厚生労働省の調査では、統合失調症で継続的に医療を受けている総患者数は79万5千人と報告されています。これは実際に医療機関を受診している患者さんの数ですので、これを超える方が病に苦しんでおられるということになるかと思います。統合失調症は、生涯のうちで罹患率が1%で、妄想や幻覚を主症状とする精神科の代表的疾患です。遺伝要因と環境要因の両方が関与すると考えられていますが、詳しい発症の分子メカニズムは未だに不明であるため、治療は対症療法にならざるを得ず、原因に対する根本的治療法が確立されていないのが現状です。
糖尿病や高血圧などの生活習慣病は、頻度が高く「ありふれた病気(コモン・ディジーズ)」と呼ばれます。「ありふれた病気」は、複数の弱い影響力の 遺伝子の組み合わせに環境要因が絡み合って発症する「複雑遺伝疾患」と考えられています。弱い効果の複数の遺伝子をあぶりだすために、私たちは複数の候補遺伝子を調べ、患者さんで健康な人より高い頻度で見られるDNAの個人差(多型)を発見することに力を注いでいます。「弱い効果」とは、その多型を持って いたからといってメンデル型の遺伝病のように100%発症するのではなく、病気になるリスクが何倍か高まるという意味です。その弱い効果を、疾患の病態の中ではっきりと位置づけるために、多型をもった候補遺伝子の働きを試験管の中で調べたり、多型を持った個人の剖検脳を用いて候補遺伝子や蛋白質の比較検討を行ったり、臨床症状の重症度評価と多型の関連を検討するなど、重層的・総合的に研究を遂行しています。ここ数年は生化学的な研究を始めており、特に治療法開発に力を注いでいます。
研究では、多くの当事者や御家族の方々に御協力いただいております。一日でも早く、皆様に朗報をお届けできるようにと、プロジェクト一同は一丸となって研究に取り組んでいます。 当プロジェクトの研究は、東京都医学総合研究所および松沢病院の倫理委員会の承認を得て、被験者の方にはインフォームドコンセントを行い文書にて同意を得て行われています。
精神行動医学研究分野 統合失調症プロジェクト
プロジェクトリーダー 新井 誠
統合失調症は患者と家族の暮らしと健康に大きな影響を及ぼす心の病であり患者数は80万人に及びます。 ほとんどが10代から20代に発症し、その後長期間の治療を要しますが、根本的な原因はいまだに不明であるため、治療は対症療法に頼らざるを得ません。
本研究プロジェクトでは、統合失調症の原因究明を進め、より有効な予防・治療法の開発を目指します。
国民の精神衛生の向上、地域社会に根ざした精神科医療の推進、精神疾患によって生じている社会的損失の減少、さらには、新薬等開発による新産業の育成、新たな雇用の創造に繋がることが期待されます。
統合失調症はおよそ100人に1人が罹るコモンディジーズです。思春期から青年期に好発して、再発の経過を長期に辿ることも稀ではありますが認められるため、当事者のウェルエージングやウェルビーイング促進のためにはより有効な予防法や支援法の在り方が求められています。
発症によって社会生活の機能が低下するがゆえに、病を抱える方々は様々な局面で社会的な不利益やニーズが満たされないといった体験を強いられている場合もあります。このような課題を解決するひとつの方策として、従来の抗精神病薬とは異なった作用機序を持つ新たな分子に着目し、統合失調症の病因や病態基盤のエビデンスを基礎と臨床の両面から集積し、その成果を社会還元するリサーチが不可欠です。
現在、私たちは、終末糖化産物(advanced glycation end products, AGEs)という分子に着目をして研究しています。このAGEsの蓄積は、これまで身体疾患の病態に関わるリスク因子として知られていました。ところが、このAGEsが統合失調症の末梢血中にも蓄積している方が少なからずいることを発見し[1]、これをきっかけに、統合失調症の病態を模倣した動物モデルの研究からその分子メカニズムも明らかとなりつつあります[2]。最近では、現実には存在しないものを感じたり、事実ではないことを勘ぐってしまうなど、精神病様症状の体験をする思春期児童の中には、AGEsの蓄積が亢進している場合があることもわかってきました[3]。また、思春期の筋発達とメンタルヘルスとの関連にもAGEsが関与していることもわかりつつあります[4]。
近年、縦断的なAGEsの生涯軌跡が精密機器技術や非侵襲的簡易測定機器の活用によって知ることが可能となり(図)、AGEsを標的とした介入や支援の創成が期待できる時代へと移り変わりつつあります。私たちが推進するトランスレーショナルリサーチが最適な個別化医療の促進に繋がることを願っています。
[1]Arai M, Yuzawa H, Nohara I, et al. Arch Gen Psychiatry, 2010.
[2]Toriumi K, Berto S, Koike S,et al. Redox Biol, 2021.
[3]Miyashita M, Yamasaki S, Ando S, et al. NPJ Schizophr, 2021.
[4]Suzuki K, Yamasaki S, Miyashita M, et al. Schizophr, 2021.