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2023/8/10

放射線治療におけるロボットの有用性;サイバーナイフ

文責:橋本 款
図1.

以前に臨床医学における最近の大きな進展の一つとして、低侵襲ロボット支援手術、所謂、ダヴィンチ手術*1を取り上げましたが(韓国における前立腺癌に対するダビンチ手術の成績〈2023/7/12掲載〉)、ロボット化は他の先進医療技術にも見られます。今回、紹介致しますサイバーナイフ*2は、脳神経外科・放射線科において行われている放射線治療であり、正常な細胞を避け、腫瘍などの病変部に低線量の放射線を複数の方向から照射して集中させる、いわゆる定位放射線治療*3と呼ばれるタイプのものの一つです(図1)。従来のガンマナイフ*4などの高精度放射線治療がさらにロボット化され、その結果、誤差を最小にするピンポイント治療が可能になり多くのメリットが生まれたという点において、最先端の技術であると言えます。サイバーナイフは、主に、転移性脳腫瘍の治療に用いられますが、脳動静脈奇形、聴神経鞘腫や下垂体腺腫など、脳内の小さな良性病変の治療においても、優れた成績をあげています。これに関連して、メキシコ社会保険庁のRomero-Gamero博士らは、下垂体腺腫による先端巨大症(Acromegaly)*5 57 症例に対するサイバーナイフによる治療の評価を行ない、その結果、サイバーナイフによる治療の有効性・安全性を確認して報告しましたので、今回はこの論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Carlos Alfonso Romero-Gameros, et al. Efficiency and Safety of CyberKnife Robotic Radiosurgery in the Multimodal Management of Patients with Acromegaly Cancers (Basel). 2023; 15(5): 1438.


【背景・目的】

一般的にAcromegalyの外科的手術のアジュバント療法*6としての放射線治療の有効性は認められているが、これまでの報告は一定していない。本研究は、Acromegalyの手術におけるサイバーナイフによるアジュバント療法としての有効性・安全性に関する評価を行なうことを目的とした。

【方法】

本プロジェクトは、観察研究、後ろ向き研究、縦断的研究、かつ、分析的観察研究*7として、外科的手術を受け、サイバーナイフによる治療を行った患者さんに対し、1年後、または、経過観察終了時に血中の成長ホルモン(GH)、インスリン様成長因子1(IGF-1)を解析・評価した。

【結果】

  • 外科的手術を受け、サイバーナイフによる治療を行った患者:57症例に対し、2~7.2年(中央値4年)、経過観察した。
  • GH、IGF-1などの生化学的測定値は、45.6%の症例で寛解した。うち、33.33%に生化学的制御が見られ、12.28%は生化学治癒を達成した。1年後、又は、経過観察の終わりには、進行的に統計的に有意な減少が見られた。
  • 腫瘍が海綿静脈洞に浸潤していたり、IGF-1のベースラインが高い症例では、生化学的な寛解は見られなかった。
  • 放射線の毒性による放射線による視神経炎や脳卒中は観察されなかった。

【結論】

  • GH分泌腫瘍摘出術におけるアジュバント療法としてのサイバーナイフによる治療は、安全で効果的であった。
  • 術前にIGF-1のベースラインが高い症例、腫瘍が海綿静脈洞に浸潤している症例では、Acromegalyの生化学な寛解は得られない可能性に対する予測因子になるであろう。

