「健康な人でも1日に5000個のがん細胞ができているが、免疫の力で全て排除されている」といった話を聞いたことがあるかもしれません。1日5000個という数に科学的な根拠は見つかりませんでしたが、多くのがん細胞が免疫の力で攻撃されて死んでいることは、これまでの多くの研究で支持されています。
最近では、「自分の免疫の力を使ってがんとたたかう治療法(=がん免疫療法)」が、がん治療の大きな柱のひとつになっています。この治療で重要な働きをするのが「キラーT細胞(CD8陽性T細胞)」という免疫細胞です。がんと戦う免疫細胞としてNK細胞など他の免疫細胞もありますが、ここではキラーT細胞にしぼって説明します。
私たちの体の細胞は、赤血球をのぞいて、自分の中のタンパク質の断片を「目印」として表面に出しています。キラーT細胞はそれを常にチェックしていて、体にとって異常なものがないかを監視しています。もともと自分の体の中にあるものの場合、キラーT細胞は攻撃をしません。一方もともと自分の体にないものが細胞表面にあるとその細胞を殺してしまうのです。
たとえば、ある細胞がウイルスに感染すると、そのウイルスのタンパク質の断片も細胞の表面に出てきます。これは本来自分の体にあるはずのないものなので、キラーT細胞は「これはおかしい!」と気づいて、その細胞を攻撃して殺してしまいます。これによって、ウイルスの広がりを止めることができます。
では、がん細胞の場合はどうでしょうか。
「がんについて②」で説明したように、がん細胞にはたくさんの遺伝子の異常(=変異)があります。遺伝子はタンパク質の設計図なので、遺伝子が変わると、作られるタンパク質も本来のものとは違った異常なものになります。
そして、一部のがんでは、その異常なタンパク質の断片が表面に出ることがあり、それをキラーT細胞が見つけて攻撃することができます。つまり、キラーT細胞はがん細胞も排除できるのです。
このような免疫のしくみがあるのに、がんが体の中で育ってしまうこともあります。それはなぜでしょうか?
キラーT細胞はがん組織で働くために、まずリンパ節で活性化され、血流にのってがんがある場所に向かい、がん細胞を攻撃します。うまくがん細胞を見つけて攻撃できれば、その部分のがんは排除されます。
しかし実際には、多くのがんがキラーT細胞の攻撃をかわして成長しています。どうしてそうなるのか? それにはいくつかの理由があります。
がん細胞やその周りの環境は、キラーT細胞の働きをじゃまする方法をいくつも持っています。主なものを紹介します。
がん細胞の出すタンパク質の断片が、キラーT細胞にとって認識しにくい形であることがあります。これだとキラーT細胞はうまく攻撃できません。
がん細胞の表面には「PD-L1」という分子が出てくることがあります。これは、キラーT細胞の「PD-1」という分子とくっつくと、キラーT細胞の活動が弱まってしまいます。つまり、キラーT細胞にブレーキがかかるのです。
このブレーキを外すための薬が「オプジーボ(抗PD-1抗体)」で、開発した研究者がノーベル生理学・医学賞を受賞した画期的ながん治療薬です。
がん細胞や、がん組織の中にいる免疫を抑えるタイプの細胞は、「TGF-β」や「IL-10」といったタンパク質を分泌します。これらはキラーT細胞の攻撃を弱めるはたらきを持っています。
このように、がんは免疫の目を逃れたり、攻撃をブロックしたりする仕組みを持っているのです。だからこそ、がん治療ではキラーT細胞の力を最大限に引き出す工夫が重要になっています。
オプジーボのように、キラーT細胞のブレーキを外して攻撃力を高める薬や、キラーT細胞の攻撃力を体の外で高め、数も増やしてから体に戻す治療法など、多くの研究や治療法が進められています。
キラーT細胞は、私たちの体を守るうえで非常に重要な役割を担っている免疫細胞です。がんと免疫の関係を理解することで、がんの新しい治療法がどのように作用するのかが見えてきます
近年、がん免疫療法には大きな注目が集まっており、次々と新たな知見が得られています。今後は、注目されているがん免疫療法の種類やそのメカニズムについて、最新の研究論文とともに紹介したいと考えています。