私たちのプロジェクトでは、統合失調症の原因解明をめざして分子生物学的研究を行っています。
- 尿中エキソソーム含有miRNAは精神病様体験の持続を予測する
- 毛髪の亜鉛濃度は思春期児童における精神病の発症リスクと関連する
- 治療抵抗性統合失調症のペントシジン蓄積脳領域:GLO1フレームシフト変異を有する症例の剖検脳研究
- 思春期児童における低筋力と精神病症状の縦断関連における終末糖化産物の意義
- 統合失調症と関連するAKR1A1遺伝子変異はエキソンスキップを生じ酵素活性の低下を引き起こす
- 終末糖化産物は思春期児童における精神病体験の持続と関連する
- メチルグリオキサール除去機構の障害が統合失調症様行動異常を生じるメカニズムを解明
- ペントシジン蓄積の新たな遺伝素因を新たに発見
- 終末糖化産物の蓄積は統合失調症の処理速度の低下と関連する
- ビタミンB6欠乏はノルアドレナリン神経系の機能亢進を生じ、統合失調症様行動異常を惹起する
- カルボニルストレスを伴う統合失調症を対象にしたピリドキサミン大量併用療法の効果の検証
- 統合失調症ではカルボニルストレスを抑制する分子の血中濃度が減少
- カルボニルストレスが亢進するタイプの統合失調症の特徴を同定
- カルボニルストレスと統合失調症
- 統合失調症にカルボニルストレスを発見
■ 尿中エキソソーム含有miRNAは精神病様体験の持続を予測する
Urinary exosomal microRNAs as predictive biomarkers for persistent psychotic-like experiences.
Tomita Y, Suzuki K, Yamasaki S, Toriumi K, Miyashita M, Ando S, Endo K, Yoshikawa A, Tabata K, Usami S, Hiraiwa-Hasegawa M, Itokawa M, Kawaji H, Kasai K, Nishida A, Arai M. Urinary exosomal microRNAs as predictive biomarkers for persistent psychotic-like experiences. Schizophrenia (Heidelb). 2023 Mar 11;9(1):14. doi: 10.1038/s41537-023-00340-5.
発表のポイント
- 思春期児童345名を対象にした出生コホート研究1) において、精神病様体験(Psychotic-like experiences; PLEs)2) が持続した児童15名と持続しなかった児童15名の尿中エキソソーム含有miRNA3) の発現量を比較し、発現量が有意に異なる6種類のmiRNAを明らかにした。
- 6種類のmiRNA発現量を用いることで、PLEsの持続を高い精度で予測できた。
- 尿中エキソソームは、精神病発症予防のための新たな支援ツールとして役立つ可能性がある。
研究の背景
思春期の6人に1人がPLEsを経験しますが、ほとんどは成長とともに無くなることが報告されています[1]。一方で、思春期後半になってもPLEsが持続する場合にはその後に精神疾患を発症する可能性が高いことが知られています[2]。したがって、思春期においてPLEsが、一過性で無くなるのか、その後も持続するのかをより早い段階で予測することが重要であると考えられます。しかしながら、そのようなバイオマーカー4) を探索する研究がこれまで十分になされていませんでした。
研究内容
本研究は、東京ティーンコホート(http://ttcp.umin.jp/)と連携し、345名の思春期児童を対象に行いました。研究開始時(13歳時)と1年後(14歳時)の2時点で、アンケートによる調査と精神科医による面接を行い、PLEsの有無や程度を評価しました。研究開始時には尿検体も提供していただきました。345名の児童のうち、2時点ともPLEsの評価ができた児童は282名でした。そのうち、PLEsが研究開始時にはあったが1年後には無くなった児童(PLEs消退群)は62名、研究開始時から1年後まで持続した児童(PLEs持続群)は15名でした。
次に、PLEs持続群15名と年齢・性別を合わせたPLEs消退群15名において、研究開始時の尿中エキソソーム含有miRNAの発現量を比較しました。その結果、PLEs持続群では6種類(hsa-miR-486-5p, hsa-miR-199a-3p, hsa-miR-144-5p, hsa-miR-451a, hsa-miR-143-3p, hsa-miR-142-3p)のmiRNA発現量が有意に低いことが分かりました(図1)。さらに、その6種類のmiRNA発現量を用いて1年後もPLEsが持続するかどうかについて検討したところ、PLEs持続群を高い精度で予測できました。以上のことから、尿中エキソソームが精神病の発症リスクの高さを予測できる可能性が示されました(図2)。

年齢を調整した尤度比検定5) によって算出された持続群で発現量が変化したmiRNA を示した図。縦軸は検定結果の信頼度(p値)、横軸はどれだけ発現量が変化していたか(Fold change)を示す。PLEs消退群と比較すると、PLEs持続群では研究開始時において6種類のmiRNAの発現量が有意に低かった。

ロジスティック回帰モデル6) によるPLEsの持続の予測がどれだけ正答していたかを示す図。縦軸はPLEs持続群であるケースをどれだけ正確に検出できたか(感度)、横軸はPLEs持続群ではないケースをどれだけ正確に検出できたか(特異度)を示す。線が左上方に寄っているほど高い予測性能を持つとされるが、この図から、6種類のmiRNAの発現量を使ったモデルが最も高い予測性能を持つことがわかる。AUC:Area Under the Curvesの略。モデルの予測精度を示す値で、1に近いほど高い精度を示す。
今後の展開
思春期にPLEsが持続する場合には、早い段階からの適切な支援が大切ですが、これまでそのような状態を予測することは容易ではありませんでした。今回の研究で用いた尿検体は、痛みを伴わずに採取できるため、被験者にとって受け入れやすい検査だと考えられます。また、尿中エキソソームを用いることにより、精神病を発症するリスクの高さを早期に発見できる可能性が分かりました。将来、6種類のmiRNAの機能を詳細に検討することによって精神病の発症メカニズムの一端が明らかとなり、より適切な支援や予防に役立つ情報を得ることができるかもしれません。
用語解説
- 1) 出生コホート研究:
- ある特定期間に出生した集団を一定期間追跡し、ある結果に影響を与えるさまざまな要因を調査する研究手法のこと。
- 2) 精神病様体験:
- 主に、現実に存在しないものを感じること(幻覚)や事実ではないことを勘ぐってしまうこと(妄想)を指し、思春期では6人に1人が経験している。
- 3) エキソソーム含有miRNA:
- 血や尿といった体液中には、細胞から放出された小さな小胞(エキソソーム)が存在する。エキソソームの中には体内の細胞の内容物が少しだけ含まれており、その中にはmiRNAと呼ばれる遺伝子の発現を制御する分子も含まれている。miRNAは様々な疾患に関係しており、がんの分野で盛んに研究されている。
- 4) バイオマーカー:
- ある疾患の有無や病状の程度の指標となる生体内の物質のこと。今回の研究では、miRNAをバイオマーカーとしてPLEsの持続群と消退群を判別できるかどうかを検証した。
- 5) 尤度比検定:
- 2つの群で、どのmiRNAの発現が変化しているかを解析する方法。群の影響を考慮したモデルと考慮しないモデルを比較することで、群によって変化している要素を見つけることができる。
- 6) ロジスティック回帰モデル:
- さまざまな要因から、ある事象が発生する確率を予測するための統計モデルのこと。今回は解析結果をモデルに学習させることで、6種のmiRNAの値からPLEsが持続する確率を予測した。
引用文献
- Linscott RJ, van Os J. An updated and conservative systematic review and meta-analysis of epidemiological evidence on psychotic experiences in children and adults: on the pathway from proneness to persistence to dimensional expression across mental disorders. Psychol Med. 2013 Jun;43(6):1133-49. doi: 10.1017/S0033291712001626.