用語の解説

*1.ダヴィンチ手術(韓国における前立腺癌に対するダビンチ手術の成績〈2023/7/12掲載〉)
ダヴィンチは米国インテュイティブサージカル社が開発した手術用ロボットで、患者さんの身体的な負担が少ない腹腔鏡下手術の特長を生かしつつ、ロボットの機能による支援によって、従来不可能とされていた手術操作が可能になった。ダヴィンチは3つの機械から成り立っており、医師はロボットのアームについている鉗子やカメラを遠隔操作して手術を行う。ダヴィンチのみで手術が行われるわけではなく、患者さんの脇に助手の医師と看護師がついて補助を行い、協調して手術が行われる。
*2.サイバーナイフ
サイバーナイフは、ロボットアームの先に取りつけられた放射線治療装置が体の周りを自由自在に動き、集中的に放射線を腫瘍に照射する定位放射線治療(ピンポイント照射)専用の装置である。可動域の広いロボットアームを動かすことで、場所を変えながら放射線を照射することができるため、正常組織にあまりダメージを与えずに治療行うことが可能である。また、間欠的に画像での照合を行い、呼吸により移動する腫瘍を追尾して放射線を照射することができる。呼吸を止めたり、大掛かりな固定器具などを使用する必要がないため、患者さんの負担を軽減することが可能になった。
*3.定位放射線治療(Stereotactic Radiation Therapy: SRT)
SRTとは、病巣に対し多方向から放射線を集中させる方法である。定位照射、ピンポイント照射とも呼ばれる。通常の放射線治療と比較して周囲の正常組織にあたる線量を極力減少させることが可能である。
*4.ガンマナイフ
ガンマナイフ治療とは、ガンマナイフと呼ばれる放射線治療装置を用いた治療である。悪性または良性の、脳動脈奇形などの血管障害、などの機能性脳疾患(健康保険適用外)に対して行われる。ガンマナイフ治療では、頭部を固定して、ガンマ線と呼ばれる放射線を病巣部に集中的に照射する。細いビーム状のガンマ線を病巣部に集中的に当てることで、周囲の正常な組織に対する影響を抑えながら病巣部のみをナイフで切り取られたように破壊することができる。ガンマナイフ治療の目的や期待される治療効果は、病気によって異なる。髄膜腫、聴神経腫瘍、下垂体腫瘍、転移性脳腫瘍といった脳腫瘍では、腫瘍を小さくしたり、これ以上大きくならないことを目的とし、脳腫瘍によって現れている症状を改善したり、症状を予防したりする効果がある。脳動脈奇形などの血管障害では、病変部からの出血を予防することができるが、すでに出血して脳に障害が起こった部位に対しては効果がない。
*5.先端巨大症(Acromegaly)
Acromegalyは脳の下垂体に発生した良性腫瘍によって、成長ホルモンが過剰に分泌することで発症する。腫瘍が大きくなると、周囲の神経を圧迫して視力や視野の異常などの神経症状や頭痛を引き起こすこともある。また、下垂体からは成長ホルモン以外にも体のさまざまな機能をつかさどるホルモンが分泌されており、それらのホルモンの分泌低下も併発することがある。根本的な治療として基本的に手術が選択されるが、手術で腫瘍を取りきれない場合などでは成長ホルモンの分泌を抑え、腫瘍が大きくなるのを防ぐための薬物療法や放射線治療を行うこともある。
*6.観察研究、後ろ向き研究、縦断的研究、分析的観察研究
  • 観察研究;人為的、能動的な介入(治療行為等)を伴わず、ただその場に起きていることや起きたこと、あるいはこれから起きることをみるという研究方法である。
  • 後ろ向き研究;研究を開始する時点から、過去の情報を遡って調査する研究。観察研究も概念として類似している。症例対照研究(ケース・コントロール・スタディ)ともいわれる。
  • 縦断的研究;研究を時間要因によって分類したときの一つで、横断研究のように現時点での暴露の有無・程度を調べるのではなく、過去にさかのぼって、または将来にわたって、ある特定の対象に対して暴露の有無などを調査し、ある程度の期間を経たデータをとる研究である。
  • 分析的研究;観察研究は、比較対照を設定するかどうかによって、比較対照のない記述的研究と、比較対照を設定する分析的観察研究に分類される。
*7.アジュバント療法
根治手術の補助療法のことで、化学療法、ホルモン療法や放射線治療を用いて、手術する前後に再発するのを予防する目的で行なう。ただし、アジュバント療法という場合には術後治療を指すことが多い。

今回の論文のポイント

  • 本研究の結果は、GH分泌腫瘍摘出術のアジュバント療法として、サイバーナイフによる治療は安全で効果的であることを示唆するものでした。おそらく、他の良性疾患に対しても、サイバーナイフのアジュバント効果があると思われます。
  • しかしながら、悪性度が高い腫瘍摘出術に、サイバーナイフをアジュバント療法として用いた場合、また、悪性度が高い転移性脳腫瘍に対して、サイバーナイフを単独で治療に用いた場合、再発防止出来るかどうか不明なところもあり、今後の進展が期待されます。

文献1
Carlos Alfonso Romero-Gameros, et al. Efficiency and Safety of CyberKnife Robotic Radiosurgery in the Multimodal Management of Patients with Acromegaly Cancers (Basel). 2023; 15(5): 1438.