ざわこ先生、時々こんなことがあるんです。
本当はやりたいのに、なかなかやる気が出ないことが、、、。
それってどういうことですか?
どうしたらやる気を出せるか考えたいので、まずはじめに「やる気」って何か考えてみましょう。
運動会でかけっこをするときは、誰でも 負けたくない、一番になりたい っていう気持ちはあるよね。みんなこの気持ちをやる気だと思っているけど、神経科学の研究では「やる気」は気持ちとは別なものだと考えています。
「やる気」は、英語でモチベーション(Motivation)といいます。「動き出そうとする衝動」または「身体を動かそうとする心のエネルギー」と言い換えられます。
「やる気」があってもなくても、「勝ちたい」という気持ちを感じることはあります。だけど、「やる気」がないと、走るのが遅くなり、力も弱くしか出せません。反対に「やる気」があると、走るのが速くなり、強い力を出すことができます。
「動かそうとするエネルギー(やる気)」は、気持ちを聞いてもわからないの。だから、「どう動くか」で調べることが必要なのよ。
そうなんですね。
次に「やる気」がどこから湧いてくるのか、「やる気」の源がどこにあるのか考えてみましょう。
「やる気」は、どこから出てくると思いますか?
脳か心臓かな?
答えは、脳です。
どうして脳から出てくるとわかるのですか?
1953年に開発されたラットが自分の脳を電気刺激する装置を使った実験で分かりました。
スイッチを押して脳に電気刺激がくるようにすると、ラットはスイッチを押し続けますが、一時的に刺激がこないようにすると押すのをやめます。
そして再び刺激がくるようにすると、また押し続けるようになることが分かりました。
このとき脳のどこを刺激していたかというと、脳幹の一部である腹側中脳(↓赤色で示した部分)というところです。
腹側中脳には、活動が高まると神経伝達物質ドーパミンを放出する神経細胞が集まっています。
腹側中脳を電気刺激するとその細胞からドーパミンが脳全体に放出され、運動に関連する大脳皮質の領域にもドーパミンが放出されることで、やる気を発揮する力へとつなげることができると考えられているのです。
なぜラットは腹側中脳を刺激したいのですか?
どうしてだろうね?「なんだか、いい気持ちがするから?」とか、「もぞもぞして、スイッチを押さずにはいられない衝動を感じるから?」といった可能性が考えられそうですね。
どっちなんだろう?
ラットに「どうしてスイッチレバーを押すの?」と聞いてみたいけど、ラットはお話できないからね・・・。
実は、お話以外の方法で、ラットの気持ちを調べる方法があります。
好きなものをなめた時と嫌いなものをなめた時で、ラットの顔の表情が違うことが知られています。好きなもの(砂糖水)をなめると舌を出する表情をするけど、嫌いなもの(苦いキニーネ溶液)をなめると口を大きく開けて歯をむき出しにします。この表情はラットだけでなく、オランウータンや人間の赤ちゃんでも共通していることから種を越えた反応であり、顔の表情は生き物の気持ちを知るための方法として使われています。
ラットに好きなものを好きなだけ食べられるようにすると、好きだという表情のまま食べ続けて、満足したところで食べるのをやめます。
ところが、腹側中脳を電気刺激しながら、同じことをすると、満足をする時間を過ぎても食べ続けることが分かりました。
このときの表情は、食べ続けているのに、途中からいやな気持ちの表情に変わっていました。つまり、腹側中脳を電気刺激することは、気持ちとは関係なく、食べるという行動の衝動を作りだしたと考えられるのです。
このような実験によって、脳、とくに腹側中脳が、「身体を動かそうとするエネルギー」である「やる気」の源になっていると考えられます。
「やる気」についてだいぶ分かったけど、
どうやったら「やる気」を引き出すことはできるのですか?
