私たちのプロジェクトでは、統合失調症の原因解明をめざして分子生物学的研究を行っています。


■ 尿中エキソソーム含有miRNAは精神病様体験の持続を予測する
Urinary exosomal microRNAs as predictive biomarkers for persistent psychotic-like experiences.

Tomita Y, Suzuki K, Yamasaki S, Toriumi K, Miyashita M, Ando S, Endo K, Yoshikawa A, Tabata K, Usami S, Hiraiwa-Hasegawa M, Itokawa M, Kawaji H, Kasai K, Nishida A, Arai M. Urinary exosomal microRNAs as predictive biomarkers for persistent psychotic-like experiences. Schizophrenia (Heidelb). 2023 Mar 11;9(1):14. doi: 10.1038/s41537-023-00340-5.

発表のポイント

  • 思春期児童345名を対象にした出生コホート研究1) において、精神病様体験(Psychotic-like experiences; PLEs)2) が持続した児童15名と持続しなかった児童15名の尿中エキソソーム含有miRNA3) の発現量を比較し、発現量が有意に異なる6種類のmiRNAを明らかにした。
  • 6種類のmiRNA発現量を用いることで、PLEsの持続を高い精度で予測できた。
  • 尿中エキソソームは、精神病発症予防のための新たな支援ツールとして役立つ可能性がある。

研究の背景

思春期の6人に1人がPLEsを経験しますが、ほとんどは成長とともに無くなることが報告されています[1]。一方で、思春期後半になってもPLEsが持続する場合にはその後に精神疾患を発症する可能性が高いことが知られています[2]。したがって、思春期においてPLEsが、一過性で無くなるのか、その後も持続するのかをより早い段階で予測することが重要であると考えられます。しかしながら、そのようなバイオマーカー4) を探索する研究がこれまで十分になされていませんでした。

研究内容

本研究は、東京ティーンコホート(http://ttcp.umin.jp/)と連携し、345名の思春期児童を対象に行いました。研究開始時(13歳時)と1年後(14歳時)の2時点で、アンケートによる調査と精神科医による面接を行い、PLEsの有無や程度を評価しました。研究開始時には尿検体も提供していただきました。345名の児童のうち、2時点ともPLEsの評価ができた児童は282名でした。そのうち、PLEsが研究開始時にはあったが1年後には無くなった児童(PLEs消退群)は62名、研究開始時から1年後まで持続した児童(PLEs持続群)は15名でした。

次に、PLEs持続群15名と年齢・性別を合わせたPLEs消退群15名において、研究開始時の尿中エキソソーム含有miRNAの発現量を比較しました。その結果、PLEs持続群では6種類(hsa-miR-486-5p, hsa-miR-199a-3p, hsa-miR-144-5p, hsa-miR-451a, hsa-miR-143-3p, hsa-miR-142-3p)のmiRNA発現量が有意に低いことが分かりました(図1)。さらに、その6種類のmiRNA発現量を用いて1年後もPLEsが持続するかどうかについて検討したところ、PLEs持続群を高い精度で予測できました。以上のことから、尿中エキソソームが精神病の発症リスクの高さを予測できる可能性が示されました(図2)。

図1. PLEs持続群で発現量が変化したmiRNA.
図1. PLEs持続群で発現量が変化したmiRNA..
年齢を調整した尤度比検定5) によって算出された持続群で発現量が変化したmiRNA を示した図。縦軸は検定結果の信頼度(p値)、横軸はどれだけ発現量が変化していたか(Fold change)を示す。PLEs消退群と比較すると、PLEs持続群では研究開始時において6種類のmiRNAの発現量が有意に低かった。
図2. miRNAによるPLEsの持続の予測結果.
図2. miRNAによるPLEsの持続の予測結果.
ロジスティック回帰モデル6) によるPLEsの持続の予測がどれだけ正答していたかを示す図。縦軸はPLEs持続群であるケースをどれだけ正確に検出できたか(感度)、横軸はPLEs持続群ではないケースをどれだけ正確に検出できたか(特異度)を示す。線が左上方に寄っているほど高い予測性能を持つとされるが、この図から、6種類のmiRNAの発現量を使ったモデルが最も高い予測性能を持つことがわかる。AUC:Area Under the Curvesの略。モデルの予測精度を示す値で、1に近いほど高い精度を示す。

今後の展開

思春期にPLEsが持続する場合には、早い段階からの適切な支援が大切ですが、これまでそのような状態を予測することは容易ではありませんでした。今回の研究で用いた尿検体は、痛みを伴わずに採取できるため、被験者にとって受け入れやすい検査だと考えられます。また、尿中エキソソームを用いることにより、精神病を発症するリスクの高さを早期に発見できる可能性が分かりました。将来、6種類のmiRNAの機能を詳細に検討することによって精神病の発症メカニズムの一端が明らかとなり、より適切な支援や予防に役立つ情報を得ることができるかもしれません。

用語解説

1) 出生コホート研究:
ある特定期間に出生した集団を一定期間追跡し、ある結果に影響を与えるさまざまな要因を調査する研究手法のこと。
2) 精神病様体験:
主に、現実に存在しないものを感じること(幻覚)や事実ではないことを勘ぐってしまうこと(妄想)を指し、思春期では6人に1人が経験している。
3) エキソソーム含有miRNA:
血や尿といった体液中には、細胞から放出された小さな小胞(エキソソーム)が存在する。エキソソームの中には体内の細胞の内容物が少しだけ含まれており、その中にはmiRNAと呼ばれる遺伝子の発現を制御する分子も含まれている。miRNAは様々な疾患に関係しており、がんの分野で盛んに研究されている。
4) バイオマーカー:
ある疾患の有無や病状の程度の指標となる生体内の物質のこと。今回の研究では、miRNAをバイオマーカーとしてPLEsの持続群と消退群を判別できるかどうかを検証した。
5) 尤度比検定:
2つの群で、どのmiRNAの発現が変化しているかを解析する方法。群の影響を考慮したモデルと考慮しないモデルを比較することで、群によって変化している要素を見つけることができる。
6) ロジスティック回帰モデル:
さまざまな要因から、ある事象が発生する確率を予測するための統計モデルのこと。今回は解析結果をモデルに学習させることで、6種のmiRNAの値からPLEsが持続する確率を予測した。

引用文献

  1. Linscott RJ, van Os J. An updated and conservative systematic review and meta-analysis of epidemiological evidence on psychotic experiences in children and adults: on the pathway from proneness to persistence to dimensional expression across mental disorders. Psychol Med. 2013 Jun;43(6):1133-49. doi: 10.1017/S0033291712001626.
  2. Dominguez MD, Wichers M, Lieb R, Wittchen HU, van Os J. Evidence that onset of clinical psychosis is an outcome of progressively more persistent subclinical psychotic experiences: an 8-year cohort study. Schizophr Bull. 2011 Jan;37(1):84-93. doi: 10.1093/schbul/sbp022.

■ 毛髪の亜鉛濃度は思春期児童における精神病の発症リスクと関連する
Hair zinc levels and psychosis risk among adolescents

Tabata K, Miyashita M, Yamasaki S, Toriumi K, Ando S, Suzuki K, Endo K, Morimoto Y, Tomita Y, Yamaguchi S, Usami S, Itokawa M, Hiraiwa-Hasegawa M, Takahashi H, Kasai K, Nishida A, Arai M. Hair zinc levels and psychosis risk among adolescents. Schizophrenia (Heidelb). 2022 Nov 25;8(1):107.
doi: 10.1038/s41537-022-00307-y. PMID: 36433958.

発表のポイント

  • 未服薬の思春期児童252名を対象にした出生コホート1) 研究で、毛髪の亜鉛濃度と精神病2) の発症リスクの関連を検証した。
  • 本研究では、亜鉛濃度の測定には採血より侵襲性の低い毛髪検体を使用し、精神病の発症リスクの指標には簡便な質問紙である思考の問題尺度3) を使用した。
  • 毛髪の亜鉛濃度の低さは、精神病の発症リスクの高さと有意に関連していた。

研究の背景

近年、発症後の統合失調症患者さんにおいて、血液や毛髪中の亜鉛濃度が健常者の値と比較して有意に低いことが報告されています[1]。しかしながら、服薬の影響で体内の亜鉛濃度が変化する可能性が指摘されており[2]、亜鉛濃度が発症前から低いかどうか、また発症と関わっているかどうか、わかりませんでした。

研究内容

本研究では、東京ティーンコホート (http://ttcp.umin.jp/)と連携し、252名の未服薬の思春期児童を対象に研究を行いました。合計で0.1gほどの毛髪検体を採取させていただき、亜鉛濃度を測定しました。同時に、児童の親にアンケート調査に協力していただき、思考の問題尺度を使用して、児童の精神病の発症リスクを評価しました[3]。

解析の結果、毛髪の亜鉛濃度の低さは精神病の発症リスクの高さと有意に関連することがわかりました (β = -0.176, P < 0.01) (図1)。

図1. 毛髪亜鉛濃度と精神病発症リスクの関連.
図1. 毛髪亜鉛濃度と精神病発症リスクの関連.
解説: 毛髪亜鉛濃度と思考の問題尺度のTスコア4) の関連を示した図。点線で表された回帰直線5) は、毛髪の亜鉛濃度が低いと精神病の発症リスクが高いことを示している。
略語: ppm, parts per million (百万分率)

次に、精神病の発症リスクが高い児童とそれ以外の児童の2つの群において、毛髪の亜鉛濃度の比較を行いました。解析の結果、精神病の発症リスクが高い児童では、毛髪の亜鉛濃度が有意に低いことがわかりました (P < 0.01) (図2)。

図2. 思考の問題尺度のカットオフ値を用いた群間比較.
図2. 思考の問題尺度のカットオフ値を用いた群間比較.
解説: 思考の問題尺度のTスコアは、精神病の発症リスクに関するカットオフ値6) が報告されている[4]。図は、思考の問題尺度のTスコアが68.5より大きい児童 (右)は、それ以外の児童 (左)と比較して、毛髪亜鉛濃度が有意に低いことを示している。
略語: ppm, parts per million (百万分率)

