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2024/1/16

多発性硬化症の治療に対するCAR-T療法の有効性

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • CAR-T療法*1は、がん、自己免疫疾患を含む多くの疾患の治療に有効であると考えられているが、多発性硬化症*2の治療に関しては不明である。
  • 抗CD19CAR-T療法により、実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)*3のモデルマウスの症状が軽減することを観察した。
  • 多発性硬化症の治療においても、CAR-T療法の有効性が期待される。
図1.

近年、がんの免疫療法が大きく進歩していますが、免疫チェックポイント阻害薬*4とともに注目されているのが遺伝子を改変したT細胞を用いたCAR-T(カーティー)療法です。CAR-T療法は、患者さん自身のT細胞を取り出し、遺伝子医療の技術を用いてCAR(キメラ抗原受容体)と呼ばれる特殊なたんぱく質を作り出すことができるよう、T細胞を改変します(図1)。CARは、がん細胞などの表面に発現する特定の抗原を認識し、攻撃するように設計されており、CARを作り出すことができるようになったT細胞をCAR-T細胞と呼びます(図1)。このCAR-T細胞を患者さんに投与することにより、難治性のがんを治療するのがCAR-T療法です。CAR-T療法は、当初、血液系のがんの治療に対して用いられましたが、引き続いて、固形腫瘍、さらには、自己免疫疾患、線維症*5、感染症など幅広くの疾患の治療に有効であると考えられており、今後、治療研究の中心課題の一つになる可能性があります。多発性硬化症は何らかの免疫異常によって中枢神経のさまざまな部位に脱髄が繰り返し引き起こされ、症状が現れると考えられていますが、現時点で有効な治療法はありません(Wei et al. Prion 2023)。従って、CAR-T療法を多発性硬化症の治療に適用できるかどうかは興味深いところです。このような状況で、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のSasha Gupta博士らは、多発性硬化症の治療に対するCAR-T療法の有効性をモデルマウスで検討してNeurologyに報告しましたので、今回はその論文(文献1)を紹介したいと思います。


文献1.
CAR-T Cell-Mediated B-Cell Depletion in Central Nervous System Autoimmunity, Sasha Gupta et al., Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm 2023 Jan 19;10(2): e200080.


【背景・目的】

これまで多くの研究により、抗CD20モノクローナル抗体療法によるB細胞の枯渇化は多発性硬化症の治療に有効であることが示されてきた。CAR-T療法の方が抗体療法に比べて組織へ浸透しやすいにもかかわらず、最近、抗CD19 CAR-T療法がEAEのモデルマウスの症状を憎悪することが報告されたのは、逆説的である。従って、これを再検討することが本論文の研究目的である。

【方法】

  • C57BL/6マウスをヒト・リコンビナントオリゴデンドロサイト糖蛋白質(MOG)で免疫することにより、EAEを発症させ、多発性硬化症のモデルとした。
  • これらのマウスを免疫抑制剤(シクロフォスファミド:Cy*6)注射後に抗CD19 CAR- T細胞、又は、GFP(緑色蛍光蛋白)を発現したコントロールのT細胞を注入した。Cy前処理だけで無処置のマウスからなる群も設定した。
  • 細胞治療の評価は、B細胞の枯渇化、EAEに対する効果(臨床的、組織学的)、免疫修飾の程度により行なった。

【結果】

  • 抗CD19 CAR- T細胞、及び、GFPを発現したコントロールのT細胞を注入した臨床的なスコアは低下し(症状は軽度になり)、リンパ球の浸潤も抑えられた。Cy前処置のみの群においては、これらの効果は認められなかった。
  • 抗CD19 CAR- T細胞を注入したマウスは抹消のリンパ組織、及び、中枢神経系において、B細胞の枯渇化が観察された。
  • それぞれの群(細胞注入の有無にかかわらず)におけるT細胞のサブグループ(Th1, Th17などのヘルパーT細胞*7)の個数に差は認められなかった。

【結論】

  • 最近、抗CD19 CAR-T療法がEAEのモデルマウスの症状を憎悪することが報告されたが、これとは逆に、我々は、抗CD19 CAR-T療法がEAEのモデルマウスの症状を軽減させることを観察した。
  • さらに、抗CD19 CAR-T療法をおこなった群では抹消のリンパ組織、及び、中枢神経系において、B細胞の枯渇化が観察された。
  • CAR-T療法による臨床的効果は、抗原の種類やB細胞の枯渇化とは関係ないと思われた。