ここまでのお話から、何かの方法を使って腹側中脳を刺激すればいい、と考えられますね。
でも、けんた君の頭に穴を開けて電極をさして直接電気刺激することは、当然できませんね。
そこで、何かを思い浮かべることによって腹側中脳を刺激し、やる気を出させる方法がないか考えました。
一つ目の候補は、ごほうびを思い浮かべること。「かけっこで一等賞になったら好きなものをごほうびとして買ってあげる」とお父さんお母さんと約束して、走る前に「ごほうび」を思い浮かべる方法です。
二つ目の候補は、「なりたい自分の姿」を思い浮かべることです。走る前に「一等賞をとってうれしくなった自分自身」、また「喜んでくれるお父さんお母さん」を思い浮かべるという方法です。
<実験>
まず一つ目の「ごほうびを思い浮かべる」方法でうまくやる気を引き出せるか、
実際に走る代わりに、「よーい・どん」で握力計を素早く握ってもらう実験で調べました。
「よーい」の時に出てくる図形をみて、もらえるごほうびを思い浮かべ、「どん」の意味である緑色の正方形が見えたら、素早く握ってもらいます。
そして早く握れたら、ごほうびであるお金をもらえるようにしました。
「よーい」のタイミングで、もらえるお金を想像している時の脳の活動を、機能的核磁気共鳴画像法(functional MRI)で計測しました。
そうすると、思い浮かべるお金の金額が多ければ多いほど(0円より50円。50円より500円)、腹側中脳が活性化することが分かりました。
そして、「どん」のタイミングに握る速さ(握りはじめるまでの時間:横軸)は、お金がもらえない時(灰色)と比べると、50円もらえる時(ピンク色)、500円もらえる時(赤色)と、明らかに短くなることが分かりました。
さらに、握る力の強さ(縦軸)も同様に、もらえる金額が多ければ多いほど強くなることも分かりました。このようにごほうび(お金)を思い浮かべる方法で、身体の動き方が変わることが分かりました。
この実験から、「ごほうびを思い浮かべる」という方法で腹側中脳が刺激され、より早くより強い動きができることが分かりました。
それでは、2つ目の候補である、「なりたい自分(出来事)を思い浮かべる」方法はどうでしょう?
この2つ目の方法でもうまくいきそうだと考えられる、いい例が知られています。
テニスの世界チャンピオンであるノバク ジョコビッチ選手は、いつも自分が勝者であると想像するようにしているそうです。
すごい選手は「なりたい自分」をイメージしているのですね。
<実験>
「なりたい自分を思い浮かべる」方法で「やる気」引き出せるか、先ほどと同じ「よーい・どん」で握力計を握る実験で調べました。今度はお金でなく、「なりたい自分(その時の気持ちも)」をイメージしてもらいます。また比較するため、「ただ歩いてる自分(まわりの風景)」をイメージする場合、また何も考えず何もイメージしない場合も、おこなってもらいました。赤い点が見えたら、3つのイメージのどれかを思い浮かべてもらい、その後に「よーい、どん」で、素早く握ってもらいました。
すると、なにも考えない(青線)、歩いてる自分(緑線)、なりたい自分(赤線)の順に、早く強く握ることが分かりました。
また、イメージしている間に腹側中脳が活性化していることが、機能的核磁気共鳴画像法で確かめられました。このことから、「なりたい自分」をイメージするだけで、腹側中脳を刺激でき、「やる気」を引き出せることが分かりました。
これで、ごほうびがなくても、なりたい自分(出来事)を思い浮かべるだけで自分の腹側中脳を刺激できることが分かりましたね。心臓がドキドキするくらいリアルにイメージできるようにすると、より効果が上がるから練習してみましょう!
す、すごいね!なりたい自分に近づける方法を知ってしまった!!
これは東京都医学総合研究所、脳機能再建プロジェクト主席研究員の菅原翔博士らが生理学研究所と共同で見つけたことなのよ。
僕、この話を聞いて、ますます科学者になりたくなりました!
(心の声:白衣姿で試験管を握っている将来の僕にドキドキしちゃった!)
もっとなりたい自分を思い浮かべるように、これからいろんなイベントを探して、実際の科学者に会いに行きましょう!