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2024/2/13

CAR-T療法の副作用としてのパーキンソン病

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • CAR-T療法*1は、多くの副作用を伴うことが知られているが、本研究の結果より、パーキンソン病(PD)やその他の神経系の疾患も、CAR-T療法の副作用として重要であることを認識しなければならない。
  • CAR-T療法によりPDが引き起されるメカニズムは不明であるが、末梢血のリンパ球T細胞の増加が関係あるかもしれない。従って、シクロフォスファミドなどによる化学療法の有効性が期待される。
  • CAR-T療法の症例数は、現時点においては限られており、神経系の副作用に関して、さらに知見を増やすことが必要である。
図1.

当初、CAR-T療法は、難治性の多発性骨髄腫や悪性リンパ腫など血液系のがんの治療に対して考案されましたが、引き続いて、固形腫瘍、自己免疫疾患、感染症など多くの疾患において治療の有効性が検討されてきました(多発性硬化症の治療に対するCAR-T療法の有効性〈2024/1/16掲載〉)。しかしながら、同時に、CAR-T療法は多くの副作用を伴うことがわかってきました(図1)。今後、この画期的な治療法が臨床的に確立されるためには、副作用の問題を十分に検討して、それを克服することが重要です。副作用の種類や頻度はCAR-T治療薬によって異なりますが、代表的なものにはサイトカイン放出症候群(CRS)*2、免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群(ICANS)*3、感染症、貧血、血小板減少、腫瘍崩壊症候群(TLS)*4などが知られています(図1)。以前に行われた難治性の多発性骨髄腫の患者さんを対象にした、B細胞成熟抗原(BCMA)*5を標的とするCAR-T療法(ciltacabtagene autoleucel:cilta-cel)の臨床治験(第Ib/Ⅱ相試験)において、 cilta-cel治療群は追跡期間中央値28カ月時点においても深い持続的な奏効を維持していることが確認されました。しかしながら、5人の患者において動作緩慢、四肢の固縮、小書症、振戦などのPD様の症状が認められました。今回、ハーバード大学のPhilipp Karschnia博士らは、最近のマサチューセッツ総合病院の記録を調べた結果、BCMA-CAR-T療法を受けた患者さん2名においてPDの症状を確認してBloodに報告しました(文献1)。これらにより、CAR-T療法の副作用としてPDが起こり得ると思われます。


文献1.
Neurologic toxicities following adoptive immunotherapy with BCMA-directed CAR T cells. Philipp Karschnia, et al. Blood (2023) 142 (14): 1243-1248.


【背景・目的】

以前の多発性骨髄腫の患者さんを対象にしたBCMA-CAR-T療法の臨床治験において、PD様の症状が副作用として観察されたが、それ以降、あまり進展していない。ICONSがBCMA- CAR-T療法の主要な副作用の一つであることを考慮すれば、CAR-T療法の副作用が中枢神経に及ぶ可能性があり、この重要な問題をより深く理解することが、本論文の研究目的である。

【方法】

  • 2016〜2023年のマサチューセッツ総合病院のデータベースを調べた後ろ向きコホート研究*6を行った。
  • その結果、多発性骨髄腫の治療目的にBCMA- CAR-T療法を受けた76名の患者さんを同定し、ICANSを含む副作用(12カ月以内)の解析をして、統計的処理を行なった。

【結果】

  • そのうち、31名の患者さんにICANSの診断があった。内訳は、重度のICANS(grade 3,4;実質的な脳炎状態、深い混乱、覚醒レベルの低下)6名, 残りは軽度のICANS(grade 1,2; 頭痛、表現性失語、〜中等度錯乱)であった。
  • ICANSと炎症性マーカーは相関関係を示し、実質的に重度のICANSはCRS(CRP, フェリチンなどの炎症性マーカーが上昇)が観察された。38°C以上の発熱は重度のICANSの初期に認められることが多く、また、低アルブミン血漿はICANS全般に認められた。
  • 脳波を測定した結果、軽度ICANSの60%, 重度ICANSの80% に背景活動の低下を観察した。
  • 軽度のICANSの患者には、tocilizumab(IL-6受容体アンタゴニスト)、重度のICANSはanakinra(IL-1受容体アンタゴニスト)で対応した。
  • 多発性骨髄腫のタイプ、tocilizumab使用の有無、CAR-T市販製品の差は、ICANSの程度に相関しなかった。
  • ICAMSの急性期を過ぎて2名の患者さんにPD様の症状が見られた。1人目はBCMA-CAR-T療法(idecabtagene vicleucel)を受けた後、22日目に発症し、FDG-PET検査で大脳基底核が両側性に代謝が低下しているのが観察された。症状は徐々に悪化し、敗血症で死亡した。2人目は別のBCMA-CAR-T療法(ciltacabtagene autoleucel)を受けた後、19日目に発症し、FDG-PETでは、前頭部の代謝が低下していた。フロ−サイトメトリー*7の結果、末梢血のリンパ球は、CD3+T細胞(すなわち、注入したCAR-T)由来のものであり、高濃度のシクロフォスファミドを投与して4週間後に完全に回復した。

【結論】

  • 本研究の結果より、頻度は高くないが、PDはCAR-T療法の副作用として重要であることを認識しなければならない。
  • 現時点で、CAR-T療法によりPDが引き起されるメカニズムは不明であるが、末梢血のリンパ球T細胞の増加が関係あるかもしれない。従って、シクロフォスファミドなどの化学療法が治療に有効かもしれない。

