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研究者向け

2024/2/21

Enveloped delivery vehiclesによる生体内T細胞のエンジニアリング

文責:丹野 秀崇

In vivo human T cell engineering with enveloped delivery vehicles., Hamilton ら Nature Biotechnology (2023)


【概要】

これまでに著者らはレンチウイルスを改良したVirus like particles (VLPs)にCas9 RNP(Cas9とgRNAの複合体)を取り込ませ、このVLPsを細胞に作用させることによってゲノム編集が可能なことを報告していました。しかし、標的となる細胞を自在に変更することは困難でした。そこで、今回筆者らはVLPsに細胞指向性を持たせるためにsingle-chain variable fragments (scFvs)をVLPsに保有させました。改良型VLPsを細胞に作用させたところ、scFvが認識する細胞膜タンパク質を発現している細胞にゲノム編集が起こり、scFv認識細胞膜タンパク質非発現細胞ではゲノム編集がほとんど起こらないことが明らかになりました。また、T細胞指向性のVLPsをマウスに投与することによって、生体内のT細胞にChimeric-antigen receptor (CAR)遺伝子導入とTCR遺伝子のノックアウトを同時に起こすことが可能なことを報告しています。本論文の技術は狙った細胞への遺伝子編集・導入を容易にし、生体内でも効果が見られたことから遺伝子治療における有望なツールとなると考えられます。

【具体的な研究内容】

これまでに著者らはレンチウイルス型のVLPs形成時に、Cas9とGagの融合遺伝子を発現させると、VLPs内にCas9 RNPを取り込めることを報告していました。しかし、標的細胞の指向性は柔軟に変更できていませんでした。そこで、著書らはscFvを用いることによって標的細胞への指向性を持たせています。具体的にはanti-CD19 scFvをVLPs表面に保有させ、CD19発現細胞特異的にCas9 RNPを送達できるかを検討しています。CD19を発現させたHEK293細胞および発現させていない細胞を混ぜ合わせ、anti-CD19 scFvを持つVLPsを作用させたところ、CD19を発現させたHEK293細胞にゲノム編集が生じ、CD19を発現していない細胞にゲノム編集はほとんど生じませんでした。更に、HEK293細胞にCD20, CD4, CD28等の別の細胞膜タンパク質をそれぞれ発現させ、VLPsにこれらのタンパク質に対するscFVを発現させて同様の実験を実施したところ、CD19の場合と同様の結果が得られました。これらのことからVLPsにscFvを持たせることによって特定の細胞へのCas9 RNPの送達が可能になると述べており、筆者らはこの改良型VLPsをCas9-packaging enveloped delivery vehicles (Cas9-EDVs)と名付けています。

続いて、筆者らはGag-Cas9の配列を変更することによりノックアウト効率の向上を試みています。ゲノム編集を起こすにはCas9 RNPが核内に移行する必要があるため、GagとCas9の間に様々なnuclear localization signal (NLS)およびnuclear export sequences (NESs)を挿入し、ノックアウトの効率を検証しています。その結果、2×p53-derived NLSと3× nuclear export sequences (NESs)を挿入するとノックアウト効率が上昇することが判明しました。また、sgRNAを個別のプラスミドで発現させるのではなく、Cas9-EDVs作製時に用いるGag-NES-NLS-Cas9およびGag-polプラスミドに組み込むことで、編集効率がさらに向上しました。これは、Cas9-EDVsの組み立て中にCas9 RNPのローディングが改善され、標的細胞内でのCas9 RNPの核内輸送が強化されたと筆者らは推測しています。
更に筆者らはCas9-EDVs内の構成物がノックアウト効率に影響するかを検証しています。レンチウイルス粒子はHIV-1のプロテアーゼによって成熟し、キャプシド構造を持ちますが、このキャプシド構造がCas9-EDVsによるゲノム編集時にも必要かどうかを検証しています。GC-CA1阻害薬はHIV-1のキャプシドコアの核内への輸送やアンコーティングを阻害することが知られています。そこで、GS-CA1存在下でレンチウイルスによる蛍光タンパク質遺伝子導入を試みたところ、GS-CA1の濃度が上昇すると蛍光遺伝子は発現せず、レンチウイルスではキャプシドが遺伝子導入に重要であることが分かりました。一方で、Cas9-EDVsにおいてはGS-CA1の濃度に関わらずゲノム編集が可能なことを示しています。更に、Cas9-EDVs作製時に用いるプラスミドにはHIV-1のプロテアーゼが含まれていますが、このプロテアーゼをTEVプロテアーゼに置換し、Cas9-EDVsを作製しゲノム編集が起こるかを検証しています。TEVプロテアーゼではキャプシド構造が生じないと考えられますが、Cas9-EDVsはゲノム編集を起こすことが出来ました。以上から筆者らはCas9-EDVsにおいては、キャプシド構造は重要でないと述べています。

