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2024/4/23

コロナ後遺症における認知障害のメカニズム

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • COVID-19の後遺症、すなわち、Long COVIDの症状は多岐に渡るが、それらの病態のメカニズムを解明し、治療法を確立することが望ましい。
  • 本研究においては、Long COVIDの中でも典型的な症状の一つである認知障害(所謂Brain fog)の病態のメカニズムを、ダイナミック造影磁気共鳴画像法*1や末梢血のトランスクリプトーム解析*2により解析した。
  • その結果、血液脳関門(BBB) *3の崩壊と遷延する全身性炎症反応*4が、COVID-19の患者さんに見られるBrain fogの特徴の鍵になると推定された。
  • これらの知見が今後のLong COVIDにおけるBrain fogの治療に役立つことが期待される。
図1.

早いもので、WHOが新型コロナ感染症(COVID-19) パンデミックの終結宣言を出して1年近く経過しました。この間、オミクロンの新しい変異株がいくつか登場しましたが、大事には至りませんでした。しかしながら、まだ、COVID-19の罹患後症状、いわゆる、後遺症(Long COVID)の問題は解決した訳ではありません。Long COVIDの症状は多岐に渡りますが(軽症の新型コロナウイルス感染症であれば、後遺症は1年以内に消失する!?〈2023/4/13掲載〉)、その中でも、認知障害Brain fogは、COVID-19に罹患した人に高率に(20〜30%)に発症し、将来的に認知症に進む可能性も懸念されることから、病態のメカニズムを解明し、それに基づいた治療を確立することが必要です。最近、アイルランドのトリニティ・カレッジ・ダブリン大学セントジェームス病院のChris Greene博士らは、COVID-19に罹患後の患者さんに対して、ダイナミック造影磁気共鳴画像法*1や末梢血のトランスクリプトーム解析*2を行ない、Brain fogの症状の有無で比較したところ、Brain fogを呈した患者さんにおいては全身性炎症反応が遷延し、血液脳関門(BBB)*3が崩壊していることを見出しました。その結果が、最近のNat. Neurosci.に掲載されましたので(文献1)、今回は、その論文を紹介いたします。以前に、新型コロナウイルスが、アミロイドβ (Aβ)の凝集を促進すること(スパイク蛋白質はアミロイドを形成する!〈2022/9/20掲載〉)、アルツハイマー病では、血管内皮細胞によるBBBの制御がAβの低分子凝集物であるoligomersやprotofibrilsにより阻害されることを報告しましたが、(アルツハイマー病態における血管内皮細胞の重要性〈2024/4/10掲載〉)これらを合わせて考えますと、AβのprotofibrilsがCOVID-19のBrain fogに関与しているというのは魅力的な仮説です(図1)。


文献1.
Blood–brain barrier disruption and sustained systemic inflammation in individuals with long COVID-associated cognitive impairment, Chris Greene, et al., Nat. Neurosci. volume 27, pages 421–432 (2024)


【背景・目的】

COVID-19の病態において、血管内皮障害や凝固障害といった微小循環障害 を伴うことがよく知られているが、Brain fogにBBBの異常が関与しているかどうかは十分に検討されていない。したがって、本プロジェクトにおいては、この問題について理解を深めることを目的とした。

【方法】

  • 末梢血のトランスクリプトーム解析を行ない、Brain fogの症状とBBBの異常や血液凝固因子の異常、適応免疫応答の低下との関連性を評価した。
  • ダイナミック造影磁気共鳴画像法により、BBBを通過する透過率が非常に低い造影剤を全身循環に注入した後、患者の脳を長時間撮影し、20分間のDCE-MRI後に検出された造影剤シグナルに注目した。このシグナルは、BBBの破壊と脳血管内皮を介した造影剤の漏出に関連している。

【結果】

  • 急性SARS-CoV-2感染者で脳霧を経験していると申告した患者において、これらのバイオマーカーの1つであるS100Bの濃度が上昇していることが判明した。
  • ダイナミック造影磁気共鳴画像法 (dynamic contrast-enhanced MRI: DCE-MRI)この脳霧と認知機能低下を呈したLong COVID患者にはBBBの透過性が亢進していたが、脳霧を呈さないLong COVID患者にはそうした現象は見られなかった。

【結論】

以上の結果より、BBBの崩壊と遷延する全身性炎症反応が、COVID患者に見られるBrain fogの特徴の鍵になると推定された。

用語の解説

*1.ダイナミック造影磁気共鳴画像法(DCE-MRI)
造影剤を早い速度で注入し、ある時間ごとにMRI撮影していく方法である。時間ごとに同じところを撮影するので、時間ごとの造影剤到達具合により濃度差があらわれる。これにより、正常組織と病変部を造影剤の濃度差としてはっきり区別できる場合がある。通常、腫瘍の評価に用いられ、肝臓、すい臓、脾臓などの上腹部や頭部(下垂体)、前立腺や膀胱、腎臓など様々な部位をダイナミックMRIで撮影する。本論文の場合、DCE-MRIにより、BBBを通過する透過率が非常に低い造影剤を全身循環に注入した後、患者の脳を長時間撮影し、20分間のDCE-MRI後に検出された造影剤シグナルに注目した。このシグナルは、BBBの破壊と脳血管内皮を介した造影剤の漏出に関連している。
*2.トランスクリプトーム解析
細胞、組織などに蓄積するRNA全体をトランスクリプトームと呼び、それを網羅的に解析するのがトランスクリプトーム解析である。ゲノムが全ての細胞でほぼ同一なのに対し、トランスクリプトームは細胞の機能に応じた転写や転写後の調節を反映しており、細胞や遺伝子の機能についての情報を得ることができる。ゲノム配列の決定に依存して発展したマイクロアレイ解析により、様々に細胞や外的要因を変化させた際のトランスクリプトームの変動についての情報が蓄積しており、遺伝子の共発現解析等、新しい遺伝子機能の解析手法を発展させる要因となった。次世代シークエンサーを用いたトランスクリプトーム解析は、この流れを加速させている。
*3.血液脳関門(Blood-brain barrier, BBB)
血液脳関門の解剖学的実体は脳毛細血管であり、脳室周囲器官を除いては、内皮細胞同士が密着結合で連結している。当初BBBは、この構造的特徴によって、細胞間隙を介した非特異的な中枢への侵入や、脳内産生物質の流出を阻止している物理的障壁と考えられてきた。しかし現在では、BBBは脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給し、逆に脳内で産生された不要物質を血中に排出する「動的インターフェース」であるという新たな概念が確立している。BBBには、多様なトランスポーターや受容体が内皮細胞の脳血液側と脳側の細胞膜に極性をもって発現し、協奏的に働くことによって、循環血液と脳実質間でのベクトル輸送を厳密に制御している。中枢作用薬の開発には、良好な脳移行性を持った候補化合物の選択が必要であり、ヒトBBBの解明が不可欠である。
*4.全身性炎症反応
感染などの侵襲が加わり、宿主に全身性の炎症反応が起こり、発熱などの症状を呈した状態。侵襲により産生されたサイトカインによって引き起こされる。SIRS(systemic inflammatory response syndrome)は、全身性炎症反応症候群のこと。

文献1
Blood–brain barrier disruption and sustained systemic inflammation in individuals with long COVID-associated cognitive impairment, Chris Greene, et al., Nat. Neurosci. volume 27, pages 421–432 (2024)