新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連

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都医学研の新型コロナウイルスに関する研究 新型コロナウイルスに関する最新情報


寄 稿

2020/12/1

BCGワクチンと新型コロナウィルスに対する抵抗性

矢原 一郎(元 東京都臨床医学総合研究所 副所長)


発端:

新型コロナ感染症(COVID-19)の被害は、欧米諸国に比して、わが国を含む東アジア諸国では相対的に軽度である。その理由が、幼児時代に接種したBCGワクチンの効果であるとする仮説が提起され、ネットや新聞でも紹介された。感染被害が深刻だったヨーロッパでは、成人が新型コロナ感染予防のために、BCGワクチン接種を望む声もあがった。この状況について、ワクチンの専門家は、「BCGは結核菌に対する長期間の抗原特異的免疫を誘導するもので、BCGが有するアジュバント効果(自然免疫増強)は持続せず、幼児のときに接種したBCGが成人になってからも、ウィルス感染に効果があるとは考えられない」とした。それに加えて、「現在市場で入手できるBCGは接種対象の幼児の数に合わせて生産しているので、成人がコロナ感染予防のためにBCGを使用すると、本来の利用目的である結核予防に支障をきたすので推奨できない」とされている。しかし、疫学的にみて、BCG(日本株を含むいくつかの株)接種と新型コロナ感染者の数と感染重症度の間には、明らかに相関がある。上記の仮説は実験によって検証しなければ結論には至らないが、動物実験で代替するにしても、そう簡単ではない。一方で、この数年、Neteaらの研究グループは、BCGワクチンなどの免疫増強効果について精力的に研究を進め、epigeneticallyに「訓練された免疫」(trained immunity)という新しい生体防御機構を提唱している。ほとんどのepigeneticな生体事象は、多様な遺伝的バックグラウンドに依存して生起すると考えられるので、ヒトに備わっている新型コロナに対する抵抗性も、多様な遺伝的因子とepigenetic因子(BCGによるtrained immunityなど)の両者に依存していると思われる。

BCGワクチン接種の効果(その1)

BCGワクチンの免疫増強効果について、一例を紹介する。Kleinnijenhuisらの報告(PNAS, 2012)によると、健康なヒト(20-36歳)にBCGを接種して、3か月後に血液から単球を採取して、破砕した結核菌で刺激すると、ワクチン接種前に採取した細胞に比べて、4〜7倍のIFN-γを産生した。ところが、結核菌とは抗原的に無縁なCandida(加熱により死滅させた)や他の感染菌で刺激した場合も、ワクチン接種した人の血球細胞ではIFN-γ産生の増強作用が認められた。同様に、BCG接種による、TNFαやIL-1βといった炎症性サイトカインの産生能も増強された。つまり、BCG接種をした成人ヒトの血液細胞(マクロファージ、単球、NK細胞など)は、3か月経ても、様々な感染菌の刺激に対して高反応性を有することが示された。これらの結果は、BCGワクチンを接種すると、結核菌だけでなく、他の感染菌にも抵抗性が生じることを示唆する。注意しなくてはならないのは、BCG接種の結核に対する抵抗性は長期間(少なくとも数年、場合によっては生涯)持続するが、抗原的に無関係な他種の細菌に対する抵抗性はせいぜい月のオーダーしか維持できないことである。この違いは、前者が抗原特異的な免疫系反応であるのに対し、後者は単球などの血液細胞のepigeneticな変化に起因するからである。Neteaらは、ワクチンによって抗原非特異的に増強される仕組みを訓練された免疫(trained immunity)と称している。

BCGワクチン接種の効果(その2)

BCG接種は多種類のウィルス感染に対する予防効果があることも、Neteaらが示している(Cell Host & Microbe, 2018)。これも、一例を紹介する。ヒトでウィルス感染の実験をするのは容易ではない。そこで、彼らは、弱毒化した黄熱病ウィルスワクチンを接種すると誘起されるウィルス血症(viremia)を疑似感染モデルとして、BCG接種の効果を調べた。健康成人被験者に対し、BCGあるいはプラセボを接種し、28日後に黄熱病ワクチンを接種した。3、5、7日後にviremiaをRT-PCRで測定したところ、BCG接種はviremiaを有意に減少させた(ばらつきがあるが)。すなわち、BCG接種はウィルス感染をも抑制することが明らかとなった。90日後に抗黄熱病ウィルスに対する抗体の量を調べたが、BCGワクチンによる影響はなかった。つまり、BCGは抗体産生免疫には影響しなかった。この研究の過程で、BCG接種を受けた被験者の血液中の単球全ゲノムのヒストンアセチル化(H3K27ac)を調べたところ、シグナル伝達系とりわけ炎症性応答にかかわる遺伝子群のH3K27acが、プラセボ群よりも増強されていた。ただ、BCG接種グループと対照グループのtranscriptomeには差がなかった。これらの結果は、BCG接種は、次の刺激(この場合は、黄熱病ワクチン接種)を受けたとき、より強い応答(炎症性サイトカイン産生など)を引き起こす、つまり病変を防ぐ能力を獲得したことを示している。