- Dominguez MD, Wichers M, Lieb R, Wittchen HU, van Os J. Evidence that onset of clinical psychosis is an outcome of progressively more persistent subclinical psychotic experiences: an 8-year cohort study. Schizophr Bull. 2011 Jan;37(1):84-93. doi: 10.1093/schbul/sbp022.
■ 毛髪の亜鉛濃度は思春期児童における精神病の発症リスクと関連する
Hair zinc levels and psychosis risk among adolescents
Tabata K, Miyashita M, Yamasaki S, Toriumi K, Ando S, Suzuki K, Endo K, Morimoto Y, Tomita Y, Yamaguchi S, Usami S, Itokawa M, Hiraiwa-Hasegawa M, Takahashi H, Kasai K, Nishida A, Arai M. Hair zinc levels and psychosis risk among adolescents. Schizophrenia (Heidelb). 2022 Nov 25;8(1):107.
doi: 10.1038/s41537-022-00307-y. PMID: 36433958.
発表のポイント
- 未服薬の思春期児童252名を対象にした出生コホート1) 研究で、毛髪の亜鉛濃度と精神病2) の発症リスクの関連を検証した。
- 本研究では、亜鉛濃度の測定には採血より侵襲性の低い毛髪検体を使用し、精神病の発症リスクの指標には簡便な質問紙である思考の問題尺度3) を使用した。
- 毛髪の亜鉛濃度の低さは、精神病の発症リスクの高さと有意に関連していた。
研究の背景
近年、発症後の統合失調症患者さんにおいて、血液や毛髪中の亜鉛濃度が健常者の値と比較して有意に低いことが報告されています[1]。しかしながら、服薬の影響で体内の亜鉛濃度が変化する可能性が指摘されており[2]、亜鉛濃度が発症前から低いかどうか、また発症と関わっているかどうか、わかりませんでした。
研究内容
本研究では、東京ティーンコホート (http://ttcp.umin.jp/)と連携し、252名の未服薬の思春期児童を対象に研究を行いました。合計で0.1gほどの毛髪検体を採取させていただき、亜鉛濃度を測定しました。同時に、児童の親にアンケート調査に協力していただき、思考の問題尺度を使用して、児童の精神病の発症リスクを評価しました[3]。
解析の結果、毛髪の亜鉛濃度の低さは精神病の発症リスクの高さと有意に関連することがわかりました (β = -0.176, P < 0.01) (図1)。

解説: 毛髪亜鉛濃度と思考の問題尺度のTスコア4) の関連を示した図。点線で表された回帰直線5) は、毛髪の亜鉛濃度が低いと精神病の発症リスクが高いことを示している。
略語: ppm, parts per million (百万分率)
次に、精神病の発症リスクが高い児童とそれ以外の児童の2つの群において、毛髪の亜鉛濃度の比較を行いました。解析の結果、精神病の発症リスクが高い児童では、毛髪の亜鉛濃度が有意に低いことがわかりました (P < 0.01) (図2)。

解説: 思考の問題尺度のTスコアは、精神病の発症リスクに関するカットオフ値6) が報告されている[4]。図は、思考の問題尺度のTスコアが68.5より大きい児童 (右)は、それ以外の児童 (左)と比較して、毛髪亜鉛濃度が有意に低いことを示している。
略語: ppm, parts per million (百万分率)
今後の展開
精神病を発症するリスクがある思春期児童に対しては、なるべく早い段階からの適切な理解やサポートが大切ですが、これまで確立された検査法はありませんでした。今回の研究で行なった毛髪亜鉛濃度の測定は、採血より侵襲性が低いため、病院やクリニックにとどまらず、学校や地域での活用も期待されます。毛髪の亜鉛濃度を知ることによって、発症リスクのある児童に対する早期発見・早期介入が可能になるかもしれません。今回の研究は、あくまで一時点での体内の亜鉛濃度と思春期児童における精神病の発症リスクの関連を示しました。今後は長期的な追跡研究を行うことによって、亜鉛と精神病発症の因果関係の検証や亜鉛を標的とする発症予防法の開発に貢献できるかもしれません。
用語解説
- 1) 出生コホート研究:
- ある特定期間に出生した集団を一定期間追跡し,さまざまな要因の縦断的な関係から因果関係を推測する研究手法のこと。
- 2) 精神病:
- 現実に存在しないものを感じること(幻覚)や事実ではないことを確信してしまうこと(妄想)を特徴とする精神疾患の総称。思春期に発症することが多い精神病のひとつに統合失調症がある。
- 3) 思考の問題尺度:
- 児童の情緒や行動を把握するための『子どもの行動チェックリスト』の評価項目の一つ。先行研究により、精神病の発症リスクに関する指標と考えられている。
- 4) Tスコア:
- ある値を、平均が50になるよう変換した値のこと。集団の中での位置を示し、偏差値ともいう。
- 5) 回帰直線:
- いくつかの変数の関係を表すのに最も適した直線のこと。直線を作成するための分析手法を回帰分析という。
- 6) カットオフ値:
- 陽性、陰性といった2つのグループを分類するための値のこと。
引用文献
- Saghazadeh, A. et al. Trace elements in schizophrenia: a systematic review and meta-analysis of 39 studies (N = 5151 participants). Nutr Rev.78, 278-303 (2019).
