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2024/2/8

JN.1;オミクロンの新たな注目すべき変異株

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • JN.1は、オミクロン株BA.286から派生し、昨年末より流行し始めた「注目すべき変異株」*1である。
  • BA.286からスパイクタンパク部分の配列が一つ変異するだけで、免疫逃避性、感染力が増大したのは興味深い。
  • JN.1が重症化するリスクは小さいと思われる。
  • 現行のワクチン接種がJN.1に対しても有効だと予想される。
図1.

世界保健機関(WHO)は2023年5月5日新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する「緊急事態」の宣言を終了し、それを受けて、国内でもSARS-CoV-2に対する感染症法上の位置付けが、インフルエンザと同じ5類に引き下げられ、コロナと共生する日常になりました。だからと言って、ウイルスの性質が大きく変わったわけではありません。実際、昨年の夏から秋にかけて、オミクロン株XBB、BA2から、それぞれ派生したEG5(通称:エリス)、BA.2.86(通称:ピロラ)のパンデミックがありました(図1)。特にBA.2.86は、BA.2と比較してスパイク蛋白のアミノ酸配列に30以上の新しい変異を有しており、世界的な大流行を起こすのではないかと懸念されました(「新たなオミクロン派生株;BA.2.86、WHOの監視下に」〈2023/9/12掲載〉)。幸い、BA.2.86は日本で流行しませんでしたが、冬になり子株の1つJN.1が日本にも流行しつつあります(図1)。米国疾病対策センター(CDC)は米国内の新規感染者のうち、JN.1の感染割合が1月19日時点で85.7%程度に上り、引き続き、国内・外で最も広く拡散していると推定し、WHOは、JN.1を「注目すべき変異株」に分類しています。ただ、現時点では他の型より深刻な症状を引き起こす根拠は見つかっておらず、現在入手可能なワクチンはJN.1に対しても予防効果があり、重症化を防ぐことが出来るようです。また、日本では、昨年夏の第9波の後、落ち着いていた感染者数が先月ごろから増加傾向にあり、現在、第10波(冬の波)*2に入ったと考えられていますが、さらに、JN.1が流行することにより影響を受けるであろうと予想されます。このような状況を考慮して、今回は、JN.1を取り扱ったJAMAのMedical News & Perspectives論文(文献1)を翻訳して紹介いたします。


文献1.
As COVID-19 Cases Surge, Here’s What to Know About JN.1, the Latest SARS-CoV-2 “Variant of Interest”, Rita Rubin, MA, JAMA. Published online January 12, 2024

(急増するオミクロンJN.1;「注目すべき変異株」について知っておくべきこと)


【JN.1はBA.2.86の派生株】

米国でSARS-CoV-2の主流の変異株となったJN.1は、親株のBA.2.86が達成できなかった感染率に到達した。幸運なことに、前年の同じ時期に比べて感染者数は急増しているが、入院と死亡は少ない。昨年夏にBA.2.86がSARS-CoV 2オミクロン株ファミリーに加わったとき、その祖先であるBA.2とは大きく異なっていた。BA.2.86のスパイクタンパク質はBA.2と比較して30以上の変異があり、以前よりも感染が広がる可能性が示唆された。それにもかかわらず、BA.2.86は他の亜種を凌駕できなかった。CDCの推計によれば、今年1月初旬まで、BA.2.86は米国の流行株の3%程度を超えることはなかった。WHOによれば、BA.2.86は、2023年11月第1週までに、全世界のSARS-CoV-2配列の8.9%を占めていたため、11月20日にBA.2.86とその亜系統を「注目すべき変異株」に分類した。1月4日の記事で、スクリプス研究所のエリック・トポル博士は、BA.2.86は以前のオミクロン株の亜種とは大きく異なっているため、WHOは「懸念される変異株」*3に指定し、別のギリシャ文字で命名すべきだったと議論した。

