2020/06/18
私たちの体にウイルスが侵入すると、ウイルスを排除するために抗体が作られます。体内に抗体が存在すると、ウイルスの感染を防ぎ、体を守ることができます。このような、病原体の感染から体を守るためのシステムは「免疫」と呼ばれていますが、ワクチンは免疫反応を前もって引き起こし、抗体を体内に準備しておくことで、ウイルスの感染を予防する医薬品です。ワクチンは適度に効率よく抗体を産生させる働きを持たせることが重要で、例えば、あまりに強い免疫反応を起こし過ぎるワクチンは、発熱や発疹等の副作用を引き起こしてしまい、安全性が損なわれてしまいます。そのため、新型コロナウイルスに対しても、安全で効果的なワクチンを開発するための研究が進められています。
当研究所の感染制御プロジェクトは、今日、世界で猛威を振るっている新型コロナウイルスを含む感染症を克服するため、新しいワクチン開発の様々な戦略を練っています。ウイルス感染症による免疫の獲得とは、私達がウイルスのタンパク質に曝露されて抗体や細胞性免疫を誘導し、実際ウイルスに感染したときに私たちの体を防御する免疫応答を確立することです。私達はワクチン開発のために、天然痘ワクチンの有効成分であるワクシニアウイルスを使用して、COVID-19ウイルスタンパク質に対する免疫を与える、より安全で効果的なワクチン開発を目指しています。また、核酸(DNAやRNA)を接種して免疫を与える、などのワクチン開発戦略に取り組んでいます。私たちの取組みは、新型コロナウイルスを攻撃する手段を開発するための世界的な取組みの一部です。ここでは、世界中で開発が進んでいるコロナウイルスワクチン開発の中で、発展が期待される2つの取組みの概要を示します。
ジェンナー研究所とオックスフォード大学のオックスフォードワクチングループは、COVID-19ワクチンの候補を開発し、この候補ワクチンの臨床試験と製品化を急いでいます。コロナウイルスには表面に発現するタンパク質の突起(スパイク)があり、ワクチンの良好な標的となります。オックスフォードチームは、コロナウイルスのスパイクタンパク質をコードする遺伝子をチンパンジーアデノウイルスに挿入した改変型ウイルスを作製しました。この改変型ウイルスは複製できませんが、人に接種されると、人の細胞内にコロナウイルスのスパイクタンパク質を産生します。その結果、免疫系がスパイクタンパク質に対する抗体を産生します。一度免疫ができた後であれば、ウイルスに感染したとしても免疫系がCOVID-19ウイルスを速やかに攻撃して破壊します。
オックスフォードの候補ワクチンはサルでCOVID-19免疫を提示するのに効果的であり、現在人での治験が進行中です。さらに、候補ワクチンを大規模に製造および供給する計画が展開されています。すべてが順調に進めば、早ければ9月には数百万回接種分のワクチンを準備できると想定されています。
米国とドイツの2つの製薬会社、ファイザー社とBioNTech社は、メッセンジャーRNA(mRNA)に基づく候補ワクチンを開発しています。従来のワクチンは、不活化された病原体または病原体によって作製されたタンパク質を含んでいます。これらのワクチンが接種されると、免疫反応が刺激され、より迅速かつ効果的に病原体を攻撃することができます。 RNAワクチンは、タンパク質ではなくmRNA鎖で構成されているため、従来のワクチンとは異なります。タンパク質をコードするDNAやmRNAなどの核酸には、細胞が特定のタンパク質を作るために必要な情報が含まれています。従って、ウイルスタンパク質をコードするmRNAの接種は、人の細胞にウイルスタンパク質を産生させ、このタンパク質が免疫応答を刺激します。RNAワクチンは、従来のワクチンよりも迅速かつ安価に製造できて安全に使用できる事が期待されています。
ファイザー社とBioNTech社は、RNAワクチン候補となる4つのバリエーションを開発しました。それぞれのバリエーションはコロナウイルススパイクタンパク質の異なる領域を発現し、これらのうち1つ以上が免疫反応を刺激することを期待しています。現在、この2社は人での治験を始めています。
さらに、Moderna(モデルナ)社、Inovio(イノビオ)社、CanSino社など、世界中の他の製薬会社も、同様のRNAワクチンを開発しており、人での治験を開始しています。 通常、ワクチンの開発には数年を要します。 しかし、パンデミックという緊急事態のため世界中の大学、研究機関、企業がこの開発期間を18か月以下に短縮しようとしています。 当研究所や日本の他の機関もこの取組みに寄与しています。