今後の展開

精神病を発症するリスクがある思春期児童に対しては、なるべく早い段階からの適切な理解やサポートが大切ですが、これまで確立された検査法はありませんでした。今回の研究で行なった毛髪亜鉛濃度の測定は、採血より侵襲性が低いため、病院やクリニックにとどまらず、学校や地域での活用も期待されます。毛髪の亜鉛濃度を知ることによって、発症リスクのある児童に対する早期発見・早期介入が可能になるかもしれません。今回の研究は、あくまで一時点での体内の亜鉛濃度と思春期児童における精神病の発症リスクの関連を示しました。今後は長期的な追跡研究を行うことによって、亜鉛と精神病発症の因果関係の検証や亜鉛を標的とする発症予防法の開発に貢献できるかもしれません。

用語解説

1) 出生コホート研究:
ある特定期間に出生した集団を一定期間追跡し,さまざまな要因の縦断的な関係から因果関係を推測する研究手法のこと。
2) 精神病:
現実に存在しないものを感じること(幻覚)や事実ではないことを確信してしまうこと(妄想)を特徴とする精神疾患の総称。思春期に発症することが多い精神病のひとつに統合失調症がある。
3) 思考の問題尺度:
児童の情緒や行動を把握するための『子どもの行動チェックリスト』の評価項目の一つ。先行研究により、精神病の発症リスクに関する指標と考えられている。
4) Tスコア:
ある値を、平均が50になるよう変換した値のこと。集団の中での位置を示し、偏差値ともいう。
5) 回帰直線:
いくつかの変数の関係を表すのに最も適した直線のこと。直線を作成するための分析手法を回帰分析という。
6) カットオフ値:
陽性、陰性といった2つのグループを分類するための値のこと。

引用文献

  1. Saghazadeh, A. et al. Trace elements in schizophrenia: a systematic review and meta-analysis of 39 studies (N = 5151 participants). Nutr Rev.78, 278-303 (2019).
  2. Chen, X. et al. Association of serum trace elements with schizophrenia and effects of antipsychotic treatment. Biol Trace Elem Res. 181, 22-30 (2018).
  3. Simeonova, D. I., Nguyen, T. & Walker, E. F. Psychosis risk screening in clinical high-risk adolescents: a longitudinal investigation using the Child Behavior Checklist. Schizophr Res. 159, 7-13 (2014).
  4. Salcedo, S. et al. Diagnostic efficiency of the CBCL thought problems and DSM-oriented psychotic symptoms scales for pediatric psychotic symptoms. Eur Child Adolesc Psychiatry. 27, 1491-1498 (2018).

■ 治療抵抗性統合失調症のペントシジン蓄積脳領域:
GLO1フレームシフト変異を有する症例の剖検脳研究

Ishida H, Miyashita M, Oshima K, Kawakami I, Sekiyama K, Kounoe M, Seki E, Arai N, Takizawa S, Nagata E, Itokawa M, Arai M. Carbonyl stress-sensitive brain regions in the patient with treatment-resistant schizophrenia with a glyoxalase 1 frameshift mutation: Autopsy study.Psychiatry Res Case Rep. in press.
https://doi.org/10.1016/j.psycr.2022.100064

発表のポイント

  • 統合失調症プロジェクトでは統合失調症患者の約4割はカルボニルストレスの指標である血漿ペントシジン値が高いことを明らかにしてきた。この発見の契機となった発端症例の死後脳を解析し、末梢血だけでなく脳内にもペントシジンが蓄積しているか検証した。
  • 発端症例の脳内では、年齢と性別を一致させた対照群(認知症と糖尿病性腎障害)と異なり、小脳・大脳基底核・前頭前野および聴覚野・視覚野の神経細胞にペントシジンが蓄積していた。
  • ペントシジンが蓄積したこれらの脳領域は、視聴覚情報の処理に加え、複数の感覚情報を統合し、行動や思考に結びつける小脳-大脳基底核-大脳連関に関連している可能性がある。

研究の背景

これまでに私たちは慢性腎臓疾患や糖尿病を合併していない統合失調症患者の末梢血を調べ、その約4割にAGEs(advanced glycation end-products;終末糖化産物)の一つであるペントシジンが高値を示す亜群の存在を明らかにし[1]、臨床特徴との関連[2]やウェクスラー成人知能検査における処理速度の低下と相関を報告してきた[3]。しかし、末梢血ペントシジンと臨床症状の関連性が示唆された反面、ペントシジンが中枢神経系にも蓄積しているのかは未解明であり、統合失調症の病態の中核である脳機能障害との関連は不明であった。そこで本研究では、この統合失調症の亜群を見出す契機となった発端症例の死後脳を解析し、ペントシジン蓄積部位を明らかにすることによって、この亜群における脳機能障害仮説の導出を目指した。

発表内容

発端症例のペントシジン蓄積脳部位

ペントシジンを含むAGEsは、認知症患者死後脳の海馬や糖尿病患者の血管内皮細胞に蓄積していることが指摘されてきた[4]。しかし本症例では、海馬を含む内側側頭葉の神経変性は軽度であり(図1b)、ペントシジンの蓄積は認められなかった(図1f)。認知症やその他の神経疾患において病変が確認されることが多い扁桃体、側坐核、青斑核、黒質には、変性およびペントシジン蓄積は認められなかった。大脳皮質のペントシジン陽性細胞は、側頭連合野と背外側前頭前野(図1d, e)に認められたが、前部帯状回および中心前回(一次運動野)には認められなかった。特に顕著なペントシジン蓄積は一次視覚野(図1g)や頭頂葉連合野、小脳皮質(図1h)や橋核、下オリーブ核、大脳基底核(図1i)に認められた。

図1. 成果の概要
図1. 成果の概要

本症例は生前のMR画像にて左前頭葉および左外側溝周辺部に軽度の萎縮を認めたが(図a)、死後脳では内側側頭葉嗅内皮質に限局した神経原線維変化(図b)と側頭葉連合野に軽度の虚血性神経変化を認めたのみで、重度の神経脱落や変性は認められなかった(図c)。ペントシジンは、側頭葉連合野(図d)と背外側前頭前野(図e)の錐体細胞内に蓄積を認めた。さらに一次視覚野第Ⅳ層(図g)、小脳皮質顆粒細胞層(図h)、大脳基底核淡蒼球(図i)に顕著なペントシジン陽性細胞が認められた。これらの部位にペントシジン以外の異常タンパク質の蓄積や神経変性は認められなかった。海馬(図f)、扁桃体、黒質、青斑核は神経変性がなく、ペントシジン陽性神経細胞も認められなかった。カルボニルストレス脆弱性を示す小脳−大脳基底核−大脳を結ぶ神経ネットワークの例(図j:TH;視床、PN;橋核、DN;小脳歯状核、ION;下オリーブ核)。

図2にはペントシジンが顕著に蓄積していた脳領域をまとめた。発端症例と年齢と性別をマッチさせた糖尿病腎症疾患患者、認知症患者の一次視覚野、小脳皮質、淡蒼球にはペントシジン陽性神経細胞は認められなかった(図3)。

図2. 小脳・大脳基底核・前頭前野・視覚野(頭頂葉および一次視覚野)に顕著なペントシジン蓄積
図2. 小脳・大脳基底核・前頭前野・視覚野(頭頂葉および一次視覚野)に顕著なペントシジン蓄積

ペントシジン蓄積は、小脳系では小脳皮質顆粒細胞、橋核および下オリーブ核の神経細胞に顕著に認められた。大脳皮質内では背外側前頭前野(BA9)、頭頂葉連合野(BA40)の錐体細胞、一次視覚野(鳥距溝内)第Ⅳ層顆粒細胞に顕著に認められた。大脳基底核と視床では、被殻、淡蒼球外節、視床下核、視床の神経細胞に蓄積が認められた。大脳辺縁系ではマイネルト基底核に僅かに蓄積が認められた。

図3. 対照例(糖尿病性腎症患者および認知症患者)の一次視覚野、小脳皮質、大脳基底核にはペントシジン陽性神経細胞は認められなかった
図3. 対照例(糖尿病性腎症患者および認知症患者)の一次視覚野、小脳皮質、大脳基底核にはペントシジン陽性神経細胞は認められなかった

本症例と年齢と性別を一致させた糖尿病性腎症および認知症患者の死後脳では、一次視覚野(図aとd)、小脳皮質顆粒細胞(図bとe)、淡蒼球外節(図cと f)の神経細胞にはペントシジン蓄積は認められなかった。

結論・今後の展開

本症例は、「カルボニルストレスが増強された統合失調症」という臨床的特徴を端的に有していた。死後脳に対してペントシジン蓄積部位を解析した結果、ペントシジン蓄積が顕著に認められた脳領域は、小脳−大脳基底核−大脳(前頭前野、頭頂連合野、側頭連合野、一次視覚野)であった。本研究によって、カルボニルストレスが蓄積しやすい脳部位と神経ネットワークの一端が示された。今後は、ペントシジン等のAGEs蓄積がもたらす脳機能障害のメカニズムを解明に着手し、統合失調症の原因解明と治療法開発に役立つ研究を進めていきたい。

引用文献

  1. Arai, M. et al. Enhanced Carbonyl Stress in a Subpopulation of Schizophrenia. Arch Gen Psychiat 67, 589–597 (2010).
  2. Miyashita, M. et al. Clinical Features of Schizophrenia With Enhanced Carbonyl Stress. Schizophrenia Bull 40, 1040–1046 (2014).
  3. Kobori, A. et al. Advanced glycation end products and cognitive impairment in schizophrenia. Plos One 16, e0251283 (2021).
  4. Valente, T. et al., Immunohistochemical analysis of human brain suggests pathological synergism of Alzheimer’s disease and diabetes mellitus. Neurobiol Dis 37, 67–76 (2010).