【スパイクタンパク質の1つの変異が感染力を増大させる】

WHOが急拡大しているBA.2.86ファミリー全体を「注目すべき変異株」と分類した4週間後、そのなかでもJN.1の感染が急速に拡大していることを理由に、独立して、「注目すべき変異株」に指定した。CDCによると、1月上旬までに、米国で流行している変異株に占めるJN.1の割合は2週間前の38.8%から推計61.6%に急増した。JN.1のスパイクタンパク質は、BA.2.86のそれよりも変異が1つ多いだけである。L455Sと呼ばれるこの突然変異は、SARS-CoV-2の細胞への入り口であるアンジオテンシン変換酵素2受容体に結合するウイルスの能力を高めると、国立アレルギー感染症研究所のニコル・ドリア・ローズ博士はJAMAとのインタビューで述べた。JN.1は、おそらくオミクロン株の他のどのメンバーよりも免疫回避性が高く、感染力が強いと思われる。ヴァンダービルト大学医学部のウィリアム・シャフナー博士はインタビューで「このたった一個の変異が感染拡大のカギとなったのだろう」と述べた。JN.1が勢いを増すにつれて、ウィルスの指標は著しく増加した。CDCは1月5日の報告書で、昨年の同時期と比較して、廃水中のウイルス活性レベルが27%高く、COVID-19検査の陽性率が17%高かったと推定した。

【重症化しにくい?】

しかし、悪いニュースばかりではなかった。CDCによると、感染レベルは明らかに上昇しているものの、医師の診察を必要とするCOVID-19疾患の指標は前年よりも低くなっている。例えば、COVID-19による救急受診は21%減少した。また、CDCによると、COVID-19による死亡者の割合は、2022年12月31日までの週の5.2% (3,658人)に対し、2023年12月30日までの週は3.6%(839人)と減少した。「JN.1が感染拡大を引き起こしているのは明らかだと思うが、幸いなことに、重症化しているという証拠はない」「しかし、JN.1の感染率が高いことを考えると、呼吸器症状のある人は、最初の数日間は陰性であっても、COVID-19に感染していると想定する必要がある」と、ミネソタ大学のマイケル・オスターホルム博士はJAMAに語った。ニュース報道によると、COVID-19やその他の呼吸器感染症の罹患率が高いため、一部の州の病院では、少なくとも病室やその他の臨床ケアエリアで患者と接するスタッフに対しては、マスクの義務付けを再開した。例えば、マス・ジェネラル・ブリガム病院機構は1月2日にこの方針を発表し、冬の後半から春にかけて感染レベルが下がるまで、続けるという。

【現行のワクチンで十分】

COVID-19ワクチンの製造は、数か月前から準備する必要がある。従って、ワクチンが標的とする株は、現在流行している変異株と完全に一致しない。最新のCOVID-19ワクチンは、オミクロン株の亜種であるXBB.1.5を標的としており、米国での有病率は、昨年9月に人々が接種を受け始めた時点で3%未満に縮小していた。CDCによると、1月6日までの2週間で、オミクロン株の系統樹のBA.2.86とJN.1の別の枝から現れたXBB.1.5は、米国では流行していない。しかし、幸いなことに、実験室での研究結果、及び、COVID-19による入院率と死亡率は、XBB.1.5ワクチンがJN.1に対しても、重症化を防ぐことを示唆している。「研究室の報告によれば、JN.1は、現行のブースターワチンに含まれるXBB.1.5変異株よりも中和抗体に対する感受性が約3〜5倍低いが、それでも中和抗体の力価が有効であると考えられる範囲にとどまっている」と、デューク大学医療センターのデービッド・モンテフィオリ博士はEメールで説明した。

【ワクチン接種により重症化を抑制する】

東京大学のウイルス学者である佐藤圭博士らが今年1月3日に発表した研究論文によると、BA.2.86とJN.1はXBBと比較してスパイクタンパク質に30以上の変異があり、JN.1は、これまでで最も免疫を回避するSARS-CoV-2変異株の1つであると結論付けている。しかし、JN.1の急速な感染拡大とXBB.1.5との非類似性にもかかわらず、新しい変異株に向けたCOVID-19ワクチンを作製しようという声は上がっていない。「現在のSARS-CoV-2の変異と、流行中の変異株に対する一価XBB.1.5ワクチンによって実証された免疫応答の幅広さを考慮して」、COVID-19ワクチン組成に関するWHO技術諮問グループは、12月に現在のワクチン組成を維持することを推奨した。最新のCOVID-19ワクチンは、JN.1やその他のオミクロン株の亜種による感染を一貫して防ぐことはできないかもしれないが、それでも重症化した人の重症化を減らすことはできると、佐藤博士はJAMAに宛てたEメールに書いている。「ワクチン接種の目的は、重症化を減らすことです」と佐藤博士は強調する。

