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- 米国医学雑誌「The Journal of Clinical Investigation」で研究成果を発表 -
緑内障はわが国では最大の、世界でも第2位の失明原因です。最近の調査では40歳以上の約5%に発症し、潜在患者数は500万人とも推定されていますが、高齢化の進行と共に、今後さらなる患者数の増加が予想されています。本症には眼圧(眼球内の圧力)が高値を示すものと、眼圧が正常範囲内にある正常眼圧緑内障がありますが、わが国では約70%が正常眼圧緑内障で占められています。正常眼圧緑内障にはこれまで疾患モデル動物が無く、発症原因の解明や治療法の開発が困難となっていました。
一方、軽度かつ慢性的なグルタミン酸濃度の上昇が、緑内障の原因として注目を集めています。グルタミン酸は網膜(図1)において光の情報を脳に伝える重要な伝達物質ですが、過剰に存在すると神経細胞に傷害をもたらすことが知られています(図2)。したがって細胞外のグルタミン酸濃度はグルタミン酸トランスポーターにより厳密に制御されていますが、特に重要なのが網膜の特殊なグリア細胞であるMüller細胞(図1)に存在するGLASTです(図2)(Harada et al. Proc Natl Acad Sci USA 95:4663-4666, 1998)。今回の研究では緑内障における網膜の神経細胞死にもグルタミン酸トランスポーター、特にGLASTの機能異常が関与しているのではないかと考え、遺伝子欠損マウスの網膜および視神経を調べました。
光は視細胞によって感知され、網膜神経節細胞へと伝わり、視神経を通って脳へと伝達されます。こうした光の情報伝達にはグルタミン酸などの神経伝達物質が必要です。
緑内障では網膜神経節細胞や視神経が変性することで、視覚障害がおきます。一方、Müller細胞はそれらの神経細胞の周囲に存在するグリア細胞です。
GLAST欠損マウスでは網膜におけるグルタミン酸濃度の上昇がおきて、神経細胞死が誘発されると予想されます。
緑内障で傷害を受ける網膜の神経細胞(網膜神経節細胞、図1)の周囲には、GLAST, EAAC1, GLT1の3種類のグルタミン酸トランスポーターが存在します。このうちGLASTおよびEAAC1欠損マウスにおいては、網膜神経節細胞が加齢に伴い変性し、視神経乳頭陥凹、視覚機能異常が起こることを発見しました。こうした変化はGLAST欠損マウスでより強く観察されましたが(図3)、ヒトの緑内障において認められる所見とよく一致していました。さらにこれらのマウスでは眼圧が正常であったことから、GLASTおよびEAAC1欠損マウスは世界初の正常眼圧緑内障のモデル動物であることが確認できました。
これまでに正常眼圧緑内障のモデル動物は作製されておらず、病態の実験的な解明は困難でしたが、本研究によってグルタミン酸トランスポーターの機能異常が網膜神経節細胞の変性を誘導し、正常眼圧緑内障を引き起こす重要な因子であることが明らかになりました。またこのマウスは世界で初めての正常眼圧緑内障のモデル動物として、今後の病態解明や治療法の開発に大いに役立つことが期待されます。
正常眼圧緑内障のモデル動物の解析結果と患者の解析結果とを比較検討することにより、これまで不明であった正常眼圧緑内障の発症機構に有用な情報をもたらすと考えられます。またグルタミン酸トランスポーター活性に影響を与える遺伝子の一塩基多型などを解析することにより、正常眼圧緑内障の発症を予測することが可能になると期待されます。
さらにグルタミン酸トランスポーターの働きを制御することによる、正常眼圧緑内障に対する新しい治療法の開発が期待されます。例えばグルタミン酸トランスポーターに影響する薬剤あるいは網膜神経節細胞の保護を直接の目的とした緑内障治療薬の開発やスクリーニングおよび治療効果の判定に大変有用であると考えられます。グルタミン酸毒性は正常眼圧緑内障以外にも脳虚血、脳外傷、てんかんなどの急性神経疾患、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症、エイズ脳症などの慢性神経疾患で見られる神経細胞死にも関与することが報告されています。したがって本モデルマウスを用いて開発される神経保護薬は、これらの神経疾患に対する新しい治療法としても効果が期待されます。
Harada T, Harada C, Nakamura K, Quah HA, Okumura A, Namekata K, Saeki T, Aihara M, Yoshida H, Mitani A, Tanaka K.
The potential role of glutamate transporters in the pathogenesis of normal tension glaucoma.
The Journal of Clinical Investigation 117: 1763-1770, 2007.
本研究の成果は2007年6月22日の読売新聞朝刊1面、6月27日の毎日新聞朝刊などで報道された。