■ 思春期児童における低筋力と精神病症状の縦断関連における終末糖化産物の意義

Suzuki, K., Yamasaki, S., Miyashita, M. et al. Role of advanced glycation end products in the longitudinal association between muscular strength and psychotic symptoms among adolescents. Schizophr 8, 44 (2022).
https://doi.org/10.1038/s41537-022-00249-5

発表のポイント

  • 思春期児童3,000名以上を対象とした出生コホート研究において、低筋力が尿中ペントシジン(終末糖化産物, AGEs)の蓄積に先行することを明らかにした。
  • 思春期児童256名を対象にした縦断解析によって、低筋力が、尿中ペントシジンの蓄積を介して、思考障害(精神病症状)と間接的に関連することを見出した。
  • 以上の結果から、低筋力がAGEsを上昇させることで、思考障害を引き起こす可能性があると考えられた。

研究の背景

抗精神病薬などの治療薬が開発される以前から、統合失調症では、やせ型や低筋力が多いことが報告されています[1]。また、これまでの大規模なコホート研究において、10代後半の低筋力が、その後の精神疾患発症のリスクであることが報告されています[2]。しかしこれまで、そのメカニズムについて、はっきりとしたことはわかっていませんでした。私達はこれまでに統合失調症の病態にAGEsが関与する可能性を報告してきました[3,4]。また、成人において低筋力とAGEs上昇の関連性が繰り返し指摘されています[5,6]。そこで、今回、私たちは思春期における低筋力がAGEsの上昇を引き起こし、それが精神病症状に関与するのではないかと考えました。

発表内容

本研究は東京ティーンコホート(http://ttcp.umin.jp/)と連携し、3,171名の思春期児童のうち、12歳・14歳時に尿検体を提供していただいた1,542名の思春期児童を対象に研究を行いました。12歳時と2年後の14歳時の2時点で、全身の筋力指標として握力を、全身のAGEsの指標として早朝第一尿中のペントシジン値を測定しました。握力と尿中ペントシジン値の縦断的な解析の結果、12歳時の筋力が低いほど14歳時のAGEsが上昇していました(図1)。本結果より、AGEs上昇が筋力低下を引き起こすのではなく、低筋力が続くことによりAGEsが上昇するということがわかりました。

次に、256名の思春期児童を対象に、12歳時の低筋力が13歳時のAGEs上昇を介して、14歳時の精神病症状の一つである思考障害を引き起こすのではないか、という仮説を検証しました。その結果、12歳時の低筋力が、AGEsの上昇を介して、14歳時の思考障害と間接的に関連することわかりました(図2)。

これまでに低筋力と統合失調症との関連について多くの報告がありますが、今回の研究により、低筋力がAGEs上昇を介して精神病症状を引き起こす可能性があると考えられました。

今後の展開

思春期はストレスが増大するライフステージであり、統合失調症の好発年齢です。統合失調症を発症する可能性が高い状態にある思春期児童に対しては、出来る限り早期に気づいて適切な対処法をともに考えることが大切です。今回の研究結果より、思春期の低筋力が、AGEsの上昇を介して、その後の精神病症状と間接的に関連することがわかりました。精神病症状が持続すると統合失調症発症のリスクになります。思春期から、低筋力やAGEsの値について注意深く様子を見守る意義があるかもしれません。

図1:12歳から14歳にかけての筋力とAGEsの縦断関係
図2:12歳握力、13歳AGEsと14歳思考障害の縦断関係

用語解説

1) 出生コホート研究:
ある特定期間に出生した集団を一定期間追跡し,さまざまな要因の縦断的な関係から因果関係を推測する研究手法のこと。
2) 終末糖化産物:
タンパク質と糖が反応して産生される物質の総称。毒性を持ち、老化や 糖尿病等さまざまな疾患との関連が指摘されている。
3) 精神病症状:
主に、現実に存在しないものを感じること(幻覚)や事実ではないことを勘ぐってしまうこと(妄想)などを指し、統合失調症でよくみられる症状だが、思春期の一般人口では6人に1人が経験する。
4) 筋力と統合失調症の関連:
クレッチマー(1988~1964)は、著書において体型と気質の関連に関連があると報告し、細長型において統合失調症になじみのある気質が多いことを報告した。これは抗精神病薬などの薬剤が開発される前の観察結果であり、この関連性は薬剤による影響を受けていないと考えられる。

引用文献

  1. Kretschmer, E. Physique and Character: an Investigation of the Nature of Constitution and of the Theory of Temperament; with 31 Plates (London: Kegan Paul, Trench, Trubner, 1926).
  2. Ortega, F. B., Silventoinen, K., Tynelius, P. & Rasmussen, F. Muscular strength in male adolescents and premature death: cohort study of one million participants. BMJ 345, e7279 (2012).
  3. Arai, M. et al. Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch. Gen. Psychiatry 67, 589-597 (2010).
  4. Miyashita, M. et al. Fingertip advanced glycation end products and psychotic symptoms among adolescents. Npj Schizophr. 7, 37 (2021).
  5. Eguchi, Y. et al. Advanced glycation end products are associated with sarcopenia in older women: aging marker dynamics. J. Women Aging 26, 1-13 (2019).
  6. Tabara, Y. et al. Advanced glycation end product accumulation is associated with low skeletal muscle mass, weak muscle strength, and reduced bone density: the Nagahama study. J. Gerontol. A Biol. Sci. Med. Sci. 74, 1446-1453 (2019).

■ 統合失調症と関連するAKR1A1遺伝子変異はエキソンスキップを生じ酵素活性の低下を引き起こす

Iino K, Toriumi K, Agarie R, Miyashita M, Suzuki K, Horiuchi Y, Niizato K, Oshima K, Imai A, Nagase Y, Kushima I, Koike S, Ikegame T, Jinde S, Nagata E, Washizuka S, Miyata T, Takizawa S, Hashimoto R, Kasai K, Ozaki N, Itokawa M and Arai M.
AKR1A1 Variant Associated With Schizophrenia Causes Exon Skipping, Leading to Loss of Enzymatic Activity. Front. Genet. 12:762999. doi: 10.3389/fgene.2021.762999
Published: 06 December 2021.

発表のポイント

  • AKR1A1遺伝子内に28箇所の変異を同定し、特にエキソン8の1塩基目の変異c.753 G>A及びc.264 delCが統合失調症と有意に関連することを見出しました。
  • c.753 G>Aによりエキソン8のスキッピングが起こることを確認しました。
  • c.753 G>Aによるエキソンスキップ及びc.264 delCの一塩基欠失が導くフレームシフトによりAKR酵素活性が低下することを明らかにしました。
  • c.753 G>A変異を有する人ではAKR1A1遺伝子発現及びAKR酵素活性が低下していることを明らかにしました。

研究の背景

統合失調症患者の末梢血では健常者と比べてグルクロン酸が高いということが知られています1。グルクロン酸は薬剤排出に関与するため、グルクロン酸の蓄積は統合失調症の治療抵抗性と関連することが推測されます2。グルクロン酸はアルドケトレダクターゼファミリー1メンバーA1 (AKR1A1) により代謝されることが知られており、AKR1A1活性の変化がグルクロン酸量に影響を与えることが考えられますが、統合失調症においてその活性変化や遺伝子変異の影響を評価した報告はありません3。そこで本研究では、統合失調症検体を用いて、AKR1A1遺伝子に着目した遺伝学的解析を行いました。

発表内容

統合失調症患者及び健常者においてシーケンス解析を行い4箇所の新規バリアントを含む28箇所のバリアントを確認しました。また、そのうち4つがコーディング領域に含まれることがわかりました (図1)。その中でも、c.753 G>Aは統合失調症患者で14例、健常者で5例確認され、この変異は統合失調症患者で頻度が高い傾向がみられました。また、c.264 delCは統合失調症患者の1例でのみ確認されました。

図1: DNAシーケンス解析
図1: DNAシーケンス解析
新規バリアント (青矢印)、コーディング領域におけるバリアント (赤矢印)、その他のバリアント (黒矢印) を示した。コーディング領域において、 (A) エキソン5におけるシトシンの一塩基欠失 (V1)、 (B) エキソン8の一塩基目のグアニンからアデニンへの変異 (V3) が確認された。

次に、エキソンの1塩基目の変異によりそのエキソンが読み飛ばされることがあるということが知られているため、AKR1A1のエキソン8の一塩基目のc.753 G>Aによりエキソン8が読み飛ばされるかどうかを調べました4AKR1A1のエキソン8の一塩基目がGのエキソン7, 8, 9を含むミニジーン (WT) とAのエキソン7, 8, 9を含むミニジーン (MT) をそれぞれHEK293, SH-SY5Y, 1321N1にトランスフェクションして抽出したRNAのRT-PCRにより確認しました (図2A)。MTではエキソン8の読み飛ばしが見られましたがWTでは見られませんでした (図2B)。HEK293, SH-SY5YではWTと比べてMTでエキソンスキップが起こる頻度が有意に増加しました (図2C)。また、エキソン8の読み飛ばし及びc.264 delCのフレームシフトによりAKR酵素活性が変化するのかを調べるために、これらの変異により産生されるAKR1A1を発現させた大腸菌からリコンビナントタンパク質を精製し酵素活性の測定を行いました。これらの変異を持つAKR1A1では分子量が低下し、AKR酵素活性が著しく低下しました (図2D-E)。

図2: c.753 G>Aにより引き起こされるエキソンスキップ
図2: c.753 G>Aにより引き起こされるエキソンスキップ
(A) スプライシングアッセイの概要を示した。エキソン8の読み飛ばしはWTまたはc.753 G>A (MT) のミニジーンを発現するHEK293, SH-SY5Y, 1321N1から産出されたcDNAを用いて確認した。 (B) スプライシングアッセイの結果を示した。上のバンドはエキソン7, 8, 9の産物、下のバンドはエキソン7, 9の産物を示す。MTではエキソン7, 9の産物を生じることが示された。 (C) HEK293, SH-SY5YではWTと比べてMTで著しくエキソンスキップの頻度が増加した。 (D) 精製したGST及びGST-AKR1A1をSDS-PAGEにより分離した結果を示した。 (E) 精製したGST-AKR1A1においてAKR酵素活性を示した。c.753 G>A, c.264 delCで得られる産物は酵素活性が著しく低下した。

