私たちのプロジェクトでは、統合失調症の原因解明をめざして分子生物学的研究を行っています。


■ ペントシジン蓄積の新たな遺伝素因を新たに発見:
糖化ストレスが亢進した統合失調症と関連するマイクロRNA

Dysregulation of post-transcriptional modification by copy number variable microRNAs in schizophrenia with enhanced glycation stress.
Yoshikawa A, Kushima I, Miyashita M, Toriumi K, Suzuki K, Horiuchi Y, Kawaji H, Takizawa S, Ozaki N, Itokawa M, Arai M. Transl Psychiatry. 2021 May 28;11(1):331. doi: 10.1038/s41398-021-01460-1. PMID: 34050135

発表のポイント

  • 私たちはこれまでに糖化ストレスの指標である血漿ペントシジンが蓄積する統合失調症の亜集団(カルボニルストレス性統合失調症[1])を同定してきました。また最近ではコピー数多型(Copy Number Variation, CNV)やその領域に含まれるマイクロRNA (copy number variable microRNAs , CNV-miRNAs)による遺伝子発現の調節メカニズムが統合失調症の病因に寄与する可能性が報告されています。
  • そこで本研究では、ペントシジン高値の症例と正常値の症例のゲノムサンプルを用いて、包括的なCNV-miRNAs解析を行いました。またmiRNAが標的とする遺伝子群がどのような機能と関連するのか否か検討を行いました。
  • その結果、高値症例では、欠失や重複のあるCNV領域に含まれるmiRNAの数が正常値群に比べて、約10倍増大していることを発見しました。また、シナプス神経伝達、特にグルタミン酸やGABA受容体シグナル伝達に関与する機能がそのmiRNAによって影響を受けている可能性を発見しました。

研究の背景

昨今のゲノム技術の進歩によって大規模なゲノム研究が推進されています。例えば、日本人集団サンプル[2458名の統合失調症(SCZ)及び、1108名の自閉症スペクトラム障害(ASD)の症例]を用いたゲノムワイドのCNV解析からは、稀なexonic-CNVsが幾つも同定されています[2]。また近年では、マイクロRNA(miRNA)を介した遺伝子発現制御がSCZやASD、知的障害などの病因とも関与していることが注目されています[3, 4, 5]。miRNAは一般に標的遺伝子の3'UTRを認識し、その結合を介して遺伝子発現のサイレンシングを担う一本鎖RNA小分子であり、CNV領域内に位置するmiRNA群(CNV-miRNAs)は様々な機能分子ネットワークの制御に重要な役割を担っている事が報告されています。私たちはこれまでペントシジン蓄積という特定の代謝経路障害を呈する約4割の統合失調症の亜集団[1]に着目し、表現型への寄与を説明する遺伝・環境因子を探索してきました。本研究では、稀なCNVを保有する209名の症例を対象にmiRNAsに焦点を当て、ペントシジン蓄積が亢進している統合失調症の病因に関する新しい洞察を得るための解析を行いました。

成果概要

ペントシジン高値の症例では、CNV領域に含まれる遺伝子数が多く、その領域に含まれるmiRNA数がペントシジン正常値群に比べて約9.8倍集積していることを明らかにしました。また、一人の患者が保有しているmiRNA数も平均で約9.9倍の集積が認められました(表1)。

次に、同定されたmiRNAsがどのような標的遺伝子群を介して分子ネットワーク制御に関与しているのか検討を行いました。その結果、ペントシジン蓄積を特徴とする亜集団において特徴的なmiRNAsが同定され、特に、グルタミン酸やGABA受容体シグナル伝達に関与するシナプス神経伝達機能や抗酸化ストレス機能などに関与する遺伝子ネットワークがmiRNAによって影響を受けている可能性を発見しました(図1)。

