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研究者向け

2023/8/1

骨密度の低下と認知症の関連性

文責:橋本 款
図1.

高齢期になると、骨粗鬆症、サルコペニア*1、認知症、肥満、糖尿病、心血管疾患など種々の高齢疾患に罹患しやすくなりますが(図1, a)、これらの疾患は互いに関連していることが多く、病気の進行や治療の効果は、他の疾患に影響されることから総合的に捉えることが必要になります。例えば、骨粗鬆症における骨密度(BMD)*2 の低下とアルツハイマー病(AD)などの認知症は、ともに高齢者で広く認められますが、両者の具体的な関係は十分明らかにされていませんでした。これに関連して、オランダ・エラスムス大学医療センターのXiao博士らは、Rotterdam Study*3 に参加し、2002年から2005年にかけて二重エネルギーX線吸収法(DXA)*4 により、大腿骨頚部・腰椎・全身のBMDおよび海綿骨スコア(Trabecular Bone Score; TBS)*5 の測定を受けた認知症のない個人を2020年まで経過監察し、ベースラインBMDと認知症発症リスクとの関連を解析しました。その結果、骨密度の低下と認知症の発症が相関することを見出し、Neurologyに報告しましたので、今回はこの論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Tian Xiao et al., Association of Bone Mineral Density and Dementia:The Rotterdam Study Neurology, 2023; 100 (20): e2125-e2133.


【背景・目的】

BMDの低下と認知症は、高齢者で広く認められ、共通したメカニズムが介在すると考えられている。しかしながら、両者の具体的な関係、特に認知症に先行するBMD低下に関する経時的な関係については明らかにされていないのでこれを明らかにすることが本研究の目的である。

【方法】

上記の目的のため、著者らは、Rotterdam Studyに参加し、2002年から2005年にかけてDXAにより、大腿骨頚部・腰椎・全身のBMDおよびTBSの測定を受けた認知症のない個人を2020年まで経過観察し、ベースラインBMDと認知症発症リスクとの関連を検証した(n=3,651)。認知症のスクリーニングは、ミニメンタルステート検査*6、イメージング検査により行われた。また、年齢、性別、教育歴、身体能力、喫煙の有無、ボディ・マス指数、血圧、血中コレステロール値、脳卒中や糖尿病の既往歴、ApoE遺伝子型をCox比例ハザード・モデル*7 で調整した。

【結果】

  • 3,651例の参加者(参加時の平均年齢72.3歳、うち、女性57.9 %)のうち、688 (18.8%)例は11.1年(中央値)で、偶発的な認知症を発症し、528例(76.7%)はADへと進行した。
  • 経過監察期間中に大腿骨頸部のBMDが減少していた人は、あらゆるタイプの痴呆症、AD共に発症する割合が高かった。(それぞれのハザード比All types [HR] = 1.12, 95%, confidence interval [CI] 1.02 to 1.23, AD; [HR] = 1.14, 95%, [CI] 1.02 to 1.28, p<0.001).
  • 最初の10年以内に出現した痴呆症の頻度は大腿骨頸部におけるBMDの減少、全身におけるBMDの減少、TBSのスコアのいずれの場合においても下位3分の1に多かった(大腿骨頸部 BMD, [HR]0–10 years 2.03; 95% [CI] 1.39–2.96; 全身 BMD, [HR]0–10 years 1.42; 95% [CI] 1.01–2.02; and TBSスコア, [HR]0–10 years 1.59; 95% [CI] 1.11–2.28).

【結論】

大腿骨頸部、及び、全身のBMDが減少していた人、TBSが低値の人は受けた認知症を発症する割合が高かった。BMDにより認知症を予測することが出来るかどうかさらなる研究が必要である。

用語の解説

*1.サルコペニア
サルコペニアとは、筋肉量の減少に伴って筋力や身体機能が低下している状態を指す言葉で、ギリシャ語の“サルコ(sarco)=筋肉)”と“ぺニア(penia)=喪失”を合わせた造語である。骨格筋量、握力、歩行速度の3つをもとに、骨格筋量と身体機能が一定以上低下している場合にサルコペニアと診断される。
*2.骨密度(BMD)
骨密度とは、骨を構成するミネラル(カルシウム、リン)が骨にどれくらい詰まっているかを骨の単位面積当たりの骨量として算出したものである。骨の強さを表す指標の1つとされており、主に骨粗鬆症の診断や経過観察に用いられる。
*3.Rotterdam Study
オランダ・ロッテルダムの住民を基にした前向きコホート研究である。このコホート研究の目的は、中〜高年期における慢性疾患の病因、前臨床期、予後や治療介入の標的に関する研究を行うことである。対象とする疾患は心血管疾患、神経疾患、眼科疾患、肝臓疾患、内分泌疾患、皮膚科疾患、耳鼻科疾患、呼吸器疾患、運動器疾患、精神疾患などである。
*4.二重エネルギーX線吸収法(Dual Energy X-ray Absorptiometry;DXA)
2種類の異なるX線を照射することで、それぞれのエネルギーがからだの組織によって吸収率が異なることから、検査対象の組成を測定する方法である。
*5.海綿骨スコア(Trabecular Bone Score; TBS)
近年、腰椎DXAの骨画像を解析して海綿骨微細構造と関連する指標(海綿骨スコア、trabecular bone score,TBS)を求める方法が開発され、その臨床応用が検討されている。TBSはDXA画像における各画素の濃度変動を表すテクスチャー指標で、摘出骨のマイクロCTなどを用いた検討で、海綿骨梁構造の指標と有意な相関を示す。さらに、臨床的検討でもTBSがBMDとは独立して骨折リスクを予測し、骨粗鬆症診断においてBMDを補足する意義が期待されている。
*6.ミニメンタルステート検査(Mini Mental State Examination;MMSE)
MMSEは、認知症の診断用に米国で1975年、フォルスタインらが開発した質問セットである。30点満点の11の質問からなり、見当識、記憶力、計算力、言語的能力、図形的能力などをカバーする。24点以上で正常と判断、10点未満では高度な知能低下、20点未満では中等度の知能低下と診断する。
*7.Cox比例ハザード・モデル
生存時間分析のためのノンパラメトリックな手法の1つで、生存時間データのほかに年齢や性別などの共変量を用いることで、共変量が生存時間に与える影響を調べることができる。詳細は統計学の成書をご覧ください。

今回の論文のポイント

  • 本研究の結果、骨密度が低い人は認知症を発症しやすいことがわかりました。このような場合、骨粗鬆症薬(既存薬)で認知症の発症を予防することができるかも知れません(図1, b)。現在開発中の認知症の抗体治療薬は安全性や薬価の問題があり、臨床における使用が順調に行くとは限らないので、このような別の方法を探っておくことも重要です。
  • 本研究のような前向きコホート研究は、時間や労力がかかりますが、その分、重要な情報を提供してくれます。人種・民族差を考慮すれば、日本でも大規模な前向きコホート研究が、積極的に取り入れていくことが望まれます。

文献1
Tian Xiao et al., Association of Bone Mineral Density and Dementia:The Rotterdam Study Neurology, 2023; 100 (20): e2125-e2133.