さらに、統合失調症患者においてc.753 G>Aが酵素活性に影響するのかを調べるために、6人の統合失調症患者 (SCZ#1~SCZ#6) 及び2人の健常者 (CON#1, CON#2) の赤血球における酵素活性を測定しました。c.753G>Aをヘテロ(GA)で持つ4人 (SCZ#1~SCZ#4) では、c.753G>A を持たない(GG) 4人 (SCZ#5, SCZ#6, CON#1, CON#2) と比べて酵素活性が低下する傾向が見られました。また、そのうちc.753 GAを持つ3人 (SCZ#1, SCZ#2, SCZ#4) とGGを持つ2人 (SCZ#6, CON#2) の全血から抽出したRNAを用いてAKR1A1の遺伝子発現量を調べました。c.753 GAを持つ人ではmRNA発現量がGGを持つ人の50%程度となりました。これらの結果から、AKR1A1におけるc.753 G>Aは酵素活性の低下に繋がることが考えられました。

図3: ヒトにおけるAKR酵素活性及びAKR1A1遺伝子発現
図3: ヒトにおけるAKR酵素活性及びAKR1A1遺伝子発現
6人の統合失調症患者 (c.753 G>Aバリアントを持つSCZ#1~4及び持たないSCZ#5, 6) 及び2人の健常者 (CON#1, 2) の赤血球におけるAKR酵素活性を示した。c.753 G>A バリアントを持つ患者で酵素活性が低下する傾向が見られた。(B) SCZ#1, 3, 4, 5, CON#2におけるAKR1A1のmRNA発現量を示した。c.753 G>Aバリアントを持つ患者では持たない人の50%程度のmRNA発現量を示した。

引用文献

  1. Xuan J, Pan G, Qiu Y, Yang L, Su M, Liu Y, Chen J, Feng G, Fang Y, Jia W, Xing Q, He L. Metabolomic profiling to identify potential serum biomarkers for schizophrenia and risperidone action. J. Proteome Res. 2011; 10(12):5433-43.
  2. Mazerska Z, Mróz A, Pawłowska M, Augustin E. The role of glucuronidation in drug resistance. Pharmacol Ther. 2016; 159:35-55.
  3. Takahashi M, Miyata S, Fujii J, Inai Y, Ueyama S, Araki M, Soga T, Fujinawa R, Nishitani C, Ariki S, Shimizu T, Abe T, Ihara Y, Nishikimi M, Kozutsumi Y, Taniguchi N, Kuroki Y. In vivo role of aldehyde reductase. Biochim. Biophys. Acta. 2012; 1820(11):1787-96.
  4. Fu Y, Masuda A, Ito M, Shinmi J, Ohno K. AG-dependent 3′-splice sites are predisposed to aberrant splicing due to a mutation at the first nucleotide of an exon. Nucleic Acids Res. 2011; 39(10):4396-404.

■ 終末糖化産物は思春期児童における精神病体験の持続と関連する

Miyashita M, Yamasaki S, Ando S, Suzuki K, Toriumi K, Horiuchi Y, Yoshikawa A, Imai A, Nagase Y, Miyano Y, Inoue T, Endo K, Morimoto Y, Morita M, Kiyono T, Usami S, Okazaki Y, Furukawa TA, Hiraiwa-Hasegawa M, Itokawa M, Kasai K, Nishida A, Arai M. Fingertip advanced glycation end products and psychotic symptoms among adolescents. NPJ Schizophr. 2021 Aug 12;7(1):37. doi: 10.1038/s41537-021-00167-y.

発表のポイント

  • 思春期児童282名を対象にした出生コホート研究1) で、終末糖化産物(Advanced glycation end-products; AGEs)2) と精神病症状3) の関連を検証した。
  • 本研究では、対象が思春期児童であることを考慮して、非侵襲的かつ簡便にAGEsを測定できるAGEsセンサーを使用した。
  • 抗精神病薬4) を内服している5名を除外して解析した結果、研究開始時点でAGEsの値が高くなると、精神病症状が持続するリスクが有意に高くなった (OR, 1.68; 95% CI, 1.05–2.69; P = 0.03)。

研究の背景

私たちはこれまで、発症して薬物療法を受けている統合失調症患者において、血液中のAGEsの値が健常者の値と比較して有意に高いことを報告してきました[1, 2]。しかしながら、薬の影響でAGEsの値が高くなる可能性を指摘されていました。また、思春期児童を対象にしてAGEsの値と精神病症状の関連を調べた研究はなく、AGEsの値が発症前から高いかどうか、わかりませんでした。

研究内容

本研究では、東京ティーンコホート(http://ttcp.umin.jp/)と連携し、282名の思春期児童を対象に研究を行いました。研究開始前と1年後の2時点で、AGEsセンサー(SHARP MARKETING JAPAN CORPORATION)[3]を用いて、非利き手の中指の腹を使って痛みを伴うことなくAGEsを測定しました。同時に、精神科医が全ての児童に対して面接を行い、精神病症状の有無や程度を評価しました。282名のうち、研究開始前と1年後の両方とも精神病症状が無かった児童(精神病症状無し群)が200名(70.9%)、研究開始前あるいは1年後のどちらか一方だけで精神病症状が有った児童(一過性精神病症状群)が67名(23.8%)、研究開始前も1年後も両方とも精神病症状が有った児童(持続精神病症状群)が15名(5.3%)でした。それぞれの群で、年齢、性別、腎臓の機能、家庭の経済状況、親が精神疾患にかかったことがある割合に明らかな差はありませんでした(表1)。次にそれぞれの群とAGEsの関連について、抗精神病薬を服用している児童(5名)を除外して、解析を行いました。その結果、研究開始時点でAGEsの値が高くなるほど、精神病症状が持続するリスクが有意に高くなりました(図1)。精神病症状が持続することは統合失調症を発症するリスクになります[4]。今回の研究は、統合失調症を発症するリスク状態にある思春期児童(持続精神病症状群)では、抗精神病薬を服用していなくても、すでにAGEsの蓄積が始まっていることを明らかにしました。

表 1. 対象者の背景
全児童精神病症状
無し群a,1
一過性
精神病症状群a,2
持続
精神病症状群a,3
p
対象者数 (%)282 (100.0)200 (70.9)67 (23.8)15 (5.3)-
年齢 (歳, 平均 [標準偏差])13.4 [0.6]13.4 [0.5]13.5 [0.6]13.4 [0.5]13.4 [0.5]
性別 (男性/女性)156 / 126108 / 9239 / 289 / 60.779
AGEs値 (a.u., 平均 [標準偏差])0.44 [0.06]0.44 [0.06]d0.44 [0.07]0.48 [0.09]d0.040
尿中クレアチニン (mg/dl, 平均 [標準偏差])153.2 [67.5]151.8 [59.7]157.0 [78.4]154.9 [106.5]0.862
社会経済的地位 b, 対象者数 (%)24 (8.9)16 (8.4)7 (10.8)1 (7.1)0.819
両親の精神疾患の既往歴, 対象者数 (%)10 (3.5)6 (3.0)4 (6.0)0 (0.0)0.391
a 精神病症状は半構造化面接により精神科医が評価し、研究開始前と1年後の2回実施.
1 研究開始前と1年後の両方とも精神病症状が無い
2 研究開始前あるいは1年後のどちらか一方だけで精神病症状が有った
3 研究開始前も1年後も両方とも精神病症状が有った
b 低世帯年収(12歳時).
略語: AGEs, advanced glycation end products (終末糖化産物) ; a.u., arbitrary unit (任意単位).

図1. AGEs と精神病症状の関連.
年齢、性別を調整した多項ロジスティック回帰分析5) によって算出された AGEs のオッズ比6) を示した図。精神病症状無し群を対照にした場合、一過性精神病症状群のオッズ比 (左) は有意ではないが、持続精神病症状群のオッズ比(右) は有意に上昇する。(エラーバー; 95%信頼区間)

今後の展開

統合失調症を発症するリスク状態にある思春期児童に対しては、なるべく早い段階で気づいて適切な対処法を一緒に考えることが大切です。しかし、このような状態にある児童にとって周囲に相談することは簡単ではなく、早く気づくことは容易ではありません。今回の研究で測定に使用したAGEsセンサーは、痛みを伴うことが無く、3分程度で測定が終了します。また、持ち運びもできるため、病院やクリニックでの使用にとどまらず、学校や地域での活用も期待されます。以上から、AGEsセンサーの長所を生かして、AGEs蓄積の程度を知ることによって、発症リスクのある児童を早期に発見して適切な介入につなげることができるかもしれません。また、AGEsの値を正常にする治療法が開発されれば、発症の予防に貢献することができるかもしれません。

用語

1) 出生コホート研究:
ある特定期間に出生した集団を一定期間追跡し,さまざまな要因の縦断的な関係から因果関係を推測する研究手法のこと。
2) 終末糖化産物:
タンパク質と糖が反応して産生される物質の総称。毒性を持ち、老化や 糖尿病等さまざまな疾患との関連が指摘されている。終末糖化産物が持つ蛍光性を利用して定量が可能である。
3) 精神病症状:
主に、現実に存在しないものを感じること(幻覚)や事実ではないことを勘ぐってしまうこと(妄想)を指し、統合失調症でよくみられる症状だが、思春期の一般人口では6人に1人が経験する。
4) 抗精神病薬:
精神病症状を治療するための薬。全ての抗精神病薬は、ドパミン2受容体をブロックするという共通の作用機序がある。
5) 多項ロジスティック回帰分析:
さまざまな要因から、ある事象が発生する確率を予測するための統計分析手法のこと。通常、ある事象の発生は、有り/無し、で表されるが、多項ロジスティック回帰分析の場合、3つ以上のパターン(例えば(重度、中等度、軽度)をとる。
6) オッズ比:
2つの群のうちどちらの群で、ある事象が起こりやすいか、比較して示す指標のこと。オッズ比が1ということは、両方の群で、ある事象が起こる確率は同じ、ということを意味する。