- Chen, X. et al. Association of serum trace elements with schizophrenia and effects of antipsychotic treatment. Biol Trace Elem Res. 181, 22-30 (2018).
- Simeonova, D. I., Nguyen, T. & Walker, E. F. Psychosis risk screening in clinical high-risk adolescents: a longitudinal investigation using the Child Behavior Checklist. Schizophr Res. 159, 7-13 (2014).
- Salcedo, S. et al. Diagnostic efficiency of the CBCL thought problems and DSM-oriented psychotic symptoms scales for pediatric psychotic symptoms. Eur Child Adolesc Psychiatry. 27, 1491-1498 (2018).
■ 治療抵抗性統合失調症のペントシジン蓄積脳領域:
GLO1フレームシフト変異を有する症例の剖検脳研究
Ishida H, Miyashita M, Oshima K, Kawakami I, Sekiyama K, Kounoe M, Seki E, Arai N, Takizawa S, Nagata E, Itokawa M, Arai M. Carbonyl stress-sensitive brain regions in the patient with treatment-resistant schizophrenia with a glyoxalase 1 frameshift mutation: Autopsy study.Psychiatry Res Case Rep. in press.
https://doi.org/10.1016/j.psycr.2022.100064
発表のポイント
- 統合失調症プロジェクトでは統合失調症患者の約4割はカルボニルストレスの指標である血漿ペントシジン値が高いことを明らかにしてきた。この発見の契機となった発端症例の死後脳を解析し、末梢血だけでなく脳内にもペントシジンが蓄積しているか検証した。
- 発端症例の脳内では、年齢と性別を一致させた対照群(認知症と糖尿病性腎障害)と異なり、小脳・大脳基底核・前頭前野および聴覚野・視覚野の神経細胞にペントシジンが蓄積していた。
- ペントシジンが蓄積したこれらの脳領域は、視聴覚情報の処理に加え、複数の感覚情報を統合し、行動や思考に結びつける小脳-大脳基底核-大脳連関に関連している可能性がある。
研究の背景
これまでに私たちは慢性腎臓疾患や糖尿病を合併していない統合失調症患者の末梢血を調べ、その約4割にAGEs(advanced glycation end-products;終末糖化産物)の一つであるペントシジンが高値を示す亜群の存在を明らかにし[1]、臨床特徴との関連[2]やウェクスラー成人知能検査における処理速度の低下と相関を報告してきた[3]。しかし、末梢血ペントシジンと臨床症状の関連性が示唆された反面、ペントシジンが中枢神経系にも蓄積しているのかは未解明であり、統合失調症の病態の中核である脳機能障害との関連は不明であった。そこで本研究では、この統合失調症の亜群を見出す契機となった発端症例の死後脳を解析し、ペントシジン蓄積部位を明らかにすることによって、この亜群における脳機能障害仮説の導出を目指した。
発表内容
発端症例のペントシジン蓄積脳部位
ペントシジンを含むAGEsは、認知症患者死後脳の海馬や糖尿病患者の血管内皮細胞に蓄積していることが指摘されてきた[4]。しかし本症例では、海馬を含む内側側頭葉の神経変性は軽度であり(図1b)、ペントシジンの蓄積は認められなかった(図1f)。認知症やその他の神経疾患において病変が確認されることが多い扁桃体、側坐核、青斑核、黒質には、変性およびペントシジン蓄積は認められなかった。大脳皮質のペントシジン陽性細胞は、側頭連合野と背外側前頭前野(図1d, e)に認められたが、前部帯状回および中心前回(一次運動野)には認められなかった。特に顕著なペントシジン蓄積は一次視覚野(図1g)や頭頂葉連合野、小脳皮質(図1h)や橋核、下オリーブ核、大脳基底核(図1i)に認められた。

本症例は生前のMR画像にて左前頭葉および左外側溝周辺部に軽度の萎縮を認めたが(図a)、死後脳では内側側頭葉嗅内皮質に限局した神経原線維変化(図b)と側頭葉連合野に軽度の虚血性神経変化を認めたのみで、重度の神経脱落や変性は認められなかった(図c)。ペントシジンは、側頭葉連合野(図d)と背外側前頭前野(図e)の錐体細胞内に蓄積を認めた。さらに一次視覚野第Ⅳ層(図g)、小脳皮質顆粒細胞層(図h)、大脳基底核淡蒼球(図i)に顕著なペントシジン陽性細胞が認められた。これらの部位にペントシジン以外の異常タンパク質の蓄積や神経変性は認められなかった。海馬(図f)、扁桃体、黒質、青斑核は神経変性がなく、ペントシジン陽性神経細胞も認められなかった。カルボニルストレス脆弱性を示す小脳−大脳基底核−大脳を結ぶ神経ネットワークの例(図j:TH;視床、PN;橋核、DN;小脳歯状核、ION;下オリーブ核)。
図2にはペントシジンが顕著に蓄積していた脳領域をまとめた。発端症例と年齢と性別をマッチさせた糖尿病腎症疾患患者、認知症患者の一次視覚野、小脳皮質、淡蒼球にはペントシジン陽性神経細胞は認められなかった(図3)。

ペントシジン蓄積は、小脳系では小脳皮質顆粒細胞、橋核および下オリーブ核の神経細胞に顕著に認められた。大脳皮質内では背外側前頭前野(BA9)、頭頂葉連合野(BA40)の錐体細胞、一次視覚野(鳥距溝内)第Ⅳ層顆粒細胞に顕著に認められた。大脳基底核と視床では、被殻、淡蒼球外節、視床下核、視床の神経細胞に蓄積が認められた。大脳辺縁系ではマイネルト基底核に僅かに蓄積が認められた。

本症例と年齢と性別を一致させた糖尿病性腎症および認知症患者の死後脳では、一次視覚野(図aとd)、小脳皮質顆粒細胞(図bとe)、淡蒼球外節(図cと f)の神経細胞にはペントシジン蓄積は認められなかった。
結論・今後の展開
本症例は、「カルボニルストレスが増強された統合失調症」という臨床的特徴を端的に有していた。死後脳に対してペントシジン蓄積部位を解析した結果、ペントシジン蓄積が顕著に認められた脳領域は、小脳−大脳基底核−大脳(前頭前野、頭頂連合野、側頭連合野、一次視覚野)であった。本研究によって、カルボニルストレスが蓄積しやすい脳部位と神経ネットワークの一端が示された。今後は、ペントシジン等のAGEs蓄積がもたらす脳機能障害のメカニズムを解明に着手し、統合失調症の原因解明と治療法開発に役立つ研究を進めていきたい。
引用文献
- Arai, M. et al. Enhanced Carbonyl Stress in a Subpopulation of Schizophrenia. Arch Gen Psychiat 67, 589–597 (2010).
