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2023/10/26

コロナとインフルエンザの両方に効果的なワクチンの開発

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)とインフルエンザウイルスに同時に感染すると単独の感染の場合に比べて、より重症化する可能性がある。したがって、両方のウイルスを一回のワクチン接種で同時に予防することが理想的である。
  • 本研究は、SARS-CoV-2スパイクタンパク質を不活化インフルエンザウイルスに接合*1することにより(図1)、SARS-CoV-2に対するブースターとインフルエンザ予防のダブル効果を持つワクチンの開発の可能性を検討した。
  • その結果、このワクチンはSARS-CoV-2に対する免疫を誘導し、かつインフルエンザワクチンとしても機能することを示し、ダブルヒットワクチンの候補になると思われた。
図1.

SARS-CoV-2オミクロン株との共存を余儀なくされるポストコロナの時代においては、SARS-CoV-2に対するブ―スター接種とこれまで同様に季節性インフルエンザウイルスの感染予防のためのワクチン接種の両方が必要になります。先週、お伝えしましたように、両ウイルスに対するワクチンの同時接種に関しては、その有効性・安全性に問題は無いと考えられます(コロナワクチンとインフルエンザワクチンの同時接種〈2023/10/19掲載〉)。当然、2つのワクチンをほぼ同時に別々に接種するよりも、1つにまとめたものを1回の接種で済ませることが患者さんや医療関係者の負担軽減になり、インフルエンザとコロナ両方のワクチンの接種率の引き上げにつながりますから、両方のウイルスをまとめた1回のワクチン接種に向けて多くの製薬会社による競争が展開されています。例えば、モデルナ社は、死滅化インフルエンザワクチンと同社が開発するSARS-CoV-2に対するmRNAワクチンとの混合ワクチンの初期・中期臨床試験で安全性と効果を確認し、年内にも最終段階の治験を始め2025年の承認取得を目指しています。しかしながら、先々週、お伝えしましたようにSARS-CoV-2に対するmRNAワクチンはIgG4関連疾患を誘発するなど(IgG4関連疾患の危険因子としてのCOVID-19 mRNAワクチン〈2023/10/12掲載〉)今後も予期しないデメリットが出てくる可能性を考慮すると、現時点で治療戦略は多いに越したことはありません。この様な考え方に一致して、最近、米ノースカロライナ州立大学のZhenzhen Wan博士らは、SARS-CoV-2スパイクタンパク質を不活化インフルエンザウイルスに接合することにより(図1)、SARS-CoV-2に対するブースターとインフルエンザ予防のダブル効果を持つワクチンの開発の可能性をScience Advances誌に報告しましたので、今回はその論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
A SARS-CoV-2 and influenza double hit vaccine based on RBD-conjugated inactivated influenza A virus
Zhenzhen Wang et al.,Science Advances, 23 Jun 2023, Vol 9, Issue 25


【背景・目的】

SARS-CoV-2とインフルエンザウイルスに同時期に感染すると、単独の感染の場合に比べて重篤になり、致死率が高くなるのではないか懸念される。したがって、ワクチン接種による両方のウイルスの予防は重要であると思われる。この様な背景で、本研究は、SARS-CoV-2ブースターとインフルエンザ予防のダブル効果を持つワクチンの開発を目的にした。

【方法】

SARS-CoV-2スパイクタンパク質の受容体結合ドメインを不活化インフルエンザウイルスに接合することにより、SARS-CoV-2 様の不活化インフルエンザウイルスを作成し、これをハムスターに接種することにより、SARS-CoV-2のブースターとインフルエンザ予防のダブル効果を持つワクチン(Flu-RBD)の可能性を解析した(図1)。

【結果】

  • この様にして得られたダブルヒットワクチンは、SARS-CoV-2に対する免疫力を高めるだけでなく、インフルエンザワクチンとしての機能も保持していた。
  • インフルエンザの中心部分の滞留は改善され、ダブルヒットワクチンは、排水のためリンパ管に分布し、免疫原生は高まっていた。
  • ハムスターに生きたSARS-CoV-2を感染させたコロナのモデルにおいては、ダブルヒットワクチンの2回の接種でSARS-CoV-2の感染を効率的に防御した。
  • さらに、ダブルヒットワクチンは、マウスの系でSARS-CoV-2デルタシュードウイルス*2、及び、不活化したインフルエンザA型H1N1*3に対し、強力な中和活性を誘発した。

【結論】

本研究結果より、ダブルヒットワクチンは、SARS-CoV-2、及び、インフルエンザウイルスワクチンの同時接種に使用するダブルヒットワクチンを作成するために有用である。

用語の解説

*1.SARS-CoV-2スパイクタンパク質の受容体結合ドメインを不活化インフルエンザウイルスに接合
不活化インフルエンザウイルスのエンベロープにジベンゾシクロオクチン-PEG4-N-ヒドロキシスクシンイミジルエステル(DBCO-PEG-NHS)を添加・発現させ、さらに(RED-PEG-AZO: REDはスパイク蛋白の受容体結合ドメイン、AZOはアゾ基-N=N-)を添加することにより、エンベロープ外にスパイク蛋白を持ったSARS-CoV-2様の不活化インフルエンザウイルスを作成する(図1)。
*2.シュードウイルス
遺伝子工学技術を用いてエンベロープ遺伝子を欠損させても、通常の形態を保持したウイルス粒子が大量に産生される。シュードウイルスを利用するメリットとして、技術的にも法的にも取り扱いが困難なバイオセーフティレベル(BSL)-3やBSL-4に属するウイルスをBSL-2レベルで解析できることや、さまざまな要因により培養細胞などで増やせないウイルスの細胞侵入に関わる研究ができることがあげられる。また、ウイルスゲノムにリポーター遺伝子が挿入されていると、このリポーター遺伝子の発現や活性を指標として感染効率を定量的に評価できる。
*3.インフルエンザA型H1N1
インフルエンザウイルスにはA型、B型、C型の3種類があり、日本で冬にはやるのは主にA型のインフルエンザである。A型インフルエンザも細かく分類され、この中で人間がかかるとわかっているものは、H1N1 (ソ連かぜや2009型)、H2N2 (アジアかぜ)、H3N2 (香港かぜ)の3種類がある。現在流行しているのはH1N1 (2009)やH3N2香港かぜである。またB型も流行することがある。

文献1
A SARS-CoV-2 and influenza double hit vaccine based on RBD-conjugated inactivated influenza A virus
Zhenzhen Wang et al.,Science Advances, 23 Jun 2023, Vol 9, Issue 25