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2023/8/31

ウィズ・コロナ時代における新規オミクロン変異株EG.5の流行

文責:橋本 款
図1.

本年5月5日、世界保健機関(WHO)がCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)に関する国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態の終了を宣言してから3ヶ月半経過しましたが、今も、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)オミクロン株の流行は、世界的に続いています。例えば、最近、XBFやXBB.1.5の流行に関して取り上げましたが(新たなオミクロン派生型:XBB.1.5は、世界的脅威になるか?〈2023/1/23掲載〉新型コロナウイルス感染症の5類移行;オミクロン株と共存の時代へ〈2023/6/27掲載〉)、これらの変異株に代わって、つい最近では、EG.5やそのバリアントが台頭してきました(図1)。国内でも、本年5月8日、COVID-19は感染症法上の2類相当からインフルエンザと同じ5類に変更されましたが、新たなオミクロン変異株の流行と5類移行に伴う自粛の低下により、新規感染者数は増加傾向にあり、現在、第9波が進行中であると考えられています。このように、COVID-19の先行きは不透明であり、今後の成り行きを注視する必要があります。EG.5に関連したオリジナル論文が掲載されるまで、しばらく時間がかかると予想されますので、今回は、現状を理解することを目的に、BMJ(British Medical Journal)のニュース論文(文献1)を要約して説明致します。


文献1.
Owen Dyer, Covid-19: Infections climb globally as EG.5 variant gains ground BMJ 2023;382:1900


【EG.5】

EG.5・EG.5.1はオミクロンの派生株XBBの中のXBB.1.9.2からさらに枝分かれした株である(図1)。XBBは、以前に2種類のオミクロン株(BJ.1とBM.1.1.1)がスパイクタンパク質の受容体結合部位で遺伝子組換えすることによって生み出された(図1)。EG.5は2023年2月17日に初めてインドネシアで報告され、ギリシア神話の不和と争いの女神にちなんで「エリス」と呼称されるようになった。日本、ニュージーランド、韓国、イギリス、アメリカなどにおけるCOVID-19による最近の入院患者数の緩やかな増加はEG.5株によるものと思われる。EG.5系統は51ヶ国で報告され、そのバリアントのEG.5.1は、2022年後半に現れたXBB.1.5「呼称:クラーケン」、2023年初期に現れて世界中でもっとも一般的になったXBB.1.16「呼称:アークトウルス」に取って代わろうとしている。

EG.5株に特に特徴的なのが、その成長優位性である。WHOによると、7月23日の週においては、世界中で塩基配列を決定したケースのうち17.4%がEG.5系統であり、4週間前の7.6%に較べて、大きく増加し、そのうち、88%はスパイク蛋白に変異が一つ加わったバリアントのEG.5.1である。中国では、EG.5、及び、そのバリアントは、6月第3週において全コロナウイルスの24.7%で、1ヶ月後には、45%になった。米国の疾病対策予防センターは、米国内では、8月の初めには、全コロナウイルスの17.3%をEG.5系統が占めていたが、恐らく先週中にXBB.1.16を凌駕したであろうと発表した。英国では、英国保健安全保障庁によると、8月の初めには、全コロナウイルスの14.6%をEG.5系統が占めていた。WHOはEG.5株の有病率上昇、成長優位性、及び、免疫回避性から、世界的に患者発生率が上昇し、優勢になる可能性があると発表し、EG.5株の注目度を“監視下の変異株;variant under monitoring*1”から、“注目すべき変異株;variant of interest *1”へと引き上げている。しかしながら、これまでのところ重症化したという報告はなく、EG.5を含むこれらのすべての変異体の公衆衛生上のリスクは低いだろうと考えている。