フェーズ3の臨床治験ACTIVATE

これらの研究成果を実際の感染予防に適用するためには、ルールに則った臨床治験が必要である。2017年9月から2年間にわたって、ギリシャATTIKON大学総合病院のメンバーとNeteaらは、同病院の患者(65歳以上)に対しフェーズ3の臨床治験を実施した(Cell 2020)。様々な疾患の患者2,234人を候補とし、治験の目的に沿わない2,032人(例えば、がん患者やHIV感染者、治験に同意が得られない患者など)を除外し、残った202人(糖尿病、高血圧、慢性的心臓病、外科手術を受けた患者など)を2つのグループに分け、一方にBCGを接種(デンマーク製)し、他方にプラセボ接種を行った。今回の中間報告(Cell 183: 315-323, 2020)では、治験開始から12カ月までの結果(プラセボ78人、BCG接種72人)が扱われている。1年間に、なんらかの感染症に罹患した患者は、プラセボ33人、BCG18人だった。これらの中で、呼吸器系感染疾患は、プラセボ24人、BCG6人だった。一方、尿管感染症はプラセボ6人、BCG8人だった。これらの結果から、治験を行ったグループは、BCGワクチン接種は、呼吸器系のウィルス感染の予防を防ぐという結論を出した(P value = 0.002)。治験は24カ月まで行われたはずなので、その結果は特に興味深い。その理由は、trained immunityは単球やNK細胞などのepigenetic memoryに分子的基盤を置いているので、それらの細胞の代謝回転を考慮すると、そのmemoryは数週間から月のオーダーしか持たないはずである(とNetea自身が2016年の論文に書いてある。Science, 2016)。しかし、骨髄中の前駆細胞にもepigeneticな変化が及んでいることから、その後、Neteaたちは、ワクチン効果のより長期の持続性を当然と見ている。BCG接種が呼吸器系の感染症予防に効果がある、とするNeteaらの結論は、当然BCGは新型コロナの予防にも有効であると期待される。実際に、数か国で臨床治験が開始されているが、報告はまだ出ていない。しかし、かれらの論文のいくつかは、BCGワクチンによって誘起されるtrained immunityは、抗原特異的なワクチン製品化への橋渡しとなる、といういくぶん抑制的な結語となっている。なお、BCG接種の副作用についても、Neteaらは調べており、直近の過去5年間にBCG接種を受けたヒトに有害事象(コロナ感染も含め)はないとしている(Cell Rep. Med., 2020)。

新型コロナに対する抵抗性を決める生物学的因子

ここで、最初の問題に立ち戻ろう。すなわち、「新型コロナ感染症(COVID-19)の被害は、欧米諸国に比して、わが国を含むアジア諸国では相対的に軽度である」とする事実に対する説明である。山中伸弥さんがファクターXと称しているように、まだ明らかではない。しかし、この小論で紹介したように、新型コロナ抵抗性にepigeneticな因子が関与することは、まず間違いない。また、多くのepigeneticな事象は、個体の遺伝的背景(遺伝子多型に起因する)に依存している(私の総説Genes Cells, 2019)。BCGワクチン接種によるヒトのepigenetic状態の変化は、新型コロナに対する抵抗性(表現型)を生むが、その程度や様式は個人の遺伝的背景に依存していると予想される。この表現型は、BCGワクチン接種だけでなく、個人が育つ間に感染する多くの微生物によってmodulateされているはずである。もし、ウィルス抵抗性を有する個体がなんらかの選択(例えば、死亡率の高い感染)を受ければ、その適応表現型は集団に広まるであろう。私の個人的見解では、近年かなりの数の研究報告が出ている、transgenerational epigenetic inheritance(epigenetic状態が親から子に伝わる)は、epigeneticなウィルス抵抗性にも当てはまる場合があると思われる。そうすると、先祖代々の経験までが個人のepigenetic状態に影響していることになる。さらに言及すると、epigenetic因子とgenetic因子(遺伝的多型に由来する)には互換性があるので、理屈の上では、epigeneticなウィルス抵抗性が完全な遺伝的な抵抗性に移行することもありうる(Waddingtonがgenetic assimilationと称した。Evolution, 1953)。以上論じたことの多くはspeculationではあるが、例えば、ウィルス抵抗性とヒトのHLA遺伝子多型の相関などを解析する場合、頭のすみに入れておくと、解析結果の曖昧性に怯む必要がないことがわかる。


    文献
  • Arts, R. J. W. et al., Cell Host & Microbe, 23, 89 (2018)
  • Giamarellos-Bourboolis, E. J. et al., Cell 183, 315 (2020)
  • Kleinnijenhuis, J. et al. , PNAS, 109, 17537 (2012)
  • Moorlag, S. J. C. F. et al., Cell Rep. Med., 1, 1 (2020
  • Netea, M. G. et al., Science 352, aaf1098 (2016)
  • Waddington, C. H., Evolution, 7, 118 (1953)
  • Yahara, I., Genes Cells, 24, 524 (2019)