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2023/11/14

卵巣がんの予後予測バイオマーカーとしてのp53の凝集

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • がんにおけるp53の凝集の臨床的意義についての理解を深めるため、漿液性卵巣がんの術後の予後とp53の凝集の関連性を検討した。その結果、p53の凝集の程度が高い程、予後が良いという予備的な研究結果が得られた。
  • 一つのメカニズムとして、p53の凝集が、免疫反応を引き起こし、アポトーシスを引き起こす可能性が考えられた。
  • 本研究結果より、p53の凝集が予後を予測するためのバイオマーカーになる可能性が考えられ、さらなる研究が必要である。
図1.

がんと認知症やパーキンソン病など神経変性疾患は、主として高齢期に発症する2つの異なるカテゴリーの疾患ですが、共通な面も多いことがわかってきました。特に、アミロイド蛋白質の凝集は神経変性疾患の病態において中心的な役割を担い、これまで治療のターゲットにされてきましたが、最近の研究は、がんにおいてもp53を含めたアミロイド蛋白質の凝集が、がん細胞の増殖や転移に関与している可能性を示唆しており(Takamatsu et al., Trends Cancer 2020)、がん治療との関係が注目されています。しかしながら、現時点で十分な検討はなされていません。このような背景で、ウィーン医科大学産婦人科のNicole Heinzl博士らは、漿液性卵巣がん*1の患者さんの摘出サンプルにおいてp53(アミロイド蛋白)の凝集(図1)と術後の予後の関連性を検討した結果、p53の凝集の程度が高い程、予後が良いという観察に基づいて、臨床において、p53の凝集が予後を予測するためのバイオマーカーになる可能性を提唱しました。神経変性疾患の研究領域では、成熟型のアミロイド蛋白質の凝集体の方が未成熟の凝集(オリゴマー・プロトフィブリル*2)に較べて神経毒性が低いことが知られていますが、増殖疾患であるがんにおいても凝集の程度が高い方が、より予後が良いというのはメカニズムの点からも興味深い結果だと思われます。最近、その論文(文献1)がOncogene誌に掲載されましたので紹介致します。


文献1.
Amyloid-like p53 as prognostic biomarker in serous ovarian cancer—a study of the OVCAD consortium,
Nicole Heinzl et al., Oncogene 42, 2473-2484 (2023)


【背景・目的】

p53遺伝子(TP53)*3は、がんの中で最も変異の多い遺伝子であり、その遺伝子産物p53は神経変性疾患の鍵となる蛋白質と同様にアミロイドフィブリルの凝集を形成することが示されてきた。それにもかかわらず、p53の凝集と臨床的意義については明らかで無い。この論文の目的は、漿液性卵巣がんにおけるp53の凝集の臨床的意義を明らかにすることである。

【方法】

著者らが最近、開発したp53の凝集体を蛍光で測定するELISAキット(Henzl et al., Front Oncol 2022)を用いて、漿液性卵巣がん術後の標本のp53の凝集の程度を測定し定量的に評価した。

【結果】

  • ELISAの結果は、81人の患者さんのうち、46人にp53の凝集体が起きていることを示していた。そのうち、84.3%の患者さんでTP53のミスセンス変異が起きていた。
  • p53の凝集の程度が高い例は、無増悪生存期間(PFS; progression-free survival)*4が長くなったた。
  • p53の凝集の程度と生存期間は相関するように見えたが、統計的な有意差には達しなかった。
  • 興味深い事に、p53の凝集は、p53に対する自己抗体の上昇、及び、アポトーシスと有意に相関した。このことは、p53の凝集が、免疫反応を引き起こし、細胞障害効果があることを示唆していた。

【結論】

今後、さらなる検討が必要であるが、本研究ので得られた予備的な結果より、p53の凝集が予後を予測するためのバイオマーカーになり、患者さんの予後の改善に結びつくことが期待される。

用語の解説

*1.漿液性卵巣がん
卵巣は表層上皮、胚細胞、性ホルモンを分泌する細胞とこれらの組織の間にある間質細胞から成っているが、これらのすべての部分から腫瘍が発生するため多くの種類の腫瘍が発生する。一般的には、卵巣から発生する腫瘍には良性のもの、悪性のもの(がん)以外に組織学的には良性に近い所見でありながら悪性腫瘍と似た経過を示す境界悪性腫瘍または低悪性度腫瘍と呼ばれる群が存在しており、卵巣腫瘍の取り扱いを複雑なものになる。表層上皮性のものとしては漿液性腺癌、粘液性線癌、類内膜腺癌、明細胞腺癌が代表的ながんで、多くは50才台に最も多くみられる。胚細胞性のものでは未分化胚細胞腫、卵黄嚢腫瘍、胎児性癌が代表的で、ほとんどが35才までの若い女性にみられる。ホルモンを産生する腫瘍としては顆粒膜細胞腫が代表的で10才代までの若年に発生する型と高齢者に発生するタイプがある。また、卵巣には他の臓器のがんからの転移もしばしば起こり、最も多いのは胃がん・大腸がんなど消化器のがんからの転移でクルーケンベルグ腫瘍と呼ばれる。
*2.オリゴマー・プロトフィブリル
アミロイド蛋白凝集の中間段階であり、アミロイド(Aβ)で最も研究されてきたが、他のアミロイド蛋白質においても本質的に同様である。Aβは20年程度かけて凝集しながら脳内にたまっていく。まずはAβの単量体が2個以上結合した低分子オリゴマーとなり、さらに多くが集まってプロトフィブリルなどの高分子オリゴマー化する。凝集が進むと最後は線維状となり、線維を成分とする老人斑が形成される。こうした経緯で作られた線維状のAβ集合体などが、神経細胞を損傷するとみられてきた。しかし、近年はAβが線維状になる前段階のオリゴマーが、アルツハイマー病発症に大きく影響していると考えられている。
*3.TP53とp53
TP53は、HUGO(Human Genome Organization;ヒト遺伝子解析機構)の命名法でのp53遺伝子の別名である。HUGOの命名法の方は正式に論文にする時には遺伝子名としてそちらを使うことになっているが、p53遺伝子と呼ぶ場合も多い。p53はp53タンパク質の場合も、p53遺伝子の場合も使う言葉である。 一般的にタンパク質としての言葉として使う。元々「53kDaのProtein」というところから名前が来ているとおりの使い方である。
*4.無増悪生存期間(PFS; progression-free survival)
PFSとは、治療中(治療後)にがんが進行せず安定した状態である期間のことである。進行がんの患者さんにとって治療により生存期間を延長することが最も重要であるが、長期間にわたり病態が安定し生活の質を保つことできることも重要である。そのため、この指標は進行がん患者さんに対する治療効果を見るときによく使われる。

文献1
Amyloid-like p53 as prognostic biomarker in serous ovarian cancer—a study of the OVCAD consortium,
Nicole Heinzl et al., Oncogene 42, 2473-2484 (2023)