- Miyashita, M. et al. Clinical Features of Schizophrenia With Enhanced Carbonyl Stress. Schizophrenia Bull 40, 1040–1046 (2014).
- Kobori, A. et al. Advanced glycation end products and cognitive impairment in schizophrenia. Plos One 16, e0251283 (2021).
- Valente, T. et al., Immunohistochemical analysis of human brain suggests pathological synergism of Alzheimer’s disease and diabetes mellitus. Neurobiol Dis 37, 67–76 (2010).
■ 思春期児童における低筋力と精神病症状の縦断関連における終末糖化産物の意義
Suzuki, K., Yamasaki, S., Miyashita, M. et al. Role of advanced glycation end products in the longitudinal association between muscular strength and psychotic symptoms among adolescents. Schizophr 8, 44 (2022).
https://doi.org/10.1038/s41537-022-00249-5
発表のポイント
- 思春期児童3,000名以上を対象とした出生コホート研究において、低筋力が尿中ペントシジン(終末糖化産物, AGEs)の蓄積に先行することを明らかにした。
- 思春期児童256名を対象にした縦断解析によって、低筋力が、尿中ペントシジンの蓄積を介して、思考障害(精神病症状)と間接的に関連することを見出した。
- 以上の結果から、低筋力がAGEsを上昇させることで、思考障害を引き起こす可能性があると考えられた。
研究の背景
抗精神病薬などの治療薬が開発される以前から、統合失調症では、やせ型や低筋力が多いことが報告されています[1]。また、これまでの大規模なコホート研究において、10代後半の低筋力が、その後の精神疾患発症のリスクであることが報告されています[2]。しかしこれまで、そのメカニズムについて、はっきりとしたことはわかっていませんでした。私達はこれまでに統合失調症の病態にAGEsが関与する可能性を報告してきました[3,4]。また、成人において低筋力とAGEs上昇の関連性が繰り返し指摘されています[5,6]。そこで、今回、私たちは思春期における低筋力がAGEsの上昇を引き起こし、それが精神病症状に関与するのではないかと考えました。
発表内容
本研究は東京ティーンコホート(http://ttcp.umin.jp/)と連携し、3,171名の思春期児童のうち、12歳・14歳時に尿検体を提供していただいた1,542名の思春期児童を対象に研究を行いました。12歳時と2年後の14歳時の2時点で、全身の筋力指標として握力を、全身のAGEsの指標として早朝第一尿中のペントシジン値を測定しました。握力と尿中ペントシジン値の縦断的な解析の結果、12歳時の筋力が低いほど14歳時のAGEsが上昇していました(図1)。本結果より、AGEs上昇が筋力低下を引き起こすのではなく、低筋力が続くことによりAGEsが上昇するということがわかりました。
次に、256名の思春期児童を対象に、12歳時の低筋力が13歳時のAGEs上昇を介して、14歳時の精神病症状の一つである思考障害を引き起こすのではないか、という仮説を検証しました。その結果、12歳時の低筋力が、AGEsの上昇を介して、14歳時の思考障害と間接的に関連することわかりました(図2)。
これまでに低筋力と統合失調症との関連について多くの報告がありますが、今回の研究により、低筋力がAGEs上昇を介して精神病症状を引き起こす可能性があると考えられました。
今後の展開
思春期はストレスが増大するライフステージであり、統合失調症の好発年齢です。統合失調症を発症する可能性が高い状態にある思春期児童に対しては、出来る限り早期に気づいて適切な対処法をともに考えることが大切です。今回の研究結果より、思春期の低筋力が、AGEsの上昇を介して、その後の精神病症状と間接的に関連することがわかりました。精神病症状が持続すると統合失調症発症のリスクになります。思春期から、低筋力やAGEsの値について注意深く様子を見守る意義があるかもしれません。


用語解説
- 1) 出生コホート研究:
- ある特定期間に出生した集団を一定期間追跡し,さまざまな要因の縦断的な関係から因果関係を推測する研究手法のこと。
- 2) 終末糖化産物:
- タンパク質と糖が反応して産生される物質の総称。毒性を持ち、老化や 糖尿病等さまざまな疾患との関連が指摘されている。
- 3) 精神病症状:
- 主に、現実に存在しないものを感じること(幻覚)や事実ではないことを勘ぐってしまうこと(妄想)などを指し、統合失調症でよくみられる症状だが、思春期の一般人口では6人に1人が経験する。
- 4) 筋力と統合失調症の関連:
- クレッチマー(1988~1964)は、著書において体型と気質の関連に関連があると報告し、細長型において統合失調症になじみのある気質が多いことを報告した。これは抗精神病薬などの薬剤が開発される前の観察結果であり、この関連性は薬剤による影響を受けていないと考えられる。
引用文献
- Kretschmer, E. Physique and Character: an Investigation of the Nature of Constitution and of the Theory of Temperament; with 31 Plates (London: Kegan Paul, Trench, Trubner, 1926).