引用文献

  1. Arai M, Yuzawa H, Nohara I, Ohnishi T, Obata N, Iwayama Y, Haga S, Toyota T, Ujike H, Arai M, Ichikawa T, Nishida A, Tanaka Y, Furukawa A, Aikawa Y, Kuroda O, Niizato K, Izawa R, Nakamura K, Mori N, Matsuzawa D, Hashimoto K, Iyo M, Sora I, Matsushita M, Okazaki Y, Yoshikawa T, Miyata T, Itokawa M. Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch Gen Psychiatry. 67: 589-97, 2010.
  2. Miyashita M, Arai M, Hiroko H, Niizato K, Oshima K, Kushima I, Hashimoto R, Fukumoto M, Koike S, Toyota T, Ujike H, Arinami T, Kasai K, Takeda M, Ozaki N, Okazaki Y, Yoshikawa T, Amano N, Miyata T, Itokawa M: Replication of enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Psychiatry Clin Neurosci. 68: 83-84, 2014.
  3. Yamanaka M, Matsumura T, Ohno R, Fujiwara Y, Shinagawa M, Sugawa H, Hatano K, Shirakawa J, Kinoshita H, Ito K, Sakata N, Araki E, Nagai R. Non-invasive measurement of skin autofluorescence to evaluate diabetic complications. J Clin Biochem Nutr. 58:135-140, 2016.
  4. Dominguez, M.D.G., Wichers, M., Lieb, R., Wittchen, H.U. & van, Os. J. Evidence that onset of clinical psychosis is an outcome of progressively more persistent subclinical psychotic experiences: an 8-year cohort study. Schizophr. Bull. 37: 84-93, 2011.

■ メチルグリオキサール除去機構の障害が
統合失調症様行動異常を生じるメカニズムを解明

Combined glyoxalase 1 dysfunction and vitamin B6 deficiency in a schizophrenia model system causes mitochondrial dysfunction in the prefrontal cortex
Toriumi K, Berto S, Koike S, Usui N, Dan T, Suzuki K, Miyashita M, Horiuchi Y, Yoshikawa A, Asakura M, Nagahama K, Lin H-C, Sugaya Y, Watanabe T, Kano M, Ogasawara Y, Miyata T, Itokawa M, Konopka G, Arai M.
Redox Biol. 2021 Jun 24;45:102057. doi: 10.1016/j.redox.2021.102057.

発表のポイント

  • 一部の統合失調症患者で認められる「メチルグリオキサール除去機構の障害(Glyoxalase 1機能欠損とビタミンB6欠乏)」を模したマウスモデル(KO/VB6(-))を作成したところ、プレパルスインヒビション障害など統合失調症様行動障害を示しました。
  • KO/VB6(-)マウスでは、前頭皮質、海馬、線条体において、MGの蓄積が認められました。
  • KO/VB6(-)マウスの前頭皮質において、ミトコンドリア関連遺伝子の発現変動が認められました。
  • KO/VB6(-)マウスの前頭皮質から単離したミトコンドリアは呼吸鎖障害を示し、前頭皮質では酸化ストレスの亢進が認められました。

研究の背景

メチルグリオキサール(MG)は、解糖系の副産物として生じる反応性の高いα-ケトアルデヒドの一種です(1)。MGの蓄積はミトコンドリアの機能低下や活性酸素種(ROS)の生成を生じ、酸化ストレスを増加させ、様々な組織や臓器の損傷を引き起こすことが知られています(2)。また、MGはタンパク質やDNAなどの生体分子と反応することで、終末糖化産物(AGEs)を形成し、正常な機能を喪失させることが知られています(3, 4)。毒性の高いMGを除去するために、生体内では様々な解毒システムが協働しており、Glyoxalase 1(GLO1)及びGLO2によりMGを酵素的に分解するグリオキサラーゼシステムやビタミンB6(VB6)によるMGのスカベンジシステムなどが知られています。

統合失調症は,幻覚や妄想などの陽性症状,快感消失や感情の平板化などの陰性症状,そして認知機能障害を特徴とする精神疾患です。私たちはこれまで、統合失調症患者内にGLO1遺伝子内に酵素活性を低下させる新規のバリアント及びフレームシフトを有する一群が存在することを報告してきました(5)。さらに、約35%の統合失調症患者では、末梢血中のVB6(ピリドキサール)濃度が正常値以下であることも報告してきています(男性:6ng/ml未満、女性:4ng/ml未満と定義)。これら統合失調症患者に認められたMG解毒機構の障害はMGの蓄積を引き起こし、統合失調症の病態に関与している可能性がありますが、その障害分子機序については分かっていませんでした。

研究内容

本研究では、Glo1ノックアウトマウスにVB6欠乏餌を与えることで、MG解毒機構の障害を有する統合失調症患者の新たなモデルマウスを作成し、GLO1機能障害とVB6欠乏が相加的・相乗的に脳機能に及ぼす影響を評価しました。その結果、VB6欠乏餌を給餌したGlo1 KOマウス(KO/VB6(-))では、血漿中のホモシステインが増加し、前頭皮質(PFC)、海馬、線条体においてはMGの蓄積が認められ、社会性行動障害や認知記憶障害、プレパルスインヒビション(PPI)抑制試験における感覚運動情報制御機能障害などの行動障害を示しました。

また、KO/VB6(-)マウスのPFCでは、ミトコンドリア機能に関連する遺伝子の発現に異常があることを、RNA-seqによる網羅的な遺伝子発現解析および重み付け遺伝子共発現ネットワーク解析(WGCNA)により明らかにしました。さらに、KO/VB6(-)マウスのPFCよりミトコンドリアを単離し、ミトコンドリア呼吸鎖能を評価したところ、障害を生じていることが明らかとなり、それに伴いH2O2や8-OHdG、MDAなど酸化ストレス指標が、亢進しているという結果が得られました。

これらの結果は、GLO1機能障害とVB6欠損が組み合わさることで、PFCにおけるミトコンドリアの機能障害及び酸化ストレスの亢進が生じ、結果として統合失調症様行動障害が引き起こされていることを示唆するものです。

成果の概要

今後の展開

本研究は、MG除去機構の障害が統合失調症の発症に関与していることを示した初めての研究成果です。本研究で明らかになった障害メカニズムを考慮すると、MG除去機構障害(GLO1機能障害とVB6欠損)を有する患者さんに対しては、酸化ストレスを防ぐ抗酸化物質やVB6の補充が新たな治療戦略として有効である可能性があります。

用語

重み付け遺伝子共発現ネットワーク解析(WGCNA):
複数サンプルにおける遺伝子発現プロファイルを用いて、発現遺伝子内のすべてのペアの発現パターンの類似性を評価し、似通った遺伝子発現パターンを示すネットワークを抽出する方法です。
酸化ストレス
体内において酸化反応が亢進し、細胞や組織に障害をもたらしている状態です。酸化ストレスの指標としては、活性酸素種である過酸化水素H2O2や過酸化脂質であるマロンジアルデヒド(MDA)、酸化修飾されたDNAである8-hydroxy-2'-deoxyguanosine (8-OHdG)などが用いられます。

引用文献

  1. N. Rabbani, P. J. Thornalley, Dicarbonyl stress in cell and tissue dysfunction contributing to ageing and disease. Biochem Biophys Res Commun 458, 221-226 (2015).
  2. P. J. Thornalley, Endogenous alpha-oxoaldehydes and formation of protein and nucleotide advanced glycation endproducts in tissue damage. Novartis Found. Symp. 285, 229-243; discussion 243-226 (2007).
  3. A. R. Hipkiss, On the Relationship between Energy Metabolism, Proteostasis, Aging and Parkinson's Disease: Possible Causative Role of Methylglyoxal and Alleviative Potential of Carnosine. Aging Dis. 8, 334-345 (2017).
  4. N. Rabbani, M. Xue, P. J. Thornalley, Methylglyoxal-induced dicarbonyl stress in aging and disease: first steps towards glyoxalase 1-based treatments. Clin. Sci. (Lond.) 130, 1677-1696 (2016).
  5. M. Arai et al., Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch. Gen. Psychiatry 67, 589-597 (2010).

■ ペントシジン蓄積の新たな遺伝素因を新たに発見:
糖化ストレスが亢進した統合失調症と関連するマイクロRNA

Dysregulation of post-transcriptional modification by copy number variable microRNAs in schizophrenia with enhanced glycation stress.
Yoshikawa A, Kushima I, Miyashita M, Toriumi K, Suzuki K, Horiuchi Y, Kawaji H, Takizawa S, Ozaki N, Itokawa M, Arai M. Transl Psychiatry. 2021 May 28;11(1):331. doi: 10.1038/s41398-021-01460-1. PMID: 34050135

発表のポイント

  • 私たちはこれまでに糖化ストレスの指標である血漿ペントシジンが蓄積する統合失調症の亜集団(カルボニルストレス性統合失調症[1])を同定してきました。また最近ではコピー数多型(Copy Number Variation, CNV)やその領域に含まれるマイクロRNA (copy number variable microRNAs , CNV-miRNAs)による遺伝子発現の調節メカニズムが統合失調症の病因に寄与する可能性が報告されています。
  • そこで本研究では、ペントシジン高値の症例と正常値の症例のゲノムサンプルを用いて、包括的なCNV-miRNAs解析を行いました。またmiRNAが標的とする遺伝子群がどのような機能と関連するのか否か検討を行いました。
  • その結果、高値症例では、欠失や重複のあるCNV領域に含まれるmiRNAの数が正常値群に比べて、約10倍増大していることを発見しました。また、シナプス神経伝達、特にグルタミン酸やGABA受容体シグナル伝達に関与する機能がそのmiRNAによって影響を受けている可能性を発見しました。

