2型等糖尿病やその他、多くの高齢疾患と同様に、運動が軽度認知障害(MCI)や初期ADの進行の予防に有効であることは多く報告されてきました。その理由は、いくつかありますが、必ずしも、分子的なレベルではっきりしているとは言えませんでした(図1)。もし、そのメカニズムが明らかになり、それに関与する特定の分子がわかれば、ひいては、その分子を標的にした薬剤開発が可能になり、運動の代用にすることが期待されます。高齢者の中には、サルコペニア*4やそれによる転倒・骨折、さらに、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、フレイル*5に陥って、運動ができない人が多くいらっしゃることを考慮すれば、このことは、特に臨床的に重要であると言えましょう。これに関連して、米国マサチューセッツ総合病院(MGH)のChoi博士らのグループは、彼らが、以前、開発したADの3次元細胞培養モデルを用いて、運動により骨格筋から分泌されるマイオカイン*6であるイリシンが、ADの特徴であるAβの蓄積を減少させる可能性を示しました。最近、その結果が「Neuron」に掲載されました(文献1)ので、今回はその論文について報告致します。
文献1.
Irisin reduces amyloid-β by inducing the release of neprilysin from astrocytes following downregulation of ERK-STAT3 signaling, Kim, E. et al., Neuron 2023 Nov 15;111(22):3619-3633.e8.
運動がAβの蓄積を減少させることは、ADモデルマウスを用いた研究によりすでに示されていたが、そのメカニズムは不明だった。運動をすると、骨格筋からのイリシン分泌が促されて、その血中濃度が上昇する。イリシンには脂肪組織中の糖と脂質の代謝を調節し、また、白質脂肪組織の褐色脂肪化を促すことでエネルギー消費量を増大させる働きがあると考えられている。過去の研究で、イリシンはヒトやマウスの脳に存在するが、AD患者やADモデルマウスではそのレベルが低下していることが報告されている。本研究においては、イリシンによるAβの蓄積の抑制を分子レベルで解析することを目的とした。
本研究結果は、運動により誘発されたイリシンの分泌が主要なメディエーターとなってネプリライシンレベルが上昇し、Aβの蓄積が減少することを示すものだ。この結果は、ADの予防法や治療法の開発において、イリシンとネプリライシンに関わる経路が新たなターゲットとなり得ることを示唆している。