図1: 糖化ストレスが亢進した症例に同定したmiRNAsとその機能
miRNA領域の欠失・重複が、標的遺伝子群の発現変動を介し、ペントシジン蓄積を惹起している可能性がある。標的遺伝子群は、シナプス可塑性、GABA神経伝達、グルタミン酸神経伝達、酸化ストレスと関連している。例えば、MIR 4300は、CACNA1C(calcium voltage-gated channel subunit alpha1 C)遺伝子やDRD2(Dopamine D2 Receptor)遺伝子のような再現性の高い統合失調症リスク遺伝子を標的としています。また、MIR4767はシナプス小胞エキソサイトーシスで機能するタンパク質であるCPLX1(Complexin 1)を標的とし、その他にもMIR5699が糖代謝制御に関わるG6PC(Glucose-6-phosphatase, catalytic subunit)遺伝子、MIR640が酸化ストレス制御に関わるGSR(glutathione-disulfide reductase)遺伝子を標的としています。

今後の展開

本研究は、ペントシジンが蓄積している症例においてmiRNAsが糖化・酸化ストレス、シナプス機能を制御していることを示唆する日本人ゲノムを用いた初めての研究成果です。本研究において、ペントシジンが蓄積する症例の病態に強い影響をもつmiRNAが患者で高頻度に見つかったことから、今後はペントシジン高値の統合失調症に対する治療アプローチのひとつとしてこれらのmiRNAを標的とした戦略が期待されます。

用語

CNV (Copy number variant:ゲノムコピー数変異)
染色体上の一部の領域におけるコピー数の変化。常染色体上のゲノムコピー数は通常は2コピーであるが、欠失した場合(1コピー以下)や重複した場合(3コピー以上)が観察される。コピー数変化は健康発達に重要な遺伝子の機能へ影響を及ぼし、各種の疾患の発症に繋がる場合がある。
マイクロRNA(microRNA:miRNA)
ヒト体内には2,000種類以上が存在する。miRNAは標的とする遺伝子の転写産物に結合することで、遺伝子発現を抑制する約21−25塩基からなる機能性のあるRNA小分子です

引用文献

  1. Arai M, et al. Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch Gen Psychiatry. 2010. PMID: 20530008
  2. Kushima I, et al. Comparative Analyses of Copy-Number Variation in Autism Spectrum Disorder and Schizophrenia Reveal Etiological Overlap and Biological Insights. Cell Rep. 2018. PMID: 30208311
  3. Bartel DP. MicroRNAs: genomics, biogenesis, mechanism, and function. Cell. 2004. PMID: 14744438 Review.
  4. Warnica W, et al. Copy number variable microRNAs in schizophrenia and their neurodevelopmental gene targets. Biol Psychiatry. 2015. PMID: 25034949
  5. Vaishnavi V, et al. Insights on the functional impact of microRNAs present in autism-associated copy number variants. PLoS One. 2013. PMID: 23451085

■ 終末糖化産物の蓄積は統合失調症の処理速度の低下と関連する

Advanced glycation end products and cognitive impairment in schizophrenia.
Kobori A, Miyashita M, Miyano Y, Suzuki K, Toriumi K, Niizato K, Oshima K, Imai A, Nagase Y, Yoshikawa A, Horiuchi Y, Yamasaki S, Nishida A, Usami S, Takizawa S, Itokawa M, Arai H, Arai M. PLoS One. 2021 May 26;16(5):e0251283. doi: 10.1371/journal.pone.0251283. eCollection 2021. PMID: 34038433

発表のポイント

  • 統合失調症における終末糖化産物(ペントシジン)と認知機能障害の関連を検証した。
  • ペントシジンの上昇が処理速度の低下と有意に関連し、年齢、性別、Body mass index、教育年数、抗精神病薬量や精神病症状などの交絡要因を調整した後も有意な関連を認めた

研究の背景

統合失調症は思春期に多く発症し、慢性的に経過する疾患と解釈されてきましたが、現在では、症状があっても病気と上手に付き合うことで、自分らしい生活を送ることが達成できる(リカバリー)と考えられています。統合失調症の症状として、幻覚妄想や意欲減退などがよく知られていますが、最近では認知機能障害が重要な症状として認識されています。認知機能障害は社会機能と密接に関係し[1]、とくに就労状況に影響を及ぼします[2]。私たちはこれまで、統合失調症患者の末梢血中のペントシジンが健常者と比較して有意に高いことを報告してきましたが[3]、ペントシジンと認知機能障害との関連は検証されていませんでした。

