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世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


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2024/4/10

早期アルツハイマー病態における血管内皮細胞の重要性

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • アルツハイマー病(AD)病理学的特徴の一つであるアミロイドアンギオパチー*1はアミロイドβ (Aβ)の凝集物により、血管内皮細胞の機能が低下し、血液脳関門*1の透過性が亢進する結果、神経変性病態を進行させる機序が考えられています。
  • 本研究においては、ナノテクノロジー*2の分野において、ナノ分子がカドヘリン*3の機能を阻害することにより血管内皮細胞の機能障害を誘発する現象をAD早期の病態解析に応用し、Aβの低分子凝集物であるoligomersやprotofibrilsが血管内皮細胞の細胞間接着に重要であるカドヘリンの機能を阻害することがADの早期の現象であることが示された。
図1.

ADでは、脳の萎縮部位に一致して神経細胞の脱落と反応性グリオーシスによる慢性炎症が認められ、これらに伴って、アミロイド蛋白の凝集・蓄積による老人斑(senile plaque)や神経原線維変化(neurofibrillary tangle)などの異常な構造物が形成されることが病理組織学的特徴ですが、多くの症例でアミロイドアンギオパチーが見られることも注目されます。これはアミロイドβ (Aβ)の凝集物が血管壁に蓄積することにより血管内皮細胞の機能が低下し、血液脳関門*4の透過性が亢進する結果、Aβによる神経変性病態を進行させる機序が考えられます(図1)。しかしながら、現時点で詳細なメカニズムは、検討されていません。この問題に関して、中国上海の復旦大学(Fudan University)のYuhan Li博士及び共同研究者らは、Aβの低分子凝集物であるoligomersやprotofibrilsが血管内皮細胞の細胞間接着に重要であるカドヘリンの機能を阻害することがADにおける初期の現象であることを示し、最近Nature Communicationsに報告した論文(文献1)を紹介いたします。この研究は、ナノテクノロジーの研究分野において、ナノ分子がカドヘリンの機能を阻害することにより血管内皮細胞の機能障害を誘発する現象を応用したものであり、さらに、最近の研究で、protofibrilsが炎症に関与すること(Aβプロトフィブリルによる血液凝固因子XIIaの活性化〈2024/1/30掲載〉)、protofibrilsがADの治療標的として明らかになったこと(早期アルツハイマー病に対するLecanemab(レカネマブ)の治療効果〈2023/5/10掲載〉)を考慮すれば、非常に興味深いと思われます。


文献1.
Endothelial leakiness elicited by amyloid protein aggregation. Yuhuan Li, Nature Communications volume 15, Article number: 613 (2024)


【背景・目的】

興味深いことに、血管内皮細胞の機能低下はAβの蓄積にリンクしており、大部分(80~90%)のAD患者さんで脳にアミロイドアンギオパチーが見られることも注目されてきた。本プロジェクトは、そのメカニズムを理解することを研究目的とした。

【方法】

この目的のため、ヒトの血管内皮細胞(HMVECs)及び、マウス脳の血管系において、アミロイド蛋白による血管内皮細胞の漏出促進に対する効果(APEL)を検討した。

【結果】

  • 種々のシグナル伝達の解析と蛍光を用いて漏出を評価する分子動態に関する研究により、Aβのoligomersやprotofibrilsなどのナノケールの分子に晒されることによって血管内皮細胞のカドヘリンの機能が障害されることが炎症や酸化ストレスを引き起こし、血管内皮細胞の漏出に繋がることが推定された。
  • これらの知見は、ナノテクノロジーの研究分野において、血管系における傍細胞の細胞無機の陰イオンの輸送において、ナノ分子が血管内皮細胞に漏出を誘発する現象(NanoEL)に類似している。
  • インビトロの細胞系においてαシヌクレインのoligomersやprotofibrilsを用いた場合でも同様にAPELが観察された。

【結論】

  • これらの研究結果は、運動がうつ病の中核的治療として、心理療法や抗うつ薬と並行して考慮される可能性を示唆しているが、 一方で、研究デザインに偏りがあるため、これらの所見の信頼性は低かった。
  • 同様な結果が、αシヌクレインに関しても得られたことから、ADやパーキンソン病の病態において、血管の透過性、全身の播種、異なるアミロイド蛋白のクロスシーディングに同様なパラダイムがあると示唆された。

用語の解説

*1.アミロイドアンギオパチー
アミロイドアンギオパチーはAβが脳の小血管壁に沈着することにより、血管壁がもろくなって脳出血などが生じやすくなる病気である。高齢者の脳出血の原因のひとつであり、MRI では小さな出血が脳内に散在していることを確認できる。アミロイドアンギオパチーでは、脳内にアミロイド沈着を伴うADの変化を伴うことが多く、また小血管病変に伴う脳出血、脳梗塞も生じやすくなる。アミロイドアンギオパチーそのものに対する治療薬はないが、認知症としてはAD、あるいは血管性認知症の要因と関連するので、それらの病気に対する治療、対応を行うことになる。
*2.ナノテクノロジー(Nanotechnology)
ナノテクノロジーは、物質をナノメートル (nm. 1 nm = 10−9 m)の領域すなわち原子や分子のスケールにおいて、自在に制御する技術のことである。ナノテクと略される。そのようなスケールで新素材やデバイスを開発する。
*3.カドヘリン(Cadherin)
カドヘリンは細胞表面に存在する糖タンパク質の一群で、細胞接着をつかさどる分子であり、動物の胚発生に重要な役割を果たす。典型的なカドヘリン(クラシックカドヘリン)は、アドヘレンス・ジャンクションの構築を通じて、細胞と細胞の接着の形成と維持に関わる。クラシックカドヘリンは、その細胞外に5つのドメイン構造(ECドメイン)を繰り返し、1つの膜貫通セグメントと細胞内ドメインを有する。細胞内ドメインにはカテニンが結合し、細胞骨格への連結を行っている。カドヘリンは、その機能発現にカルシウムイオンを必要とし、カルシウムイオン存在下でプロテアーゼによる分解から保護される。カルシウム calcium と接着 adhere にちなみ、その発見者であるAron Mosconaや竹市雅俊らにより命名された。VE-カドヘリン(カドヘリン5)は内皮接着接合部の主成分であり、内皮細胞に特異的で、あらゆる種類の血管の全ての内皮細胞に存在し、内皮組織の接着部位の細胞間隙にみられ、血管内皮の透過性に関与すると考えられている。
*4.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)
血液脳関門の解剖学的実体は脳毛細血管であり、脳室周囲器官を除いては、内皮細胞同士が密着結合で連結している。当初BBBは、この構造的特徴によって、細胞間隙を介した非特異的な中枢への侵入や、脳内産生物質の流出を阻止している物理的障壁と考えられてきた。しかし現在では、BBBは脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産生された不要物質を血中に排出する「動的インターフェース」であるという新たな概念が確立している。BBBには、多様なトランスポーターや受容体が内皮細胞の脳血液側と脳側の細胞膜に極性をもって発現し、協奏的に働くことによって、循環血液と脳実質間でのベクトル輸送を厳密に制御している。中枢作用薬の開発には、良好な脳移行性を持った候補化合物の選択が必要であり、ヒトBBBの解明が不可欠である。

文献1
Endothelial leakiness elicited by amyloid protein aggregation. Yuhuan Li, Nature Communications volume 15, Article number: 613 (2024)