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2023/11/24

がんにおけるβ-シヌクレイン遺伝子の再編成

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 急性Tリンパ球性白血病の患者さんから採取した骨髄細胞において、β-シヌクレイン (βS)*1 遺伝子(SNCB)がETS variant transcription factor 6 (ETV6)*2遺伝子と融合しているのを観察した。この遺伝子は、化学療法に反応して消失した。
  • また、TCGA*3データベースを調べた所、肺の扁平上皮がんにおいて、SNCBが別の遺伝子と融合遺伝子を形成していることを見出した。
  • これらの結果は、SNCBの再編成が、がん細胞のアポトーシス抑制やシグナル伝達に関係している可能性を示唆するが、さらなる研究が必要である。
図1.

がんは、突然変異による塩基配列の異常、遺伝子増幅、欠失などによるさまざまな遺伝子異常を特徴とします。また、染色体再編成*4に伴って、遺伝子の数が異常になったり、遺伝子の再編成が起きて融合遺伝子が作られることがあります。これらの現象の生物学的意義は不明ですが、一般には、細胞のがん化やがん細胞の増殖・悪性化や生存の促進などに関係すると考えられています。興味深いことに、最近、がんにおけるSNCBの再編成に関する論文(文献1)が報告されましたので紹介致します。中国江蘇省東州大学小児病院のPeifang Xiao博士らは、急性Tリンパ球性白血病の患者さん(5歳女性)の骨髄から採取した細胞において染色体の転座が起こり、遺伝子配列を調べたところ、ETV6 (12番染色体)の5‘領域とSNCB (5番染色体)の3’領域がイン・フレーム*5で融合しているのを見出しました(図1)。化学療法によりこの融合遺伝子の発現は消失しましたので、この遺伝子はがん治療におけるマーカー、あるいは、新しい標的になる可能性が考えられました。さらに、TCGAデータベースを調べた所、肺の扁平上皮がんにおいて、SNCBが別の遺伝子と融合遺伝子を形成していましたので、SNCBの再編成は一般的な現象なのかも知れません。これらのがん研究で得られた知見が神経変性疾患の病態メカニズムにも適用できれば、さらに意義深いと思われます。


文献1.
Intragenic β-synuclein rearrangements in malignancy, Peifang Xiao et al., Front Oncol 2023; 13: 1167143


【背景・目的】

シヌクレインファミリーのタンパクはα-, β-, 及び、γ-シヌクレインよりなるが、それぞれが発見された経緯から、α-,β-シヌクレインは、主として、神経変性疾患において、一方、γ-シヌクレインは、がんとの関連で研究されてきた。しかしながら、最近では、α-, β-, γ-シヌクレインの全てのタイプがいずれの疾患にも関与することが明らかになってきた。本プロジェクトにおいては、急性Tリンパ球性白血病の患者さんにおいてSNCBの再編成の解析を研究目的とした。

【方法】

  • 急性Tリンパ球性白血病の患者さん(5歳女性、発症後約2ヶ月)に対し、頚部リンパ節生検、骨髄穿刺による細胞採取を行い(化学療法施行前後)、種々の方法で(免疫組織染色、核型解析*6、FISH解析*7、RT-PCR, RNAシークエンスなど)解析した。
  • TGCA データベースを使って、種々のがんにおけるSNCBの再編成の有無を調べた。

【結果】

  • 免疫組織染色の結果は、CD7, TdT, Ki67 (40%)*8陽性で、T細胞急性リンパ性白血病の所見に一致した。
  • 骨髄培養細胞の核型解析では12番染色体のp13に染色体の再配置が見られた。
  • FISH解析では、ETV6(12番染色体)の5‘領域とSNCB (5番染色体)の3’領域が融合している所見が得られた。
  • これらの所見は、RT-PCR、RNAシークエンスで確認された。
  • さらに、TGCA データベースを用いた解析では、肺の扁平上皮癌(46歳男性)において、SNCBLDLRAD3*9と融合遺伝子を形成していることを見出した。
  • ETV6LDLRAD3とのいずれの融合遺伝子においてもそれらの遺伝子産物にβ-シヌクレインのC-末端が存在しており、何らかの役割が推定された

【結論】

SNCBの再編成の生物学的意味は不明であるが、α-シヌクレインは14-3-3に結合し、シグナル伝達、特にアポトーシスに影響することが知られていることから、α-とβ-シヌクレインの相同性に基づけば、SNCBの再編成は、アポトーシスを抑制してがん細胞の増殖を促進する可能性がある。