発表内容

本研究では、ペントシジンと認知機能障害との関連を明らかにするために、58人の統合失調症の患者さんにご協力いただき、代表的な終末糖化産物であるペントシジンの血液中の濃度を測定し、同時に心理士による認知機能の評価を行いました。認知機能は年齢、性別、教育年数、内服している抗精神病薬の量や精神病症状の影響をうけるため、これらの影響を考慮した統計解析を行って、ペントシジンが認知機能と関連するかどうか検証しました。その結果、ペントシジンの増加が、処理速度の低下と関連することを明らかにしました(表1)。処理速度は、日常生活、特に仕事をする場面で役に立つ認知機能です。治療によってAGEsの増加を抑えることができれば、就職や仕事の継続に良い影響がもたらされる可能性が高まり、リカバリーの促進が期待されるかもしれません。

<用語>

終末糖化産物:糖とタンパク質または脂質などが非酵素的に反応すること(メイラード反応)によって作られる生成物の総称

引用文献

  1. Green MF, Kern RS, Braff DL, Mintz J. Neurocognitive deficits and functional outcome in schizophrenia: are we measuring the "right stuff"? Schizophr Bull . 2000; 26: 119-136.
  2. Wykes T, Huddy V, Cellard C, McGurk SR, Czobor P. A meta-analysis of cognitive remediation for schizophrenia: methodology and effect sizes. Am J Psychiatry. 2011; 168: 472-485.
  3. Arai M, Yuzawa H, Nohara I, Ohnishi T, Obata N, Iwayama Y, Haga S, Toyota T, Ujike H, Arai M, Ichikawa T, Nishida A, Tanaka Y, Furukawa A, Aikawa Y, Kuroda O, Niizato K, Izawa R, Nakamura K, Mori N, Matsuzawa D, Hashimoto K, Iyo M, Sora I, Matsushita M, Okazaki Y, Yoshikawa T, Miyata T, Itokawa M. Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch Gen Psychiatry. 2010; 67:589-97.

■ ビタミンB6欠乏はノルアドレナリン神経系の機能亢進を生じ、統合失調症様行動異常を惹起する

Vitamin B6 deficiency hyperactivates the noradrenergic system, leading to social deficits and cognitive impairment. Toriumi K, Miyashita M, Suzuki K, Yamasaki N, Yasumura M, Horiuchi Y, Yoshikawa A, Asakura M, Usui N, Itokawa M, Arai M. Transl Psychiatry. 2021 May 3;11(1):262. doi: 10.1038/s41398-021-01381-z.PMID: 33941768

発表のポイント

  • 一部の統合失調症患者で認められるビタミンB6欠乏という病態を模したマウスモデルを作成し、脳内アドレナリン神経系の亢進及び、社会性行動障害、認知機能障害を確認しました。
  • ビタミンB6の脳内への補充により、ノルアドレナリンの代謝亢進が抑制され、行動異常が改善されました。
  • 過剰なノルアドレナリン放出を抑制するために、α2Aアドレナリン受容体アゴニストのグアンファシンを投与すると、ノルアドレナリン代謝亢進が抑制され、行動障害が改善されました。
図1: 成果の概要

図1: 成果の概要
(A) ビタミンB6欠乏マウスの脳内ではノルアドレナリン神経系が機能亢進しており、社会性行動障害、及び認知機能障害を惹起することが示された。(B) ビタミンB6の脳内への補充、もしくはα2Aアドレナリン受容体アゴニストであるグアンファシン(GFC)の投与は、ノルアドレナリンの機能亢進を改善し、行動異常を改善した。