【フリップ(Flip)遺伝子変異】

EG.5には、親株のXBB.1.9.2と比較して、スパイクタンパク質にL455FやF456L、のアミノ酸変異、いわゆるフリップ変異*2が追加されている。これらの変異により、ウイルスは細胞の受容体に結合しやすくなり、免疫系による抗体の産生を減少させることができるかも知れないと専門家は警告している。フリップ変異は、これまでモノクローナル抗体を広汎に使って来た結果、何ヶ月か前に生じたものであろうと考えられている。さらに、EG.5系統の中で、EG.5.1はさらにスパイク変異Q52Hを持っている。Q52Hの役割は明らかでないが、すでに祖先の数を凌駕していることから推測して、ウィルスの増殖促進に関わっていると思われる。

WHOのリスク評価によると、EG.5系統は、フリップ変異をもつウイルスの49.1%くらいであろうと予想されているが、今や、20種類以上のXBBやその他の系統のウイルスがフリップ変異を持ち、研究室の中では、EG5.1よりも細胞への結合能力、免疫系に対する回避力が優れていることがわかっている。これらのXBB+L455F+F456Lサブバリアントは少数であるが、上昇傾向にある。何週か先には、EG.5.1よりも大きな問題になるであろうとカリフォルニア・スクリプス研究所のEric Topol博士は述べている。

【治療】

EG.5は、もともとXBB系統の一亜型なので、基本的な性質はXBB株と似通ったものになると思われる。その意味で、数週間後に出来上がるXBB.1.5に対するワクチン(モデルナ、ノババックス、ファイザー各社)は、EG.5の祖先であるXBB.1.9.2がXBB.1.5に似ていることから、現時点で、これらのワクチンはEG.5に有効であることが予想される。また、すでに使われている抗ウイルス薬のnirmatrelvir/ritonavir*3もEG.5の治療に効果的であろうとCDCのディレクターであるMandy Cohen氏は言う。

用語の解説

*1.監視下の変異株(Variants under Monitoring : VUM)
変異株の分類については WHOは「懸念される変異株(VOC)」と「注目すべき変異株(VOI)」に分類してきたが、2021年9月より新たに、「監視下の変異株」の分類を設け、ウイルスの特性に影響を与えると思われる遺伝子変異を持つものの、表現型や疫学的な影響の証拠は現時点では不明である変異株を分類している。
*2.フリップ変異 (FLip mutations)
スパイク蛋白上にある455番目のアミノ酸(ロイシン)の変異(L455F)と456番目のアミノ酸(フェニルアラニン)の変異(F456L)から、フリップ変異というニックネームがついている。
*3.抗ウイルス薬のnirmatrelvir/ritonavir
リトナビル(ritonavir)は、抗レトロウイルス効果を持つプロテアーゼ阻害薬の一つであり、ヒト免疫不全ウイルスやC型肝炎ウイルス感染症の治療に使用される医薬品である。ニルマトレルビル(nirmatrelvir)は、ファイザー社が開発した抗ウイルス剤で、経口活性のある3C様プロテアーゼ阻害剤として作用する。ニルマトレルビルはリトナビルとの合剤(カクテル療法)がCOVID-19の治療薬として、医薬品第3相試験が行われ、良好な結果を得た。

今回の論文のポイント

  • オミクロン変異株である「EG.5」やそのバリアントは、これまでのオミクロン株に較べてさらに、成長優位性や免疫回避能が強まっているので要注意です。
  • 現時点で、これまで使われてきたワクチンや抗ウイルス薬が治療に有効であると考えられており、当座は大丈夫であると思われますが、今後、ワクチンや抗ウイルス薬を使い続けることにより、より強い変異株が進化して、出現する可能性が懸念されます。
  • 実際、EG.5やXBBバリアントのフリップ変異は、抗体を使い過ぎたことが原因かも知れないと言われています。これまで、深く考えずに、ワクチン・抗ウイルス薬を製造し、乱用してきたツケを払わせられるときがやって来るのかも知れません。

文献1
Owen Dyer, Covid-19: Infections climb globally as EG.5 variant gains ground BMJ 2023;382:1900