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2024/1/23

テストステロン補充療法は高齢男性の骨折頻度を増加させる

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 中高齢男性のテストステロン補充療法によって、骨量や骨密度が上昇し、骨粗鬆症が改善することは知られているが、骨折に対する効果は不明である。
  • 5,204人の中高齢男性からなる臨床治験を行なった結果(テストステロン注射群は2,601人、プラセボ注射群は2,603人)、テストステロン注射は、骨折の頻度を増加することがわかった。
  • この予想外の結果のメカニズムは不明である。一つの可能性は、テストステロンによる行動レベルの変化(より骨折しやすいような身体活動をする機会に関与する)が考えられるが、今後の研究が必要である。
図1.

性ホルモン分泌の低下や乱れが原因で起こる「更年期障害」は、以前は、女性特有のものと捉えられてきましたが、近年、男性にも、男性ホルモンの減少により、身体面・精神面・性機能面などに様々な不調(図1)が見られる「加齢男性性腺機能低下/LOH症候群*1」が、注目されるようになりました。これに関連して、これまで、骨粗鬆症は、女性ホルモンの減少が原因で発生すると考えるのが一般的でしたが、男性ホルモン(テストステロン)の低下も骨粗鬆症のリスクを高めることがわかってきました。実際、テストステロンは、骨形成を促進する作用があり、男性の閉経相当期では、テストステロンの分泌量が減少するため、骨量や骨密度が低下し、骨粗鬆症になりやすくなります。特に、過剰なアルコール摂取、喫煙、運動不足、低カルシウム摂取などの生活習慣を続けると、骨密度が低下して骨粗鬆症のリスクが高くなると考えられています。治療に関しては、女性の場合とほぼ同様に、男性においても、バランスの良い食生活、適度な運動、そして、ホルモン補充療法*2(女性:エストロジェン、男性:テストステロン)が一般的ですが、骨折の予防との関連性については、漠然としていました。このような状況で、オーストラリアメルボルン大学のPeter J. Snyder博士らは、数千人レベルの参加者による臨床試験を行ない、驚くべきことに、テストロン注射により骨折頻度が増加することを見出しました。その結果は、最近、N Engl J Medに掲載されましたので、その論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Testosterone Treatment and Fractures in Men with Hypogonadism, Peter J. Snyder et al., N Engl J Med 2024; 390:203-211


【背景・目的】

これまでの多くの研究により、加齢男性性腺機能低下/LOH症候群の治療において、テストステロンが骨量や骨密度の低下を改善することが示されてきたが、骨折の予防との関連性については不明である。これを明らかにすることが本論文における研究の目的である。

【方法】

  • 性腺機能障害のある中高年のテストステロン注射に対する心血管系の安全性を評価した二重盲検法による、ランダム化した、プラセボコントロールのある臨床試験のサブ試験において生存期間解析*3を行なって、骨折のリスクを評価した。
  • 解析対象になったのは、心血管系の疾患にすでに罹患しているか、リスクの高い中高年(45~80歳)男性で少なくとも一つか複数の性腺機能障害の症状があり、空腹時の血清テストステロンの濃度が48時間以上間隔を開けた2度の測定で、300 ng/dl (10.4 nmol/l)以下の者に限られた。
  • 参加者はランダムに分けられて、毎日、テストステロンかプラセボのゲルを皮下注射した。来院する度に前回の来院時から骨折をしなかったか質問され、もし、骨折をしていれば、記録された。

【結果】

完全に解析した5,204人のうち、テストステロン注射群は2,601人、プラセボ注射群は2,603人で、3.19年フォローアップした。その結果、テストステロン注射群では、91人(3.50%)が骨折し、プラセボ注射群では、64人(2.46%)が骨折しており、ハザード比は、1.43(95%信頼区間:1.04 to 1.97)で、骨折の頻度は、テストステロン注射群で有意に高かった。

【結論】

  • 本研究結果より、性腺機能障害のある中高年の男性においては、テストステロン治療はプラセボに比べて、骨折の頻度は低下しないどころか、数値的には、むしろ、増加していた。
  • メカニズムとして、一つの可能性は、テストステロンによる行動レベルの変化(より骨折しやすいような身体活動をする)が考えられるが、今後の研究が必要である。

用語の解説

*1.LOH症候群
年齢に伴いテストステロン値が低下することによる症候をlate onset hypogonadism(LOH症候群、加齢性腺機能低下症)と呼ぶ。LOH症候群は、うつ、性機能低下、認知機能の低下、骨粗鬆症、心血管疾患、内臓脂肪の増加、インスリン抵抗性の悪化、HDLの低下、コレステロール値とLDLの上昇に寄与し、メタボリック症候群のリスクファクターになる。また心血管疾患、糖尿病、呼吸器疾患のリスクを高める。LOH症候群には大うつ病の患者が含まれることが多いとされる。テストステロンが低いと、活力と性機能が損なわれ、QOLに大きな影響を与える。
*2.ホルモン補充療法(HRT)
HRTとはHormone Replacement Therapyの略でホルモン補充療法のことである。女性の場合、HRTは卵巣機能の低下などからエストロゲンの分泌が低下することで引き起こされる様々な症状や障害を、エストロゲンを必要最低量補うことで治療する。HRTは海外で1930年ころから開発が進み、そのベネフィットやリスクが何度も検証されて来た。そのたびにHRTは改良され進化し続けており、HRTは更年期やそれ以降の健康管理を考える女性にとって欠かすことのできない大切な選択肢の一つである。男性に対しては、加齢とともに低下する男性ホルモン(テストステロン)を補充する。主に男性更年期障害(後発性性腺機能低下症;LOH症候群)に対して行われる。
*3.生存期間解析
生存時間解析は、機械の使用開始から最初の故障が発生するまでの時間、癌患者の手術から死亡までの時間、入院期間などの「ある時点から何らかのイベントが発生する時点までの時間」を対象とした統計解析分野を示す。 そのため、”Time to Event Analysis”とも呼ばれている。

文献1
Testosterone Treatment and Fractures in Men with Hypogonadism, Peter J. Snyder et al., N Engl J Med 2024; 390:203-211