研究の背景

統合失調症は、幻覚・妄想等の陽性症状、無気力・感情の平板化等の陰性症状、認知機能の低下等を特徴とする精神疾患です。私たちはこれまで、統合失調症患者の末梢血中のビタミンB6(ピリドキサール)濃度が健常者と比較して有意に低いことを報告してきました[1]。統合失調症患者の35%以上は、ビタミンB6が基準値以下で(男性:6ng/ml未満、女性:4ng/ml未満)、このビタミンB6濃度はPANSS(陽性・陰性症状評価尺度)の重症度スコアに反比例することを明らかにしてきています[2]。さらに、私たちは統合失調症患者の一部において、高用量のビタミンB6(ピリドキサミン)が、精神病症状、特にPANSSの陰性尺度及び総合精神病理評価尺度を緩和するのに有効であることを報告してきました。これら事実は、ビタミンB6の欠乏が統合失調症の症状発現に寄与している可能性を示すものです。近年のメタ解析では、統合失調症患者におけるビタミンB6の減少が、主要な精神疾患の末梢血バイオマーカーとして最も説得力のあるエビデンス」であることが示されています[3]。一方で、このビタミンB6欠乏がどのような分子機序により統合失調症の症状を引き起こすのかについては、よく分かっていませんでした。

発表内容

本研究では、ビタミンB6欠乏によって引き起こされる脳内分子病態を明らかにするために、ビタミンB6欠乏マウスを作成し解析を行いました。ビタミンB6は一部が腸内細菌により合成されますが、主として食物から摂取されるため、8週齢のC57BL/6J雄マウスにビタミンB6欠乏餌(ビタミンB6含有量5μg/100gペレット)を4週間給餌し、ビタミンB6欠乏マウスを作成しました。一方、ビタミンB6を1.4mg/100gペレットで含む通常餌を与えたものをコントロールマウスとして用いました。

給餌4週間後、ビタミンB6欠乏マウスの血漿中のビタミンB6濃度は通常マウスの約3%にまで減少しており、脳内においても通常マウスの約50-70%の減少が生じていました。また、統合失調症様行動障害を評価したところ、ビタミンB6欠乏マウスでは社会性行動試験において他マウスとの接触時間の有意な減少が認められ、さらに新奇物体認識試験においては認知機能障害を示しました。これらの結果はビタミンB6の欠乏が統合失調症の陰性症状、認知機能障害に関与していることを示唆し、臨床的な知見と一致していました。

次に、脳内神経伝達物質及びその代謝産物の定量を行ったところ、脳全体を通してノルアドレナリンの代謝産物であるMHPG (3-メトキシ-4-ハイドロキシフェニルエチレングリコール)の顕著な増加が認められました。また、in vivoマイクロダイアリシスにより、前頭皮質や線条体においてノルアドレナリンの放出量が実際に増加していることが示され、ビタミンB6欠乏は脳内ノルアドレナリン神経系の機能亢進を引き起こすことが明らかとなりました(図2)。

図2: ビタミンB6欠乏マウスにおけるノルアドレナリン神経系の機能亢進

図2: ビタミンB6欠乏マウスにおけるノルアドレナリン神経系の機能亢進
ビタミンB6欠乏マウス(VB6(-))の各脳部位における(A)ノルアドレナリン、(B)MHPG、(C)ノルアドレナリンの代謝回転を表す。また、(D)前頭皮質におけるノルアドレナリンの放出量の変化を示す。ビタミンB6の欠乏は脳内ノルアドレナリン神経系の機能亢進を生じることが示された。

さらに、浸透圧ポンプを用いてビタミンB6を脳内に直接補充すると、ノルアドレナリン神経系の機能亢進、及び行動異常が改善されたことから、ビタミンB6欠乏の影響は中枢に由来することも明らかにしました(図3A–C)。また、NA神経伝達を正常化させる目的で、α2Aアドレナリン受容体アゴニストグアンファシンを投与したところ、前頭皮質における亢進したノルアドレナリン神経系は正常化し、行動障害の改善が認められました(図3D–F)。

図3: ビタミンB6の脳内補充、及びグアンファシンの投与による改善効果

図3: ビタミンB6の脳内補充、及びグアンファシンの投与による改善効果
(A)(D)前頭皮質におけるノルアドレナリン代謝回転、(B)(E) 社会性行動試験、(C)(F)新奇物体認識試験の結果を示す。ビタミンB6の脳内補充、α2A受容体アゴニストであるグアンファシンの投与は、ビタミンB6欠乏マウスにおけるノルアドレナリン神経系の機能亢進を抑制し、行動異常を改善した。

