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世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


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2024/4/2

うつ病に対する運動療法の有効性

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 運動療法は、うつ病の非薬物治療として注目されているが、まだ、治療法として確立されていない。したがって、本研究では、うつ病の治療に対する最適な運動方法及び運動量を特定することを目的として、無作為化試験*1のシステマティックレビューとネットワークメタ解析*2を行った。
  • その結果、運動療法はその種類に関わらず、うつ病を改善するのに有用である、また、ウォーキングやヨガなど、低・中度の強度の運動であっても効果を期待できるが、運動の強度を高めると、さらに効果を高められることが分かった。
図1.

うつ病の治療は、抗うつ薬を中心とする薬物療法*3に加え、いくつかの非薬物治療が補助療法として用いられますが、その一つとして、身体運動の抗うつ効果を用いた運動療法の効果が注目されています。しかしながら、運動療法が対象・方法ともに治療法として確立されたわけではなく、その有効性については慎重に見極める必要があります。運動療法には、有酸素運動、無酸素運動、筋力トレーニング、ストレッチングなどいくつかの種類があり(図1)、それぞれ身体への負荷や、期待できる効果も異なると考えられるため、患者さんの症状に合った運動療法の種類を取り入れる必要がありますが、詳細は不明です。この様な状況で、オーストラリア・クイーンズランド大学のNoetel博士と共同研究チームは、大うつ病性障害の治療に対する最適な方法及び運動量を特定することを目的として、無作為化試験のシステマティックレビューとネットワークメタ解析を行いました。その結果、運動はうつ病にとって有効な治療法であり、特に運動強度が強いウォーキングやジョギング、ヨガ、筋力トレーニングが他の運動よりも有効であり、また、ヨガと筋力トレーニングは他の治療法と比べて忍容性*4が良好であることが示され、BMJ (British Medical Journal) に報告しました(文献1)。最近、お伝えしましたようにストレスとうつ病の関連に関する分子レベルの研究が進み、血清マトリックスメタロプロテイナーゼ (MMP8) *5がうつ病の診断マーカーになる可能性が報告されています。総じて、運動療法によるうつ病の予防、治療が確立される日が、近い将来、実現するかも知れません。


文献1.
Effect of exercise for depression: systematic review and network meta-analysis of randomised controlled trials, Michael Noetel et al. BMJ 2024;384:e075847


【背景・目的】

うつ病の治療に運動療法の有効性が注目されているが詳細は不明であり、それを理解することが重要である。本プロジェクトは、心理療法、抗うつ薬及びコントロール条件との比較により、大うつ病性障害の治療に対する最適な運動量及び方法を特定することを研究目的とした。

【方法】

この目的のため、Cochrane Library、Medline、Embase、SPORTDiscus、PsycINFOデータベースを検索した。大うつ病の臨床カットオフ値を満たす参加者を対象として、無作為化試験のシステマティックレビューとネットワークメタ解析を行った。スクリーニング、データ抽出、コード及びバイアスリスクの評価は、2人の独立した著者により実行した。

【結果】

  • システマティックレビューとネットワークメタ解析には、218の特異的な研究(495群、被験者1万4,170例)が対象に含まれた。
  • コントロール群(例:通常ケア、プラセボ錠剤)と比較して、ウォーキング又はジョギング(1,210例)、ヨガ(1,047例)、筋力トレーニング(643例)、混合有酸素運動(1,286例)、太極拳又は気功(343例)は、うつ病を中程度に軽減した。
  • 運動の効果は、運動の強度に比例していた。
  • 筋力トレーニングとヨガが最も忍容性の高い運動であることが示唆された。
  • これらの結果は、出版バイアス*6に対して頑健であるとみなされたが、バイアスリスクが低いとのCochraneの基準*7を満たした研究は1件のみであった。

