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− 英国科学雑誌「Cell Death and Differentiation」において研究成果を発表 –
公益財団法人 東京都医学総合研究所 視覚病態プロジェクトの原田高幸プロジェクトリーダーらは、徳島大学眼科、東京大学薬学部との共同研究において、視神経損傷後の神経細胞死を薬剤によって軽減することに、マウスの実験で成功しました。
この研究成果は、英国科学雑誌「Cell Death and Differentiation」オンライン版 で2012年9月14日に発表されました。
視神経損傷は交通事故などで外傷を受けた際に視神経が圧迫されたり、視神経管が骨折することで発症します。傷んだ視神経では、根元にある網膜神経節細胞が減少することにより、視力低下や視野欠損(見える範囲が狭くなる)などの状態が後遺症として残りやすいのですが、確立された治療法はありません。そこで薬剤による神経保護が可能になれば、こうした疾患の治療に一歩近づける可能性が出てきます。
視神経線維は網膜神経節細胞の一部で、細胞体から長く伸びた突起(軸索)のことです(図1)。視神経は網膜で受け取った視覚情報を脳に連絡するコードのような働きをしていますが、事故などで損傷を受けると変性がおきて、やがては網膜神経節細胞自体が死んでしまいます。しかし受傷後の早い時期に神経を保護するような治療ができれば、視覚機能を維持することが可能です。
網膜神経節細胞は網膜の内側に位置する神経細胞である。視神経は網膜神経節細胞の軸索の集合体であり、視覚情報を網膜(眼球)から脳へと伝達している。したがって視神経が損傷したり、網膜神経節細胞が減少すると、さまざまな視機能障害がおきてしまう。
我々は細胞死誘導因子の1つである遺伝子ASK1に着目し、視神経損傷後にはASK1が過剰に活性化して、網膜神経節細胞死が増加すると推測しました。そこでASK1欠損マウスを利用した視神経損傷モデルを作成したところ、網膜神経節細胞死を抑制できることがわかりました(図2)。
ASK1欠損マウスでは野生型マウスと比較して、視神経損傷後の網膜神経節細胞死が抑制され、網膜の厚みも保たれている。
またASK1の下流ではp38と呼ばれる別の遺伝子の活性が、受傷後3時間でピークとなることがわかりました。そこで視神経損傷の5分後に、p38の阻害剤を野生型マウスに1回眼球内投与すると、その後2週間に渡って神経細胞死が抑制されました。また光干渉断層計(OCT)*1による同一眼の経時的観察では、網膜の厚みも保たれることが確認されました(図3)。以上からASK1-p38経路の遮断が、視神経外傷に対する有用な治療法である可能性が示されたことになります。
上段はPBS(薬剤を溶かす溶液)を眼球内に投与したコントロール。下段は受傷の5分後にp38阻害剤を眼球内に投与した個体。p38阻害剤を投与した網膜では、その後14日間に渡って、網膜の厚みが保たれていることがわかる。
視神経が変性を起こす病気としては、我が国における最大の失明原因である緑内障などがあげられます。ASK1やp38と同様の遺伝子はヒトにもあることから、これらの遺伝子の安全な阻害剤ができれば、視神経損傷後の後遺症や緑内障の進行も抑制しやすくなる可能性があります。 視覚病態プロジェクトでは2007年に、日本人に最も多い緑内障である「正常眼圧緑内障」のモデル動物を作製して、研究を継続しています。今後はこうしたモデル動物に対するASK1やp38の阻害剤の治療効果を、さらに詳しく検討していきたいと考えています。