またしても、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)オミクロン株の新たな変異株が登場しました!今から2週間程前に、XBFやXBB.1.5の変異株に代わって、同じXBB系統のEG.5(通称:エリス)やそのバリアントが優勢になってきたとお伝えしたばかりですが、(「ウィズ・コロナ時代における新規オミクロン変異株EG.5の流行〈2023/8/31掲載〉)、つい最近では、BA.2系統の新しい変異株BA.2.86が出現し、研究者の間で注目されています(図1)。興味深いことにBA.2.86はスパイクタンパク質*1の変異がBA.2から、実に34カ所も増えており、これらの変異数は、最初のオミクロン株をSARS-CoV-2のオリジナル(起源)株と比べた場合の変異数に匹敵するほどの多さということです。これまで確認された感染者に限れば、BA.2.86に感染しても重症化しにくいようですが、ウイルスにこれだけ多くの変異が入ると、伝播力、感染力、病原性など、ウイルスの性質が大きく変わる、特に、免疫回避性がさらに高まっていると予想されます。このようにして、患者数の増加により、医療の逼迫に繋がる可能性もあり、BA.2.86は世界保健機関(WHO)の監視下に置かれました*3。BA.2.86に関連したオリジナル論文が掲載されるようになるまで、しばらく時間を要すると思われますので、今回は、現状を理解することを目的に、Natureのニュース論文(文献1)を紹介致します。
文献1.
Why a highly mutated coronavirus variant has scientists on alert Ewen Callaway
Ewen Callaway,Nature 620, 934 (2023)
先週、数ヶ所の研究室でその変異株は同定され、BA.2.86と命名された。稀に見えたが、循環している他の変異株とは大きく異なり、SARS-CoV-2に対する身体の免疫の鍵になる(ワクチンの標的になる)スパイクタンパクにたくさんの変異を持っていた。多くの科学者にとってBA.2.86の出現は、2021年後期に南アフリカに現れて瞬く間に世界中に蔓延したオミクロン変異株を思い出させる。「少しばかり、デジャブを見ているようだ」とミシガン大学のウイルス学者で感染症内科医でもあるAdam Lauring博士は言う。新型ウイルス感染症(COVID-19)の波が何回も押し寄せ、ブースターワクチンを何度も用いた結果、SARS-CoV-2に対する平均的な世界中の免疫力はそれまでに比べて高くなったこともあり、ほとんどの科学者はBA.2.86がオミクロンと同じようになるとは思っていない。
8月21日の時点で、デンマークに3例、イギリス、イスラエル、アメリカにそれぞれ1例が確認され、WHOは監視対象ウイルスのリストにBA.2.86として加えて警戒している(図1; 9月7日の時点では世界で42件)。これから、間違いなく増え続けるだろうとLauring博士は言う。BA. 2.86はオミクロンの亜種であるBA.2から生じたものであるが、BA.2.86のスパイクタンパクはBA.2.のそれに比べて、34個の変異がある。スパイクタンパクの大きな数の変異はSARS-CoV-2に長期間感染している人に見られることから、BA.2.86はそのような慢性的な感染者から生じたのかも知れないとフレッドハッチンソン癌センターのウイルス進化学者のJesse Bloom博士は言う。
オミクロンが現れてから以降のSARS-CoV-2の進化はかなり予期できる過程を辿って来た。すなわち、循環中のオミクロンの中で、2~3の鍵になる変異を得たものが成功したバリアントとして現れた。対照的に、BA.2.86は、広く循環しているバリアントとは、全く違うものであり、このような現れ方は、オミクロンやパンデミック初期のバリアントであるアルファやデルタを思い起こさせる。
BA.2.86の変異の多くはスパイクタンパク質領域にあり、この部分は、身体よりのブロックや中和抗体の標的になるので、以前の感染やブースター接種により作られた中和抗体からすり抜けるチャンスが高まるのだろうと先週、BA.2.86の予備的な解析をオンライン投稿したばかりのBloom博士は言う。科学者の興味をくすぐるBA.2.86のもう一つの特徴は、地理的な分布である。デンマークの3例を含め、6例のいずれもリンクしていないようである。このことは、バリアントがすでに広く分散して存在する可能性を示唆しているのかも知れないとBloom博士は考える。英国保健安全保障庁によれば、英国の感染者には渡航歴が無いことから、国内のコミュニティーの中である程度、伝染していると思われる。
現在、世界中の研究室で患者のサンプルや廃水を調べてBA.2.86がどのくらい広がっているかの感覚を得ようとしている。「我々は、どの程度これらがリンク?するのか理解したいと考えている。」とLauring博士は言う。もし、新しく確認された一滴が洪水になったら、現在、循環しているEG.5のような一般的なバリアントと競合して世界的な感染を引き起こすポテンシャルがある。
デンマークや英国のウイルス研究者は患者のサンプルからBA.2.86を分離しようと試みている。そのような研究と偽ウイルス*4を用いて作製した安全なSARS-CoV-2モデルを使った研究結果により、以前の感染やワクチンにより誘導された中和抗体を回避するBA.2.86バリアントの能力を厳密に測定することが可能になるかも知れない。Bloom博士が言うことには、「最近、XBB.1.5の感染によって誘導された中和抗体をBA.2.86がどの程度、回避するかを探ることに興味を持っている。なぜなら、最近のブースターワクチンはXBB.1.5のスパイク配列に基づいて作られたからであり、もし、BA.2.86が広汎にあることがわかれば、ワクチンを最新のものにすることを考えるでしょう。」
「このこと(BA.2.86)に驚かされる必要はないと思います」とBloom博士は言う。恐らく、BA.2.86バリアントに関するシナリオは消えて無くなり、1ヶ月も経てば、私のような人間以外にはそんなものがあったと言うことを覚えていないでしょう。」「仮にBA.2.86が広汎にあることがわかったとしても、そしてそれらが、中和抗体をかわすことに長けていたとしても、他の免疫機構が働いて殆どの人が重篤な状態に陥るのを守ってくれるでしょう。」とBloom博士は付け加えた。他の研究者も、免疫機構が広汎に働けば、現在、循環しているオミクロンに比べてはるかに重篤になる可能性は少ないだろうと考えている。