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がんについて

2026/3/16

がんワクチンとは:キラーT細胞を鍛える治療

by Masatoshi Muraoka

通常、ワクチンと聞くとインフルエンザや新型コロナのように「感染症を予防するもの」を思い浮かべます。
しかし、がんワクチンは少し違います。

がんワクチンは、キラーT細胞(がんについて③参照)という免疫細胞の攻撃力を高めて、今あるがんを治療することを目的としています。

ワクチンが働きかける免疫細胞

ワクチンは、主に次の2種類の免疫細胞に関係します。

B細胞

抗体をつくる細胞です。
抗体はウイルスにくっつき、細胞への感染を防いだり、ウイルスが免疫細胞によって排除されやすくしたりします。
新型コロナワクチンなどは主にこのB細胞を働かせるワクチンです。

キラーT細胞

感染した細胞やがん細胞を見つけると、直接攻撃して殺す能力をもっています。
がんワクチンは、このキラーT細胞を強くすることを目的としています。

キラーT細胞ががんを攻撃できるようになるまで

がんワクチンの仕組みを理解するために、まず前回(がんについて③)で説明した、キラーT細胞がどのようにしてがん細胞を認識し、攻撃できるようになるのかという流れを、もう少し詳しく見ていきます。

このプロセスは2段階あります。

【第1段階】司令塔「樹状細胞」による情報収集

まず重要な役割を果たすのが、樹状細胞という免疫細胞です。樹状細胞は、免疫反応を開始するうえで中心的な役割を担っています。
がん組織の中では、一部のがん細胞が死んで破片が生じます。
その中には、がん細胞に特有のタンパク質の断片が含まれています。
がん組織の近くにいる樹状細胞はこれらの断片を取り込み、細胞内で処理した後、目印として自分の表面に提示します。
これは、たとえるなら「この顔の犯人を探せ」という手配書を作る作業のようなものです。

【第2段階】リンパ節でキラーT細胞が選ばれ、増える

手配書をもった樹状細胞(タンパク質の断片を提示した樹状細胞)はリンパ節に移動します。
リンパ節は、免疫細胞が集まり情報交換をする拠点のような場所です。
リンパ節には、まだ戦ったことのない多くのキラーT細胞が待機しています。
キラーT細胞は表面にあるセンサーを使って、樹状細胞が示した「がんの手配書」を読み取ります。

私たちの体には、さまざまな手配書(タンパク質の断片)を認識できるよう、それぞれ異なるセンサーを持つキラーT細胞があらかじめ用意されています。
その中でがんの目印を正しく認識できるキラーT細胞だけが選ばれます。
選ばれたキラーT細胞はリンパ節で急激に数を増やし、戦える状態になります。これを活性化と呼びます。
ただし、ここでは詳しく説明しませんが、キラーT細胞が本当に活性化するためには、第一段階で樹状細胞が「危険信号」を受け取って活性化している必要があります。
これは、感染や細胞の破壊などが起きたときに出る信号です。
活性化した樹状細胞だけが、T細胞に「攻撃してよい」という追加の合図を出すことができます。
活性化したキラーT細胞は血流に乗って体内を巡り、手配書と一致する目印をもつ細胞、つまりがん細胞を見つけると攻撃を開始します。
しかし、体にもともと備わっているがんに対する免疫だけでは、がん細胞を十分に排除できないことが多いと考えられています。がんワクチンはそれを補う一つの方法です。

がんワクチンの具体的な仕組み

がんワクチン療法は、この自然な免疫サイクルを人工的に強化する方法です。

  • 目印の特定:患者さんのがん細胞にある、がん特有のタンパク質の断片を調べます。
  • ワクチンの投与:その断片あるいは断片の設計図(mRNAなど)を「ワクチン」として体内に注入します。このとき上記の危険信号も同時注入します。
  • 攻撃の開始:注入された目印(タンパク質の断片)を樹状細胞が取り込み、キラーT細胞を強く訓練します。
  • がんの退治:活性化したキラーT細胞が血流に乗ってがん組織へ向かい、同じ目印を持つがん細胞を攻撃・破壊します。

現在は、この一連の流れをより強力にして、治療効果を高めるためのさまざまな工夫や研究が進められています。