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世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


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2024/2/20

アルツハイマー病の危険因子としての腸内炎症

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 最近の研究により、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患(IBD)*1 が神経変性疾患の危険因子になる可能性が示唆されている(図1)。しかしながら、アルツハイマー病(AD)と腸内炎症の関係については厳密に調べられていない。
  • 本プロジェクトでは、高齢者の糞便中の腸の炎症マーカーであるカルプロテクチン(calprotectin)*2 を測定して、ADとの相関を調べるコホート研究を行った。
  • その結果、糞便中のカルプロテクチン量は、高齢化、脳脊髄液中ADバイオマーカー、ADの進展度に相関することがわかった。
  • さらに、認知機能に障害のない参加者においても、言語記憶能力の低下と相関していたことから、腸の炎症はAD初期からにリンクすると推定された。
図1.

ADの病理学的な特徴は、アミロイド蛋白(Aβやtau)の凝集とグリア系細胞の活性化を伴った慢性炎症です。これまでは、遺伝子変異やストレスにより蛋白凝集が誘発され、それにより炎症が引き起こされると考えられていましたが、最近では、炎症が蛋白凝集を促進すると思われる論文も目立ちます。後者を支える理由の一つとして、炎症を伴う慢性的な疾患;アレルギー疾患(「アトピー性皮膚炎はADの危険因子になる!」〈2024/1/11掲載〉)II型糖尿病などのメタボリック症候群ADと合併するとADの進行を有意に促進することが明らかになって来ましたことが挙げられます。今回は、米国ウィスコンシン大学のヘンソン博士らが、腸内炎症がADのリスクを上げることを示してScientific Reports誌に報告していますので(文献1)、この論文を取り上げます。このように、蛋白凝集と慢性炎症は、単純な因果関係にあるのではなく、両者の相互作用が神経病理学的に重要な役割をしているのではないかと思われます。実際、これまでのADの臨床治験においては、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDS)の作用は認められず、最近、抗Aβ免疫療法の弱い効果が認められたに過ぎないのが現状ですが、Aβ蛋白凝集と慢性炎症のそれぞれを単独ではなく、同時にターゲットにすることにより、相乗的な治療効果を生み出す可能性が期待出来るかも知れません。


文献1.
Gut inflammation associated with age and Alzheimer’s disease pathology: a human cohort study. Henson, M. B. and Ulland, T. K. Scientific Reports,volume 13, Article number: 18924 (2023)


【背景・目的】

高齢疾患は、加齢に伴う炎症老化(inflammaging)*3 を特徴とすることが知られている。これに一致して、老化やADを含む高齢疾患は、腸内細菌の変化と体循環における腸内細菌の構成要素が増加していることがわかってきた。しかしながら、腸内の炎症の役割は必ずしも明らかとは言えない。従って、高齢化、ADの進行と腸内の炎症が相関するかどうか評価することが本論文における研究目的である。

【方法】

  • この目的のため、ウィスコンシン大学AD研究センターより得られた126人の糞便のサンプル中のカルプロテクチン(calprotectin)を測定して評価した。Calprotectinは、腸の障壁の整合性の病的状態で上昇する腸の炎症マーカーである。
  • 最尤法やSatorra–Bentler法を使った重回帰分析*4により、ADの臨床的な診断、参加者(被験者)の年齢、ADの脳脊髄液中バイオマーカー、11C-Pittsburgh Compound-Bを用いたPET(PiB-PET)画像におけるアミロイドのイメージングによる定量、実行機能やエピソード・意味記憶測定による認知機能テストの結果が、糞便のカルプロテクチン量と相関するかどうかを評価した。

【結果】

  • 糞便中のカルプロテクチン量は高齢化するにつれて上昇し、AD(アミロイドの蓄積が確認された参加者)においてより増加していた。
  • さらに、ADにおいては、カルプロテクチン量はPiB-PETで測定したアミロイドの測定値に相関した。
  • 探索的データ分析(Exploratory analyses)*5により、糞便中のカルプロテクチン量はADの脳脊髄液中バイオマーカーとも相関関係があり、認知機能に障害のない参加者においても、言語記憶能力の低下と相関した。

