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2023/9/5

青年期・高齢期の運動習慣はサルコペニアを予防し、健康寿命を延ばす!

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 本研究は、青年期、及び、高齢期の両方の時期に運動習慣を持つことはサルコペニア(sarcopenia)*1に対し、予防的に働くことを示しました。
  • これまで、サルコペニア以外の多くの高齢疾患においても運動の効用が言われてきたことから、青年期・高齢期の両時期の運動習慣が、各疾患に対して予防的に働くと期待されます。
  • 青年期・高齢期の両時期の予防効果という概念は他の高齢疾患に対する予防治療にも当てはまるかも知れません。例えば、認知症においては、高学歴(青年期)は、認知症に対して保護的に働きますが、このような症例では、高齢期における脳トレの認知症予防効果が大きいと予想されます。
  • 青年期・高齢期のいずれにおいても、心身ともに鍛えることが重要ということでしょうか。
図1.

高齢期になると、骨粗鬆症、認知症、肥満、糖尿病、心血管疾患など種々の疾患に罹患しやすくなりますが、サルコペニアも頻度の高い高齢疾患の一つです。サルコペニアは、加齢による骨格筋量の低下と定義され、筋力または身体能力の低下のいずれかが当てはまればサルコペニアと診断されます。以前の報告では、75〜79歳では男女ともに約2割、80歳以上では男性の約3割、女性の約半数がサルコペニアに該当し、サルコペニアになると死亡、要介護化のリスクがいずれも約2倍高まることが述べられました(Kitamura A et al. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2020)。したがって、健康寿命の延伸のためには、サルコペニアの予防、及び、改善を図ることが有効であると考えられます。

最近、運動が、骨格筋機能を維持・改善し、サルコペニアの予防治療に効果的であることが言われるようになりました。しかしながら、生涯のいずれの時期の運動実施が、高齢期の骨格筋機能の維持、すなわちサルコペニアを予防するためにより有効であるかは十分に解明されていませんでした。この問題に関連して、興味深いことに、順天堂大学院医学研究科スポートロジーセンター*2の田端博士らにより、中学・高校生期と高齢期の両方の時期に運動習慣がある高齢者は、それぞれの時期単独に運動習慣がある高齢者に比べて、サルコペニアや筋機能低下のリスクが有意に低いことが明らかになりましたので(図1)、今回は、この論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Hiroki Tabata et al, Effects of exercise habits in adolescence and older age on sarcopenia risk in older adults: the Bunkyo Health Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle. 22023;14:1299-1311


【背景・目的】

青年期と高齢期の身体活動は、それぞれ、若年期の筋機能を高め、高齢期の筋機能低下を防ぐため、両期間の運動習慣がある高齢者はサルコペニアのリスクが低いと予想される。この仮説を証明するため、この論文は、文京区在住の日本人高齢者において、青年期、及び、高齢期の運動習慣の有無とサルコペニア発症との関係を調査することを目的とした。

【方法】

  • 本研究は、文京区健康調査に登録された、骨格筋指数、握力、歩行速度の測定を含む健康診断が完了した1,607人の地域在住者(65-84歳、中央値73歳、男性679人、女性928人)を対象としたコホート研究:「文京ヘルススタディー」である。
  • 青年期と高齢期の運動習慣によって、どちらの時期も運動しない(NN: non-non)、青年期のみ運動する(AN: active-non active)、高齢期のみ運動する(NA: non active-active)、両方の時期で運動する(AA: active-active)の4群に分けた(図1)。
  • 多変量調整ロジスティック回帰モデル*3を用いて、NN群と比較して、低筋肉量及び低筋力パフォーマンスと定義されるサルコペニアの有病率について、各群のオッズ比(OR)及び関連する95%信頼区間(CI)を算出した。筋力低下とは、筋力低下及び/または歩行速度低下と定義した。

【結果】

  • サルコペニアの有病率は男性6.6%(45/679人)、女性1.7%(16/928人)、低筋肉量の有病率は男性14.3%(97/679人)、女性5.2%(48/928人)、低筋力パフォーマンスの有病率は男性25.6%(174/679人)、女性19.6%(182/928人)であった。
  • 男性では、サルコペニア、低筋量、低筋力パフォーマンスのOR(95%CI)はAA群で有意に低かった(サルコペニア:0.29 [0.09-0.95], P = 0.041; 低筋量:0.21 [0.09-0.52], P = 0.001; 及び低筋力パフォーマンス:0.52 [0.28-0.97], P = 0.038)
  • 女性では、低筋力パフォーマンスのOR(95%CI)は、AA群で他の群より有意に低かった(0.48 [0.27-0.84], P = 0.010)が、サルコペニアと低筋力量のORに関してはいずれも有意差が認められなかった。

【結論】

青年期と高齢期の両方で運動習慣のある高齢男性は、サルコペニア、低筋肉量、低筋力パフォーマンスのリスクが低く、一方、両方の時期に運動習慣のある高齢女性は、低筋力パフォーマンスのリスクが低いことが示された。

用語の解説

*1.サルコペニア
サルコペニアとは、筋肉量の減少に伴って筋力や身体機能が低下している状態を指す言葉で、ギリシャ語の“サルコ(sarco)=筋肉)”と“ぺニア(penia)=喪失”を合わせた造語である。骨格筋量、握力、歩行速度の3つをもとに、骨格筋量と身体機能が一定以上低下している場合にサルコペニアと診断される。フレイルは身体機能、精神・心理的な機能低下、社会問題的な部分も含む概念として使われるが、サルコペニアは身体的機能に特化しており、ロコモティブシンドロームは更に深く、筋力的な側面に注目した言葉である。
*2.スポートロジーセンター
順天堂大学から生まれた新しい学問領域「スポートロジー」。単なる"スポーツ医科学"ではなく、スポーツや身体活動をキーワードとして関連するさまざまな専門分野の深化と統合を目指す新たな学問領域である。2007年に設立されたスポートロジーセンターでは、スポーツと疾病や健康の関わりについて、さまざまな角度からエビデンス構築が進んでいる。
*3.多変量調整ロジスティック回帰モデル
ロジスティック回帰分析とは特定の事象が起きる確率を予測することである。いくつかのデータをもとにして結果を導き出す。ロジスティック回帰分析では質的変数を予測できるのが特徴である。質的変数には試験の合格・不合格や好きな色などがある。詳細は成書をご覧下さい。

文献1
Hiroki Tabata et al, Effects of exercise habits in adolescence and older age on sarcopenia risk in older adults: the Bunkyo Health Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle. 22023;14:1299-1311