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– 米国科学雑誌「Journal of Biological Chemistry」において研究成果を発表 −
視覚病態プロジェクトの行方和彦 副参事研究員、原田高幸 参事研究員らは「DOCK-D family蛋白が神経炎症を制御する仕組み」について米国科学雑誌「Journal of Biological Chemistry」に発表しました。
多発性硬化症などの神経炎症疾患においては、炎症を制御する治療法の開発が求められています。研究グループでは昨年、免疫細胞に強く発現するグアニンヌクレオチド交換因子であるDOCK8が、神経系ではミクログリア特異的に発現し、神経炎症を増悪させることを報告しました。
DOCK familyには全部で11種類の蛋白がありますが、このうちDOCK-D familyに分類されるDOCK9、DOCK10、DOCK11(図1)については、詳しい機能がよくわかっていませんでした。
図1. DOCK family蛋白の構造と分類
DOCK familyは11の蛋白から構成されるが、分子構造の類似性から4つのサブグループ (DOCK-A, B, C, D)に分類される。
SH3, Src homology 3 domain; DHR, Dock homology region; P-rich, proline-rich region; PH, pleckstrin homology domain.
そこでDOCK9、DOCK10、DOCK11のそれぞれについて遺伝子欠損マウスを作出しました。これらを用いて多発性硬化症の疾患モデルを作製し、神経炎症の症状を調べました。その結果、DOCK10欠損マウスでは野生型マウスに比べて、脊髄炎による肢体麻痺が顕著に軽症化することがわかりました(図2)。一方、DOCK9およびDOCK11の欠損マウスには変化は見られませんでした。多発性硬化症の初発症状として、約20%の患者において、視神経の炎症(視神経炎)が観察されます。DOCK10欠損マウスでは、この視神経炎も軽症化することがわかりました。
図2. DOCK10欠損マウスにおける脊髄炎スコアの軽症化
DOCK10欠損マウスの多発性硬化症モデル(赤線)では、野生型マウス(黒線)と比較して大きく軽症化することがわかる。
またDOCK10欠損マウスの病巣部をよく観察すると、T細胞やB細胞よりも、マクロファージやミクログリアという別の免疫細胞の集積が大きく低下することがわかりました。そこでDOCK10欠損マウスから取り出した培養マクロファージおよびミクログリアを調べたところ、両細胞の遊走性が野生型の細胞よりも低下することを発見しました(図3)。さらにDOCK10を欠損したアストロサイトではケモカインの1種であるCCL2の産生量が大きく減少しており、これが病巣部に炎症細胞が浸潤しにくい、もう1つのメカニズムであると考えられました。
図3. DOCK10が欠損したマクロファージにおける遊走能の低下
ケモカインの1種であるCCL2依存性に、小さな孔のあいた膜を透過したマクロファージ(紫色)の細胞数を調べた。DOCK10欠損マクロファージでは野生型マクロファージと比較して、遊走性が大きく低下していた。
視神経炎や多発性硬化症には完全な治療法がなく、その再発も問題になっています。今回の結果はDOCK10が免疫細胞だけでなく、神経組織に存在するグリア細胞など、複数の細胞種の活性化を制御することによって、神経炎症を悪化させる可能性を示しています。したがって今後はDOCK8に加えてDOCK10が、神経炎症疾患の新たな治療標的となる可能性が期待されます。