ビタミンB6欠乏を有する統合失調症患者は、患者全体の35 %以上も存在することが分かっており、比較的重篤な臨床症状を呈し、治療抵抗性を示します。本成果は、このような患者に対し、ノルアドレナリン神経系を標的とした新たな治療戦略が有効である可能性を提示するものです。また、私たちが臨床研究を進めている「統合失調症に対するビタミンB6投与[4]という新たな治療法に、病態生理に基づくエビデンスを与えるものと考えられます。

引用文献

  1. Arai M, Yuzawa H, Nohara I, Ohnishi T, Obata N, Iwayama Y et al. Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch Gen Psychiatry 2010; 67(6): 589-597.
  2. Miyashita M, Arai M, Kobori A, Ichikawa T, Toriumi K, Niizato K et al. Clinical features of schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Schizophr Bull 2014; 40(5): 1040-1046.
  3. Carvalho AF, Solmi M, Sanches M, Machado MO, Stubbs B, Ajnakina O et al. Evidence-based umbrella review of 162 peripheral biomarkers for major mental disorders. Transl Psychiatry 2020; 10(1): 152.
  4. Itokawa M, Miyashita M, Arai M, Dan T, Takahashi K, Tokunaga T et al. Pyridoxamine: A novel treatment for schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Psychiatry Clin Neurosci 2018; 72(1): 35-44.

■ カルボニルストレスを伴う統合失調症を対象にしたピリドキサミン大量併用療法の効果の検証

Pyridoxamine: A novel treatment for schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Itokawa M, Miyashita, Arai M, Dan T, Takahashi K, Tokunaga T, Ishimoto K, Toriumi K, Ichikawa T, Horiuchi Y, Kobori A, Usami S, Yoshikawa T, Amano N, Washizuka S, Okazaki Y, Miyata T. Psychiatry Clin Neurosci. 2017 Oct 24. doi: 10.1111/pcn.12613. [Epub ahead of print]

私たちはこれまでに、カルボニルストレス代謝経路に着目し、一部の統合失調症で有害な終末糖化産物の1つであるペントシジンが末梢血で蓄積することを同定してきました。ペントシジンはピリドキサミン(3種類あるビタミンB6の1つ)に捕捉されて体外に排出されます。そこで、ペントシジンが蓄積する統合失調症に対して、大量のピリドキサミン併用療法の効果を検証する医師主導型治験を実施しました。
 本治験では、血漿ペントシジンが55.2ng/ml(健常人平均値+2SD)以上を満たす統合失調症入院患者10名を対象にしました。治験開始前までに内服していた抗精神病薬を維持したまま、大量のピリドキサミン(1200mg~2400mg/日;食事から摂取する量の約1000倍)を24週間かけて併用しました。主要評価項目は Positive and Negative Syndrome Scale (PANSS) および Brief Psychiatric Rating Scale (BPRS) のベースラインからの平均変化量とし、Drug-Induced Extrapyramidal Symptoms Scale (DIEPSS) と Columbia-Suicide Severity Rating Scale (C-SSRS)を用いて、薬剤性パーキンソン症状や自殺関連症状など安全性の評価を実施しました。
 10名中8名で血漿ペントシジンが減少し、平均減少量は26.8%でした。PANSSは、2名でベースラインから20%以上の改善を認めました。カルボニル化合物の主要代謝酵素をコードする遺伝子Glyoxalase 1にフレームシフト変異を有する典型的なカルボニルストレスを伴う被験者では、ペントシジンが24.7%減少すると同時に、PANSSの陽性症状が約20%改善しました。また、薬剤性パーキンソン症状がベースラインと比較して20%以上改善した患者さんが4名確認されました。自殺に関連する有害事象は生じませんでしたが、2名でウェルニッケ脳症様の副作用が出現しました。両名とも、チアミン(ビタミンB1)の速やかな補充で後遺症を残すことなく完全に回復しました。
 今回の治験によって、カルボニルストレスを伴う統合失調症に対して、ピリドキサミン大量併用療法の有効性が示唆されました。今後は、プラセボを用いたランダム化比較試験でピリドキサミンの有効性を検証する予定です。