続いて、筆者らはCas9-EDVsによるヒトプライマリーT細胞の遺伝子編集を試みています。まずCas9-EDVsにanti-CD3 scFV、anti-CD28 scFV、あるいはその両方を発現させプライマリーT細胞に作用させました。その結果、いずれの場合もゲノム編集が起こせることを示しています。また、anti-CD3 scFVとanti-CD28 scFVを同時発現させた場合はT細胞の活性化も起こることが判明しました。更にプライマリーT細胞にanti-CD4 scFVを発現させたCas9-EDVsを作用させるとCD4 T細胞特異的にゲノム編集が起こることや、anti-CD4 scFVとanti-CD3 scFVを同時にCas9-EDVsに発現させるとそのゲノム編集効率が高まることも分かりました。

そして、筆者らはCas9-EDVsがin vivo実験でも活用可能かを検証しています。免疫不全マウスにヒトPBMCを生着させたヒト化マウスを作製し、Cas9-EDVsあるいはポジティブコントロールであるレンチウイルスを静脈から全身投与しました。Cas9-EDVsおよびレンチウイルスはT細胞指向性と活性化能を与えるためにanti-CD3, anti-CD4, anti-CD28のscFVを発現させており、またanti-CD19のCAR遺伝子をコードしています。そしてCas9-EDVsはTRAC (TCRαの定常領域)をノックアウトするようにも設計されています。投与の結果、Cas9-EDVs、レンチウイルス、どちらの場合でもT細胞にCARの発現が見られました。また、Cas9-EDVsの場合はCARを発現している細胞の1.51%から1.67%の割合でTRACのゲノムが編集されていることが判明し、CAR非発現細胞では0.04%のゲノム編集に留まりました。つまり、現時点ではその効率は低いものの、ゲノム編集と遺伝子導入を同時にマウス体内で起こすことに成功しています。
また、肝臓は様々な物質を取り込む性質があるため、in vivoにおける遺伝子導入実験を実施すると、標的としていないにも関わらず肝臓細胞が外来遺伝子を発現することがあります。そこで筆者らは肝臓における遺伝子導入の度合いを検証しました。その結果、クッパ―細胞/マクロファージに遺伝子導入がみられたものの、肝臓細胞には遺伝子導入がされていませんでした。
anti-CD19のCARをT細胞に導入したことから、そのB細胞殺傷能力についても検証しています。Cas9- EDVsではコントロールであるPBS投与時と比べてB細胞数の減少が見られ、CAR-T細胞がB細胞を殺傷していると考えられました。一方でレンチウイルスによるCARの導入ではB細胞が完全に死滅していました。これはレンチウイルスの方が、CAR導入効率が高かったためと考えられます。そして、Cas9-EDVsおよびレンチウイルスによってCARが導入されたT細胞のTCRクローンを調べてみると多様なTCR配列が得られたため、筆者らは遺伝子導入が一つのT細胞にされてその後増殖したのではなく、様々なT細胞に遺伝子導入が起こったと述べています。

以上をまとめると、Cas9-EDVsを用いると、現時点では若干の非標的細胞への遺伝子編集は起こるものの、狙った細胞への遺伝子編集・導入を生体内で起こすことが出来る点が画期的と言えます。今後は本技術を活用した基礎研究や遺伝子治療が発展していくと考えられます。


文献1
In vivo human T cell engineering with enveloped delivery vehicles., Hamilton ら Nature Biotechnology (2023)