用語の解説

*1.β-シヌクレイン(βS)
α-シヌクレインとは主としてシナプス前終末で発現される140 アミノ酸からなるタンパク質で、パーキンソン病やレビー小体型認知症等の神経変性疾患において、凝集体として観察されることが知られている。本タンパク質はネイティヴな状態では折りたたみ構造を取ってないが、疾患の進行に伴って線維化を含む構造変化を起こし、病因の中心的な役割を果たすとされている。α-シヌクレインのN-末端部位は共通配列(KTKEGV)を有する11 残基のアミノ酸配列が不完全に7 回繰り返された構造を取っており、この反復構造は本タンパクの疎水性部位(aa61-95)と部分的に重複する。またC-末端(aa96-140)は負に帯電している。
βシヌクレインは,アルツハイマー病に見られる老人斑の非アミロイド成分で、αシヌクレイン凝集の調節因子として作用すると考えられている。 βシヌクレインは、スタウロスポリンと6-ヒドロキシドーパミンの刺激によるカスパーゼの活性から、p53依存的に神経細胞を保護する。
γシヌクレインは、主に末梢神経系(一次感覚ニューロン、交感神経)に見られる。また、脳、卵巣腫瘍、および嗅上皮でも検出される。γシヌクレインは、シヌクレインタンパク質の中で最も保存されていない。γシヌクレインは、乳がん特異的遺伝子1(BCSG1)として最初に同定された。
*2.ETS variant transcription factor 6 (ETV6)
ヒトではETV6遺伝子(以前の名称はTEL遺伝子)にコードされる転写因子である。 ETV6タンパク質はさまざまな細胞種、特に血液組織の発生と成長を調節している。
*3.TCGA(The Cancer Genome Atlas)
2006年から米国で開始された大型がんゲノムプロジェクト。20種類以上のがん種について、ゲノム・メチル化異常、遺伝子・タンパク質発現異常について網羅的な解析を行っている。解析データはHP(http://cancergenome.nih.gov/)のData Portalから公開している。
*4.染色体再編成
染色体再編成というのは、遺伝子の箱である染色体が入れ替わるような変化で、箱が抜け落ちたり(欠失)、2倍になったり(重複)、並び方が反対になったり(逆位)、違うところに飛んでしまったり(転座、転位)して、遺伝子の数が異常になったり、融合遺伝子が作られたりすることである。
*5.イン・フレーム
分子生物学において、リーディングフレームとは、核酸(DNAまたはRNA)分子内のヌクレオチドの配列を、連続した重複しない3つのトリプレットに分割する方法である。これらのトリプレットがアミノ酸や翻訳時の停止信号に相当する場合、それらはコドンと呼ぶ。欠失の数が3の倍数であるため、遺伝子のリーディングフレームが保存されており、破壊されていない場合にはインフレームバリアントという。欠失は3の倍数以外の数であるため、フレームシフト変異はどこかでストップコドンを作り、こういう変異をアウトオブフレームという。
*6.核型解析
核型分析(Karyotyping)とは染色体が複製を終えて凝縮する分裂中期(metaphase)においての染色体の数、サイズおよび形に関する解析法であり、従来は主に顕微鏡観察あるいはFISH法により行われていた。
*7.FISH解析(Fluorescence in situ hybridization)
FISH法は、蛍光物質をつけたプローブ(標的遺伝子と相補的な塩基配列を有する合成遺伝子)を標的遺伝子と結合させ、蛍光顕微鏡下で可視化する手法である。染色体の数的異常、構造異常を検出し、不妊、不育、流産、多発奇形、精神遅滞など染色体異常に関わる疾患の診断に有用である。
*8.免疫組織染色 (CD7, TdT, Ki67)
CD7は、胸腺細胞および成熟T細胞上で発現される40kDのI型膜貫通糖タンパク質である。CD7は、T細胞急性リンパ性白血病を分類するためのマーカーとして研究されている。
TdT(ターミナル・デオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼ)は一本鎖 DNA の3'水酸基末端にデオキシヌクレオチジル3リン酸を付加する核内酵素であり、正常細胞では骨髄リンパ球の一部および胸腺皮質細胞の大部分に発現している。 また、腫瘍細胞においては、未分化のリンパ系腫瘍にTdTレベルの上昇が認められる。
KI-67抗原 (Ki-67 または MKI67) は MKI67遺伝子にコードされるタンパク質である。モノクロナール抗体 Ki-67によって検出された。Ki-67は、増殖をしている、または増殖をしようとしている細胞に存在するタンパク質であり、Ki67の核発現は、腫瘍の増殖能を評価するために免疫組織化学染色を用いて検証される。
*9.LDLRAD3
ベネズエラウマ脳炎ウイルスの受容体。トガウイルス科アルファウイルス属ベネズエラウマ脳炎ウイルス(Venezuelan equine encephalitis virus)は東部ウマ脳炎ウイルス、西部ウマ脳炎ウイルスの近縁種である。

文献1
Intragenic β-synuclein rearrangements in malignancy, Peifang Xiao et al., Front Oncol 2023; 13: 1167143