■ 統合失調症ではカルボニルストレスを抑制する分子の血中濃度が減少

The regulation of soluble receptor for AGEs contributes to carbonyl stress in schizophrenia. Miyashita M, Watanabe T, Ichikawa T, Toriumi K, Horiuchi Y, Kobori A, Kushima I, Hashimoto R, Fukumoto M, Koike S, Ujike H, Arinami T, Tatebayashi Y, Kasai K, Takeda M, Ozaki N, Okazaki Y, Yoshikawa T, Amano N, Washizuka S, Yamamoto H, Miyata T, Itokawa M, Yamamoto Y, Arai M. Biochem Biophys Res Commun. 2016 Oct 21;479(3):447-452. Sep;68(9):655-65.

私たちのプロジェクトでは、これまでカルボニルストレスと統合失調症との関連を精力的に研究してきました。今回、私たちは統合失調症でペントシジンが蓄積するメカニズムを探るため、カルボニルストレスを消去する機能に着目して研究を進めました。AGEs受容体(Receptor for AGEs: RAGE)は膜型RAGEと呼ばれ、細胞膜上でペントシジンと結合し、細胞内で炎症性サイトカインの産生を促進します。一方、分泌型RAGE(soluble receptor for AGEs: sRAGE)は細胞膜貫通ドメインが欠損するため、細胞内へのシグナル伝達が生じることはなく、AGEsと結合したsRAGEは体外に排出されます。そのためsRAGEは抗炎症効果およびカルボニルストレス消去効果を発揮する分子として知られています。sRAGEには2種類あり、マトリックスメタロプロテアーゼで膜型RAGEが切断されて生じるタイプと、RAGEをコードする遺伝子(advanced glycosylation end product-specific receptor: AGER)の選択的スプライシングによって生じる endogenous secretory RAGE (esRAGE)があり、膜型RAGEの切断タイプとesRAGEの総和がsRAGEになります。私たちはまず、AGERに着目し、統合失調症と健常者でAGERの変異を網羅的に検索したところ、新規変異8つを含む28の変異を同定しました。また、esRAGEの血中濃度が顕著に低下する二つの変異(①rs2070600, ②haplotype 1= rs17846798 + rs2071288 + 63 bp deletion in promoter)を同定し、多重回帰分析によって①と②がesRAGEの血中濃度を強く規定する因子であることを見出しました。次に、両群でesRAGEの血中濃度を比較したところ、①と②を持つ対象者の割合は両群で等しいにもかかわらず、統合失調症でのみesRAGEの有意な低下を認めました。さらに、esRAGEと同様にsRAGEも統合失調症で有意に減少していました。今回、私たちの研究によって、統合失調症ではesRAGE、sRAGEの血中濃度が健常者より減少していることが明らかにされました。このことは、統合失調症ではカルボニルストレスを消去する働きや抗炎症作用が弱まっていることを示唆しています。

■ カルボニルストレスが亢進するタイプの統合失調症の特徴を同定

Clinical features of schizophrenia with enhanced carbonyl stress. Miyashita M, Arai M, Kobori A, Ichikawa T, Toriumi K, Niizato K, Oshima K, Okazaki Y, Yoshikawa T, Amano N, Miyata T, Itokawa M. Schizophr Bull. 2014 Sep;40(5):1040-6.