用語の解説

*1.CAR-T療法
CAR-T療法は、通常の免疫機能だけでは完全に死滅させることが難しい難治性のがんに対する治療法として開発された。CAR-T療法は高度に個別化された治療法であり、以下のようなプロセスを、患者さんごとに行う個別医療である。
i)患者さんの細胞の採取
患者さんからT細胞を採取する。採取された患者さんのT細胞は、CAR-T細胞の製造施設に送られる。
ii)T細胞の改変
製造施設では、特定の抗原を発現する細胞(がん細胞、B細胞など)を認識し攻撃するよう、ウィルスベクターなどを用いて患者さんのT細胞を改変する。
iii)細胞の増殖
改変されたT細胞(CAR-T細胞)は、特定の細胞と闘うために増やす。
iv)品質検査
CAR-T細胞は、品質検査を経て、患者さんの治療施設に送られる。
v)リンパ球除去化学療法
患者さんの、体がCAR-T細胞を受け入れやすくするために、リンパ球除去化学療法を行い、白血球レベルを下げる。
vi)CAR-T細胞の投与
CAR-T細胞を患者さんの血液に戻す。CAR-T細胞は、患者さんの体内で特定の抗原を発現する細胞に付着して、攻撃をしかける。通常、CAR-T細胞の投与は1回のみの治療で行われる。
*2.多発性硬化症(Multiple Sclerosis:MS)
MSは視力障害、感覚障害、運動麻痺などさまざまな神経症状の再発と寛解を繰り返す、難病の一つである。病気の経過に応じて“再発寛解型”、“一次性進行型”、“二次性進行型”に分類される。MSの詳細な原因は分かっていないものの、何らかの免疫異常によって中枢神経のさまざまな部位に脱髄が引き起こされ、症状が現れる。
*3.実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)
多発性硬化症の動物モデル。中枢神経系の構成成分であるMOGなどを用いて動物を免疫する,あるいは、EAEを発症した動物からCD4+ T細胞を移入することでMSに似た症状を誘導する実験モデルである。
*4.免疫チェックポイント阻害薬
がん細胞は、免疫系から逃避するため、免疫チェックポイント分子による免疫抑制機能を活用する。免疫チェックポイント阻害薬は、免疫チェックポイント分子もしくはそのリガンドに結合して免疫抑制シグナルの伝達を阻害して、免疫チェックポイント分子によるT細胞の活性化抑制を解除する。現在、臨床応用が進んでいる主な阻害薬には、抗CTLA-4抗体、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体などがある。
*5.線維症
線維症は、正常な実質組織が結合組織に置き換わる病理学的な創傷治癒過程である。治癒過程が抑制されずに継続された場合、組織の大規模なリモデリングと永久的な瘢痕組織の形成が引き起こされる。線維性瘢痕化としても知られる。繰り返される損傷や慢性的な炎症とその修復は線維症になりやすく、コラーゲンなどの細胞外マトリックス成分の偶発的な過剰蓄積が線維芽細胞によって産生され、永久的な線維性瘢痕の形成につながる。
*6.シクロホスファミド(Cyclophosphamide: CPA)
CPAは、アルキル化剤に分類される抗がん剤、免疫抑制剤である。プロドラッグであり、肝臓で代謝されると活性を持つ。水やエタノールに可溶のアルキル化剤で、DNA合成を阻害する。また、抗体産生中のBリンパ球の増殖を妨げるので、免疫抑制作用があり、臓器移植時の拒絶反応を抑えるために使われるほか、膠原病の治療の際のエンドキサンパルス療法などで使用することもある。
*7.ヘルパーT細胞
ヘルパーT細胞には、Th1とTh2の2種があり、それぞれ異なるサイトカインを産生する。従来は、Th1は細胞性免疫の前線を担うキラーT細胞を刺激し、Th2は液性免疫を担うB細胞を刺激すると思われてきたが、ヘルパーT細胞と同じCD4分子を表面に発現する制御性T細胞(Treg)が登場して以来、T細胞サブセット群は複雑な構成であることがわかり、さらに最近Th17が登場してきた。このTh17 T細胞はIL-17を産生し、それが各種の自己免疫疾患を悪化させることから、自己免疫疾患で組織傷害を起こす主役と考えられている。

文献1
CAR-T Cell-Mediated B-Cell Depletion in Central Nervous System Autoimmunity, Sasha Gupta et al., Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm 2023 Jan 19;10(2): e200080.