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2023/11/6

アポリポ蛋白質ε4は、アマゾン先住民族における繁殖力と関係する

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • チマネ(Tsimane)族*1は、今も自給自足で暮らしている南米ボリビアのアマゾン流域の先住民族であり、軽度認知障害(MCI)やアルツハイマー病(AD)の有病率が世界中で最も低いことが知られている。したがって、チマネ族を研究することにより、ADの進化的な視点から新たな洞察が得られるかも知れない。
  • APOE-ε4の遺伝子型は、APOE-ε2や-ε3に比べて、女性の高い生殖能力(妊娠率を上昇させる)と相関していることを示す研究結果が得られた。
  • 拮抗的多面発現仮説*2に基づけば、生殖期のAPOE-ε4遺伝子の進化的に有利な効果が、老年期にはADとして現れるため、ADは自然選択によって排除され無かったと考えられる。
図1.

アポリポ蛋白質 E(Apolipoprotein E)の遺伝子型アポリポ蛋白質ε4(APOE-ε4)は孤発性アルツハイマー型認知症や心血管疾患リスクを増加させることがよく知られていますが、この様な悪影響作用を持つ変異が進化の過程で、何故、自然淘汰*3されなかったのか明らかでありません。一つの可能性は、他の対立遺伝子APOE-ε2, -3に比べて、APOE-ε4は、生殖期には個体の生存に対して有利に働くが、antagonistic pleiotropy(拮抗的多面発現)のために老年期になると不利な形質になったのかも知れません(図1)。これに一致して、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のBenjamin C. Trumble博士らは、採集狩猟生活を主体とする南米ボリビアのアマゾン先住民族であるチマネ族コミュニティの研究で、APOE-ε4の遺伝子型は女性の高い生殖能力(妊娠率を上昇させる)と相関していることを示す研究結果を得ました。拮抗的多面発現仮説に基づけば、生殖期のこの遺伝子の進化的に有利な効果は、老年期には病気の発症として現れるため、自然選択によって排除され無いと考えられました(図1)。このように、我々の祖先に生活様式が近い先住民族を研究の対象にしてAPOE-ε4を進化的な見地から理解することは、新しい疾患予防の可能性を追求する上で重要だと思われます。最近、その論文がScience Advances誌に掲載されました(文献1)ので紹介致します。


文献1.
Apolipoprotein-ε4 is associated with higher fecundity in a natural fertility population,
Benjamin C. Trumble et al., Science Advances 9 Aug 2023, Vol 9, Issue 32


【背景・目的】

多くの人口においてAPOE-ε4の遺伝子型は認知症や心血管障害などいくつかの慢性的な高齢疾患の危険性を増すが、更年期のこの様な有害な影響にも関わらず、APOE-ε4は高頻度に保たれている。

【方法】

我々は、自然生殖能力*4を特徴とする採集狩猟民族であるチマネ族において、生殖能力とその近接決定因子(初産年齢、出産間隔)に対するAPOE-ε4の効果を評価した。

【結果】

  • 13〜90歳の女性795人中20%がAPOE-ε4のキャリアーであった。APOE-ε4遺伝子を少なくとも一つを持つ女性は、APOE-ε3ホモ接合体の女性に比べて子供の数が0.3~0.5人多かった。APOE-ε4ホモ接合体の女性は、APOE-ε3ホモ接合体の女性に比べて1.4~2.1人多く出産していた。
  • APOE-ε4のキャリアーは、初産年齢が0.8年早く、出産間隔は0.23年短かった。

【結論】

本研究の結果より、人類の進化の歴史を通して、座りがちな都市環境に残った有害な対立遺伝子を評価するためには、先祖に生活様式の近いチマネ族のような先住民族との比較研究が有要である。

用語の解説

*1.チマネ(Tsimane)族
先週、述べましたように(世界中で最もアルツハイマー病に罹患しにくいのはアマゾン先住民族?〈2023/11/2掲載〉)先住民族のチマネ族は約1万7,000人存在し、ボリビアのアマゾン支流のジャングルに住む。狩猟・採取や農作主体の生活で、生涯を通して身体活動が活発な暮らしを営んでいる。過去の研究では、血管年齢が世界一健康であると言われており、70代になっても心疾患リスクが異常に低いことが知られていた。なお、チマネ族とよく対比されるモセテン(Moseten)族は約3,000人存在し、チマネ族よりも非先住民が暮らす街の近くに居住。水道設備や医療サービスを利用可能な環境で生活し、学校もあって識字率が高い。
*2.Antagonistic pleiotropy(拮抗的多面発現)
George Williamsが1957年に提唱したとされている老化の説(Williams, Evolution 1957)で、若いうちに適応度の増大をもたらす遺伝子が,のちに老化を促進する機能を示すために,老化は進化の過程で淘汰されないという考え方である。
*3.自然淘汰
時の経過とともに、自然界で、環境や生態条件に適した強者が生き残り、適合できなかった弱者は自然に衰退し、死に絶えるという説。また、劣悪なものが滅び、優良なものが自然に生き残ること。
*4.自然生殖能力
自然生殖能力とは、避妊なしで存在する生殖能力である。コントロールは親から生まれる子の数であり、子の最大数に達すると変更される。社会が近代化するにつれて、自然生殖能力は減少する傾向にあり、近代以前の社会の女性は通常、50 歳までに多くの子供を産むが、ポストモダン社会の女性は通常、同じ年齢までに子供を産む数が少なくなる。しかし、近代化の過程で、家族計画が実践される前に自然生殖能力が増加する。歴史上の人々は伝統的に、豊饒のシンボルを表示することで自然豊饒の考えを尊重してきた。

文献1
Apolipoprotein-ε4 is associated with higher fecundity in a natural fertility population,
Benjamin C. Trumble et al., Science Advances 9 Aug 2023, Vol 9, Issue 32