うつ病、その他の精神疾患のメカニズムは不明ですが、最近のストレスとの関連性における研究により、徐々に明らかになってきました。先週お伝えしましたように、ストレスにより、末梢血の単球におけるマトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP8) *4の発現が上がり、MMP8が脳内に侵入して側坐核の微細構造を変化させることが、うつ病をひき起こす原因となることが一つの可能性として示されましたが、他にも多くのメカニズムが関与すると思われます。以前より、拘束性ストレスによりCREBのリン酸化が亢進するという報告など、ストレスとCREBの関係が注目されてきました。これに関連して、ニューヨークのマウントサイナイ医科大学のLeanne M. Holt博士らは、マウス脳の側坐核のアストロサイトに発現しているCREBのリン酸化が社会的敗北処理による慢性ストレス*4に反応して促進することを報告しましたので(文献1)、今回は、これを紹介いたします。この論文の結果からは、側坐核アストロサイトにおいて、CREBのリン酸化が亢進することにより下流の遺伝子群の発現が促進され、ストレスに対する脆弱性が増して、うつ病発症に至るという可能性が考えられます(図1)。しかしながら、実際のうつ病の患者さんや、アルツハイマー病などの神経変性疾患(うつ症状を合併しやすい)の患者さんでは、CREBのリン酸化は低下していることが示されてきましたので、マウスを解析したこの論文の結果をヒトに適用することができるのか今後の研究が必要です。
文献1.
Astrocytic CREB in nucleus accumbens promotes susceptibility to chronic stress, Leanne M. Holt et al. bioRxiv 2024-01-1 [preprint].
齧歯類のモデルやヒトの大うつ病で、ストレスやうつにおけるアストロサイトの役割を示唆する証拠が増えている。それにもかかわらず、報酬系の鍵になり、行動に影響する領域である側坐核におけるアストロサイトのストレスに対する転写レベルでの反応については、ほとんど不明であり、それを理解することを本研究の目的とする。
本研究結果を合わせると、脳側坐核のアストロサイトのトランスクリプトームは、社会的敗北処理による慢性ストレスに強固に反応して、側坐核のアストロサイトの転写の調節がうつ様行動に貢献していることがわかった。これをよりよく理解することによって、精神疾患の基礎となる未知のメカニズムが明らかになるかも知れない。