- Ortega, F. B., Silventoinen, K., Tynelius, P. & Rasmussen, F. Muscular strength in male adolescents and premature death: cohort study of one million participants. BMJ 345, e7279 (2012).
- Arai, M. et al. Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch. Gen. Psychiatry 67, 589-597 (2010).
- Miyashita, M. et al. Fingertip advanced glycation end products and psychotic symptoms among adolescents. Npj Schizophr. 7, 37 (2021).
- Eguchi, Y. et al. Advanced glycation end products are associated with sarcopenia in older women: aging marker dynamics. J. Women Aging 26, 1-13 (2019).
- Tabara, Y. et al. Advanced glycation end product accumulation is associated with low skeletal muscle mass, weak muscle strength, and reduced bone density: the Nagahama study. J. Gerontol. A Biol. Sci. Med. Sci. 74, 1446-1453 (2019).
■ 統合失調症と関連するAKR1A1遺伝子変異はエキソンスキップを生じ酵素活性の低下を引き起こす
Iino K, Toriumi K, Agarie R, Miyashita M, Suzuki K, Horiuchi Y, Niizato K, Oshima K, Imai A, Nagase Y, Kushima I, Koike S, Ikegame T, Jinde S, Nagata E, Washizuka S, Miyata T, Takizawa S, Hashimoto R, Kasai K, Ozaki N, Itokawa M and Arai M.
AKR1A1 Variant Associated With Schizophrenia Causes Exon Skipping, Leading to Loss of Enzymatic Activity. Front. Genet. 12:762999. doi: 10.3389/fgene.2021.762999
Published: 06 December 2021.
発表のポイント
- AKR1A1遺伝子内に28箇所の変異を同定し、特にエキソン8の1塩基目の変異c.753 G>A及びc.264 delCが統合失調症と有意に関連することを見出しました。
- c.753 G>Aによりエキソン8のスキッピングが起こることを確認しました。
- c.753 G>Aによるエキソンスキップ及びc.264 delCの一塩基欠失が導くフレームシフトによりAKR酵素活性が低下することを明らかにしました。
- c.753 G>A変異を有する人ではAKR1A1遺伝子発現及びAKR酵素活性が低下していることを明らかにしました。
研究の背景
統合失調症患者の末梢血では健常者と比べてグルクロン酸が高いということが知られています1。グルクロン酸は薬剤排出に関与するため、グルクロン酸の蓄積は統合失調症の治療抵抗性と関連することが推測されます2。グルクロン酸はアルドケトレダクターゼファミリー1メンバーA1 (AKR1A1) により代謝されることが知られており、AKR1A1活性の変化がグルクロン酸量に影響を与えることが考えられますが、統合失調症においてその活性変化や遺伝子変異の影響を評価した報告はありません3。そこで本研究では、統合失調症検体を用いて、AKR1A1遺伝子に着目した遺伝学的解析を行いました。
発表内容
統合失調症患者及び健常者においてシーケンス解析を行い4箇所の新規バリアントを含む28箇所のバリアントを確認しました。また、そのうち4つがコーディング領域に含まれることがわかりました (図1)。その中でも、c.753 G>Aは統合失調症患者で14例、健常者で5例確認され、この変異は統合失調症患者で頻度が高い傾向がみられました。また、c.264 delCは統合失調症患者の1例でのみ確認されました。

新規バリアント (青矢印)、コーディング領域におけるバリアント (赤矢印)、その他のバリアント (黒矢印) を示した。コーディング領域において、 (A) エキソン5におけるシトシンの一塩基欠失 (V1)、 (B) エキソン8の一塩基目のグアニンからアデニンへの変異 (V3) が確認された。
次に、エキソンの1塩基目の変異によりそのエキソンが読み飛ばされることがあるということが知られているため、AKR1A1のエキソン8の一塩基目のc.753 G>Aによりエキソン8が読み飛ばされるかどうかを調べました4。AKR1A1のエキソン8の一塩基目がGのエキソン7, 8, 9を含むミニジーン (WT) とAのエキソン7, 8, 9を含むミニジーン (MT) をそれぞれHEK293, SH-SY5Y, 1321N1にトランスフェクションして抽出したRNAのRT-PCRにより確認しました (図2A)。MTではエキソン8の読み飛ばしが見られましたがWTでは見られませんでした (図2B)。HEK293, SH-SY5YではWTと比べてMTでエキソンスキップが起こる頻度が有意に増加しました (図2C)。また、エキソン8の読み飛ばし及びc.264 delCのフレームシフトによりAKR酵素活性が変化するのかを調べるために、これらの変異により産生されるAKR1A1を発現させた大腸菌からリコンビナントタンパク質を精製し酵素活性の測定を行いました。これらの変異を持つAKR1A1では分子量が低下し、AKR酵素活性が著しく低下しました (図2D-E)。

(A) スプライシングアッセイの概要を示した。エキソン8の読み飛ばしはWTまたはc.753 G>A (MT) のミニジーンを発現するHEK293, SH-SY5Y, 1321N1から産出されたcDNAを用いて確認した。 (B) スプライシングアッセイの結果を示した。上のバンドはエキソン7, 8, 9の産物、下のバンドはエキソン7, 9の産物を示す。MTではエキソン7, 9の産物を生じることが示された。 (C) HEK293, SH-SY5YではWTと比べてMTで著しくエキソンスキップの頻度が増加した。 (D) 精製したGST及びGST-AKR1A1をSDS-PAGEにより分離した結果を示した。 (E) 精製したGST-AKR1A1においてAKR酵素活性を示した。c.753 G>A, c.264 delCで得られる産物は酵素活性が著しく低下した。
さらに、統合失調症患者においてc.753 G>Aが酵素活性に影響するのかを調べるために、6人の統合失調症患者 (SCZ#1~SCZ#6) 及び2人の健常者 (CON#1, CON#2) の赤血球における酵素活性を測定しました。c.753G>Aをヘテロ(GA)で持つ4人 (SCZ#1~SCZ#4) では、c.753G>A を持たない(GG) 4人 (SCZ#5, SCZ#6, CON#1, CON#2) と比べて酵素活性が低下する傾向が見られました。また、そのうちc.753 GAを持つ3人 (SCZ#1, SCZ#2, SCZ#4) とGGを持つ2人 (SCZ#6, CON#2) の全血から抽出したRNAを用いてAKR1A1の遺伝子発現量を調べました。c.753 GAを持つ人ではmRNA発現量がGGを持つ人の50%程度となりました。これらの結果から、AKR1A1におけるc.753 G>Aは酵素活性の低下に繋がることが考えられました。

6人の統合失調症患者 (c.753 G>Aバリアントを持つSCZ#1~4及び持たないSCZ#5, 6) 及び2人の健常者 (CON#1, 2) の赤血球におけるAKR酵素活性を示した。c.753 G>A バリアントを持つ患者で酵素活性が低下する傾向が見られた。(B) SCZ#1, 3, 4, 5, CON#2におけるAKR1A1のmRNA発現量を示した。c.753 G>Aバリアントを持つ患者では持たない人の50%程度のmRNA発現量を示した。
引用文献
- Xuan J, Pan G, Qiu Y, Yang L, Su M, Liu Y, Chen J, Feng G, Fang Y, Jia W, Xing Q, He L. Metabolomic profiling to identify potential serum biomarkers for schizophrenia and risperidone action. J. Proteome Res. 2011; 10(12):5433-43.