用語の解説

*1.CAR-T療法
CAR-T細胞療法は、通常の免疫機能だけでは完全に死滅させることが難しい難治性のがんに対する治療法として開発された、高度に個別化された治療法である。詳細は、(多発性硬化症の治療に対するCAR-T療法の有効性〈2024/1/16掲載〉)を参照して下さい。
*2.サイトカイン放出症候群 (CRS)
CRSまたは急性輸注反応は抗T細胞抗体等の抗体医薬品を投与した際に起こり得る副作用であり、アナフィラキシーとは異なる概念である。
血中に炎症性サイトカイン等が放出され、悪寒、悪心、倦怠感、頭痛、発熱、頻脈、血圧変動等の種々の症状が起こる。何らかの治療の結果として発生する場合、CRSの症状は治療後数日から数週間まで遅れる事がある。即時性の病態[や重篤な病態をサイトカインストームと呼ぶ。抗胸腺細胞グロブリン、ムロモナブ-CD3、TGN1412等のほか、抗CD-20抗体(抗B細胞抗体)であるリツキシマブでも見られる。薬剤が単球やマクロファージと結合して、T細胞等が死滅する前に活性化されてサイトカインを放出することで生ずる現象である。
*3.免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群(ICANS)
原因はよくわかっていないが、意識障害、けいれん、運動性失語等が生じる。輸注後1週間までに生じることが多く、3-4週でも生じる可能性がある。副腎皮質ホルモン等で治療する。治療を受けた患者の約50%が罹患すると言われており、症状としては、錯乱、せん妄、失語症、運動能力の低下、傾眠などがある。痙攣や昏睡などの重篤なものは4.5%程度の発症率である。
*4.腫瘍崩壊症候群
抗がん剤治療や放射線療法等でがん細胞が短時間に大量に死滅することで起こる症候群で、腫瘍学的緊急症の一つである。がんに対する非外科的療法(腫瘍を直接取り出すのではなく体内で死滅させる療法:抗がん剤や放射線治療など)が進歩して有効性を増すにつれ、体内でがん細胞が大量に死滅することによる本症のリスクが無視できなくなってきている。昨今は小児がんや血液の悪性疾患を診療する医師が最も留意すべき緊急事態とされているが、他の成人の腫瘍でもその報告は増す傾向にあり、また化学療法中でなくても腫瘍の自然崩壊によって発症した例が報告されている。発症の危険度を検査値から予測する試みもあるが、悪性疾患に対する化学療法・放射線療法の効果が期待できるほど本症の危険は逆に増すことを常に念頭に置く必要がある。がん細胞が一度に大量に細胞死を起こすと、核酸をはじめとする分解産物が血流中に大量に放出されて、それがもとになって高リン酸血症、低カルシウム血症、高カリウム血症、高尿酸血症など重篤な病態を惹き起こす。
*5.B細胞成熟抗原(BCMA)
膜貫通蛋白質で、腫瘍壊死因子(TNF)受容体スーパーファミリーメンバー17や、CD269とも呼ばれる。 BCMAは、成熟したB細胞の表面に発現しており、B細胞の発生や自己免疫応答に関係する。 B細胞から分化したリンパ球系の細胞が生存するのにも不可欠である。
*6.後ろ向きコホート研究
後ろ向きコホート研究は縦断研究(longitudinal study)の1つで、特定の条件を満たした集団(コホート)を対象にして診療記録などから過去の出来事に関する調査を行う研究手法を指す。対象となった集団の特定の「要因」と、ある病気の発症や治療経過など「複数のアウトカム」との関連について分析することができる。
*7.FDG-PET
[18F]-fluorodeoxyglucose (FDG)を用いたpositron emission tomography (PET) とは、positron emission tomography(陽電子放出断層撮影)の略で、放射能を含む薬剤を用いる、核医学検査の一種である。放射性薬剤を体内に投与し、その分析を特殊なカメラでとらえて画像化する。CTなどの画像検査では、通常、頭部、胸部、腹部などと部位を絞って検査を行いますが、PET検査では、全身を一度に調べることが出来る。核医学検査は、使用する薬により、さまざまな目的に利用されているが、現在PET検査といえば大半がブドウ糖代謝の指標となる[18F]fluorooxyglucoseを用いた検査である。CT検査などでは形の異常を診るのに対し、PET検査では、ブドウ糖代謝などの機能から異常をみます。臓器のかたちだけで判断がつかないときに、機能をみることで診断の精度を上げることができます。PET検査は、通常がんや炎症の病巣を調べたり、腫瘍の大きさや場所の特定、良性・悪性の区別、転移状況や治療効果の判定、再発の診断などに利用されている。
*8.フローサイトメトリー
フローサイトメーターは、乱れの含まない流れ(層流)中で細胞を測定する装置である。つまり、細胞に傷害を与えないで流すための緩衝液(シース液)中で細胞1つずつを一列に並べ、レーザー光を当てて散乱光や蛍光を測定することにより細胞1つずつの情報を取得する。その用途は様々だが、例えば、DNA量に基づく細胞周期評価、蛍光標識抗体を用いた細胞表面マーカー解析、蛍光標識高分子などの細胞内導入解析、特定細胞の分取などがある。

文献1
Neurologic toxicities following adoptive immunotherapy with BCMA-directed CAR T cells. Philipp Karschnia, et al. Blood (2023) 142 (14): 1243-1248.