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2024/1/11

アトピー性皮膚炎はアルツハイマー病の危険因子になる!

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • アトピー性皮膚炎*1は認知機能障害と関連することが多く報告されているが、それらの多くの研究結果は必ずしも一致しない。
  • システマティックレビューおよびメタ解析*2(5件・859万5,252人)を実施した結果、中高年におけるアトピー性皮膚炎は全ての認知症、アルツハイマー病(AD)と有意に関連することが示された。
  • 他のアレルギー疾患*3である気管支喘息やアレルギー性鼻炎においてもADとの関連が報告されており、炎症はADのリスクを上げると考えられる。
図1.

ADの病理学的な特徴は、言うまでもなく、アミロイド β(Aβ)やタウ(tau)などの蛋白凝集とアストロサイトやミクログリアなどの活性化による慢性炎症ですが、蛋白凝集と慢性炎症がどのような関係にあるのか必ずしも明らかでありません。従来は、アミロイド仮説*4の影響もあり、主として、凝集したAβが炎症を引き起こすことが示されてきましたが、最近では、炎症が蛋白凝集を含めた神経変性を促進する、すなわち、炎症は蛋白凝集の上流に位置するという考え方の報告が増えてきました(図1)。このような状況において、中国・福州第一人民病院の周博士らは、炎症が病態の主体であるアトピー性皮膚炎と認知機能障害の関連を評価する目的でシステマティックレビューおよびメタ解析を行いアトピー性皮膚炎は、アルツハイマー型認知症および全ての認知症のリスク上昇に関連することを明らかにして、PLoS Oneに報告(文献1)しましたので今回はこの論文を取り上げます。類似論文として、アレルギー疾患*3に含まれる気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎のいずれにおいてもADのリスクが有意に増加したという報告(Ann Neurol., Joh H-K et al, 2023)もあり、総合的に解釈すると、炎症がADのリスクを上げると考えられます。従って、蛋白凝集と炎症のどちらが上流というよりも、両者の相互作用がADの病態に重要であり、従って、蛋白凝集と炎症の両方を抑制することが効率的な治療に結びつくのではないかと予想されます。


文献1.
Atopic dermatitis and cognitive dysfunction in middle-aged and older adults: A systematic review and meta-analysis, Oi Zhou et al., PLoS One Oct 25;18(10):e0292987.


【背景・目的】

これまでの多くの研究により、アトピー性皮膚炎は認知機能障害と関連することが示唆されているが、それらの結果は、研究によって必ずしも一致しない。従って、中高年の成人におけるアトピー性皮膚炎と認知機能障害の関連をシステマティックレビューおよびメタ解析*1により評価することが本論文における研究目的である。

【方法】

  • PubMed、EMBASE、Web of Scienceに発表された文献(〜2023年3月まで)からアトピー性皮膚炎と認知機能障害についての研究に関する論文を検索した。
  • i)試験デザインがコホート研究または症例対照研究、ii)中高年(45〜59歳)のアトピー性皮膚炎と認知機能障害の関連を調査した研究、iii)アトピー性皮膚炎を有する中高年の認知機能障害リスクの定量的データを報告した研究、iv)非アトピー性皮膚炎中高年の対照群を置いた研究、ハザード比と95%CIを提供した研究を含む論文を検索した。
  • 精神疾患の分類と診断の手引第5版(DSM-5;米国精神医学会)の基準を満たすカテゴリ(全ての認知症、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、軽度認知障害)を認知機能障害の定義とした。

