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- 英国科学雑誌「Nature Communications」において研究成果を発表 -
視覚病態プロジェクトではテキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター・Luis Parada(ルイス・パラダ)教授らとの共同研究において、網膜のMüllerグリア細胞*1に発現する神経栄養因子(BDNF)の受容体TrkB*2が、BDNFによる間接的な神経細胞の保護や、新たな神経細胞の再生に必須であることを世界で初めて明らかにしました。これまでは神経細胞の直接的な保護に目が向けられてきましたが、今回の成果は、病態の解釈や治療戦略に対して大きな影響を与えることが予想されます。
この研究成果は、2011年2月8日(英国時間)に英国科学専門誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」*3オンライン版 に掲載されました。
我が国における失明原因の多くは網膜変性疾患で占められ、これには最大の失明原因である緑内障や、厚生労働省が指定する特定疾患である網膜色素変性症などの病気が含まれます(図1参照)。しかしいずれも治療や予防が困難な神経変性疾患*4のひとつであることから、神経保護や再生を促す新たな治療法の開発が、長年の課題になっています。
光は視細胞によって感知され、網膜神経節細胞へと伝わり、視神経を通って脳へと伝達されます。網膜色素変性症では視細胞が、緑内障では網膜神経節細胞や視神経が変性することで、視覚障害がおきます。一方、Müller細胞はそれらの神経細胞の周囲に存在するグリア細胞です。
原田研究員らのグループは、長年に渡り、神経細胞の生存に重要とされる神経栄養因子の研究を行ってきました。そして今回、主要な神経栄養因子BDNF(※2)の受容体であるTrkBがMüllerグリア細胞にだけは発現しない、特殊な遺伝子改変マウスの開発に成功しました(図2参照)。
Müller細胞にだけ神経栄養因子受容体TrkBが発現しないマウスの網膜。
青で示すMüller細胞にはTrkBが発現しませんが、その他(白)の細胞では正常に発現しています。
これによりMüller細胞におけるTrkBの機能を、世界で初めて、生きた動物で証明できることになりました。マウスの眼球に神経毒性をもつ薬剤を投与すると、緑内障や網膜色素変性症によく似た症状がおきることが知られていますが、今回作製したマウスでは、その症状が非常に悪化していました。
また網膜変性の進行中にBDNFを眼球内に投与すると、新たな視細胞や網膜神経節細胞が作られることがわかりました。しかし原田研究員らが作製した遺伝子改変マウスでは、そのような再生現象がみられなくなり、神経細胞を産み出す源がMüller細胞であることが証明されました。
本研究により、原田研究員らのグループは、Müller細胞に発現するTrkBが、BDNFによる神経細胞保護作用の増強や、Müller細胞の神経前駆細胞(神経細胞を産み出す元になる細胞)としての機能を促進することを、初めて証明しました。グリアは神経細胞よりも多く、比較的ダメージに強いことから、グリアをターゲットにすることにより、緑内障や網膜色素変性症などに対する新たな創薬や、これまでにない効率的な治療法の開発が期待されます。
本研究の成果は平成23年2月9日 日経産業新聞で報道された。