- Mazerska Z, Mróz A, Pawłowska M, Augustin E. The role of glucuronidation in drug resistance. Pharmacol Ther. 2016; 159:35-55.
- Takahashi M, Miyata S, Fujii J, Inai Y, Ueyama S, Araki M, Soga T, Fujinawa R, Nishitani C, Ariki S, Shimizu T, Abe T, Ihara Y, Nishikimi M, Kozutsumi Y, Taniguchi N, Kuroki Y. In vivo role of aldehyde reductase. Biochim. Biophys. Acta. 2012; 1820(11):1787-96.
- Fu Y, Masuda A, Ito M, Shinmi J, Ohno K. AG-dependent 3′-splice sites are predisposed to aberrant splicing due to a mutation at the first nucleotide of an exon. Nucleic Acids Res. 2011; 39(10):4396-404.
■ 終末糖化産物は思春期児童における精神病体験の持続と関連する
Miyashita M, Yamasaki S, Ando S, Suzuki K, Toriumi K, Horiuchi Y, Yoshikawa A, Imai A, Nagase Y, Miyano Y, Inoue T, Endo K, Morimoto Y, Morita M, Kiyono T, Usami S, Okazaki Y, Furukawa TA, Hiraiwa-Hasegawa M, Itokawa M, Kasai K, Nishida A, Arai M. Fingertip advanced glycation end products and psychotic symptoms among adolescents. NPJ Schizophr. 2021 Aug 12;7(1):37. doi: 10.1038/s41537-021-00167-y.
発表のポイント
- 思春期児童282名を対象にした出生コホート研究1) で、終末糖化産物(Advanced glycation end-products; AGEs)2) と精神病症状3) の関連を検証した。
- 本研究では、対象が思春期児童であることを考慮して、非侵襲的かつ簡便にAGEsを測定できるAGEsセンサーを使用した。
- 抗精神病薬4) を内服している5名を除外して解析した結果、研究開始時点でAGEsの値が高くなると、精神病症状が持続するリスクが有意に高くなった (OR, 1.68; 95% CI, 1.05–2.69; P = 0.03)。
研究の背景
私たちはこれまで、発症して薬物療法を受けている統合失調症患者において、血液中のAGEsの値が健常者の値と比較して有意に高いことを報告してきました[1, 2]。しかしながら、薬の影響でAGEsの値が高くなる可能性を指摘されていました。また、思春期児童を対象にしてAGEsの値と精神病症状の関連を調べた研究はなく、AGEsの値が発症前から高いかどうか、わかりませんでした。
研究内容
本研究では、東京ティーンコホート(http://ttcp.umin.jp/)と連携し、282名の思春期児童を対象に研究を行いました。研究開始前と1年後の2時点で、AGEsセンサー(SHARP MARKETING JAPAN CORPORATION)[3]を用いて、非利き手の中指の腹を使って痛みを伴うことなくAGEsを測定しました。同時に、精神科医が全ての児童に対して面接を行い、精神病症状の有無や程度を評価しました。282名のうち、研究開始前と1年後の両方とも精神病症状が無かった児童(精神病症状無し群)が200名(70.9%)、研究開始前あるいは1年後のどちらか一方だけで精神病症状が有った児童(一過性精神病症状群)が67名(23.8%)、研究開始前も1年後も両方とも精神病症状が有った児童(持続精神病症状群)が15名(5.3%)でした。それぞれの群で、年齢、性別、腎臓の機能、家庭の経済状況、親が精神疾患にかかったことがある割合に明らかな差はありませんでした(表1)。次にそれぞれの群とAGEsの関連について、抗精神病薬を服用している児童(5名)を除外して、解析を行いました。その結果、研究開始時点でAGEsの値が高くなるほど、精神病症状が持続するリスクが有意に高くなりました(図1)。精神病症状が持続することは統合失調症を発症するリスクになります[4]。今回の研究は、統合失調症を発症するリスク状態にある思春期児童(持続精神病症状群)では、抗精神病薬を服用していなくても、すでにAGEsの蓄積が始まっていることを明らかにしました。
全児童 | 精神病症状 無し群a,1 | 一過性 精神病症状群a,2 | 持続 精神病症状群a,3 | p | |
対象者数 (%) | 282 (100.0) | 200 (70.9) | 67 (23.8) | 15 (5.3) | - |
年齢 (歳, 平均 [標準偏差]) | 13.4 [0.6] | 13.4 [0.5] | 13.5 [0.6] | 13.4 [0.5] | 13.4 [0.5] |
性別 (男性/女性) | 156 / 126 | 108 / 92 | 39 / 28 | 9 / 6 | 0.779 |
AGEs値 (a.u., 平均 [標準偏差]) | 0.44 [0.06] | 0.44 [0.06]d | 0.44 [0.07] | 0.48 [0.09]d | 0.040 |
尿中クレアチニン (mg/dl, 平均 [標準偏差]) | 153.2 [67.5] | 151.8 [59.7] | 157.0 [78.4] | 154.9 [106.5] | 0.862 |
社会経済的地位 b, 対象者数 (%) | 24 (8.9) | 16 (8.4) | 7 (10.8) | 1 (7.1) | 0.819 |
両親の精神疾患の既往歴, 対象者数 (%) | 10 (3.5) | 6 (3.0) | 4 (6.0) | 0 (0.0) | 0.391 |
a 精神病症状は半構造化面接により精神科医が評価し、研究開始前と1年後の2回実施. 1 研究開始前と1年後の両方とも精神病症状が無い 2 研究開始前あるいは1年後のどちらか一方だけで精神病症状が有った 3 研究開始前も1年後も両方とも精神病症状が有った b 低世帯年収(12歳時). 略語: AGEs, advanced glycation end products (終末糖化産物) ; a.u., arbitrary unit (任意単位). |

図1. AGEs と精神病症状の関連.