【結論】

本研究結果より、腸の炎症は病初期から脳の病理にリンクしており、さらに、ADの進行を増悪させることが示唆された。

用語の解説

*1.炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease:IBD)
IBDとは、ヒトの免疫機構が異常をきたし、自分の免疫細胞が腸の細胞を攻撃してしまうことで腸に炎症を起こす病気で、患者さんは慢性的な下痢や血便、腹痛などの症状を伴う。主に潰瘍性大腸炎とクローン病の2種類があり、両疾患とも比較的若い方に発症しやすく、日本の患者数は年々増加傾向にある。また、腸管ベーチェット病という比較的まれな炎症性腸疾患もある。通常、命にかかわることはないが、一旦発症すると根治することはまれであり、生涯治療を継続する必要がある。
*2.カルプロテクチン(calprotectin)
S100蛋白に属する36kDのカルシウム-亜鉛結合蛋白で好中球(白血球の主要細胞のひとつ)の細胞質主要成分で抗菌作用を持つものです。腸に炎症が起こるとその好中球が集まってきて、腸管から便の中に移行するため便中カルプロテクチン値が上昇する。すなわち、腸の炎症マーカーであり、過敏性腸症候群との鑑別、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎・クローン病)の腸の炎症状況の評価に便中カルプロテクチンが使われる。
*3.炎症老化(inflammaging)
高齢者では、炎症性サイトカイン等血中炎症マーカーの増加や組織での炎症シグナルの活性化等がみられ、基礎的な低レベルの炎症状態が誘導されていることが指摘されている。このような加齢による基礎的炎症の活性化や、炎症性疾患の増加から、inflammagingという加齢と炎症のリンクに注目した概念が提唱されている。微生物感染や創傷などにより誘導される「急性炎症」は、いわゆる炎症の四徴(熱感・発赤・疼痛・腫脹)を呈する典型的な生体防御反応であり、一過性に誘導され、炎症反応のピークを越えると健常状態に復する。これに対して、加齢による生活習慣病でみられる「慢性炎症」では、明らかな急性炎症の特徴(炎症の四徴)を示さないままに低レベルの炎症反応が年余にわたって持続・遷延化することが特徴である。慢性炎症を引き起こす誘因の多くは非感染性(無菌性炎症)と考えられる。例えば、組織傷害により細胞外に放出される分子(ダメージ関連分子パターン:DAMPs)が自然免疫系の病原体センサーにより認識され、炎症シグナルを活性化する。
*4.最尤法やSatorra–Bentler法を使った重回帰分析
重回帰分析とは、回帰分析のうちで説明変数(独立変数)が複数あるものを指す。なお、回帰分析とは説明変数と従属変数の関係性を推定するための統計的手法のことを、説明変数とは因果関係を検討する際にある要因によって結果に影響を及ぼしたり、及ぼすことが推測されたりする変数のことをいう。最尤法とは、統計学において、与えられたデータからそれが従う確率分布の母数を点推定する方法であり、Satorra–Bentler法でスケーリングすると、非正規性の場合でも適合度検定などができる。詳細は、統計学の成書を参照されたし。
*5.探索的データ分析(Exploratory analyses)
データを料理する前に、どのようなデータが与えられているのか確認することが大切である。この段階を踏むことで、データに対する理解が深まり、より良いモデルの構築に繋がる可能性もある。こうした一連の作業は探索的データ分析(Exploratory Data Analysis: EDA)と呼ばれる。この作業には、データの集計、要約、可視化が含まれる。

文献1
Gut inflammation associated with age and Alzheimer’s disease pathology: a human cohort study. Henson, M. B. and Ulland, T. K. Scientific Reports,volume 13, Article number: 18924 (2023)