新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2024/1/30

Aβプロトフィブリルによる血液凝固因子XIIaの活性化

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • アルツハイマー病(AD)におけるアミロイドβ蛋白(Aβ)プロトフィブリル*1が神経毒性を増強するメカニズムは不明である。
  • 本研究において、血液凝固系(接触システム)がAβのプロトフィブリルによって強く活性化される(XIIa因子の活性、キニノーゲンからブラジキニン*2の産生増加など)ことが示された。
  • Aβプロトフィブリルの血液凝固系の活性化は、プロトフィブリルを標的とする治療用抗体であるレカネマブ*3によってブロックされた。このことは、レカネマブのADの治療に対する有効性のメカニズムを示唆している可能性がある。
図1.

Aβの凝集が進むと最終的には不溶性線維(フィブリル)を成分とする老人斑が形成され、それがADの病態における神経毒性の原因となるのだろうというのが以前の考え方でしたが、近年は、フィブリルの神経毒性よりも、フィブリルに発達する過程の前段階に形成される可溶性オリゴマーやプロトフィブリル(図1)の神経毒性の方が強く、これらの分子が治療の標的になると想定されてきました。この概念に一致して、最近の第3相臨床試験でADにおける認知機能低下の進行を有意に抑えることが報告されたレカネマブは、Aβプロトフィブリルに選択的に結合し、脳内から除去することでADの病態進行を抑制する機序が示唆されています。従って、プロトフィブリルによる神経毒性のメカニズムをよりよく理解することが、今後、疾患修飾薬*4によるADの根治療法を確立する上で、重要な課題の一つになると思われます。これまで、プロトフィブリルなどの高分子オリゴマーが脳神経細胞膜に穴を開け、カルシウムを流入させ細胞内のカルシウム調節異常や、神経細胞を繋ぐシナプスの障害を引き起こすことなどが、主として細胞系で示されていますが、他のメカニズムに関しても調べる必要があります。このような状況で、米国ロックフェラー大学のStrickland博士らのグループは、ヒトの血清を用いて、Aβプロトフィブリルによって血漿接触システムが活性化され、さらにそれがレカネマブの存在下で抑制されるという興味深い現象を示しました。その結果がPNASに掲載されていますので、その論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
A possible mechanism for the enhanced toxicity of beta-amyloid protofibrils in Alzheimer’s disease, Chen Z-L et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 120 (36) e2309389120 (2023)


【背景・目的】

Aβは、その凝集の程度により、モノマー(単量体)、オリゴマー、プロトフィブリル、フィブリルなど異なる形態を呈する(図1)ことが知られているが、これまでの研究により、プロトフィブリルが最も神経毒性が高いことが示されてきた。しかしながら、その毒性増強のメカニズムは不明であり、これを明らかにすることを本論文における研究の目的とする。

【方法】

我々は、接触システムがAβのプロトフィブリルによって優先的に活性化されると仮定する。これを証明するために、リコンビナントAβより、モノマー、オリゴマー、プロトフィブリル、フィブリルを調整し、これらのサンプルに対し、健康なドナーより採取した血清を用いて(n=8)、プルダウン・アッセイ、ウェスタンブロッティング、ブラジキニンELISA, XII因子の活性などを含むいくつかの解析を行った(詳細は文献1を参照して下さい)

【結果】

  • Aβプロトフィブリルは、凝固因子XIIおよび高分子量キニノーゲンに結合し、システムの活性化を加速した。類似した弱い作用がフィブリルにおいても観察できたが、モノマーやオリゴマーには検出できなかった。
  • さらに、抗プロトフィブリル抗体としての性質を持つレカネマブは、Aβプロトフィブリルによる接触システムの活性化をブロックすることが示された。

【結論】

本研究の結果は、ADにおけるAβプロトフィブリル毒性の考えられるメカニズムの一つが接触システムの活性化であり、レカネマブがADに対し、治療的に有効である理由を提供するものである。

用語の解説

*1.プロトフィブリル
プロトフィブリルとは、モノマーが重合および凝集して形成される線維(フィブリル)の前段階である物質の総称。 αシヌクレインやタウ蛋白質、フィブリノゲン、インスリン、セルロースなど様々な物質がプロトフィブリルを形成するほか、アミロイドβ(Aβ)のプロトフィブリルもよく研究対象となる。Aβプロトフィブリルは、1万6000~1万8000×gで遠心分離した場合に可溶性を維持している、100kDaを超える湾曲した線形構造の蛋白質として定義されている。神経細胞に対する毒性が非常に強い物質として1997年に報告された。最近、エーザイの抗Aβプロトフィブリル抗体であるレカネマブが、早期ADを対象とした第3相試験で、有意な臨床症状の悪化抑制を示し、主要評価項目を達成したと発表された。これによりADにおけるアミロイド仮説およびオリゴマー・プロトフィブリル仮説が補強される形となった。
*2.ブラジキニン(Bradykinin)
ブラジキニンとは、ノナペプチド(9個のアミノ酸が連なった分子)であり、血圧降下作用を持つ生理活性物質の1種である。キニノーゲンから血漿カリクレインやトリプシンによって作られる。構造はArg-Pro-Pro-Gly-Phe-Ser-Pro-Phe-Arg-OH。肺に存在するキニナーゼ(アンジオテンシン変換酵素)により分解される。カリジンとともにプラスマキニン(血漿キニン、単にキニンとも)に分類される。
*3.レカネマブ(Lecanemab)
レカネマブは、ADの治療薬。本剤は、マウス抗体mAb158のヒト化版であり、AD動物モデルにおいて、プロトフィブリルを認識し、アミロイドβの沈着を抑制した。認知症において対症療法ではなく、病気の原因物質の除去をねらった治療薬の正式承認は世界初。アメリカでの商品名は「レケンビ(Leqembi)」。臨床試験の第3相の結果では服用18カ月で症状進行を27% (5.3カ月分)の抑制効果がみられたものの、完全に止めることはできず治療効果は実感できないレベルと指摘されている。非常に高額となることから費用対効果が低いと予想される。また、ARIA*5などの副作用にも注意する必要がある。
*4.疾患修飾薬
疾患修飾薬とは、疾患の原因となっている物質を標的として作用し、疾患の発症や進行を抑制する薬剤のことをいう。しばしば症状改善薬と対比的に用いられる。免疫に作用する薬が多くみられる関節リウマチ治療薬や、ADや多発性硬化症などの神経変性疾患で用いられることが多い。
*5.ARIA(Amyloid-related imaging abnormalities)
Aβ抗体薬の副作用によって生じた画像異常。ADでは脳の血管壁にもAβが沈着しており、脳葉型の脳出血を生じる場合がある。このような脳アミロイド血管症は、ADの約8割にみられる。Aβ抗体薬が投与されると、Aβを取り除く初期に、血管透過性の亢進により脳血管から液体または蛋白成分が漏出して、脳皮質、皮質下白質の浮腫または脳溝内の滲出液の貯留の原因となったり(ARIA-E)、血液が漏出して脳表ヘモジデリン沈着症または微小(点状)出血を起こす(ARIA-H)ことがある。レカネマブの治験段階では、症状を伴ったARIA-Eが2.8%、ARIA-Hが0.7%みられた。この副作用への対応は、ARIAを早期に診断して投薬を一時中断または中止することであり、これにより大部分が正常に回復する。

文献1
A possible mechanism for the enhanced toxicity of beta-amyloid protofibrils in Alzheimer’s disease, Chen Z-L et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 120 (36) e2309389120 (2023)