年齢、性別を調整した多項ロジスティック回帰分析5) によって算出された AGEs のオッズ比6) を示した図。精神病症状無し群を対照にした場合、一過性精神病症状群のオッズ比 (左) は有意ではないが、持続精神病症状群のオッズ比(右) は有意に上昇する。(エラーバー; 95%信頼区間)
今後の展開
統合失調症を発症するリスク状態にある思春期児童に対しては、なるべく早い段階で気づいて適切な対処法を一緒に考えることが大切です。しかし、このような状態にある児童にとって周囲に相談することは簡単ではなく、早く気づくことは容易ではありません。今回の研究で測定に使用したAGEsセンサーは、痛みを伴うことが無く、3分程度で測定が終了します。また、持ち運びもできるため、病院やクリニックでの使用にとどまらず、学校や地域での活用も期待されます。以上から、AGEsセンサーの長所を生かして、AGEs蓄積の程度を知ることによって、発症リスクのある児童を早期に発見して適切な介入につなげることができるかもしれません。また、AGEsの値を正常にする治療法が開発されれば、発症の予防に貢献することができるかもしれません。
用語
- 1) 出生コホート研究:
- ある特定期間に出生した集団を一定期間追跡し,さまざまな要因の縦断的な関係から因果関係を推測する研究手法のこと。
- 2) 終末糖化産物:
- タンパク質と糖が反応して産生される物質の総称。毒性を持ち、老化や 糖尿病等さまざまな疾患との関連が指摘されている。終末糖化産物が持つ蛍光性を利用して定量が可能である。
- 3) 精神病症状:
- 主に、現実に存在しないものを感じること(幻覚)や事実ではないことを勘ぐってしまうこと(妄想)を指し、統合失調症でよくみられる症状だが、思春期の一般人口では6人に1人が経験する。
- 4) 抗精神病薬:
- 精神病症状を治療するための薬。全ての抗精神病薬は、ドパミン2受容体をブロックするという共通の作用機序がある。
- 5) 多項ロジスティック回帰分析:
- さまざまな要因から、ある事象が発生する確率を予測するための統計分析手法のこと。通常、ある事象の発生は、有り/無し、で表されるが、多項ロジスティック回帰分析の場合、3つ以上のパターン(例えば(重度、中等度、軽度)をとる。
- 6) オッズ比:
- 2つの群のうちどちらの群で、ある事象が起こりやすいか、比較して示す指標のこと。オッズ比が1ということは、両方の群で、ある事象が起こる確率は同じ、ということを意味する。
引用文献
- Arai M, Yuzawa H, Nohara I, Ohnishi T, Obata N, Iwayama Y, Haga S, Toyota T, Ujike H, Arai M, Ichikawa T, Nishida A, Tanaka Y, Furukawa A, Aikawa Y, Kuroda O, Niizato K, Izawa R, Nakamura K, Mori N, Matsuzawa D, Hashimoto K, Iyo M, Sora I, Matsushita M, Okazaki Y, Yoshikawa T, Miyata T, Itokawa M. Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch Gen Psychiatry. 67: 589-97, 2010.
- Miyashita M, Arai M, Hiroko H, Niizato K, Oshima K, Kushima I, Hashimoto R, Fukumoto M, Koike S, Toyota T, Ujike H, Arinami T, Kasai K, Takeda M, Ozaki N, Okazaki Y, Yoshikawa T, Amano N, Miyata T, Itokawa M: Replication of enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Psychiatry Clin Neurosci. 68: 83-84, 2014.
- Yamanaka M, Matsumura T, Ohno R, Fujiwara Y, Shinagawa M, Sugawa H, Hatano K, Shirakawa J, Kinoshita H, Ito K, Sakata N, Araki E, Nagai R. Non-invasive measurement of skin autofluorescence to evaluate diabetic complications. J Clin Biochem Nutr. 58:135-140, 2016.
- Dominguez, M.D.G., Wichers, M., Lieb, R., Wittchen, H.U. & van, Os. J. Evidence that onset of clinical psychosis is an outcome of progressively more persistent subclinical psychotic experiences: an 8-year cohort study. Schizophr. Bull. 37: 84-93, 2011.
■ メチルグリオキサール除去機構の障害が
統合失調症様行動異常を生じるメカニズムを解明
Combined glyoxalase 1 dysfunction and vitamin B6 deficiency in a schizophrenia model system causes mitochondrial dysfunction in the prefrontal cortex
Toriumi K, Berto S, Koike S, Usui N, Dan T, Suzuki K, Miyashita M, Horiuchi Y, Yoshikawa A, Asakura M, Nagahama K, Lin H-C, Sugaya Y, Watanabe T, Kano M, Ogasawara Y, Miyata T, Itokawa M, Konopka G, Arai M.
