Alzheimer's Disease Pathology, Coelho R et al. Int J Mol Sci 2024 Feb 1;25(3):1787.


【背景・目的】

生理的な条件下では活性酸素はシグナル伝達分子として機能することが知られているが、Aβなどのアミロイド蛋白が蓄積する神経変性疾患では、活性酸素により、酸化ストレスが引き起こされるので、それを防御するメカニズムが重要になる。S100Bは、炎症促進性に働くDAMPs/アラーミンの一つであり、神経変性促進的に作用すると思われるが、これとは逆にAβの凝集・毒性を防御し、Aβによる神経変性を抑制するシャペロンとして働くことが明らかになっている。したがって、本研究の目的は、酸化ストレスの増強したAD脳を模倣した状態における、S100Bの神経変性に対する作用を解析することである。

【方法】

  • この目的のため、大腸菌の系で作成・精製したリコンビナントS100Bを次亜塩素酸塩処理により生じた、酸化型-、及び、非酸化型S100Bについて、それぞれの構造やそれ自身の凝集能、Aβ42の凝集に対する効果を比較検討した。
  • イン・ビトロにおけるタンパク凝集に関連した実験*4には、質量分析法、CDスペクトル、フーリエ変換赤外分光分析(FTIR)、アニリノナフタレンスルホン酸(ANS)やチオフラビン(Thioflavin)-Tの蛍光強度測定による凝集の測定を行った。細胞毒性の評価は、DI TNC1(アストロサイト培養細胞)を用い、IL-17*5、IFN-α2*6、S100Bの遺伝子発現を逆転写-定量化PCR(RT-qPCR)で評価した。細胞死の評価は、インピーダンスアッセイ*7により行なった。

【結果】

  • 質量分析法の結果よりメチオニン基が酸化されたと推定されたが、システイン基の架橋の証拠は得られなかった。
  • 構造解析の結果、酸化型S100Bは、折りたたみ構造、安定性、四次構造に変化は見られなかった。
  • しかしながら、酸化型S100Bは非酸化型S100Bに比べて、Aβ42の凝集をより効果的に抑制した。恐らく、S100BとAβ42の結合する間隙にあるメチオニン基の酸化に起因するのではないかと推定された。
  • 培養細胞に対するAβ42の細胞毒性は酸化型S100Bの共存下で消失したが、非酸化型S100Bの効果は見られなかった。
  • RT-qPCRの結果、IL-17、IFN-α2、S100Bの発現は酸化型S100Bによって抑制されたことから、S100の炎症に対する正のフィードバックループは酸化型S100Bによって中断させられたと考えられた。

【結論】

本研究より、S100Bが非酸化型から酸化型にシフトすると炎症促進性から抗炎症性になることが示された。S100Bの神経炎症における両刃の剣の作用は、このようなメカニズムが鍵になっていると推定された。

用語の解説

*1.S100, S100B
S100は、EFハンド型カルシウム結合性ドメインをもつ、分子量が8~14kD程度の低分子量のタンパク質群である。B.W. Mooreにより、1965年にウシ脳から分離されて以来、現在までに20種類以上のファミリーが同定されている。S100という名称は「中性硫酸アンモニウムに完全に(100%)溶ける(Soluble)」という特性に由来している。S100Bは脳での発現が高いことが知られ、哺乳類の中枢神経系では、アストロサイトに選択的に発現する。末梢神経系ではシュワン細胞に発現する。S100タンパク質群の機能は、細胞内カルシウム濃度を一定に保つバッファーとしての機能以外にも多岐にまたがると考えられている。またS100は細胞内のみならず、細胞外にも分泌され、血漿や脳脊髄液からも検出される。
*2.damage-associated molecular patterns(DAMPs)/アラーミン(alarmin)
Toll様受容体に代表されるパターン認識受容体が病原体固有に存在するパターン構造(pathogen-associated molecular patterns:PAMPs)を認識する一方、細胞死によって放出される細胞内分子もまた受容体によって認識される(damage-associated molecular patterns:DAMPs)。DAMPs、すなわち、alarminは感染や傷害によって誘導されるネクローシスのような細胞死、または通常の輸送経路である小胞体-ゴルジ体経路を介さない経路によって細胞外に放出され、炎症応答を誘導する分子の総称である。代表的なDAMPs/alarminとしてHMGB1(high mobility group box 1)、IL-1αやIL-33のようなサイトカインやHSP(heat shock protein)、S100などが知られている。
*3.EF-handモチーフ
EFハンドはタンパク質の二次構造のモチーフの1つである。互いにおよそ垂直になっている2つのαヘリックスからなり、しばしばカルシウムイオンを結合した、12アミノ酸残基程度の短いリンカーループで繋がっている。名前は、3つのEFハンドモチーフを持ち、カルシウム結合活性により筋肉の弛緩に関わっていると見られるパルブアルブミンの古い名前に由来する。EFハンドはシグナル伝達タンパク質のカルモジュリンや筋肉に含まれるトロポニンCでも見られる。
*4.タンパク凝集に関連した実験
質量分析法、CD(Circular dichroism)スペクトル、フーリエ変換赤外分光分析(FTIR)、アニリノナフタレンスルホン酸(ANS)やチオフラビン(Thioflavin)-Tの蛍光強度測定, に関しては成書を参照されたし。
*5.IL-17
IL-17(IL-17A)は主に活性化T細胞より産生され、線維芽細胞や上皮細胞、血管内皮細胞、マクロファージなど種々の細胞に作用して、様々な炎症性メディエーターの発現を誘導する炎症性サイトカインである。
*6.IFN-α2
IFN-α2Aは、I型インターフェロンであり、白血球インターフェロンとも呼ばれる。IFNは、結合するさまざまな受容体に応じて、3つの種類(I-、II-およびIII型)に分類され、各型のIFNは、特異的な免疫応答を誘導する。II型IFN(ヒトではIFN-γ)はIFN-γ受容体複合体(IFNGR1、IFNGR2)に結合し、免疫および炎症反応に関与する。それらは活性化T細胞とナチュラルキラー細胞により産生される。II型IFNがヘルパーT細胞である1型により放出されると、白血球が感染部位に動員され、炎症の増加につながる。
*7.インピーダンスアッセイ
インピーダンスは『抵抗(レジスタンス)』と『リアクタンス』を合わせたものである。言い方を変えると、電流の流れを妨げるものの総称が『インピーダンス』であり、インピーダンスの中で直流も交流も電流を妨げるものが『レジスタンス』であり、交流成分のみの電流を妨げるものが『リアクタンス』ということになる。細胞インピーダンスに基づくリアルタイム測定システムにより、実験全体で継続的にデータを取得し、様々な実験条件下で結果を即座に比較して定量化することができる。また、従来の方法とは異なり、この方法は、移動または侵入する細胞を分析するために固定、染色、およびサンプル処理を必要としない。

文献1
Secondary Modification of S100B Influences Anti Amyloid-β Aggregation Activity and Alzheimer's Disease Pathology, Coelho R et al. Int J Mol Sci 2024 Feb 1;25(3):1787.