がんは、突然変異による塩基配列の異常、遺伝子増幅、欠失などによるさまざまな遺伝子異常を特徴とします。また、染色体再編成*4に伴って、遺伝子の数が異常になったり、遺伝子の再編成が起きて融合遺伝子が作られることがあります。これらの現象の生物学的意義は不明ですが、一般には、細胞のがん化やがん細胞の増殖・悪性化や生存の促進などに関係すると考えられています。興味深いことに、最近、がんにおけるSNCBの再編成に関する論文(文献1)が報告されましたので紹介致します。中国江蘇省東州大学小児病院のPeifang Xiao博士らは、急性Tリンパ球性白血病の患者さん(5歳女性)の骨髄から採取した細胞において染色体の転座が起こり、遺伝子配列を調べたところ、ETV6 (12番染色体)の5‘領域とSNCB (5番染色体)の3’領域がイン・フレーム*5で融合しているのを見出しました(図1)。化学療法によりこの融合遺伝子の発現は消失しましたので、この遺伝子はがん治療におけるマーカー、あるいは、新しい標的になる可能性が考えられました。さらに、TCGAデータベースを調べた所、肺の扁平上皮がんにおいて、SNCBが別の遺伝子と融合遺伝子を形成していましたので、SNCBの再編成は一般的な現象なのかも知れません。これらのがん研究で得られた知見が神経変性疾患の病態メカニズムにも適用できれば、さらに意義深いと思われます。
文献1.
Intragenic β-synuclein rearrangements in malignancy, Peifang Xiao et al., Front Oncol 2023; 13: 1167143
シヌクレインファミリーのタンパクはα-, β-, 及び、γ-シヌクレインよりなるが、それぞれが発見された経緯から、α-,β-シヌクレインは、主として、神経変性疾患において、一方、γ-シヌクレインは、がんとの関連で研究されてきた。しかしながら、最近では、α-, β-, γ-シヌクレインの全てのタイプがいずれの疾患にも関与することが明らかになってきた。本プロジェクトにおいては、急性Tリンパ球性白血病の患者さんにおいてSNCBの再編成の解析を研究目的とした。
SNCBの再編成の生物学的意味は不明であるが、α-シヌクレインは14-3-3に結合し、シグナル伝達、特にアポトーシスに影響することが知られていることから、α-とβ-シヌクレインの相同性に基づけば、SNCBの再編成は、アポトーシスを抑制してがん細胞の増殖を促進する可能性がある。