現在の日本で統合失調症の患者数は約80万人と推計されていますが、原因や病態はいまだに解明されていません。 私たちのプロジェクトでは、一部の統合失調症患者さんの血液中で、終末糖化産物の1種であるペントシジンという物質が増加し、ビタミンB6が低下していることを見つけました。 ペントシジンの増加とビタミンB6の低下は、有害なカルボニル化合物が体の中で異常に蓄積してしまうこと(カルボニルストレスの亢進)で生じます。 カルボニルストレスの亢進は腎機能障害、動脈硬化やアルツハイマー病などで生じていますが、私たちのこれまでの研究によって一部の統合失調症の患者さんでも生じていることが明らかになりました。次に、私たちはどのような患者さんでカルボニルストレスが亢進するのか検証することにしました。 そこで、カルボニルストレスを反映するペントシジンとビタミンB6を用いて、156人の統合失調症患者さんの症状や経過の特徴を比較検討しました。 その結果、長期に入院していて、治療薬の内服量が多く、教育年数の短い患者さんたちで、カルボニルストレスが亢進していることがわかってきました。 統合失調症という病気は、お薬の治療が大変に重要ですが、今回の検証では、カルボニルストレスが亢進するタイプの患者さんは、お薬の治療でも治りにくい統合失調症(治療抵抗性統合失調症)によく似ていることが明らかになりました。 また、49人の患者さんの精神症状を調べたところ、ビタミンB6の値が低くなると症状が重くなることもわかってきました。今回の私たちの研究によって、従来の薬では治りにくい治療抵抗性統合失調症の患者さんに対して、「カルボニルストレスを抑制する作用がある特殊型ビタミンB6(ピリドキサミン)を補充する」ことで治療できるのではと考え、臨床試験の準備を進めています。

■ カルボニルストレスと統合失調症

Carbonyl stress and schizophrenia. Arai M, Miyashita M, Kobori A, Toriumi K, Horiuchi Y, Hatakeyama S, Itokawa M. Psychiatry Clin Neurosci. 2014 Sep;68(9):655-65.

薬物療法と心理社会的治療の適切な組み合わせは、統合失調症の回復に必要不可欠です。これまで、統合失調症の根本的なメカニズムを解明しようと様々な努力がこころみられてきていますが、その原因と病態はいまだ明らかとなっておりません。その要因のひとつには統合失調症が様々な生物学的な違い(異種性)があり、こうした医療ニーズに応えるためにも新しいタイプの創薬が不可欠です。私達は、統合失調症患者の一部の集団において血漿ペントシジンの蓄積と血清ピリドキサールの枯渇を伴う特発性カルボニルストレスを報告しました。メチルグリオキサールなどの有害な反応性カルボニル化合物の蓄積は、カルボニルストレスの典型的な所見であり、これはペントシジンのような蛋白質の修飾物を発生させ、終末糖化産物を生成させることが知られています。私達は、ペントシジンとピリドキサールという2種類のマーカーが、統合失調症患者さんの特定の亜集団を層別化するために有益であると考えており、現在は臨床症状評価や心理検査データとの関連を検証しております。将来的には、こうしたin vitroとin vivo研究がもたらす情報が、統合失調症における個別化医療や、より有効な治療法を開発するために有益であると考えています。

■ 統合失調症にカルボニルストレスを発見

Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arai M, Yuzawa H, Nohara I, Ohnishi T, Obata N, Iwayama Y, Haga S, Toyota T, Ujike H, Arai M, Ichikawa T, Nishida A, Tanaka Y, Furukawa A, Aikawa Y, Kuroda O, Niizato K, Izawa R, Nakamura K, Mori N, Matsuzawa D, Hashimoto K, Iyo M, Sora I, Matsushita M, Okazaki Y, Yoshikawa T, Miyata T, Itokawa M. Arch Gen Psychiatry. 2010 Jun;67(6):589-97.