研究の背景

昨今のゲノム技術の進歩によって大規模なゲノム研究が推進されています。例えば、日本人集団サンプル[2458名の統合失調症(SCZ)及び、1108名の自閉症スペクトラム障害(ASD)の症例]を用いたゲノムワイドのCNV解析からは、稀なexonic-CNVsが幾つも同定されています[2]。また近年では、マイクロRNA(miRNA)を介した遺伝子発現制御がSCZやASD、知的障害などの病因とも関与していることが注目されています[3, 4, 5]。miRNAは一般に標的遺伝子の3'UTRを認識し、その結合を介して遺伝子発現のサイレンシングを担う一本鎖RNA小分子であり、CNV領域内に位置するmiRNA群(CNV-miRNAs)は様々な機能分子ネットワークの制御に重要な役割を担っている事が報告されています。私たちはこれまでペントシジン蓄積という特定の代謝経路障害を呈する約4割の統合失調症の亜集団[1]に着目し、表現型への寄与を説明する遺伝・環境因子を探索してきました。本研究では、稀なCNVを保有する209名の症例を対象にmiRNAsに焦点を当て、ペントシジン蓄積が亢進している統合失調症の病因に関する新しい洞察を得るための解析を行いました。

成果概要

ペントシジン高値の症例では、CNV領域に含まれる遺伝子数が多く、その領域に含まれるmiRNA数がペントシジン正常値群に比べて約9.8倍集積していることを明らかにしました。また、一人の患者が保有しているmiRNA数も平均で約9.9倍の集積が認められました(表1)。

次に、同定されたmiRNAsがどのような標的遺伝子群を介して分子ネットワーク制御に関与しているのか検討を行いました。その結果、ペントシジン蓄積を特徴とする亜集団において特徴的なmiRNAsが同定され、特に、グルタミン酸やGABA受容体シグナル伝達に関与するシナプス神経伝達機能や抗酸化ストレス機能などに関与する遺伝子ネットワークがmiRNAによって影響を受けている可能性を発見しました(図1)。

図1: 糖化ストレスが亢進した症例に同定したmiRNAsとその機能
miRNA領域の欠失・重複が、標的遺伝子群の発現変動を介し、ペントシジン蓄積を惹起している可能性がある。標的遺伝子群は、シナプス可塑性、GABA神経伝達、グルタミン酸神経伝達、酸化ストレスと関連している。例えば、MIR 4300は、CACNA1C(calcium voltage-gated channel subunit alpha1 C)遺伝子やDRD2(Dopamine D2 Receptor)遺伝子のような再現性の高い統合失調症リスク遺伝子を標的としています。また、MIR4767はシナプス小胞エキソサイトーシスで機能するタンパク質であるCPLX1(Complexin 1)を標的とし、その他にもMIR5699が糖代謝制御に関わるG6PC(Glucose-6-phosphatase, catalytic subunit)遺伝子、MIR640が酸化ストレス制御に関わるGSR(glutathione-disulfide reductase)遺伝子を標的としています。

今後の展開

本研究は、ペントシジンが蓄積している症例においてmiRNAsが糖化・酸化ストレス、シナプス機能を制御していることを示唆する日本人ゲノムを用いた初めての研究成果です。本研究において、ペントシジンが蓄積する症例の病態に強い影響をもつmiRNAが患者で高頻度に見つかったことから、今後はペントシジン高値の統合失調症に対する治療アプローチのひとつとしてこれらのmiRNAを標的とした戦略が期待されます。

用語

CNV (Copy number variant:ゲノムコピー数変異)
染色体上の一部の領域におけるコピー数の変化。常染色体上のゲノムコピー数は通常は2コピーであるが、欠失した場合(1コピー以下)や重複した場合(3コピー以上)が観察される。コピー数変化は健康発達に重要な遺伝子の機能へ影響を及ぼし、各種の疾患の発症に繋がる場合がある。
マイクロRNA(microRNA:miRNA)
ヒト体内には2,000種類以上が存在する。miRNAは標的とする遺伝子の転写産物に結合することで、遺伝子発現を抑制する約21−25塩基からなる機能性のあるRNA小分子です。

引用文献

  1. Arai M, et al. Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch Gen Psychiatry. 2010. PMID: 20530008
  2. Kushima I, et al. Comparative Analyses of Copy-Number Variation in Autism Spectrum Disorder and Schizophrenia Reveal Etiological Overlap and Biological Insights. Cell Rep. 2018. PMID: 30208311
  3. Bartel DP. MicroRNAs: genomics, biogenesis, mechanism, and function. Cell. 2004. PMID: 14744438 Review.
  4. Warnica W, et al. Copy number variable microRNAs in schizophrenia and their neurodevelopmental gene targets. Biol Psychiatry. 2015. PMID: 25034949
  5. Vaishnavi V, et al. Insights on the functional impact of microRNAs present in autism-associated copy number variants. PLoS One. 2013. PMID: 23451085

■ 終末糖化産物の蓄積は統合失調症の処理速度の低下と関連する

Advanced glycation end products and cognitive impairment in schizophrenia.
Kobori A, Miyashita M, Miyano Y, Suzuki K, Toriumi K, Niizato K, Oshima K, Imai A, Nagase Y, Yoshikawa A, Horiuchi Y, Yamasaki S, Nishida A, Usami S, Takizawa S, Itokawa M, Arai H, Arai M. PLoS One. 2021 May 26;16(5):e0251283. doi: 10.1371/journal.pone.0251283. eCollection 2021. PMID: 34038433

発表のポイント

  • 統合失調症における終末糖化産物(ペントシジン)と認知機能障害の関連を検証した。
  • ペントシジンの上昇が処理速度の低下と有意に関連し、年齢、性別、Body mass index、教育年数、抗精神病薬量や精神病症状などの交絡要因を調整した後も有意な関連を認めた

研究の背景

統合失調症は思春期に多く発症し、慢性的に経過する疾患と解釈されてきましたが、現在では、症状があっても病気と上手に付き合うことで、自分らしい生活を送ることが達成できる(リカバリー)と考えられています。統合失調症の症状として、幻覚妄想や意欲減退などがよく知られていますが、最近では認知機能障害が重要な症状として認識されています。認知機能障害は社会機能と密接に関係し[1]、とくに就労状況に影響を及ぼします[2]。私たちはこれまで、統合失調症患者の末梢血中のペントシジンが健常者と比較して有意に高いことを報告してきましたが[3]、ペントシジンと認知機能障害との関連は検証されていませんでした。

発表内容

本研究では、ペントシジンと認知機能障害との関連を明らかにするために、58人の統合失調症の患者さんにご協力いただき、代表的な終末糖化産物であるペントシジンの血液中の濃度を測定し、同時に心理士による認知機能の評価を行いました。認知機能は年齢、性別、教育年数、内服している抗精神病薬の量や精神病症状の影響をうけるため、これらの影響を考慮した統計解析を行って、ペントシジンが認知機能と関連するかどうか検証しました。その結果、ペントシジンの増加が、処理速度の低下と関連することを明らかにしました(表1)。処理速度は、日常生活、特に仕事をする場面で役に立つ認知機能です。治療によってAGEsの増加を抑えることができれば、就職や仕事の継続に良い影響がもたらされる可能性が高まり、リカバリーの促進が期待されるかもしれません。

<用語>

終末糖化産物:糖とタンパク質または脂質などが非酵素的に反応すること(メイラード反応)によって作られる生成物の総称

引用文献

  1. Green MF, Kern RS, Braff DL, Mintz J. Neurocognitive deficits and functional outcome in schizophrenia: are we measuring the "right stuff"? Schizophr Bull . 2000; 26: 119-136.
  2. Wykes T, Huddy V, Cellard C, McGurk SR, Czobor P. A meta-analysis of cognitive remediation for schizophrenia: methodology and effect sizes. Am J Psychiatry. 2011; 168: 472-485.
  3. Arai M, Yuzawa H, Nohara I, Ohnishi T, Obata N, Iwayama Y, Haga S, Toyota T, Ujike H, Arai M, Ichikawa T, Nishida A, Tanaka Y, Furukawa A, Aikawa Y, Kuroda O, Niizato K, Izawa R, Nakamura K, Mori N, Matsuzawa D, Hashimoto K, Iyo M, Sora I, Matsushita M, Okazaki Y, Yoshikawa T, Miyata T, Itokawa M. Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch Gen Psychiatry. 2010; 67:589-97.

■ ビタミンB6欠乏はノルアドレナリン神経系の機能亢進を生じ、統合失調症様行動異常を惹起する

Vitamin B6 deficiency hyperactivates the noradrenergic system, leading to social deficits and cognitive impairment. Toriumi K, Miyashita M, Suzuki K, Yamasaki N, Yasumura M, Horiuchi Y, Yoshikawa A, Asakura M, Usui N, Itokawa M, Arai M. Transl Psychiatry. 2021 May 3;11(1):262. doi: 10.1038/s41398-021-01381-z.PMID: 33941768

発表のポイント

  • 一部の統合失調症患者で認められるビタミンB6欠乏という病態を模したマウスモデルを作成し、脳内アドレナリン神経系の亢進及び、社会性行動障害、認知機能障害を確認しました。
  • ビタミンB6の脳内への補充により、ノルアドレナリンの代謝亢進が抑制され、行動異常が改善されました。
  • 過剰なノルアドレナリン放出を抑制するために、α2Aアドレナリン受容体アゴニストのグアンファシンを投与すると、ノルアドレナリン代謝亢進が抑制され、行動障害が改善されました。
図1: 成果の概要

図1: 成果の概要
(A) ビタミンB6欠乏マウスの脳内ではノルアドレナリン神経系が機能亢進しており、社会性行動障害、及び認知機能障害を惹起することが示された。(B) ビタミンB6の脳内への補充、もしくはα2Aアドレナリン受容体アゴニストであるグアンファシン(GFC)の投与は、ノルアドレナリンの機能亢進を改善し、行動異常を改善した。