しかし、良いワクチンがあってもヒトに接種されなければダメである。先行する2価ワクチンで見られたように、最新のCOVID-19ワクチンの接種率は低い。CDCによると、2022年9月から利用可能になった2価ワクチンは、生後6か月以上のすべての人が対象だったが、2023年5月10日時点で米国人口の17%しか接種していない。12月第1週に実施されたギャラップの調査*4によると、米国の成人の約29%が最新のCOVID-19ワクチンを接種したと答えたのに対し、今シーズンのインフルエンザワクチンを接種したと答えた人は47%だった。「今日、入院しているのは、一般的に、最新のワクチンを接種していない高リスクの人々だ」とシャフナー博士は述べた。

【バック・トゥ・ザ・フューチャー】

JN.1は、より新しく、より巧妙なSARS-CoV-2変異株に取って代わられることは必然的であり、ピークアウトが起きることは必至だ。「今後数カ月のうちに、多くの人がJN.1に感染するでしょう」と佐藤氏は説明した。多くの人々が抗JN.1に感染して免疫を獲得すると、新型コロナウイルスは、それを回避するように進化するだろうと彼は言う。「現時点では、地球上のほとんどの国がワクチン接種を受けているか、感染しているか、あるいはその両方が完了している」とドリア・ローズは指摘する。「ウイルスは、免疫を回避して感染力を高めるために、変異を続けなければならないというプレッシャーにさらされている。その結果、この秋には必ずまた最新のCOVID-19ワクチンの処方が必要になるだろう。病原性が高くならなければ良い」と述べた。SARS-CoV-2は新しい宿主であるヒトに適応するために進化を続けている」とドリア・ローズ博士は語った。

用語の解説

*1.注目すべき変異株
一般的にウイルスは増殖や感染を繰り返す中で少しずつ変異していくものであり、新型コロナウイルスも、約2週間で1箇所程度の速度で変異していると考えられている。WHOは、こうした変異をリスク分析し、その評価に応じて、「懸念される変異株(Variants of Concern; VOC)」、「注目すべき変異株(Variants of Interest; VOI)」、「監視下の変異株(Variants under Monitoring; VUM)」に分類している。
*2.第10波(冬の波)
国内では、新型コロナウイルスは流行「第10波」が立ち上がりつつある。国立感染症研究所によると、現在、主流とみられるのは、オミクロン株の亜種XBBの一種であるHK.3。XBB全体の約7割を占め、さらにBA.2.86やJN.1など新たな変異株が広がりつつある。対応ワクチンも使われているオミクロン株の仲間だが、専門家は性質が異なる変異株の登場を懸念している。また、“第10波”でなく、“2024年 冬の波”と、呼称の変更を提案する意見もある。
*3.懸念される変異株
*1.を参照
*4.ギャラップの調査(Gallup poll)
1935年にジョージ・ギャラップによって設立されたアメリカ世論研究所(American Institute of Public Opinion)を前身とする。ワシントンD.C.に本社を置き、世界30余の国に拠点を設けて世論調査などを行っている。1995年に日本オフィスを開設した。民間企業による世論調査の先駆け的存在で、世論調査はギャラップ調査(Gallup Poll)と称されて信頼が厚い。世間の注目を集めた調査に、世界各国の企業を対象に実施した従業員のエンゲージメント(仕事への熱意度)調査がある。日本は「熱意あふれる社員」の割合が6%で、調査した139国中132位であった。

文献1
As COVID-19 Cases Surge, Here’s What to Know About JN.1, the Latest SARS-CoV-2 “Variant of Interest”, Rita Rubin, MA, JAMA. Published online January 12, 2024