今回の研究では、一部の統合失調症に「カルボニルストレス」が関連していることを初めて明らかにしました。研究グループでは、まず、統合失調症患者(45例)の血漿成分を分析し、およそ半数の人(45例中21例)でペントシジンの蓄積が認められ、その場合のペントシジンの値は、健常者の約1.7倍にまで達していることを見出しました。著しいペントシジンの蓄積が見られた症例では、従来の治療では抵抗性を示す症例が多く見られました。また、活性型ビタミンB6(ピリドキサミン)には、カルボニルストレスを消去する効果があることが知られていますが、ペントシジン蓄積を伴った統合失調症患者(21例)のうち、およそ半数の患者(21例中11例)の体内ではビタミンB6が減少していることを見出しました。これは、ビタミンB6がカルボニルストレスを抑制するために動員され、枯渇した結果であると考えられます。今回の研究で、ペントシジンが蓄積し、かつビタミンB6の減少が見られる「カルボニルストレス性統合失調症」は、統合失調症の約2割(45例中11例)を占めることが明らかになりました。また、ヒトの体内には「グリオキサラーゼ代謝」と呼ばれる機構があり、ビタミンB6とは別にカルボニルストレスを消去する働きを担っています。研究グループでは、この機構に関与する酵素の一つであるグリオキサラーゼI(GLO1)に着目し、1,761名の統合失調症患者を含む3,682名の被験者のDNAを用いて遺伝子解析を行ったところ、一部の被験者から酵素活性の低下を引き起こす稀な遺伝子変異を同定しました。この稀な遺伝子変異を伴う統合失調症患者は、カルボニルストレスを伴っていましたが、健常者はカルボニルストレスが認められませんでした。このことは、遺伝子変異を伴う健常者においては、カルボニルストレスを消去する何らかの代償メカニズムが働いていることを示唆しています。今回の発見により、血液中のペントシジンやビタミンB6濃度、あるいはGLO1の遺伝子変異を解析し、これらを生物学的なマーカーとして利用することで、カルボニルストレス性統合失調症の早期診断が可能となります。また、活性型ビタミンB6(ピリドキサミン)は、カルボニルストレス性統合失調症の病態に根ざした治療薬となる可能性があります。さらに、今後、カルボニルストレスを消去する新たな代償メカニズムについて究明することにより、まったく新しい統合失調症の治療法や予防法の開発につながる可能性もあります。

<用語説明>

  • カルボニルストレス:生体内の糖や脂質、蛋白質などが反応性に富んだカルボニル化合物と反応(酸化ストレスなどが影響する)して産生される最終糖化産物(ペントシジンなど)が蓄積した状態のこと。
  • ペントシジン:最終糖化産物のひとつ。ペントシジン以外にもカルボキシメチルリジンやピラリンと呼ばれる物質なども知られている。
  • 活性型ビタミンB6(ピリドキサミン):水溶性の生理活性物質であるビタミンB6(ピリドキサミン、ピリドキシン、ピリドキサール)の化合物のひとつ。
  • グリオキサラーゼ代謝:反応性に富んだカルボニル化合物を生体内で解毒するシステムのひとつ。最終糖化産物が蓄積するのを防御する代表的な代謝の経路
  • 治療抵抗性統合失調症:作用機序の異なる2種類以上の抗精神病薬を、十分な量、十分な期間投与しても症状が改善しない統合失調症の一群。1998年にKaneらが定義した。
  • 無顆粒球症:顆粒球減少症とは、顆粒を有する白血球(主に好中球)が極端に減少し、重篤な感染症にかかりやすくなることをいう。無顆粒球症とは、顆粒球がほとんど認められない重症の顆粒球減少のこと。
  • PANSS:Positive and Negative Syndrome Scaleの略。全世界で最も使用されている統合失調症の精神症状評価尺度。
  • AGEs受容体(Receptor for AGEs: RAGE):細胞膜1回貫通型の受容体。免疫グロブリンスーパーファミリーに属し、AGEsの他にS100/calgranulins、amphoterin、 A-β、HMGB-1などがリガンドとして知られている。
  • 分泌型RAGE(soluble receptor for AGEs: sRAGE):細胞膜貫通領域が欠損するタイプのRAGE。膜に存在するRAGEと異なり、血中を循環している。マトリックスメタロプロテアーゼでRAGEが切断されて生じるタイプと、選択的スプライシングによって生じる endogenous secretory RAGE (esRAGE)の2種類が知られている。
  • マトリックスメタロプロテアーゼ(Matrix metalloproteinase、MMP):活性中心にZn2+やCA2+などの金属イオンが存在しているタンパク質分解酵素の総称。RAGEを切断するMMPとしては、MMP-9やADAM10が知られている。
  • 選択的スプライシング:DNAからmRNAが転写される過程において、ある特定のエクソンがスキップされてスプライシングが行われること。スキップされるエクソンの組み合わせによって、複数のmRNAが生成されることになり、生物の多様性に寄与しているものと考えられている。
  • endogenous secretory RAGE (esRAGE):RAGE遺伝子の選択的スプライシングによって生じる分泌型RAGEであり、エクソン10がスキップする。