【結論】

  • 今回の研究結果より、運動や身体活動はどんなものであっても、うつ病を改善するのに有用である、また、ウォーキングやヨガなど、低・中度の強度の運動であっても効果を期待できるが、運動の強度を高めると、さらに効果を高められることが分かった。
  • これらの研究は、運動がうつ病の中核的治療として、心理療法や抗うつ薬と並行して考慮される可能性を示唆しているが、 一方で、研究デザインに偏りがあるため、これらの所見の信頼性は低かった。

用語の解説

*1.無作為化試験 (ランダム化比較試験、RCT)
「無作為化(比較)試験」とは、研究の対象者を2つ以上のグループに無作為(ランダム)に分け、治療法などの効果を検証すること。「無作為に分ける」とは、「確率が同じくじを引いてどのグループに入るかを決める」ことと同様である。効果を公平に比較できるので、信頼性が高い試験とされる。
*2.ネットワークメタ分析
ネットワークメタ分析は、3つ以上の治療の比較が可能なメタ分析である。これまでよく行われていたメタ分析(一対比較のメタ分析)は、2つの治療間の直接比較の結果を統合するものだが、一方、ネットワークメタ分析では、3つ以上の治療について、直接的な比較だけでなく、間接的な比較(別の2つ以上の治療薬の効果から、検討されていない2つの治療薬間の差を推定する)も行って、治療効果の統合をする。ネットワークメタ分析には、i) 間接比較ができる、ii) 複数の治療が比較でき、効果のランキングが作れる、iii) 間接と直接比較を統合し,より精度を高められる、などの利点がある。
*3.うつ病の薬物療法
うつ病治療の基本となるのが抗うつ薬である。脳の神経伝達物質(セロトニンやノルアドレナリンなど)の減少をうつ病の原因と考えるモノアミン仮説に基づいて開発された。うつ病のメカニズムはまだ明らかになっていないが、抗うつ薬には一定の効果がある。現在、日本で広く用いられている代表的な抗うつ薬はSSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor:選択的セロトニン再取り込み阻害薬)、SNRI(Serotonin Noradrenaline Reuptake Inhibitor: セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)、NaSSA(Noradrenergic and Specific Serotonergic Antidepressant: ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)の3種類で新規抗うつ薬と呼ばれ、副作用が少ないのが特徴である。非定型抗精神病薬は主に統合失調症などの治療薬として用いられるが、抗うつ薬による適切な治療を行っても十分な効果が認められない場合、抗うつ薬の効果を高める目的で増強療法に使用される。うつ病治療では、患者さんの症状に合わせて「抗不安薬」「睡眠導入薬」「気分安定薬」などがあわせて用いられる。
*4.忍容性
薬物の服用・投与によって患者に生じる副作用の程度。副作用が比較的軽く、十分に許容できる程度の場合、忍容性が高いという。逆に、副作用が耐え難い場合、忍容性が低いという。
*5.マトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP8)
ストレスがうつ病を促進するメカニズム〈2024/3/21掲載〉)を参照。
*6.出版バイアス
出版バイアスとは、ネガティブな研究結果はポジティブな結果よりも公表される可能性が低く、そのため、公表論文を集めるとポジティブな結果になりやすいことを言う。 ネガティブな研究結果が投稿されることは渋るであろうし、論文を掲載する側も有効な治療法についての論文を好むという人間の心理によるバイアス(偏り)である。
*7.Cochrane(コクラン)の基準
コクランは、医療や医療政策において重要な研究のシステマティックレビューを作成している。コクランレビューは、エビデンスに基づく医療において国際的に最高水準であると認められており、オンライン版のコクランライブラリーで閲覧可能である。コクランレビューは新たな研究を対象に含めるため定期的に更新されており、最新の信頼できるエビデンスを基に治療に関する決定を行うことができる。

文献1
Effect of exercise for depression: systematic review and network meta-analysis of randomised controlled trials, Michael Noetel et al. BMJ 2024;384:e075847