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2023/12/19

サルコペニアのメカニズムを解明?

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • これまで、サルコペニア*1に関連する遺伝⼦発現変化が多数報告されてきたが、これらの根底にあるメカニズムは不明であった。
  • 本研究では、筋幹細胞*2を活性化する肝細胞増殖因⼦ (HGF)*3がニトロ化*4により⽣理活性を失うことを⾒出し、この現象が加齢に伴い進⾏・蓄積すると筋幹細胞が不活性化すると考えられた。
  • したがって、加齢に伴うニトロ化を抑制することが出来れば、サルコペニアの予防治療になる可能性がある。
図1.

サルコペニアは「加齢性筋減弱症」ともいい、加齢に伴って骨格筋量が減少して筋力が低下することです。高齢の方が要介護になる原因は、運動器の機能低下が約30%を占め、サルコペニアが原因の1位となっています。また、サルコペニアの状態では運動ができませんから、最近、お伝えしていますように、運動によって骨格筋から分泌が促進されるイリシン*5は低下すると思われます。したがって、サルコペニアは、アルツハイマー病などの神経変性疾患や肥満、糖尿病などのメタボリック症候群の危険因子として重要です。したがって、サルコペニアの予防を確立する必要があります。これまで、サルコペニアの病因として、筋幹細胞の機能低下による筋再生不良が関係していると考えられていましたが、そのメカニズムは漠然としていました。このような状況で、九州⼤学⼤学院の⾠⺒隆⼀教授らのグループは、筋幹細胞の分泌するHGFがニトロ化により⽣理活性を失うことを⾒出し、この現象が加齢に伴い進⾏・蓄積することによりサルコペニアに至る可能性(図1)をAging Cell誌に報告しました(文献1)。特定のタンパク質のニトロ化は、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、アテローム性動脈硬化症、悪性腫瘍などの多くの高齢疾患においても関係すると報告されており、これらの疾患に共通した治療標的になることが考えられます。


文献1.
Age-related nitration/dysfunction of myogenic stem cell activator HGF, Alaa Elgaabari et al., Aging Cell 2023 Nov 20:e14041.


【背景】

PDの患者さんの非薬理学的な管理において、運動が効果的であることは以前より提唱されていたが、そのメカニズムは不明だった。イリシンは、最近、同定されたマイトカインであり、運動により増加してエネルギ代謝に重要な役割を果たすと考えられているが、PDを予防するかどうかは不明である。本研究は、これを理解することを目的とした。

【目的】

本研究では、「加齢に伴って細胞外のHGFのチロシン残基がニトロ化されるとc-metに対する結合能が失われ、筋組織の恒常性が保たれなくなる」という仮説を証明することを目的とした。

【方法・結果】

  • 生化学的解析により、HGFのニトロ化はチロシン残基Y198とY250の2箇所で起き、これにより受容体c-metへの結合性が消失することを明らかにした。Y198とY250はc-met結合部位を構成していることから、ニトロ化により立体構造が居所的に変化しc-metに結合できなくなったと推測される。
  • 3つの異なる週齢のグループからなるラットの下後趾筋肉を顕微鏡で直接免疫蛍光法により解析したところ、IIa、及び、IIx速筋線維におけるY198とY250に対するモノクローナル抗体による染色性は、週齢に応じて増加することがわかった。この様にして、イン・ビボにおける直接の証拠を得ることができた。

【結論】

概して、筋幹細胞のダイナミックスに対するHGFのニトロ化の抑制効果を強調する本研究の結果はサルコペニアやフレイル*6のような、加齢性筋萎縮症と繊維化を伴った再生不良をより良く理解するために重要であるというのは説得力のある議論であろう。

用語の解説

*1.サルコペニア(sarcopenia)
サルコペニアは、筋肉量の減少や筋力の低下、身体能力の低下が起きている状態のことであり、一般的な加齢による身体機能低下の範囲を超え、日常生活に支障をきたしている場合や、病的なレベルの筋肉量減少が起きている場合にサルコペニアと診断される。サルコペニアは、加齢による筋肉量の低下が原因の一次性サルコペニアと、栄養不足や活動量の低下、けがや病気などが原因となり、年齢に関係なく発症する二次性サルコペニアに分けられる。
*2.筋幹細胞
骨格筋組織に存在する幹細胞。別名:衛星細胞。通常は休止した状態にあるが(細胞周期でいう休止期)、運動や筋損傷などの物理刺激を受けるとHGF依存的に活性化し増殖を開始する。その後、増殖した細胞は互いに融合し新しい筋線維(骨格筋を構成する主要な細胞。細長く大きな多核細胞なので“筋線維”と呼ばれる)を形成する他、既存の筋細胞に融合する。これにより筋線維の肥大・再生が起きる。
*3.肝細胞増殖因子(HGF: hepatocyte growth factor)
肝臓を含めた種々の組織や細胞で多彩な機能を持つ増殖因子であり、多機能性細胞制御因子として認知されている。骨格筋においては、筋幹細胞の活性を誘導することが認知されている唯一の因子である。活性化した筋幹細胞の増殖を促進する一方で、線維芽細胞の増殖や脂肪細胞の肥大化を抑制する働きが知られている。
*4.ニトロ化
特定の芳⾹族アミノ酸(主にチロシン残基)の側鎖に-NO2基を導⼊する翻訳後化学修飾反応。酸化反応に分類される。⽣体内において、⼀酸化窒素ラジカル(*NO)と活性酸素(*02-)との反応により速やかに⽣成するペルオキシナイトライト(ONOO-)によって⾮酵素的にニトロ化が起こる。-NO基が導⼊されるニトロソ化(ニトロシル化)とは異なる。
*5.イリシン(Irisin)
詳細は、先々週の記事(運動により骨格筋から分泌されるイリシンはアミロイドβの蓄積を抑制する〈2023/12/5掲載〉)を参照してください。
*6.フレイル
フレイルは、海外の老年医学の分野で使用されている英語の「Frailty(フレイルティ)」が語源となっています。「Frailty」を日本語に訳すと「虚弱」や「老衰」、「脆弱」などを意味する。日本老年医学会は高齢者において起こりやすい「Frailty」に対し、正しく介入すれば戻るという意味があることを強調したかったため、多くの議論の末、「フレイル」と共通した日本語訳にすることを2014年5月に提唱した。

文献1
Age-related nitration/dysfunction of myogenic stem cell activator HGF, Alaa Elgaabari et al., Aging Cell 2023 Nov 20:e14041.