【結果】

  • 5件・859万5,252人を解析対象とした。平均年齢は45〜75歳、追跡期間は8.1〜12年だった。
  • プール解析*5の結果、アトピー性皮膚炎における全ての認知症のハザード比(HR)は1.16(95%CI 1.10〜1.23、P<0.001)と有意な関連が示された。同様に、アルツハイマー型認知症でもHR 1.28(同1.01〜1.63、P<0.001)と有意な関連が示された。一方、血管性認知症との間には有意差はなかった。
  • さらに異質性の原因を探るため地域および研究デザインによるサブグループ解析を行った。地域別に見ると、アトピー性皮膚炎と全ての認知症の関連はヨーロッパでは有意だったが(HR 1.14、95%CI 1.04〜1.24、P=0.004)、アジアでは有意差はなかった。同様に、アルツハイマー型認知症との関連はヨーロッパ、アジアとも有意差はなかった。他方、血管性認知症との関連は欧州(同1.57、1.06〜2.32、P=0.0024)、アジア(同1.18、1.04〜1.34、P=0.010)とも有意だった
  • 研究デザイン別に見ると、アトピー性皮膚炎と全ての認知症およびアルツハイマー型認知症の関連は、前向きコホート研究ではいずれも有意差があったが(全ての認知症:HR 1.18、95%CI 1.12〜1.24、P<0.001、アルツハイマー型認知症:同1.41、1.04〜1.90、P=0.025)、非前向きコホート研究では有意差はなかった。血管性認知症との関連はいずれの研究デザインでも有意差はなかった。

【結論】

  • 本研究結果より、中高年のアトピー性皮膚炎が認知機能障害、特にアルツハイマー型認知症および全ての認知症のリスク上昇と関連すると考えられる。
  • 研究の限界として、対象となった研究の数が少なかったことや、組み入れられたのは英国、台湾、韓国、スウェーデンでの研究で他地域における有病率や影響を反映していない可能性がある。今後の研究ではより多様かつ代表的なサンプルを含める必要がある。
  • 今回、ほとんどが観察研究を対象としたため、因果関係の評価ができなかった。今後、より大きなサンプルサイズ、厳密な試験デザイン、交絡因子の調整を行なう必要がある。

用語の解説

*1.アトピー性皮膚炎
皮膚のバリア機能が低下し、かゆみを伴う湿疹がよくなったり悪くなったりを繰り返す病気のことである。子どもの頃に発症することが多く、成長と共に症状は改善していくが、成人でも1~3%の人が罹患している。明確な発症メカニズムは解明されていないが、遺伝やアレルギーを起こしやすい体質などが発症に関与していると考えられており、喘息や花粉症などアレルギーによる病気を併発しやすい。現在、アトピー性皮膚炎を完治させる科学的に根拠のある治療はない。対症療法として、皮膚の炎症を抑えるステロイド薬や免疫抑制剤の塗り薬やかゆみ止めなどを用いられる。
*2.システマティックレビューおよびメタ解析
「システマティック・レビューは、一定の基準や方法論をもとに質の高い臨床研究を調査し、エビデンスを適切に分析・統合を行うことであり、メタ・アナリシスは、過去に行われた複数の研究結果を統合するための統計解析である。システマティック・レビューとメタ・アナリシスの歴史は1904年にPearsonが腸チフスに対するワクチンの既存データを再検討し、統合を試みたことに始まるとされている。Yusuf(1985)らによる心筋梗塞後のβブロッカーの長期投与に関するメタ・アナリシスは、臨床試験の評価にメタ・アナリシスが急速に広まる契機となった。
*3.アレルギー疾患
外部からの抗原に対し、免疫反応が起こる疾患。ただしその抗原は通常生活で曝露される量では無害であることが多く(たとえば春先の花粉そのものが毒性を持っているわけではない)、不必要に不快な結果をもたらす免疫応答が起こっているといえる。アレルギー性疾患とも言う。代表的な疾患としては アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎(花粉症)、アレルギー性結膜炎、アレルギー性胃腸炎、気管支喘息、小児喘息、食物アレルギー、薬物アレルギー、蕁麻疹があげられる。
*4.アミロイド仮説
AβがAD病態の中心的分子と考える仮説。Aβが何らかの要因で凝集・蓄積する過程で、神経変性をひき起こし、ADに至ると考えられる。まず神経細胞外に老人斑といわれるアミロイドがたまり、その後、神経細胞内のタウ蛋白が異常にリン酸化されることにより神経原性変化が起こる。引き続き神経細胞死、脳の萎縮につながる。
*5.プール解析
複数の研究の元データを集めて再解析する方法である。プール解析は、広義のメタ解析に含まれるが、狭義ではメタ解析とプール解析は分けて考えられる。

文献1
Atopic dermatitis and cognitive dysfunction in middle-aged and older adults: A systematic review and meta-analysis, Oi Zhou et al., PLoS One Oct 25;18(10):e0292987.