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2023/12/26

アルツハイマー病のバイオマーカーとしての血清β-シヌクレイン

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 血清中のβ-シヌクレイン(βS)*1はプレクニカルアルツハイマー病(AD)*2の状態で、すでに高値を呈した(図1)。
  • 血清βSはプレクニカルADよりも、症状のある軽度認知障害(MCI))やADの状態で、高値を呈した(図1)。
  • アミロイドPET、及び、タウPETのプローブの集積強度は、血清βSのレベルに相関した。
  • 血清βSのレベルは、タウPET陰性の症例でもすでに上昇していた。
  • 血清βSのレベルは、側頭葉皮質の萎縮と認知機能の障害に関連した。
図1.

2023年、ADの研究は大きく進展しました。言うまでもなく、抗アミロイドベータ(Aβ)モノクローナル抗体(レカネマブ、ドナネマブ)による免疫療法の第3相臨床試験で有効性が示され、いくつかの抗体は、アメリカ食品医薬品局*3に認可されて、世界的なニュースになりました。また、アミロイド免疫療法の成功の陰に隠れて、アミロイド(Aβ)やタウのイメージング(PET*4)の開発も着実に進みました。さらに、特筆すべきは、ADのバイオマーカー*5の研究が進んだことです。これまで、ADのバイオマーカーとしては、脳脊髄液中のAβ1-42やリン酸化タウやアミロイドPETが知られていましたが、前者は侵襲性を避けられないこと、後者は価格が高いことが欠点でした。このような状況において、ドイツ ウルム大学附属病院のPatrick Oeckl博士らは、一連の研究により、脳脊髄液、及び、血清中のβSがADのバイオマーカーになることを明らかにしました。今回は、βSの血清濃度は、プレクニカルADの段階より、すでに上昇し、Aβやタウの病理変化と相関すること示した論文(文献1)を報告いたします。著者らは、メカニズムとして、血清βSの値が上昇するのは、AD初期のシナプス機能不全により神経細胞内のβSが細胞外に漏出することが原因だと考えていますが、今後、アミロイド免疫療法を改良して行く上でも、さらに、ADの病態メカニズムをより深く理解するためにもβSが鍵を握っていると思われます。


文献1.
Higher plasma β-synuclein indicates early synaptic degeneration in Alzheimer's disease, Patrick Oeckl et al., Alzheimers Dement, 2023, 19 (11), 5095-5102


【背景・目的】

βSは、ADにおけるシナプス不全を反映する血清バイオマーカーとなることが明らかになりつつあるが、プレクニカルADにおける血清βSレベルの傾向、及び、アミロイドやタウの病理との関連性はまだ明らかでない。これを理解することが本論文の研究目的である。

【方法】

  • (1)記憶障害がなくアミロイドPET陽性(プレクニカルAD, N = 61)、(2)記憶障害がなくアミロイドPET陰性(N = 48)、(3)軽度記憶障害があり、アミロイドPET陽性(MCI, N = 48)、(4)記憶障害があり、アミロイドPET陽性(AD, N = 85)の4グループの症例に対し、血清βSレベルをELISAで測定した。
  • アミロイド、及び、タウの病理は、それぞれ、[18F]flutemetamol、[18F]RO948をプローブに用いたPETで評価した。

【結果】

  • 血清βSはプレクニカルADで、有意に上昇し、さらに、MCIやADになると、より高値を呈した(図1)。
  • アミロイド、及び、タウの病理(PETによる評価)を層別化した結果、i)アミロイドPET陽性、タウPET陽性、ii)アミロイドPET陽性、タウPET陰性の両グループの血清βSの濃度は、iii)アミロイドPET陰性、タウPET陰性のグループの血清βSの濃度よりも有意に高値を呈していた。

【結論】

我々の結果は、血清βSの濃度はADやMCIだけでなく、プレクニカルADさえも含めたバイオマーカーとして有効であることを示唆している。

用語の解説

*1.β-シヌクレイン(βS)
シヌクレインファミリーには、α-シヌクレイン、β-シヌクレイン、γ-シヌクレインの3つの既知のメンバーが含まれる。詳細は、先月の記事(がんにおけるβ-シヌクレイン遺伝子の再編成〈2023/11/24掲載〉)を参照してください。
*2.プレクニカルAD
「プレクリニカルAD」は、異常なアミロイドたんぱく質の蓄積のみが認められ認知症状がまだ認められない段階で、これまでの研究から、この段階にある方は、認知症の段階である「アルツハイマー型認知症」に進行しやすいことが分かっている。
*3.アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration: FDA)
アメリカ合衆国保健福祉省(Department of Health and Human Services, HHS)配下の政府機関。医薬品及び動物用医薬品、生物学的製剤、医療機器、国内の食糧供給、化粧品、そして電磁波を放出するような製品の安全性と有効性を保証することによって国民の健康を守ることが、FDAの責務である。加えて、医薬品や食品をより効果的に、安全に、より安価にするための技術革新を加速させることによって国民の健康を増進すること、そして国民が自らの健康を増進するために必要な医薬品や食料に関する正しい、科学に立脚した情報を国民に与えることもまた、FDAの責務とされている。
*4.PET
PETとは、positron emission tomography(陽電子放出断層撮影)の略で、放射能を含む薬剤を用いる、核医学検査の一種である。放射性薬剤を体内に投与し、その分析を特殊なカメラでとらえて画像化する。アミロイドPETに関しては、2020年の時点で、欧米ではすでに3種の18F標識アミロイドPET薬剤(18F-florbetapir、18F-flutemetamol、18F-florbetaben)が承認を得て発売されている。タウPETは、第一世代プローブは,タウ以外のoff–target bindingがいくつか認められ、タウに対する結合特異性がやや低いのでは、という懸念が生じていたが、18F–MK–6240(Merck),18F–RO–848(Roche),18F–GTP1(Genentich)といった第二世代のタウPETプローブが開発されてきており、より優れたタウイメージングに期待がかかる。また、アミロイドPET検査とタウPET検査を組み合わせることで認知症患者の診断・治療が大きく変更することが期待される
*5.バイオマーカー(biomarker)
薬学においてバイオマーカー(Biomarker;あるいは生物指標化合物)とは、ある疾病の存在や進行度をその濃度に反映し、血液中に測定されるタンパク質等の物質を指す用語である。さらに一般的にはバイオマーカーは特定の病状や生命体の状態の指標である。NIH(アメリカ国立衛生研究所)の研究グループは1998年に「(バイオマーカーとは)通常の生物学的過程、病理学的過程、もしくは治療的介入に対する薬理学的応答の指標として、客観的に測定され評価される特性」と定義づけた。

【その他のコメント】

他の論文によれば、脳脊髄液、及び、血清中のβSの濃度が上昇する現象は、プリオン病であるクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease:CJD)でも認められたが、他の神経変性疾患(パーキンソン病、筋萎縮性硬化症など)では観察されなかったと述べられています。Aβは前駆体タンパク質APPの部分断片であり、βセクレターゼ及びγセクレターゼによる連続した切断によって産生、分泌されます。プリオン蛋白はシグナルペプチド配列があり、分泌される。したがって、ADやCJDにおけるβS濃度の上昇は、Aβとプリオン蛋白が揃って分泌型のアミロイド蛋白であることに関係がありそうです(その他の神経変性疾患でも細胞外に出て伝搬すると考えられていますが、その量は、生理的な分泌に比べると少ないと思われます)。


文献1
Higher plasma β-synuclein indicates early synaptic degeneration in Alzheimer's disease, Patrick Oeckl et al., Alzheimers Dement, 2023, 19 (11), 5095-5102