Redox Biol. 2021 Jun 24;45:102057. doi: 10.1016/j.redox.2021.102057.
発表のポイント
- 一部の統合失調症患者で認められる「メチルグリオキサール除去機構の障害(Glyoxalase 1機能欠損とビタミンB6欠乏)」を模したマウスモデル(KO/VB6(-))を作成したところ、プレパルスインヒビション障害など統合失調症様行動障害を示しました。
- KO/VB6(-)マウスでは、前頭皮質、海馬、線条体において、MGの蓄積が認められました。
- KO/VB6(-)マウスの前頭皮質において、ミトコンドリア関連遺伝子の発現変動が認められました。
- KO/VB6(-)マウスの前頭皮質から単離したミトコンドリアは呼吸鎖障害を示し、前頭皮質では酸化ストレスの亢進が認められました。
研究の背景
メチルグリオキサール(MG)は、解糖系の副産物として生じる反応性の高いα-ケトアルデヒドの一種です(1)。MGの蓄積はミトコンドリアの機能低下や活性酸素種(ROS)の生成を生じ、酸化ストレスを増加させ、様々な組織や臓器の損傷を引き起こすことが知られています(2)。また、MGはタンパク質やDNAなどの生体分子と反応することで、終末糖化産物(AGEs)を形成し、正常な機能を喪失させることが知られています(3, 4)。毒性の高いMGを除去するために、生体内では様々な解毒システムが協働しており、Glyoxalase 1(GLO1)及びGLO2によりMGを酵素的に分解するグリオキサラーゼシステムやビタミンB6(VB6)によるMGのスカベンジシステムなどが知られています。
統合失調症は,幻覚や妄想などの陽性症状,快感消失や感情の平板化などの陰性症状,そして認知機能障害を特徴とする精神疾患です。私たちはこれまで、統合失調症患者内にGLO1遺伝子内に酵素活性を低下させる新規のバリアント及びフレームシフトを有する一群が存在することを報告してきました(5)。さらに、約35%の統合失調症患者では、末梢血中のVB6(ピリドキサール)濃度が正常値以下であることも報告してきています(男性:6ng/ml未満、女性:4ng/ml未満と定義)。これら統合失調症患者に認められたMG解毒機構の障害はMGの蓄積を引き起こし、統合失調症の病態に関与している可能性がありますが、その障害分子機序については分かっていませんでした。
研究内容
本研究では、Glo1ノックアウトマウスにVB6欠乏餌を与えることで、MG解毒機構の障害を有する統合失調症患者の新たなモデルマウスを作成し、GLO1機能障害とVB6欠乏が相加的・相乗的に脳機能に及ぼす影響を評価しました。その結果、VB6欠乏餌を給餌したGlo1 KOマウス(KO/VB6(-))では、血漿中のホモシステインが増加し、前頭皮質(PFC)、海馬、線条体においてはMGの蓄積が認められ、社会性行動障害や認知記憶障害、プレパルスインヒビション(PPI)抑制試験における感覚運動情報制御機能障害などの行動障害を示しました。
また、KO/VB6(-)マウスのPFCでは、ミトコンドリア機能に関連する遺伝子の発現に異常があることを、RNA-seqによる網羅的な遺伝子発現解析および重み付け遺伝子共発現ネットワーク解析(WGCNA)により明らかにしました。さらに、KO/VB6(-)マウスのPFCよりミトコンドリアを単離し、ミトコンドリア呼吸鎖能を評価したところ、障害を生じていることが明らかとなり、それに伴いH2O2や8-OHdG、MDAなど酸化ストレス指標が、亢進しているという結果が得られました。
これらの結果は、GLO1機能障害とVB6欠損が組み合わさることで、PFCにおけるミトコンドリアの機能障害及び酸化ストレスの亢進が生じ、結果として統合失調症様行動障害が引き起こされていることを示唆するものです。

図 成果の概要
今後の展開
本研究は、MG除去機構の障害が統合失調症の発症に関与していることを示した初めての研究成果です。本研究で明らかになった障害メカニズムを考慮すると、MG除去機構障害(GLO1機能障害とVB6欠損)を有する患者さんに対しては、酸化ストレスを防ぐ抗酸化物質やVB6の補充が新たな治療戦略として有効である可能性があります。
用語
- 重み付け遺伝子共発現ネットワーク解析(WGCNA):
- 複数サンプルにおける遺伝子発現プロファイルを用いて、発現遺伝子内のすべてのペアの発現パターンの類似性を評価し、似通った遺伝子発現パターンを示すネットワークを抽出する方法です。
- 酸化ストレス
- 体内において酸化反応が亢進し、細胞や組織に障害をもたらしている状態です。酸化ストレスの指標としては、活性酸素種である過酸化水素H2O2や過酸化脂質であるマロンジアルデヒド(MDA)、酸化修飾されたDNAである8-hydroxy-2'-deoxyguanosine (8-OHdG)などが用いられます。
引用文献
- N. Rabbani, P. J. Thornalley, Dicarbonyl stress in cell and tissue dysfunction contributing to ageing and disease. Biochem Biophys Res Commun 458, 221-226 (2015).
- P. J. Thornalley, Endogenous alpha-oxoaldehydes and formation of protein and nucleotide advanced glycation endproducts in tissue damage. Novartis Found. Symp. 285, 229-243; discussion 243-226 (2007).
- A. R. Hipkiss, On the Relationship between Energy Metabolism, Proteostasis, Aging and Parkinson's Disease: Possible Causative Role of Methylglyoxal and Alleviative Potential of Carnosine. Aging Dis. 8, 334-345 (2017).
- N. Rabbani, M. Xue, P. J. Thornalley, Methylglyoxal-induced dicarbonyl stress in aging and disease: first steps towards glyoxalase 1-based treatments. Clin. Sci. (Lond.) 130, 1677-1696 (2016).
- M. Arai et al., Enhanced carbonyl stress in a subpopulation of schizophrenia. Arch. Gen. Psychiatry 67, 589-597 (2010).