※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。
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2023/5/23
2023年に結果の出るパーキンソン病の治験について
文責:橋本 款
臨床研究は、原則として患者さんに対面して診察しますから、コロナ禍の期間中はその遂行に多くの困難を伴った事は想像に難くありません。それでもオンラインでの診察、薬剤・資材の配達、その他の工夫により、数多くの治験*1が着実に進んでいます。年内に結果の出るもの中で、Nature Medicine誌に「2023年注目の臨床試験11件(ランキングとは無関係)」が掲載ており注目されます(文献1)。
- 糖尿病治療薬(エキセナチド*2)によるパーキンソン病(PD)治療
- Lecanemab(レカネマブ)によるアルツハイマー病(AD)治療
- 抗体薬物複合体(ADC)による卵巣がん治療
- HPVワクチン接種者の子宮頸がんスクリーニング
- 循環腫瘍細胞(Circulating tumor cells: CTCs)を標的とする転移がん抑制
- 前立腺がんのPSAマーカによる検診の評価(過剰診断と無意味なバイオプシーの排除)
- 遺伝子編集による鎌状赤血球症の治療
- 遺伝子編集による筋ジストロフィー治療
- 以下省略-
御覧のように、がん、神経変性疾患や遺伝子編集に関するものが目立ちます。特に、遺伝子編集については、今後、さらに増加すると思われます。先々週、レカネマブとADの治験について取り上げましたので;https://www.igakuken.or.jp/r-info/covid-19-info162.html#r162、今回は、PDに対するエキセナチドの治療効果に関する治験について説明致します。ADとPDは高齢期のメジャーな疾患で蛋白凝集や炎症など病態のメカニズムが類似していますので、治療法もお互いに影響してきます(図1)
文献1.
Arnold C and Webster P, 11 clinical trials that will shape medicine in 2023,
Nature Medicine 28, 2444–2448 (2022) 
この論文では、11件のそれぞれの治験に対してその分野の専門家が担当していますが、「エキセナチドによるPD治療」に関しては、ミシガン大学医学部のRoger Albin教授が以下のようにコメントしています。
- PDにおけるエクセナチドの第3相試験は、純粋に科学的な問題としても、あるいは、臨床医学的な問題としても、非常に魅力的である。
- エクセナチドには、高齢の患者さんにはすでに広く使われている薬のリパーパシング*3であるという大きな利点があるので、もし、ポジティブな結果が得られれば、臨床の場での実用化が短期間で見込まれるだろう。
- すでに、エクセナチドは前臨床試験や第2相試験において良好な結果を得ている。したがって、PDの良い動物モデルがないことを考慮すれば、今回の第3相試験で得られる結果から判断しても良いであろう。
- PDのコミュニティーは、ポジティブであろうがネガティブであろうが明白な結果が得られることを期待している。ポジティブに越した事は無いが、明らかにネガティブな結果が得られたとしても実際には重要である。
【治験のプロトコール】
エキセナチドによるPD第3相治験;多施設共同研究におけるランダム化二重盲検プラセボ対照臨床試験
プロトコール、スケジュールに関しての詳細はBMJ Open 2011, Vijiaratnam N et al.をご覧ください。
用語の解説
- *1.コロナ禍における治験
- 治験とは、臨床試験のうち未承認や適応外の医薬品もしくは医療機器の製造販売に関して、医薬品医療機器等法上の承認を得るために行われる試験である。すなわち、治療や検査の有効性や安全性を調べるのが「臨床試験」で、国からの承認を得るために行われるものを「治験」と呼ぶ。ここ数年、注目を集めているのが「分散型臨床試験(DCT)」で、来院に依存しない臨床試験の形が、新型コロナウイルス感染拡大とともに世界で広がっている。日本でも、訪問看護やオンライン診療を活用した治験が増えていて、DCT専門のチームを立ち上げる医療機関も出てきた。
- *2.エキセナチド(Exenatide)
- エキセナチドはアメリカドクトカゲの下顎から分泌される毒液に含まれるペプチド(Exendin-4)であり、医薬品として用いられる。ヒトグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体のアゴニストでありGLP-1と同様の作用を持つ。すなわち、膵臓のランゲルハンス島β細胞からの血糖依存的インスリン分泌促進、同α細胞からのグルカゴン分泌抑制、胃からの内容物排出速度の低下などである。
- *3.ドラッグリパーパシング(Drug repurposing)
- ドラッグリパーパシングとは、既存のある疾患に有効な治療薬から、別の疾患に有効な薬効を見つけ出すこと、すなわち、既存薬の再開発である。ドラッグリパーパシングに使われる医薬品は、すでにヒトでの安全性や薬物動態の試験が済んでいるため、いくつかの臨床試験をスキップでき、また薬剤の製造方法が確立しているため開発期間の短縮・研究開発コストを低減できる。しかし、その一方で目的とした効能以外での副作用の可能性も捨てきれない。高騰し続ける医薬品の価格の抑制に期待される。
今回の論文のポイント
- エキセナチドは、PDに対しては、リパーパシングのドラッグとして使えるため、今度の治験の結果次第では、PDの治療薬開発が一気に進むことが期待されます。
- 糖尿病はPDよりもADのリスクを高くすることが知られていますので、今回のPDにおける治験の結果はADに対しても意味深いと思われます。また、最近のLecanemabの治験の成功はADにおけるアミロイド免疫療法においてAmyloid βのプロトフィブリルが治療標的であることを示しましたが、同時に、PDにおいてはα-synucleinのプロトフィブリルが治療標的になり得る可能性を提起します。このように、ADとPDの治療開発は相互に依存しながら進んでいくと思われます(図1)。
- 文献1
- Arnold C and Webster P, 11 clinical trials that will shape medicine in 2023,
Nature Medicine 28, 2444-2448 (2022)