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2023/11/2

世界中で最もアルツハイマー病に罹患しにくいのはアマゾン先住民族?

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 興味深いことに、南米ボリビアのアマゾン支流に暮らす二つの先住民族;チマネ(Tsimane)族とモセテン(Moseten)族*1は、軽度認知障害(MCI)やアルツハイマー病(AD)の有病率が世界中で最も低いことがわかった。
  • これらの先住民族におけるAD病態の理解を深めることで、ADを予防する手段に関する新たな洞察が得られることが期待される。
図1.

ADは多くの要因により引き起こされますが、最も基本的なものは加齢であり、国ごとの人口当たりの認知症患者数は、高齢化の進展度と相関しています。2017年のOECD(経済協力開発機構)*2の報告によると、超高齢化社会*3である日本のADの有病率(病気を持っている人の割合)は、先進国35ヵ国中2.33%で最も高い数値を示しており、人口1,000人当たりのAD患者数はOECD平均で14.7人に対して、日本はOECD諸国で最多の23.3人です(図1)。2037年にはOECD平均で17.3人、日本は38.4人に増えると予測されており、出来るだけ早く、病態の理解に基づいた根治療法を確立する必要があります。対照的に、ADの有病率が世界で最も低い集団は、南米ボリビアのアマゾン支流に暮らす二つの先住民族ではないかとする研究結果が報告されています(図1)。米南カリフォルニア大学のMargaret Gatz博士らは、採集狩猟生活を主体とする南米ボリビアのアマゾンに住むチマネ族、及び、モテセン族の研究で、これらの民族のADに関するコホート研究を行い、その結果、認知症と判定されたのは、チマネ族では435人中5人〔粗有病率1.2%(95%信頼区間0.4~2.7)〕、モセテン族では169人中1人〔同0.6%(0.0~3.2)〕でした。チマネ族の平均寿命は70歳と言われており、他の多くの先進国より低いので、これらの差が、平均寿命の差によるものなのか、生活習慣など他の原因に由来するのか検討する事により、ADを予防する手段に関する新たな洞察が得られるかもしれません。今回は、Alzheimer's & Dementia誌に掲載されています論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Prevalence of dementia and mild cognitive impairment in indigenous Bolivian forager-horticulturalists
Margaret Gatz et al., Alzheimers Dement 2023 Jan;19(1):44-55.


【背景・目的】

チマネ族とモセテン族は、今も自給自足で暮らしているアマゾン流域の先住民族であり、これらの先住民族を研究することにより、疾患の進化的な視点から新たな洞察が得られるかも知れない。この論文においては、現代の老年病の主要な疾患の一つであるADの進化的な理解を深めることを目的として、これらの民族におけるADとMCIの有病率を検討した。

【方法】

これらの先住民族のうち60歳以上の高齢者(n=623)に対して、トレーニングを受けたボリビアの医師と通訳らのチームが、ミニメンタルステート検査(MMSE)*4や文化に関するインタビューなどによって認知機能を評価した。また、頭部CT (computed tomography)を用いた画像検査も行った。

【結果】

  • その結果、認知症と判定されたのは、チマネ族では435人中5人〔粗有病率1.2%(95%信頼区間0.4~2.7)〕、モセテン族では169人中1人〔同0.6%(0.0~3.2)〕であり、全て80歳以上だった。
  • また、年齢標準化MCI有病率*5は、チマネ族7.7%(95%信頼区間5.2~10.3)、モセテン族9.8%(同4.9~14.6)だった。MCIからADへの進行が遅いことが推定される。
  • 認知障害が確認された症例では、視空間障害、パーキンソン症候群、大脳基底核における広範囲の動脈石灰化所見が確認された。これまで発見されていない、アルツハイマー病とは異なる認知症のタイプであり、チマネ族とモセテン族で蔓延している感染性疾患によるものかも知れない。

【結論】

今回の研究は、先住民族(チマネ族、モセテン族)の認知症有病率の低さを示す結果となった。この結果は, 先住民族を研究することを通じて、ADという疾患の理解が深まり、ADを予防する手段に関する新たな洞察が得られる可能性がある。

用語の解説

*1.チマネ(Tsimane)族とモセテン(Moseten)族
先住民族のチマネ族は約1万7,000人存在し、狩猟・採取や農作主体の生活で、生涯を通して身体活動が活発な暮らしを営んでいる。モセテン族は約3,000人存在し、チマネ族よりも非先住民が暮らす街の近くに居住する。水道設備や医療サービスを利用可能な環境で生活し、学校もあって識字率が高い。
*2.OECD(経済協力開発機構)
OECDとはOrgansation for Economic Co-operation and Developmentの略で、経済協力開発機構のことです。世界中の経済、社会福祉の向上を促進するための活動を行う国際機関で、1961年に設立された。その前身は1948年に欧州16ヵ国で発足したOEEC(欧州経済協力機構)である。本部はパリにあり、欧州を中心に、日米など先進38ヵ国が加盟している。世界の経済的、社会的、環境的な課題を共有し、その解決策を探るため、先進国間の情報交換、対話の場となっており、主に経済成長、貿易自由化の拡大、途上国支援に貢献すべく、各国政府とともに取り組んでいる。
*3.超高齢化社会
高齢社会が進行し、65歳以上の高齢者の割合が「人口の21%」を超えた社会を「超高齢社会」と呼ぶ。人口の21%とは、高齢化社会の基準である高齢者割合7%を3倍にした数字となる。日本では、2010年には高齢化率23%を超え、超高齢社会を迎えた。
*4.ミニメンタルステート検査(MMSE)
MMSE(Mini Mental State Examination:ミニメンタルステート検査)は認知機能の点数化により客観的に認知機能レベルを把握する検査である。認知能力の診断には、問診や診察での病歴・症状の確認、神経心理検査で認知機能を評価する方法、血液検査や画像検査で認知機能を低下させる原因を検査する方法(鑑別診断)などがある。MMSEは神経心理検査にあたり、世界中で用いられている。最終的にはMMSEの結果だけでなく、問診・診察や鑑別診断も行ったうえで総合的に判断し、認知機能がどれぐらい低下しているかを診断する。MMSEの特徴は10〜15分程度と短時間で実施でき、特別な機材を必要としない。MMSEの評価用紙や筆記用具、時計または鍵、白紙の4点を用意すれば実施できる。
*5.年齢標準化MCI有病率
認知症の主な前駆症状として記憶力の低下がみられることから、2004年にWinblad B らによって、軽度認知障害の定義が以下のように提唱された。
  • 1. 認知症または正常のいずれでもない。
  • 2. 客観的な認知障害があり、同時に客観的な認知機能の経時的低下、または、主観的な低下の自己報告あるいは情報提供者による報告がある。
  • 3. 日常生活能力は維持されており、かつ、複雑な手段的機能は正常か、障害があっても最小である。
MCIは、健常でも認知症でもない中間の状態で、認知症へと移行する可能性のある記憶障害の低下、認知障害がわずかにみられるが、日常生活に影響するほどではない状態と言える。我が国では、厚生労働省によると、2012年の日本の65歳以上の高齢者における認知症有病率推定値は約15%で、認知症有病者数は約462万人、MCIの方の有病率は13%で、約400万人と推計されている。

文献1
Prevalence of dementia and mild cognitive impairment in indigenous Bolivian forager-horticulturalists
Margaret Gatz et al., Alzheimers Dement 2023 Jan;19(1):44-55.