研究の背景

統合失調症は、幻覚・妄想等の陽性症状、無気力・感情の平板化等の陰性症状、認知機能の低下等を特徴とする精神疾患です。私たちはこれまで、統合失調症患者の末梢血中のビタミンB6(ピリドキサール)濃度が健常者と比較して有意に低いことを報告してきました[1]。統合失調症患者の35%以上は、ビタミンB6が基準値以下で(男性:6ng/ml未満、女性:4ng/ml未満)、このビタミンB6濃度はPANSS(陽性・陰性症状評価尺度)の重症度スコアに反比例することを明らかにしてきています[2]。さらに、私たちは統合失調症患者の一部において、高用量のビタミンB6(ピリドキサミン)が、精神病症状、特にPANSSの陰性尺度及び総合精神病理評価尺度を緩和するのに有効であることを報告してきました。これら事実は、ビタミンB6の欠乏が統合失調症の症状発現に寄与している可能性を示すものです。近年のメタ解析では、統合失調症患者におけるビタミンB6の減少が、主要な精神疾患の末梢血バイオマーカーとして最も説得力のあるエビデンス」であることが示されています[3]。一方で、このビタミンB6欠乏がどのような分子機序により統合失調症の症状を引き起こすのかについては、よく分かっていませんでした。

発表内容

本研究では、ビタミンB6欠乏によって引き起こされる脳内分子病態を明らかにするために、ビタミンB6欠乏マウスを作成し解析を行いました。ビタミンB6は一部が腸内細菌により合成されますが、主として食物から摂取されるため、8週齢のC57BL/6J雄マウスにビタミンB6欠乏餌(ビタミンB6含有量5μg/100gペレット)を4週間給餌し、ビタミンB6欠乏マウスを作成しました。一方、ビタミンB6を1.4mg/100gペレットで含む通常餌を与えたものをコントロールマウスとして用いました。

給餌4週間後、ビタミンB6欠乏マウスの血漿中のビタミンB6濃度は通常マウスの約3%にまで減少しており、脳内においても通常マウスの約50-70%の減少が生じていました。また、統合失調症様行動障害を評価したところ、ビタミンB6欠乏マウスでは社会性行動試験において他マウスとの接触時間の有意な減少が認められ、さらに新奇物体認識試験においては認知機能障害を示しました。これらの結果はビタミンB6の欠乏が統合失調症の陰性症状、認知機能障害に関与していることを示唆し、臨床的な知見と一致していました。

次に、脳内神経伝達物質及びその代謝産物の定量を行ったところ、脳全体を通してノルアドレナリンの代謝産物であるMHPG (3-メトキシ-4-ハイドロキシフェニルエチレングリコール)の顕著な増加が認められました。また、in vivoマイクロダイアリシスにより、前頭皮質や線条体においてノルアドレナリンの放出量が実際に増加していることが示され、ビタミンB6欠乏は脳内ノルアドレナリン神経系の機能亢進を引き起こすことが明らかとなりました(図2)。

図2: ビタミンB6欠乏マウスにおけるノルアドレナリン神経系の機能亢進

図2: ビタミンB6欠乏マウスにおけるノルアドレナリン神経系の機能亢進
ビタミンB6欠乏マウス(VB6(-))の各脳部位における(A)ノルアドレナリン、(B)MHPG、(C)ノルアドレナリンの代謝回転を表す。また、(D)前頭皮質におけるノルアドレナリンの放出量の変化を示す。ビタミンB6の欠乏は脳内ノルアドレナリン神経系の機能亢進を生じることが示された。

さらに、浸透圧ポンプを用いてビタミンB6を脳内に直接補充すると、ノルアドレナリン神経系の機能亢進、及び行動異常が改善されたことから、ビタミンB6欠乏の影響は中枢に由来することも明らかにしました(図3A–C)。また、NA神経伝達を正常化させる目的で、α2Aアドレナリン受容体アゴニストグアンファシンを投与したところ、前頭皮質における亢進したノルアドレナリン神経系は正常化し、行動障害の改善が認められました(図3D–F)。

図3: ビタミンB6の脳内補充、及びグアンファシンの投与による改善効果

図3: ビタミンB6の脳内補充、及びグアンファシンの投与による改善効果
(A)(D)前頭皮質におけるノルアドレナリン代謝回転、(B)(E) 社会性行動試験、(C)(F)新奇物体認識試験の結果を示す。ビタミンB6の脳内補充、α2A受容体アゴニストであるグアンファシンの投与は、ビタミンB6欠乏マウスにおけるノルアドレナリン神経系の機能亢進を抑制し、行動異常を改善した。

ビタミンB6欠乏を有する統合失調症患者は、患者全体の35 %以上も存在することが分かっており、比較的重篤な臨床症状を呈し、治療抵抗性を示します。本成果は、このような患者に対し、ノルアドレナリン神経系を標的とした新たな治療戦略が有効である可能性を提示するものです。また、私たちが臨床研究を進めている「統合失調症に対するビタミンB6投与[4]という新たな治療法に、病態生理に基づくエビデンスを与えるものと考えられます。

引用文献

  1. Arai M, Yuzawa H, Nohara I, Ohnishi T, Obata N, Iwayama Y et al. Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch Gen Psychiatry 2010; 67(6): 589-597.
  2. Miyashita M, Arai M, Kobori A, Ichikawa T, Toriumi K, Niizato K et al. Clinical features of schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Schizophr Bull 2014; 40(5): 1040-1046.
  3. Carvalho AF, Solmi M, Sanches M, Machado MO, Stubbs B, Ajnakina O et al. Evidence-based umbrella review of 162 peripheral biomarkers for major mental disorders. Transl Psychiatry 2020; 10(1): 152.
  4. Itokawa M, Miyashita M, Arai M, Dan T, Takahashi K, Tokunaga T et al. Pyridoxamine: A novel treatment for schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Psychiatry Clin Neurosci 2018; 72(1): 35-44.

■ カルボニルストレスを伴う統合失調症を対象にしたピリドキサミン大量併用療法の効果の検証

Pyridoxamine: A novel treatment for schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Itokawa M, Miyashita, Arai M, Dan T, Takahashi K, Tokunaga T, Ishimoto K, Toriumi K, Ichikawa T, Horiuchi Y, Kobori A, Usami S, Yoshikawa T, Amano N, Washizuka S, Okazaki Y, Miyata T. Psychiatry Clin Neurosci. 2017 Oct 24. doi: 10.1111/pcn.12613. [Epub ahead of print]

私たちはこれまでに、カルボニルストレス代謝経路に着目し、一部の統合失調症で有害な終末糖化産物の1つであるペントシジンが末梢血で蓄積することを同定してきました。ペントシジンはピリドキサミン(3種類あるビタミンB6の1つ)に捕捉されて体外に排出されます。そこで、ペントシジンが蓄積する統合失調症に対して、大量のピリドキサミン併用療法の効果を検証する医師主導型治験を実施しました。
 本治験では、血漿ペントシジンが55.2ng/ml(健常人平均値+2SD)以上を満たす統合失調症入院患者10名を対象にしました。治験開始前までに内服していた抗精神病薬を維持したまま、大量のピリドキサミン(1200mg~2400mg/日;食事から摂取する量の約1000倍)を24週間かけて併用しました。主要評価項目は Positive and Negative Syndrome Scale (PANSS) および Brief Psychiatric Rating Scale (BPRS) のベースラインからの平均変化量とし、Drug-Induced Extrapyramidal Symptoms Scale (DIEPSS) と Columbia-Suicide Severity Rating Scale (C-SSRS)を用いて、薬剤性パーキンソン症状や自殺関連症状など安全性の評価を実施しました。
 10名中8名で血漿ペントシジンが減少し、平均減少量は26.8%でした。PANSSは、2名でベースラインから20%以上の改善を認めました。カルボニル化合物の主要代謝酵素をコードする遺伝子Glyoxalase 1にフレームシフト変異を有する典型的なカルボニルストレスを伴う被験者では、ペントシジンが24.7%減少すると同時に、PANSSの陽性症状が約20%改善しました。また、薬剤性パーキンソン症状がベースラインと比較して20%以上改善した患者さんが4名確認されました。自殺に関連する有害事象は生じませんでしたが、2名でウェルニッケ脳症様の副作用が出現しました。両名とも、チアミン(ビタミンB1)の速やかな補充で後遺症を残すことなく完全に回復しました。
 今回の治験によって、カルボニルストレスを伴う統合失調症に対して、ピリドキサミン大量併用療法の有効性が示唆されました。今後は、プラセボを用いたランダム化比較試験でピリドキサミンの有効性を検証する予定です。

■ 統合失調症ではカルボニルストレスを抑制する分子の血中濃度が減少

The regulation of soluble receptor for AGEs contributes to carbonyl stress in schizophrenia. Miyashita M, Watanabe T, Ichikawa T, Toriumi K, Horiuchi Y, Kobori A, Kushima I, Hashimoto R, Fukumoto M, Koike S, Ujike H, Arinami T, Tatebayashi Y, Kasai K, Takeda M, Ozaki N, Okazaki Y, Yoshikawa T, Amano N, Washizuka S, Yamamoto H, Miyata T, Itokawa M, Yamamoto Y, Arai M. Biochem Biophys Res Commun. 2016 Oct 21;479(3):447-452. Sep;68(9):655-65.

私たちのプロジェクトでは、これまでカルボニルストレスと統合失調症との関連を精力的に研究してきました。今回、私たちは統合失調症でペントシジンが蓄積するメカニズムを探るため、カルボニルストレスを消去する機能に着目して研究を進めました。AGEs受容体(Receptor for AGEs: RAGE)は膜型RAGEと呼ばれ、細胞膜上でペントシジンと結合し、細胞内で炎症性サイトカインの産生を促進します。一方、分泌型RAGE(soluble receptor for AGEs: sRAGE)は細胞膜貫通ドメインが欠損するため、細胞内へのシグナル伝達が生じることはなく、AGEsと結合したsRAGEは体外に排出されます。そのためsRAGEは抗炎症効果およびカルボニルストレス消去効果を発揮する分子として知られています。sRAGEには2種類あり、マトリックスメタロプロテアーゼで膜型RAGEが切断されて生じるタイプと、RAGEをコードする遺伝子(advanced glycosylation end product-specific receptor: AGER)の選択的スプライシングによって生じる endogenous secretory RAGE (esRAGE)があり、膜型RAGEの切断タイプとesRAGEの総和がsRAGEになります。私たちはまず、AGERに着目し、統合失調症と健常者でAGERの変異を網羅的に検索したところ、新規変異8つを含む28の変異を同定しました。また、esRAGEの血中濃度が顕著に低下する二つの変異(①rs2070600, ②haplotype 1= rs17846798 + rs2071288 + 63 bp deletion in promoter)を同定し、多重回帰分析によって①と②がesRAGEの血中濃度を強く規定する因子であることを見出しました。次に、両群でesRAGEの血中濃度を比較したところ、①と②を持つ対象者の割合は両群で等しいにもかかわらず、統合失調症でのみesRAGEの有意な低下を認めました。さらに、esRAGEと同様にsRAGEも統合失調症で有意に減少していました。今回、私たちの研究によって、統合失調症ではesRAGE、sRAGEの血中濃度が健常者より減少していることが明らかにされました。このことは、統合失調症ではカルボニルストレスを消去する働きや抗炎症作用が弱まっていることを示唆しています。

■ カルボニルストレスが亢進するタイプの統合失調症の特徴を同定

Clinical features of schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Miyashita M, Arai M, Kobori A, Ichikawa T, Toriumi K, Niizato K, Oshima K, Okazaki Y, Yoshikawa T, Amano N, Miyata T, Itokawa M. Schizophr Bull. 2014 Sep;40(5):1040-6.

現在の日本で統合失調症の患者数は約80万人と推計されていますが、原因や病態はいまだに解明されていません。 私たちのプロジェクトでは、一部の統合失調症患者さんの血液中で、終末糖化産物の1種であるペントシジンという物質が増加し、ビタミンB6が低下していることを見つけました。 ペントシジンの増加とビタミンB6の低下は、有害なカルボニル化合物が体の中で異常に蓄積してしまうこと(カルボニルストレスの亢進)で生じます。 カルボニルストレスの亢進は腎機能障害、動脈硬化やアルツハイマー病などで生じていますが、私たちのこれまでの研究によって一部の統合失調症の患者さんでも生じていることが明らかになりました。次に、私たちはどのような患者さんでカルボニルストレスが亢進するのか検証することにしました。 そこで、カルボニルストレスを反映するペントシジンとビタミンB6を用いて、156人の統合失調症患者さんの症状や経過の特徴を比較検討しました。 その結果、長期に入院していて、治療薬の内服量が多く、教育年数の短い患者さんたちで、カルボニルストレスが亢進していることがわかってきました。 統合失調症という病気は、お薬の治療が大変に重要ですが、今回の検証では、カルボニルストレスが亢進するタイプの患者さんは、お薬の治療でも治りにくい統合失調症(治療抵抗性統合失調症)によく似ていることが明らかになりました。 また、49人の患者さんの精神症状を調べたところ、ビタミンB6の値が低くなると症状が重くなることもわかってきました。今回の私たちの研究によって、従来の薬では治りにくい治療抵抗性統合失調症の患者さんに対して、「カルボニルストレスを抑制する作用がある特殊型ビタミンB6(ピリドキサミン)を補充する」ことで治療できるのではと考え、臨床試験の準備を進めています。

■ カルボニルストレスと統合失調症

Carbonyl stress and schizophrenia. Arai M, Miyashita M, Kobori A, Toriumi K, Horiuchi Y, Hatakeyama S, Itokawa M. Psychiatry Clin Neurosci. 2014 Sep;68(9):655-65.

薬物療法と心理社会的治療の適切な組み合わせは、統合失調症の回復に必要不可欠です。これまで、統合失調症の根本的なメカニズムを解明しようと様々な努力がこころみられてきていますが、その原因と病態はいまだ明らかとなっておりません。その要因のひとつには統合失調症が様々な生物学的な違い(異種性)があり、こうした医療ニーズに応えるためにも新しいタイプの創薬が不可欠です。私達は、統合失調症患者の一部の集団において血漿ペントシジンの蓄積と血清ピリドキサールの枯渇を伴う特発性カルボニルストレスを報告しました。メチルグリオキサールなどの有害な反応性カルボニル化合物の蓄積は、カルボニルストレスの典型的な所見であり、これはペントシジンのような蛋白質の修飾物を発生させ、終末糖化産物を生成させることが知られています。私達は、ペントシジンとピリドキサールという2種類のマーカーが、統合失調症患者さんの特定の亜集団を層別化するために有益であると考えており、現在は臨床症状評価や心理検査データとの関連を検証しております。将来的には、こうしたin vitroとin vivo研究がもたらす情報が、統合失調症における個別化医療や、より有効な治療法を開発するために有益であると考えています。

■ 統合失調症にカルボニルストレスを発見

Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arai M, Yuzawa H, Nohara I, Ohnishi T, Obata N, Iwayama Y, Haga S, Toyota T, Ujike H, Arai M, Ichikawa T, Nishida A, Tanaka Y, Furukawa A, Aikawa Y, Kuroda O, Niizato K, Izawa R, Nakamura K, Mori N, Matsuzawa D, Hashimoto K, Iyo M, Sora I, Matsushita M, Okazaki Y, Yoshikawa T, Miyata T, Itokawa M. Arch Gen Psychiatry. 2010 Jun;67(6):589-97.

今回の研究では、一部の統合失調症に「カルボニルストレス」が関連していることを初めて明らかにしました。研究グループでは、まず、統合失調症患者(45例)の血漿成分を分析し、およそ半数の人(45例中21例)でペントシジンの蓄積が認められ、その場合のペントシジンの値は、健常者の約1.7倍にまで達していることを見出しました。著しいペントシジンの蓄積が見られた症例では、従来の治療では抵抗性を示す症例が多く見られました。また、活性型ビタミンB6(ピリドキサミン)には、カルボニルストレスを消去する効果があることが知られていますが、ペントシジン蓄積を伴った統合失調症患者(21例)のうち、およそ半数の患者(21例中11例)の体内ではビタミンB6が減少していることを見出しました。これは、ビタミンB6がカルボニルストレスを抑制するために動員され、枯渇した結果であると考えられます。今回の研究で、ペントシジンが蓄積し、かつビタミンB6の減少が見られる「カルボニルストレス性統合失調症」は、統合失調症の約2割(45例中11例)を占めることが明らかになりました。また、ヒトの体内には「グリオキサラーゼ代謝」と呼ばれる機構があり、ビタミンB6とは別にカルボニルストレスを消去する働きを担っています。研究グループでは、この機構に関与する酵素の一つであるグリオキサラーゼI(GLO1)に着目し、1,761名の統合失調症患者を含む3,682名の被験者のDNAを用いて遺伝子解析を行ったところ、一部の被験者から酵素活性の低下を引き起こす稀な遺伝子変異を同定しました。この稀な遺伝子変異を伴う統合失調症患者は、カルボニルストレスを伴っていましたが、健常者はカルボニルストレスが認められませんでした。このことは、遺伝子変異を伴う健常者においては、カルボニルストレスを消去する何らかの代償メカニズムが働いていることを示唆しています。今回の発見により、血液中のペントシジンやビタミンB6濃度、あるいはGLO1の遺伝子変異を解析し、これらを生物学的なマーカーとして利用することで、カルボニルストレス性統合失調症の早期診断が可能となります。また、活性型ビタミンB6(ピリドキサミン)は、カルボニルストレス性統合失調症の病態に根ざした治療薬となる可能性があります。さらに、今後、カルボニルストレスを消去する新たな代償メカニズムについて究明することにより、まったく新しい統合失調症の治療法や予防法の開発につながる可能性もあります。

<用語説明>

  • カルボニルストレス:生体内の糖や脂質、蛋白質などが反応性に富んだカルボニル化合物と反応(酸化ストレスなどが影響する)して産生される最終糖化産物(ペントシジンなど)が蓄積した状態のこと。
  • ペントシジン:最終糖化産物のひとつ。ペントシジン以外にもカルボキシメチルリジンやピラリンと呼ばれる物質なども知られている。
  • 活性型ビタミンB6(ピリドキサミン):水溶性の生理活性物質であるビタミンB6(ピリドキサミン、ピリドキシン、ピリドキサール)の化合物のひとつ。
  • グリオキサラーゼ代謝:反応性に富んだカルボニル化合物を生体内で解毒するシステムのひとつ。最終糖化産物が蓄積するのを防御する代表的な代謝の経路
  • 治療抵抗性統合失調症:作用機序の異なる2種類以上の抗精神病薬を、十分な量、十分な期間投与しても症状が改善しない統合失調症の一群。1998年にKaneらが定義した。
  • 無顆粒球症:顆粒球減少症とは、顆粒を有する白血球(主に好中球)が極端に減少し、重篤な感染症にかかりやすくなることをいう。無顆粒球症とは、顆粒球がほとんど認められない重症の顆粒球減少のこと。
  • PANSS:Positive and Negative Syndrome Scaleの略。全世界で最も使用されている統合失調症の精神症状評価尺度。
  • AGEs受容体(Receptor for AGEs: RAGE):細胞膜1回貫通型の受容体。免疫グロブリンスーパーファミリーに属し、AGEsの他にS100/calgranulins、amphoterin、 A-β、HMGB-1などがリガンドとして知られている。
  • 分泌型RAGE(soluble receptor for AGEs: sRAGE):細胞膜貫通領域が欠損するタイプのRAGE。膜に存在するRAGEと異なり、血中を循環している。マトリックスメタロプロテアーゼでRAGEが切断されて生じるタイプと、選択的スプライシングによって生じる endogenous secretory RAGE (esRAGE)の2種類が知られている。
  • マトリックスメタロプロテアーゼ(Matrix metalloproteinase、MMP):活性中心にZn2+やCA2+などの金属イオンが存在しているタンパク質分解酵素の総称。RAGEを切断するMMPとしては、MMP-9やADAM10が知られている。
  • 選択的スプライシング:DNAからmRNAが転写される過程において、ある特定のエクソンがスキップされてスプライシングが行われること。スキップされるエクソンの組み合わせによって、複数のmRNAが生成されることになり、生物の多様性に寄与しているものと考えられている。
  • endogenous secretory RAGE (esRAGE):RAGE遺伝子の選択的スプライシングによって生じる分泌型RAGEであり、エクソン10がスキップする。